第3話 無一文のギャルと、ポケットの掃除道具
広場を全速力で駆けていくアレン君の背中を見送りながら、うちは大きく伸びをした。
「……ふぅ。ええ仕事したわ」
彼ならきっと、自分を縛り付けていた過去を断ち切って、一回りも二回りもデカくなって帰ってくるやろう。占い師としての直感が、そう告げとった。
「さてと。アレン君はええとして、問題はうちやな」
うちは水晶玉をホットパンツのポッケ(といっても四次元ポケットやが)に仕舞い、改めて自分の状況を確認することにした。
異世界への転生初日。若返ったピチピチのギャルボディを手に入れたんはええけど、このままやと今夜の宿も、温かい晩御飯もあらへん。
「神様、アイテムボックスには無限の飴ちゃんと占い道具を入れといたって言うてたけど……他に何が入ってるんやろ」
うちはポッケの中に手を突っ込み、頭の中で『うちの持ち物』と念じてみた。
すると、次から次へと、見覚えのあるもんが手元に現れたんや。
「……なんやこれ! うちやのうて、ギャルのクローゼットの中身が丸ごと入っとるやんか!?」
出てきたのは、大阪の商店街で若い子が入りそうなお店に並んでいた派手な衣類の数々。ヒョウ柄のシャツ、スパンコールのドレス、ド派手な柄のスカジャンといったもんばかりや。さらには、つけまつげやキラキラのアイシャドウが入ったメイク道具一式まで、きっちり揃っとる。
「服と化粧品があるんは助かるわぁ。……ん? まだなんかあるな……これ、店の前に置いといた掃除道具やないの!」
ズルズルと引きずり出したのは、使い込まれた『竹箒』と『塵取り』、そして商店街の清掃活動で愛用していた『特大ゴミ拾いトング』やった。
どうやらあの骸骨の神様、うちの今の若い身体に合わせて、気を利かせて(あるいは手違いで)ギャル用の服やメイク道具を大量に詰め込んでくれたらしい。
「……神様! あんた、気ぃ利かせたつもりかもしれんけど、中身は五十八歳のおばちゃんやで!? もうちょっと落ち着いた、せめて膝下まであるスカートとか、冷え防止の腹巻きくらい入れといてくれへんか!? ほんで、なんで掃除道具と服を一緒のスペースに無造作に突っ込んどんねん! 服に埃がつくやろが、この大雑把!」
うちは空に向かって盛大にツッコミを入れた。
それに神様! 服と掃除道具まで入れといて、なんで『お財布』だけは入れてくれへんかったんや! 今のうち、完全な無一文やんか!
いくら不老不死で死なへん言うても、野宿はお腹冷えるし、何より風呂に入られへんのは耐えられへん。早急に日銭を稼がなあかん。
「しゃあない、まずは商売や!」
うちは広場の端っこ、人通りの多い噴水の横に陣取ると、アイテムボックスから愛用の折りたたみ式パイプ椅子を取り出し、ガシャン! と勢いよく広げた。
そして、空の木箱を机代わりにひっくり返し、その上にベルベットの布を敷いて、タロットカードと水晶玉を並べた。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 大阪・心斎橋で噂の占い師、静江の異世界出張鑑定やで! 恋の悩みも、今晩の献立も、あんたの未来をズバッと当てたるわ!」
うちは道行く人々に威勢よく声を張り上げた。
……やけど、反応は芳しくなかった。
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「……おい、見ろよあの女。なんだあの派手な服は。下着みたいな姿で何やってるんだ?」
「占い師って言ってるけど……どう見ても、夜の路地裏に立つ『そういう女』だろ? 真っ昼間から広場で堂々と商売とは、ずいぶん厚かましいな」
街の連中は、遠巻きにヒソヒソと囁き合うばかりで、誰一人としてうちの前に座ろうとせえへん。
無理もないわな。極端に短いホットパンツに、胸元がガッツリ開いたキャミソール。おまけに金髪の盛り髪と、ギラギラ光るデコネイルや。この中世ヨーロッパみたいな石造りの街並みの中で、うちは完全に「いかがわしい異物」やった。
「……あー、やっぱりこの服、アカンかぁ。ギャルの着ぐるみはええけど、もうちょっと布面積の多いやつにしてほしかったわ。これじゃ占い師やのうて、完全に怪しいお姉さんやんか。……いや、中身は五十八歳のおばちゃんやねんけど」
客が来ないまま、小一時間が経過した。
「……腹減ったなぁ。メロン味の飴ちゃんで凌げる言うても、やっぱり温かいお出汁とか、お肉が恋しいわ」
うちが飴を口に放り込んで空腹をごまかしていた、その時やった。
「へへっ……。ねえちゃん、暇そうじゃねえか。占いなんて怪しい商売、儲かんないだろ?」
酒臭い息を吐きながら、二人のガラの悪い男がうちのパイプ椅子の前に立ち塞がった。
身なりからして、この辺のゴロツキか、昼間から酒を煽ってるタチの悪い傭兵やろう。
「おっ、お客さんか? 占ってほしいなら、まずそこに座りなはれ。一回銀貨一枚……って、相場が分からんから、とりあえずパン一つ買えるくらいでええわ」
「ハッ、とぼけんなよ。こんなハデな格好して、男を誘ってんだろ? どうだ、占いなんかより、そのピチピチの体で稼いだ方が手っ取り早いぜ。一晩、いくらだ?」
男がニタニタと下卑た笑いを浮かべ、汚れた銅貨が数枚入った袋をうちの鼻先に突き出してきた。
