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大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる ―運命は変わってへんで―  作者: 川原 源明


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第2話 追い出された青年

 神様が霧のように消えてから、うちはしばらく草原のど真ん中で途方に暮れとった。


「……あかん。これ、夢やなかったらほんまに笑えへんで」


 吹き抜ける風が、無防備に放り出されたお腹を容赦なく冷やしていく。どこを向いても見渡す限りの緑、緑、緑。大阪のコンクリートジャングルが恋しくてたまらへん。


「っていうか、風通しが良すぎて、おへそが行方不明になりそうやわ。このハデハデな格好、見れば見るほど落ち着かへんし……。神様、せめて腹巻きの一枚くらいサービスしてくれてもバチ当たらんのとちゃう?」


 自分の太ももをパチンと叩いてみる。若返った肌は驚くほど弾力があって、パツパツのホットパンツが食い込んで痛いくらいや。とりあえず人里を探さなあかんけど、どっちに行けばええのやら。見上げる空には紫色の雲が流れ、太陽の位置もなんや怪しい。


 うちはふぅ、と溜息をつき、ホットパンツの小さなポッケを意識して手を突っ込んだ。


「……よし、おるな。教えてえな、カードさん。おばちゃんの新生活、どっちに行けば道が開けるん?」


 取り出したタロットを宙に放ると、見えない何かに操られるようにシュシュシュッとカードが舞い踊る。空中でピタリと静止した三枚のカード。真ん中の一枚がくるりと裏返った。


「『星』の正位置……。ふん、希望が見えるっちゅう暗示やな。あっちの方角か」


 カードが示したのは、なだらかな丘の向こう側やった。よし、決まりや。……でもその前に、一番大事なことを忘れたらあかん。


「腹が減っては、占いはできんからな」


 アイテムボックスから、キラキラと輝く「メロン味」の飴ちゃんを一つ、口に放り込む。


「……んん!?」


 その瞬間、ただの飴とは思えんほどの濃厚な風味が舌の上で爆発した。完熟メロンの果汁をそのまま煮詰めたような甘みと、なぜかステーキでも食べた後のようなズッシリとした満足感が腹の底から湧き上がってくる。


「なんやこれ、お肉食べた後みたいな満足感やんか! メロン味やのに……。神様、これだけはええ仕事したな。これなら食いっぱぐれる心配はなさそうやわ」


 エネルギーも満タン、足取りも軽くなったところで、うちはカードが示した方角へ一時間ほど歩いた。すると、ようやく大きな石造りの門と、それを守る門番の姿が見えてきた。


 街の中に入ると、そこはまるで映画のセットを千倍に膨らませたような活気に満ちとった。


「へぇ~、えらい賑やかやなぁ。心斎橋のセール時期みたいやわ」


 行き交う人々は、耳の尖ったエルフやら、背は低いけど横幅がうちの三倍くらいあるドワーフやら、多種多様。露店からは嗅いだこともないスパイスの香りが漂い、鉄を打つ音や商人の怒鳴り声が重なって、独特のメロディを作っとる。


 うちは興味津々で歩きながら、異世界の「商売」を観察することにした。


「おっちゃん、その串焼き、一本いくらや?」


「おぉ、見慣れねえ派手な格好の姉ちゃんだな! 銅貨三枚だよ!」


「銅貨……。ごめんな、今細かいの切らしてんねん。また来るわ」


 愛想笑いをして離れる。神様の言う通り、一文無し。あるのは「無限の飴ちゃん」と「当たる占い」だけ。


「ま、なんとかなるやろ。大阪のおばちゃんを舐めたらあかんで」


 そう独り言を言いながら街の中央広場まで来たとき、ふと、周りの空気とは明らかに違う「淀んだ気配」を感じて、うちの足が止まった。


 広場の大きな噴水の縁。そこに、魂がどっかに飛んでいったような顔をして、地面の石畳をじっと見つめとる青年がおった。


 背負った剣は手入れが行き届かず、あちこち刃こぼれしとる。革の防具もボロボロ。通りがかる冒険者風の連中が、彼を指さしてヒソヒソと笑っとった。


「……おい見ろよ、まだあそこにいやがる。無能アレン」


「パーティーの足を引っ張りすぎて追放されたってな。惨めなもんだ」


 青年の肩が、その言葉を浴びるたびにビクッと震える。うちはその背中を見て、思わず舌打ちした。


「……あかん。ああいう顔してる子、放っとかれへんねん」


 うちは大股で青年の前に歩み寄り、ホットパンツから溢れんばかりの美脚を組んで、彼の目の前に立った。


「……あんた、えらいシケた面しとるなぁ。そんな顔してたら、幸せが逃げるどころか、不幸の神さんが行列作って並びに来るで?」


 青年は力なく顔を上げた。その瞳は濁り、希望の「き」の字も見当たらへん。


「……あんた、誰だよ。そんな派手な格好して……俺を笑いに来たのか?」


「笑うわけないやろ。うちは占い師。名前は静江や。……あんた、ちょっとその剣見せてみ」


「剣? ああ……もう、ただの鉄屑だよ」


 うちは彼の腰の剣をのぞき込んだ。刃こぼれの位置が、剣の先端ではなく、根本に近い部分に集中している。それに、彼の右手の指先――人差し指と中指の側面だけに、妙なタコができとる。


