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第1話  大阪のおばちゃん占い師、異世界に転生しギャルとなる

挿絵(By みてみん)

 人生、何が起きるか分からんもんや、と常々思ってはいたけれど、まさか死んでからも人生が続くなんて誰が想像したやろうか。


 うちの名前は御堂静江みどう・しずえ、五十八歳。ついさっきまで、心斎橋の端っこで、ガタのきたパイプ椅子に腰掛けてタロットを繰っとったはずやったんや。


 通りゆく人らを眺めながら、人生に迷った迷い羊たちを、毒舌半分、優しさ半分で笑わせて送り出すんが、うちの日課やった。


「あんた、物は捨てられても、心までは捨てたらあかん。しんどい時はな、甘いもん食べたらええねん。また明日、おいで」


 そう言って、ボロボロの手編みのミトンを握りしめ、「すべてを捨てたい」と泣きそうに笑う最後の客(青年)に飴ちゃんを渡し、店じまいの準備を始めた矢先のことやった。


 愛用の水晶玉にふっと触れた瞬間、指先から脳天まで突き抜けるような、身の毛もよだつ振動が走ったんや。足元から突き上げるような激しい揺れ。商店街のアーケードが悲鳴を上げ、視界がぐにゃりと歪む。


「うわっ! 阪神大震災の再来か!?」


 叫んだ言葉は、空気を切り裂くような轟音にかき消された。

 意識がホワイトアウトし、真っ白な闇の中へ吸い込まれていく。

 その瞬間、うちの脳裏をよぎったんは「今晩のカレー、火止めたっけな……」という、どないでもええ後悔と――


(……あぁ。結局、押し入れに突っ込んだままの段ボール……あの人らの遺品、片付けへんままやったな……)


 そんな、見ないふりをして逃げてきた、心の奥底の後悔だけやった。


===========


 意識が浮上したとき、最初に感じたんが鼻を突く「草の匂い」と、肌を刺すような冷たい風やった。


 ゆっくりと目を開ける。そこには、慣れ親しんだ大阪の街並みも、商店街のボロいシャッターもあらへん。見上げる空には、薄紫色の雲が流れ、遠くの方には見たこともないほど巨大な翼竜みたいな影が、悠々と空を泳いどった。


「……なんや、ここ。USJの新エリアにしては、出来が良すぎへんか」


 体を起こそうとして、自分の手に目が止まった。

 そこにあったんは、シミもシワも一つもない、透き通るような白い肌。おまけに、派手なラインストーンでデコられた、異様に長いネイル。


 驚いて自分の体に触れれば、豊満な胸元は布面積の極端に少ないキャミソールに包まれ、下半身はベルトと見紛うようなホットパンツ。腰まで届く派手な茶髪が、サラリと肩からこぼれ落ちた。