完全に「夜の女」と勘違いしとる。
うちは、パイプ椅子にどっかと座り、足を組んだまま大きく溜息をついた。
「……あんた、ええ加減にしなはれや。うちは一晩つき合うても、あんたの不摂生な生活習慣への説教しかせえへんで。それでもええんか? 高いつくよぉ」
「な、なんだと……?」
男がムッとして顔をしかめる。
「あんた、酒の飲みすぎで肝臓が悲鳴上げとるわ。目の白目が黄色くなってるし、肌もカサカサや。それに、その足の浮腫み……最近、まともに寝てへんやろ? そんな状態で女を抱こうなんて、百年早いわ!」
「なっ……! き、貴様、俺をコケにする気か!」
図星を突かれた男が逆上し、太い腕を振り上げてうちの胸ぐらを掴もうとしてきた。
やけど、うちは逃げも隠れもせえへん。
アイテムボックスから、鮮やかな黄色の「レモン味」と「オレンジ味」の飴ちゃんを二つ同時に取り出し、男が口を開けて怒鳴ろうとした瞬間に、指で弾いてポンッと放り込んだ。
「んぐっ……!? な、なにを……毒、か!?」
「毒ちゃうわ! 疲労回復と精神安定のサプリメントや! ええから黙って舐めなはれ! あんたのそのイライラはな、ただの寝不足と栄養失調や!」
男がペッ、と吐き出そうとした瞬間、強烈な柑橘系の酸味と甘みが舌の上で弾けた。
「……あ、あれ……? なんだこれ……」
怒りで真っ赤になっていた男の顔から、みるみると血の気が引き、憑き物が落ちたように穏やかな表情になっていく。
パンパンに張っていた足の浮腫みも楽になり、荒れていた呼吸がスゥッと落ち着いていくのが分かったんや。
「……うそだろ。身体が……すげえ軽い。二日酔いのガンガンする頭痛も消えたぞ……」
「せやろ。気が済んだら、その銅貨で酒やのうて、温かい野菜スープでも飲んで、今日はさっさと家に帰って寝なはれ!」
うちは立ち上がり、アイテムボックスから『竹箒』と『特大ゴミ拾いトング』を取り出した。
「ほら! スッキリしたんならさっさと帰りなはれ! いつまでもそこに立ってたら、商売の邪魔や! あんたらの汚い性根ごと、塵取りで掃き集めたろか!」
うちは竹箒でバサバサと彼らの足元を掃き、トングでシッシッと犬を追い払うように手を振った。
男たちは、うちの派手なギャル姿と、飛び出した「オカン全開の健康指導と掃除道具」のギャップに完全に毒気を抜かれ、「す、すまねえ……」とペコペコ頭を下げながら、逃げるように路地裏へと消えていった。
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「……やれやれ。異世界に来ても、おっさんの健康指導せなあかんとはな」
うちは箒とトングをボックスにしまい、パイプ椅子に深くもたれかかって大きく伸びをした。
トラブルは解決したけど、結局一文も稼げてへん。
太陽はすでに西の空へと傾き、街の建物が長い影を落とし始めとる。
石畳の道に、魔導灯と呼ばれる淡い光がぽつぽつと灯り始めた。街には、夕飯の買い出しを急ぐ主婦たちや、仕事終わりの男たちの活気が溢れ、どこからか肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
「あー、お腹減った……。飴ちゃんで腹は膨れてるはずやのに、やっぱり『温かいご飯』の匂いには勝たれへんわ。このままやと、ホンマに噴水の前で野宿やな……」
うちはタロットカードを片付け、パイプ椅子をガシャンと畳んで、肩を落とした。
と、その時やった。
「静江さん!!」
夕闇の迫る広場の向こうから、息を切らして駆け寄ってくる足音があった。
顔を上げると、そこには、昼間送り出したあの青年――アレンが立っとった。
駆け寄ってくる彼の足取りは、昼間とは見違えるほど軽い。背筋がぴんと伸び、その瞳には迷いの欠片もなかった。
手には、ズッシリと重そうな革袋を握りしめとる。
「アレン君……! あんた、無事やったんか!」
「戻りました! あんたの占いの通りでした。俺、一人でやれたんです!」
アレンはうちの前に立つと、持っていた革袋を嬉しそうに軽く振って見せた。チャリン、と景気のええ金属音が響く。
「これ、魔物を倒して手に入れた魔石を換金してきたんです。これまでの稼ぎが馬鹿らしくなるくらいの額になって……」
アレンの顔は、泥と汗にまみれとったけど、憑き物が落ちたようにスッキリと晴れ渡っとった。
その顔を見て、うちの心の中にあった「野宿の不安」なんて、一瞬で吹き飛んでしもうた。
「そうか……! ええ顔になったやんか。やっぱりあんたは、自分の足で走るんが一番似合うてるわ!」
うちは、自分のこと以上に嬉しくなって、彼の背中をバシバシと力強く叩いた。
「……全部、静江さんのおかげです。お礼をさせてください。まずは、今夜の寝床を探しましょう。この街は初めてなんですよね? 俺が、とびきり美味い飯を奢りますよ!」
「ホンマか!? 助かるわぁ! あんた、ええとこあるやんか!」
無一文のギャル占い師の、異世界転生初日。
親切なアレンの帰還によって、野宿の危機は見事に回避され、うちらは肉の焼ける匂いが漂う、賑やかな酒場へと向かって歩き出したんや。
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