 うちは懐から水晶を取り出し、そっと指を触れた。すると、アレンの背後に、腰の曲がった小さなおばあちゃんの霊が、おろおろしながら浮かび上がった。


『ああ……。アレン、そんなに自分を責めないで。あの子、本当は誰よりも速く動けるのに。集中しすぎて、周りが止まって見えるほどなのにねぇ……』


 霊の呟きが、水晶を通じて耳に届く。うちは確信した。


「……疑うんは後でええ。ちょっと座りなはれ」


 うちは半ば強引に彼の隣に腰掛けた。


「あんた、仲間にひどいこと言われて追い出されたんやろ? 『無能』とか『足手まとい』とか。……でもな、カードはそんなこと一言も言うてへんで」


 うちは指先を弾いた。パパパッ、と宙にカードが展開される。


「なっ……!? カードが浮いて……」


「静かに。集中し。……さあ、出たわ」


 広げられたのは、『運命の輪』、逆位置の『魔術師』、そして『審判』の正位置。


「ええか、よう聞きや。あんた、自分のことを『地味で役に立たん』と思てるやろ。でもな、あんたの剣の傷、全部『後の先』を取ろうとした跡やんか。相手が動くのを待って、一番いいタイミングで斬ろうとしてる。それは、あんたの目が周りより良すぎるからや」


 青年――アレンは息を呑んだ。


「カードはな、あんたが『器用貧乏』に陥っとるって言うてる。多人数で足並み揃えて戦うパーティー戦やと、あんた一人の感覚が速すぎて、逆に周りのノロさにイライラしてズレが生じてまう。……あんたは一人、孤独な戦場においてこそ、神の如き強さを発揮するタイプなんやわ」


「俺が……強い? そんなはずない。いつも連携を乱すって怒られて……」


「それはあんたが、自分より遅い連中に無理やり合わせようとしとったからや! 鈍足の亀にウサギが合わせる必要がどこにある? カードは『解放』を求めてる。あんたを追い出した連中は、もうすぐ自分らの身の程を知ることになるわ。大きな壁にぶち当たって、泣きっ面さらすはずや」


 うちは立ち上がり、カードをシュッと一箇所に集めて消した。


「その時、あんたが一人でその壁をぶち抜いて、後ろから悠々と追い抜いてやるんや。それが、あんたが選ぶべき未来やで」


 アレンの瞳に、ほんの少し、火が灯ったような気がした。


「……俺が、一人で……できるのか?」


「できるかできへんかやない。やるんや。……ほら、これ食べ。リンゴ味や。これ舐めたら、嫌なこと全部忘れて、前向きになれる。おばちゃん特製の魔法の飴や」


 赤い飴を彼の掌に押し付ける。アレンは戸惑いながらも、それを口に入れた。


「……甘い。……なんだか、胸のつかえが取れるような……」


「せやろ? あんた、名前は?」


「……アレン、です」


「アレン君な。ええか、あんたを捨てた連中に『あの時捨てんで良かったわ』って泣いて土下座させるくらい、派手に暴れてきなはれ。占いの結果は、バッチリ『大逆転』や!」


 アレンはゆっくりと立ち上がった。その背中からは、さっきまでの死相が消え、静かな決意が滲み出とる。


「……行ってくるよ、静江さん。俺、もう一度、自分を信じてみる」


「せや、その意気や! あ、占代は出世払いでええからな。しっかり稼いで戻ってきぃや!」


 全速力で広場を駆けていく彼の背中を見送りながら、うちは大きく伸びをした。


「……ふぅ。ええ仕事したわ。さて、アレン君はええとして、問題はうちやな」


 うちは水晶をポッケに仕舞い、再び賑やかな街の雑踏へと歩き出した。


「占いは当たった。あとは、うちの今夜の宿やな。どこかに親切で、晩御飯奢ってくれるような奇特な人はおらんかねぇ……」


 夕暮れに染まり始めた異世界の街。ギャル姿のおばちゃんは、派手なネイルを光らせながら、次の「獲物」を探してズンズンと進んでいく。


 運命は、まだ始まったばかりなんやから。



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