第35話 特殊清掃と、不法投棄の請求書
地下牢を包む、粘つくような悪臭。
肉壁から漏れ出す「ヒヒッ」という少女の成れの果ての笑い声が、アレンの精神をじりじりと削り取っていく。だが、うちは水晶玉を抱えたまま、一歩も退かへんかった。
「……カイル、分析は終わったか? このカビの元栓、どこのどいつが握っとる?」
カイルは眼鏡を指で押し上げ、水晶の表面に複雑な魔導式を投影した。彼の瞳は、かつてないほど冷徹な光を放っとる。
「……波長の解析、完了しました。静江さんの仰る通り、これは自律した怨念ではありません。魔族領の北東、『腐肉の森』に棲まう高位魔族――『屍術師・ゾルゲ』の魔力サインと一致します。あちらから遠隔で『種』を活性化させ、公爵家の憎しみを燃料にして、この王都に瘴気の汚染源を作ろうとしているんです」
「ゾルゲやな? よっしゃ、請求書の宛名は決まりやわ。……さて、アレン。そんな情けないツラしてんと、これ持ちなはれ」
うちは牢の入り口で震えていた守衛を怒鳴りつけた。
「今すぐ厨房へ走って、シェフに言いや。『督察官の命令や。厨房にある塩、残らず全部ここに持ってこい! 袋ごとや! 一粒も残すな!』ってな! ほら、早う行かんか!」
「は、はいいぃっ!」
守衛が転びそうになりながら階段を駆け上がっていく。数分後、王宮の厨房から屈強な下働きたちが、真っ白な塩が詰まった巨大な麻袋を五つも六つも、喘ぎながら運び込んできた。
「督察官……こ、これで全部です! 王宮の一ヶ月分の備蓄、すべて運びました!」
「ようやった。……よし、アレン。そのバケツにこの塩をドボドボに入れなはれ。底が見えんようになるまでや!」
うちはさらに厨房から拝借してきた『清め料理用の高純度聖水』の瓶を取り出し、塩の山にぶちまけた。バケツの中で、聖水と塩が激しく反応し、銀色の火花を散らしながらドロドロの液体へと変わっていく。
「……さて、仕上げやな。……おい、兄ちゃん! その持ってる槍、ちょっと貸しなはれ!」
うちは近くにいた別の騎士から、儀礼用の長い槍をひったくった。
「えっ、あ、督察官!? これは王家から賜った大切な――」
「国が滅びかけとんねん、ガタガタ言いな! それと、そこの角にある掃除用の水汲み場から、使い古しのボロ布持ってきなはれ。……よし、これをこうして、槍の先にぐるぐる巻きにして……」
うちは槍の穂先にボロ布を押し当て、手際よく頑丈な結び目で固定した。
槍の長さと、即席の布束。それは魔法の杖やない。現場で作り上げた『国家予算級の即席ロングモップ』や。
「これをこのバケツに浸して……アレン、あんたがこれ振り回して道を切り拓きなはれ! リーチがあるから、あの肉壁に直接触れんで済むわ!」
「……分かりました! 槍をモップにするなんて……でも、これなら戦えます!」
アレンが即席のモップ槍を掲げ、青白く輝く塩水を飛び散らせながら肉壁を叩き、洗い流していく。
「……悪いな、奥さん。嬢ちゃん。……あんたらの無念は、おばちゃんが全部まとめて預かったげる。こんな汚い場所でバケモノとして腐るより、さっさと燃えるゴミの日に乗って、空っぽになりなはれ!」
うちは残った数百キロの塩を、袋ごと部屋の四隅にぶちまけた。
おばちゃん流の『国家予算級・盛り塩結界』や。
肉塊が「ギャアアアッ!」と悲鳴を上げ、浄化の塩水に触れた箇所から煙を上げて溶けていく。
少女の顔をしていた肉壁が、一瞬だけ、元の幼い少女の安らかな寝顔に戻った気がした。
「……おやすみ。筑前煮の匂い、届けてあげたかったけどな」
数刻後。地下牢を満たしていたバイオハザードは、おばちゃんの徹底した「特殊清掃」によって一掃された。
後に残ったのは、不自然なほど清潔に磨き上げられ、塩の結晶でキラキラと輝く石造りの部屋だけや。
「……ふぅ。これでガサ入れ完了や。……カイル、アレン。あんたら、今のうちに荷造りしなはれ」
うちはスカジャンの襟を正し、北東の空を見据えた。
「次は、魔族領。不法投棄の罰金と、特殊清掃の追加料金……。王宮の塩と『槍一本』をこれだけ使い倒させた分も上乗せして、きっちり徴収しに行かな、割に合わんわ!」
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