第314話 五年越しの海鮮丼と、結ばれた二人の決意
上位監視者ナポの恐るべき反逆を、オカンの超絶アドリブと家族の連携によって完全鎮圧してから、数日の月日が流れた。
海底都市をすっぽりと覆う透明な分厚いドームの向こう側には、これまでこの街の誰も見たことがないような、圧倒的に美しく、生命力に満ち溢れた景色が広がっとった。
長年のメガコーポの不法投棄によって真っ黒な『死の海』やったはずの空間は、今や透き通るようなクリスタルブルーに輝き、海底には青々とした海藻の森がどこまでも続いている。
そして、うちらが泥だらけになって作った人工漁礁の周りには、銀色に光る大小様々な魚の群れが、まるで命の歓びを歌うように、キラキラと乱舞しとったんや。
「……静江さん! 第十二漁礁の網の引き上げ、完了しました! 水質データも極めて良好、今日の漁獲量も……文句なしの、大・大・大豊漁です!!」
ミナちゃんが、すっかり板についた防水作業着姿で、潮風(ドーム内の空調風)に髪を揺らしながら満面の笑顔で報告してくる。
彼女の背後には、深海用輸送艦の甲板に引き揚げられた巨大な網と、その中でピチピチと元気よく跳ね回る、銀色に輝く大量の魚たちの姿があった。
「おおぉぉっ! ええ型のお魚がいっぱい入っとるやないか! みんな、五年間の泥遊びが実を結んだな! よう頑張ったで!」
うちは、特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、ギラギラと光る深海ネイビーブルーのスカジャンを翻してガハハと笑った。
「おうよ! アタシらが何年もかけて組んだお魚の団地が、最高の漁場になったんだ! これでアクア・エデンの食卓は、毎日ごちそう祭りだぜ!」
リコが、巨大レンチを杖代わりにして、油と海水にまみれた顔で誇らしげに胸を張る。
「おいリコ、油断すんな。網が重すぎてクレーンが軋んでるぞ。俺が支えるから、ロックをしっかり確認しろ」
ザックが、新しいプロペラシールドの左腕をガシャリと鳴らして巨大な網の太いロープを力強く引っ張りながら、リコに指示を飛ばした。
汗だくになって網を支えるザックの横に、ミナちゃんがスッと自然な足取りで歩み寄る。
「ザックさん、お疲れ様です。はい、お水とタオル」
「……お、おう。サンキューな、ミナ」
ザックは少しだけ照れくさそうに頬を掻きながら、彼女から水筒とタオルを受け取った。
ミナちゃんは、彼が水を飲むのを嬉しそうに見つめ、彼がこぼした水滴を自分の袖でサッと拭ってやる。
言葉を多く交わさずとも、二人の間には阿吽の呼吸と、長年連れ添った夫婦のような温かい空気が完全に出来上がっとった。
「……なぁリコ。あいつら、いつの間にあんな空気に包まれるようになったんや」
うちがニヤニヤしながら小声で聞くと、リコも呆れたように肩をすくめた。
「さぁな。この数年間、配管工事やら海の手入れやらで、ずっと一緒に泥まみれになってたからな。……スラムの顔役と、元上層のお嬢様が、今じゃすっかり『世話焼き女房と不器用な旦那』って感じだぜ。見てるこっちが照れくさくなるよ」
「ガハハハ! ええこっちゃないの。一緒に泥水すすって、一緒に汗かいたんやから、情が移るんは人間の当たり前の機能やわ」
うちは満足げに頷き、甲板に集まった住人たちに向かって、拡声魔道具を口に当てて叫んだ。
「さぁ、みんな! 海の復活と大漁のお祝いや! 今日はおばちゃんが、特大の『海鮮丼』を腹いっぱい振る舞ったるでぇぇッ!」
「「「うおおおおぉぉぉぉッ!!!」」」
ドーム都市の住人たちから、割れんばかりの歓声が上がる。
メガコーポの無機質なペーストしか知らなかった彼らにとって、自分たちの手で海を再生させ、本物の命を頂くという行為は、何にも代えがたい極上のごちそうなんや。
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その日の夕方。
ドームの広場には特大のテーブルが並べられ、炊きたての真っ白なご飯の上に、さっき獲れたばかりの新鮮なお刺身がこれでもかというほど乗せられた『オカン特製・海鮮丼』が、全員に振る舞われとった。
大和郷を旅していた時に仕入れていた特濃の醤油をたらし、一口かき込むたびに、住人たちの口から幸せの溜息が漏れる。
「……うめぇ……。魚の脂と、醤油の香ばしさが……口の中でとろけていく……!」
「数年間、泥水すすって頑張ってきて……本当によかった。この海鮮丼の味、一生忘れないわ……」