 慌てて近くの水たまりに顔を映すと、そこにいたんは五十八歳の「御堂静江」やなくて、道頓堀でタピオカ啜ってそうな、コテコテの「ギャル」やったんや。


「嘘やん……。うち、若返ったん? 嬉しいけど……よりによってこの格好? お腹冷えるわ、こんなん! 誰や、こんな趣味悪い着せ替えしたんは!」


『……ようやく目覚めたか、迷い子よ』


 頭の中に、古いお寺の鐘を叩いたような、重厚な響きが響き渡る。


「なんや? 気のせいか?」


『気のせいではない。そのまま話を聞け』


「幽霊さんかいな……。霊視はするけど、あんたの姿が見えんねん」


『人の話を聞けと言っている』


「はいはい、わかった。んで、なんやの?」


『ここはお前のいた世界ではない』


「そらそうやろなぁ。どう見ても心斎橋やないし、空気もやたらとうまいわ」


『そうだ。死んだお前を、私がここに導いた』


「……は? うち、死んだんかいな」


 思えば、ここに来る直前のあの揺れ。あの建物、ボロボロやったしなぁ……。


「うちは、あそこでぺしゃんこになったんか」


『お前の死にざまなどどうでもよい。これからお前に頼みがある』


「人の死にざまを『どうでもええ』とは、えらい言い草やな。んで、なんやねん」


『この世界は、このまま放っておけば遠い未来に崩壊するだろう』


「なんやて。せっかく若返ったのに、またすぐ死ぬんかいな」


『案ずるな。私が与えた力により、お前に寿命は存在しない。身体もそのままだ』


「不老不死ってやつかいな。人魚の肝なんて食べてへんのに……」


『いちいち、茶々を入れるでない』


「はいはい。んで、うちになんの用や」


『お前の力で、迷える者たちを導くだけでよい』


「そない言われてもなぁ。商売道具のタロットも水晶も、どこにもあらへんし」


『それは問題ない。タロットを意識して、ポケットに手を突っ込んでみよ』


 言われた通り、ホットパンツのポッケに手を入れ、“タロット”と意識してみる。すると、本来なら入るはずのないサイズの塊が、手元にヌルッと現れた。


「なんやこれ……。うち、どっかの青い猫型ロボットちゃいまっせ」


 取り出したんは、使い込んだ革ケース入りのタロットやった。


『しまう時は、“しまう”と意識すればよい』


 試しに念じると、手元からタロットがスッと消えた。


「ほんまや……便利やけど、なんか不思議な感覚やね」


『占い道具に関しては、自在に操ることができる』


「そんなん当たり前やろ。何年この仕事で飯食うてきたと思てんねん」


『……そういう物理的な意味ではない。タロットカードをケースから出してみよ』


 見えない神様に促され、今度は出すイメージでタロットを取り出す。


「あんなぁ、どうせなら出すときも『出す』って意識するだけで、手に現れるようにしてくれへん?」


『それくらいなら、造作もないことだ』


「そういうことなら、もう少し早く言うもんやわ」


 ケースからカードの束を抜き取る。


「出したで。これでどうするん?」


『そのカードを、宙に浮かせて混ぜてみろ』


「あほんだら。そんな芸当できるわけないやろ、手品師やあるまいし」


『やってみろ。“宙に浮かせる”イメージをするだけでよい』


 半信半疑で念じてみると、手元からするするするっとカードが抜け出し、目の前でふわふわと浮き始めた。


「……うわ、すごっ! ほんまや!」


 そのまま念じれば、ケルト十字でもヘキサゴンでも、空中で自由自在に展開できる。


「魔法みたいやなぁ。……なぁ神様、うちも魔法使いになれるんか?」


『なれないな』


「即答か! 期待させといて、いけずやわぁ」


『勝手に期待したのはそちらだ。……だが、不便だろうから少しだけ「おまけ」をしておいた。その水晶玉だが、強く念じれば眩い光を放つようにしてある』


「光る? っちゅうことは、懐中電灯(明かり)代わりになるんか! おおっ、それやったら夜道も安心やんか。神様もたまには気が利くねぇ」


『ただし、光の強さと時間に比例して、お前の精神力を激しく消耗する。調子に乗って光らせすぎれば、極度の疲労で知恵熱を出して倒れることになるぞ』


「……なんやそれ、燃費悪っ! 結局、ここぞっちゅう時しか使えへんやんか!」


『文句が多い奴だ。……次に、その水晶に触れてみろ』


「はいはい」


 タロットを片付けると念じると、空中にあったカードが吸い込まれるように消える。今度は水晶を出すイメージをすると、ずっしりとした重みが両手に伝わった。


「これでどうするんさ……」


 その瞬間、目の前の空間が墨を零したようにぐにゃりと歪み、そこからボロボロの黒布を纏った、巨大な骸骨のような姿がぬうっと現れた。


「うわっ、出た! お化け! ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……! 葬式はもう済ませたはずやで、うちは!」


『失礼な。私はこの世界の創造神だ』


「ほんまに? どう見ても死神やろ、あんた……」


『失礼な奴だな。……いいから、辺りを見てみろ』


 言われて周りを見渡すと、青や緑、黄色といった小さな光の玉が、あちこちでふわふわと漂っとる。


「人魂ちゅうわけやなさそうやな」


 うちは元々、霊的なもんははっきり視えるタイプやけど、人型やない時点で得体が知れん。


『あれらは、それぞれを司る精霊だ。水晶に触れている間は、本来目に見えぬものが見えるようになる。守護霊、土地神、精霊、そして……“あやかし”と呼ばれる者たちもな』


「幽霊は元々見えてたんやけど……。わざわざおまけしてくれたん?」


『そうだ。……それと、その姿についても言っておく。それはお前の内なる生命エネルギーを、この世界で最も活動しやすい「若さ」へと再構成した結果だ。その体は不老不死。病も怪我もすることはない』


「いや、再構成にも程があるやろ! この爪見てぇな、スマホ打つのも苦労しそうやんか。それにこの服の短さ。お腹冷やすっちゅうねん。神様、あんたデリカシーいうもんがないんか? 大阪の商店街でこんな格好してたら、速攻で警察呼ばれるわ!」


 創造神は、骸骨の顎をカタカタと鳴らし、どこか困惑したような気配を見せた。神様いうても、案外気の弱いタイプなんか知らんけど、うちはお構いなしに文句を続ける。


『……お前に授けたのはそれだけではない。お前が持っていた「飴ちゃん」は無限に出せるようにしておいた』


「どうせなら、お金を無限に出せるようにしてくれへん?」


『それは無理だ。お前の力があれば、いくらでも稼げるだろう』


「はぁ……。世知辛い神様やな」


『よいか。お前の使命は迷い子たちを導くこと。それが結果として、世界の崩壊を止めることに繋がる』


「そんなんで、本当に止めれるんかねぇ……」


『自ずとわかる。……ではな』


 神様は一方的にそう告げると、霧が晴れるように薄れていった。最後に「お前の、そのおせっかいがこの世界には必要なのだ」という、余計なお世話な一言を残して。


「ちょっと待てや神様! まだ話終わってへんで! うちの商店街の会費、まだ今月分払ってへんのに!」


 叫んだものの、返ってくるのは風の音だけ。

 うちは、見知らぬ草原のど真ん中で、ハデハデなギャルの格好をしたまま、一人ポツンと立ち尽くした。


読んでくれてありがとうございます!


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