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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第34話 地下牢のバイオハザードと、分別の報い

 王宮の巨大な厨房は、パニック寸前やった。


 普段は芸術品のような料理を作る宮廷料理人たちが、部屋の隅で固まって震えとる。その中心で、銀色のスカジャンの上にヒョウ柄のエプロンを羽織ったうちが、巨大な鍋を木べらで豪快に回しとった。


「ちょっと! そこ、ボサッとせんと! 人参の乱切り、もっと手際ようやりなはれ! 料理は段取りが命やで!」


 うちが吠えるたびに、高名なシェフたちが「は、はい、督察官どの!」と返事をして、慣れん手つきで牛蒡の泥を落とす。ここはエルゼの侯爵就任を祝う「筑前煮パーティー」の拠点や。王妃様にも「おふくろの味、食べさせたるわ」って約束したからな。


 香ばしい鶏脂の匂いと、出汁の甘い香りが厨房いっぱいに広がって、ようやく一息つこうとしたその時やった。

 廊下をドタドタと駆け抜けてくる足音がして、カイルが息を切らして厨房に飛び込んできたんや。


「静江さん、大変です! 地下牢の警備兵が全滅……中から、悍ましい『毒気』が溢れ出しています!」


 うちの手が止まった。鍋の中でグツグツ言うてる人参が、一瞬だけ不吉な色に見えた。


「……アレン、火ぃ止めなはれ。カイル、案内し。……せっかくの地鶏、焦がしたら承知せえへんで」


 うちはエプロンを脱ぎ捨て、アイテムボックスへスッと仕舞い込むと、厨房の重苦しい空気を切り裂くように地下へと走り出した。

 階段を下りるごとに、鼻をつくのはさっきまでの出汁の香りとは真逆の、**「生きた肉が腐る匂い」**やった。かつての不浄が「古新聞のカビ」やとしたら、今は「真夏のゴミ捨て場にぶちまけられた、腐った臓物」のような、立ち眩みのする悪臭や。


 地下牢の鉄格子の前で、うちは足を止めた。そこにあったのは、もはや「惨殺」という言葉すら生ぬるい光景やった。

 床を磨かせていたはずのグレミオ公爵、そして「やり直せ」と温情をかけたはずの彼の妻と娘たちが、変わり果てた姿でそこに「在った」。

 床には、もはや人間のものではない、赤黒い血管のような組織が張り巡らされ、石壁の隙間からどろどろとした肉がせり出しとる。


「……なんや、これ。ただの殺しやないわ……」


 うちは思わずスカジャンの襟で鼻を覆った。普通の死体なら、そこにあるのは「無念」という名の冷たい影だけや。でも、今目の前にある肉塊からは、ドロドロとした黒い蒸気が、まるで意思を持って脈打っとる。


「静江さん、近づかないでください! この魔力の波長、あまりに邪悪で……この世の理から外れています!」

 カイルが顔を真っ青にして防御魔法を唱える。その「魔力」という言葉に、うちは本能的な違和感を覚えた。


(……魔力? 違うわ。これ、もっと身近で、もっと嫌な感じの……あ、そうや。これ、冷蔵庫の奥で忘れてた『何か』が、袋の中で勝手に生き物みたいになってる時の……)


 うちは即座にアイテムボックスから特大の水晶玉を取り出し、その場に跪いて両手を密着させた。

 指先が氷のように冷たく痺れるが、無視や。水晶の奥に映し出されたのは、肉眼では見えへん「魂の腐敗地図」やった。


「……あちゃー。これ、あきまへんわ」


 水晶越しに見ると、公爵たちの肉体から噴き出している黒い蒸気の中に、無数のトゲトゲした「黒い胞子」のような異物が混じっとるのが見えた。

 それは、この王国の幽霊あやかしたちが持つ、湿っぽくて暗いだけの怨念とは明らかに「種類」が違う。


「あんたら、これ見なはれ。この黒い粒々……王都のあやかしたちが持ってる『未練』とは別もんやわ。もっと外側から、無理やり植え付けられた……そう、**『外来種の強力なカビ』**や」


 うちには専門的な魔族の知識なんてあらへん。でも、58年主婦をやってれば、物がどうやって腐るかは嫌でも分かる。これは「放置されて腐った」んやなくて、**「腐敗を早める薬(種)を撒かれた」**時の崩れ方や。


「……憎しみっていう湿気に、魔族の『種』が食いついたんやわ。公爵の奥さんや娘さんの、うちや王国に対する逆恨み……そのドロドロした感情を苗床にして、何者かがこの死体を『呪いの培養液』に変えよったんや。中途半端に情けをかけて、この密閉された空間に『生ゴミ』を放置したのが、うちのミスやった……」


 肉壁の一部が、グチャリと音を立てて盛り上がった。そこには、公爵の末娘やったはずの少女の顔が形作られとる。だが、その瞳には光はなく、ただ真っ黒な闇が渦巻いとった。


「ヒヒッ……オカアサン……キタ……。コッチハ、アッタカイヨ……。オ掃除……シテ……クレルノ……?」


「静江さん、下がってください!」

 アレンが震える手で剣を抜いた。騎士としての正義感が、かつて自分が守るべきやったはずの家族の無残な成れの果てを前に、悲鳴を上げとる。


「アレン、震えてる暇ないで。これはな、うちが『分別』を甘くしたせいで出たゴミや。やり直せなんて言うて、中途半端な情けをかけたから、魔族の奴らに『絶好の苗床』をプレゼントしてしもたんやわ」


 霊視の使いすぎで、頭の奥がガンガンと鳴り出した。

 一瞬、視界が歪む。王宮の石壁が、大阪のマンションのゴミ集積所に重なる。カラスが群がって、ネットの隙間から生ゴミを引きずり出す、あの真っ黒な獣たちの瞳。


(……あぁ、そうや。ゴミはな、中途半端に置いといたらアカン。最後まで、回収車に乗せるまでが掃除なんや。分別を間違えたら、家ごと腐ってまう……)


 うちはスカジャンのポケットから、ハチミツ味の飴を一粒取り出し、噛み砕かずに口の中で転がした。


「……カイル。この『外来種のカビ』。どこから飛んできたんか、この肉塊の『根っこ』を辿れるか? 呪いなんて大層なもんに見せてるけど、元を辿れば、どこかにこの胞子を撒いた『元締め』がおるはずや」


「……やってみます。ですが、この汚染された思念に触れるのは、毒の海に飛び込むのと同じですよ」


「おばちゃんを誰やと思てんの。世界一、図太い主婦やで。これだけの特殊清掃、タダで済むと思うなよ。……魔族の親玉に、きっちり深夜残業代と危険手当の請求書、送ったげなあかんからな」


 うちは、感覚の消えかけた指先で水晶を強く握りしめた。

 王宮の地下は、もう「掃除」で済む段階を超えとった。

 これは、魔族領という名の「不法投棄の元締め」に対する、おばちゃんの怒りの宣戦布告やった。

 

 筑前煮が焦げへんうちに、このバイオハザード、片付けさせてもらうわ。


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