スラムの住人も、上層のエリートたちも、もはや階層の壁など完全に忘れ、お互いの肩を叩き合って喜びを分かち合っとる。
うちも、山盛りの海鮮丼を掻き込みながら、その温かい景色をじっと見渡した。
「……あの、静江さん。少し、お時間よろしいですか?」
ふと、ミナちゃんが、隣にザックを連れてうちの前にやってきた。
二人の顔は、いつになく真剣で、しっかりとした覚悟に満ちとった。
「ん? どないしたんや、二人揃って。おかわりならまだぎょうさんあるで?」
「いえ、そうじゃなくて……。私たち、静江さんにどうしても伝えておきたいことがあるんです」
ミナちゃんは、隣に立つザックの太い腕にそっと自分の手を添え、真っ直ぐにうちの目を見つめた。
「……私、ずっとメガコーポのシステムが決めた『完璧な遺伝子マッチング』に怯えて、逃げ出してきました。……でも、この数年間、静江さんたちと一緒に泥だらけになって、この街と海を綺麗にしてきて……やっと、自分の人生の『本当の答え』を見つけたんです」
ミナちゃんの言葉に、ザックも深く頷き、照れ隠しのように鼻の頭をこすった。
「……オカン。俺たち、一緒になることにしたんだ。……この街で、こいつと家族になって、生きていくって決めた」
ザックの不器用で、けれど真っ直ぐな宣言。
広場の喧騒の中で、その言葉はうちの胸のド真ん中に、温かい塊となってストンと落ちてきた。
「……AIが計算した完璧な相手なんかじゃない。私が自分で選んだ、最高に不器用で、泥臭くて、優しい人です。……私、彼と一緒に、そしてこの街の住人たちと一緒に、私たちが再生させたこの美しい海を、これからもずっと守っていきたいんです」
ミナちゃんの瞳から、ポロリと一粒の美しい涙がこぼれ落ちる。
「……そうか。あんたら、もう立派な夫婦やな」
うちは箸を置き、特大のゴミ拾いトングを肩に担いで、パイプ椅子から立ち上がった。
そして、二人の頭を、ちょっとだけ乱暴に、でも思いっきり優しく撫で回してやった。
「ええか、夫婦っちゅうのはな、海と一緒でいつも穏やかなわけやないで。嵐の日もあるし、喧嘩して口もきかん日もある。……でもな、泥被っても一緒に掃除して、美味い飯食うて笑い合えば、絶対にまた綺麗な海に戻るんや。……あんたらなら、絶対に大丈夫やわ!」
「静江さん……っ!」
「オカン……ありがとう、本当に……!」
ミナちゃんが泣き崩れてうちの胸に飛び込み、ザックも目を真っ赤にして深く頭を下げた。
「ガハハハ! 泣くのはまだ早い! 泣く暇があったら、もっと海鮮丼食いなはれ! ……この街と海のこと、うちらの後もしっかり頼んだで、新米夫婦!」
おばちゃんの心からの祝福に、リコや周囲の住人たちも一斉に拍手と歓声を送り、広場はこれまでで一番の温かい熱気に包まれた。
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「……素晴らしい光景ですね。これが、計算式には存在しない『感情の共有』という現象ですか」
広場の隅で、お茶をすすりながらその様子を眺めていたナポが、くすんだレンズをチカチカさせて呟いた。
飴ちゃんの魔力によって感情回路が芽生え、冷酷な監視者としての殻を脱ぎ捨てた彼は、今やかつての「ポンコツ案内人」の姿のまま、街のシステムを陰ながらサポートする心強い味方になっとった。
「おう、ナポ。あんたも海鮮丼食うか? あ、機械やから食えへんかったな」
リコがニヤニヤしながらナポの肩を叩く。
「ええ。ですが、この温かい空気のデータは、私のメモリにしっかりと保存させていただきました。……静江さん。私はこれからも、この海底都市の管理AIとして、彼ら『人間』の不合理で愛おしい生活を、見守り、サポートし続けようと思います」
「よっしゃ、頼んだで! あんたみたいな超高度なAIが味方におれば、メガコーポの残党が来ても指一本触れられへんわ!」
うちはナポの銀色の装甲をトントンと叩き、満足げに頷いた。
海底都市の再生と、新しい家族の誕生。
これでおばちゃんのこの街での「出張鑑定(大掃除)」は、完全に完了したんや。
「……さて。腹も膨れたし、そろそろ次の仕事に行かなアカンな」
うちがぽつりと呟くと、リコが巨大レンチを肩に担ぎ直して、ニヤリと笑った。
「おうよ! アタシの魔改造バギーの出番だな。……で、次の掃除現場はどこだ?」
「メガコーポの親玉がふんぞり返ってるっちゅうても、この星にはまだ、あいつらが散らかした『特大のゴミ屋敷(重度汚染エリア)』がぎょうさん残っとるはずや」
うちは、特大のサングラスを押し上げ、ドームの窓の向こう……はるか地上の空を睨みつけた。
「ミナちゃんの情報によれば、ここからずっと北へ向かった地上に、『腐毒の樹海』っちゅう、メガコーポが化学廃液を垂れ流し続けた最悪の森があるらしいわ。星の再生を完遂するには、そこをピカピカに漂白せなアカン!」
「腐毒の樹海……! スラムの連中の間でも、近づいただけで肺が溶けるって噂の、地獄の森じゃねえか。アタシらの次の相手には不足はねえな!」
リコが好戦的に笑い、拳を鳴らす。
「せや! この星全体をピカピカの命の星に戻すまで、おばちゃんの出張鑑定は終わらへんで! 明日の朝一番で、地上へ向けて出発や!」
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翌朝。
海底都市の巨大なゲートの前に、整備を完璧に終えたリコの魔改造バギーが、重低音を響かせて待機しとった。
「おうよ! アタシの魔改造バギー、長旅の準備はバッチリだぜ! ……って、姐さん。なんだよその荷物の山の量は!」
運転席でハンドルを握っていたリコが、バギーの後ろを見て目を丸くする。
「当たり前やろ! これから向かう『腐毒の樹海』は、メガコーポが毒を垂れ流した不法投棄の森や。まともなご飯なんかあるわけないんやから、お弁当(仕入れ)はたっぷり持っていかなアカンねん!」
うちは特大のゴミ拾いトングを肩に担ぎ、バギーの荷台や、自分のアイテムボックスの中に、これでもかというほど大量の木箱やクーラーボックスを詰め込んどった。
クーラーボックスの中には、海底都市のシステムを応用した『魔法の氷』が敷き詰められとる。
「静江さん! 第十二漁礁で今朝獲れたばかりの、ピチピチの海鮮です! クーラーボックスの一番底に入れておきますね!」
ミナちゃんが、作業着姿で重たい発泡スチロールの箱を抱えて運んできた。
中には、うちらが何年もかけて再生させた海で育った、まるまると太った銀色の魚や、巨大なエビ、カニがギッシリと詰まっとる。
「おおきに、ミナちゃん! これでお出汁とったら最高のスープができるわ!」
「オカン、こっちも忘れるな! スラムの地下農園で俺たちが育てた、特大シイタケと極太もやしだ! 日持ちするように乾燥させたやつも、麻袋にギッシリ入れてあるからな!」
ザックが、新しいプロペラシールドの左腕をガシャリと鳴らして、自分の背丈ほどもある巨大な麻袋を、バギーの屋根にしっかりと括り付けてくれた。
「ガハハハ! ザックも気が利くやないの! 海の幸と、スラムの暗闇で育った山の幸! これだけあればどんな毒の森でも、胃袋掴んで最高のごちそうが作れるわ!」
これこそが、何年もの泥臭いお掃除の結晶や。
うちらが自らの手で綺麗にした海と、スラムのどん底から育った命の恵み。これを次の荒れ果てた土地へ持っていくことこそが、オカンの「出張鑑定」の一番の武器なんやから。
「……静江さん、リコさん。本当に、行ってしまうんですね」
荷降ろしを終えたミナちゃんが、涙を堪えきれずにうちの手を強く握りしめた。
「泣きなや、ミナちゃん。あんたはもう、この街の立派なおかみさんやで。ザックと二人で、美味しいもんいっぱい作って、笑顔で暮らしなはれ!」
「はい……! 絶対に、この街と海をみんなで守っていきます!」
ザックも、深く頭を下げてうちとリコに感謝の意を示した。
「オカン、リコ。あんたらの背中、一生忘れねえ。……絶対に生きて、またこの街の海鮮丼食いに帰ってこいよ!」
「おうよ! その時は、もっとデカい魚獲っとけよ!」
リコが拳を突き出し、ザックと軽くぶつけ合う。
うちはバギーの助手席に乗り込み、窓を開けて海底都市のみんなに向かって、メガホン越しに腹の底から叫んだ。
「ほな、みんな! 留守番しっかり頼んだで! おばちゃんはちょっと地上まで、次の出張鑑定(大掃除)に行ってくるわぁぁッ!」
「「「オオォォォォォッ!! 気をつけてな、オカン!!」」」
住人たちの割れんばかりの歓声と、ナポの敬礼に見送られながら。
キュイィィィィンッ!!!
リコがアクセルを限界まで踏み込むと、魔改造バギーは海底トンネルを一気に駆け上がり、光の差し込む地上の荒野へと向かって、猛スピードで爆走していったんや。
荷台にパンパンに詰め込んだ「海底都市の海鮮」と「スラムの極上キノコ」という最高のお弁当を携えて。
おばちゃんとヤンキー整備士の泥臭いロードムービーは、宇宙へなど逃げず、地に足をつけて星を再生させるため、新たな特大のゴミ屋敷(腐毒の樹海)へと突き進んでいく!




