15 月に一度の合同授業
二人の男を乗せた馬車は王都の中心地区へと向かう。
「お疲れ様でした」
「帰ったら直ぐに風呂の準備をしろ」
「承知致しました」
客車に座る少年は脚を組み表情を歪めた。
「流石変わり者が多いグラニエ家。あんな下賎なものたちを傍に置くとは」
先程までにこにこと振り撒いていた笑顔はなりを潜め、嫌悪感がありありと表に出ている。
「ところで、仕事はきちんと終えているだろうな」
「はい。型はとってあります」
「そうか。僕の場合は無駄足だったからね。あの女が持っていないとすると残るは......」
少年は黒い笑みを浮かべる。
同乗している従者は無表情で過ぎ去る窓の風景を眺めた。
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「本日は普通科と育成科の合同授業です。各自接待組と披露組に別れ用意して下さいね」
今日は月に一度行われる合同授業の日。
前回はテーブルマナーであったが、今回は乗馬だ。
乗馬といっても、普通科の生徒は観覧が主である。
勿論、乗馬を得意とするものは普通科の生徒も乗馬に参加することもある。
育成科の生徒にとっては、自分の能力を披露する場である。
披露組は各々の馬術を普通科の生徒にアピールし、接待組は観覧席の普通科生徒の待遇。
普通科生徒に対する個々人の長所をアピールするものだ。
「意外だな。お前らも披露組か?」
シロとエメと共に馬場へ向かうと、馬具の準備をしているブリスさんとクロードさんに出会った。
「リシャール様からのご指示よ」
「留学生の中から何人か乗馬するだろうからと用意を仰せつかっているのですわ」
エメが疑問に返答し、その後を継いで詳細を伝える。
脳筋のジャスティン様は言わずもがな。
競技大会では、馬術を選択しているラッセル様と楽しいこと好きなマイルズ殿下辺りが参加するだろうとディオン様たちは踏んだのだ。
「シロ負けない」
競技大会にはシロも参加する為、珍しくやる気だ。
各々の準備が終わり、普通科の生徒を迎える準備が整った。
ディオン様が留学生の方々を連れて、こちらに向かってくる。
「ルナリア、準備は整っているか」
「はい。ジャスティン様は直ぐに参加されるかと思い馬の用意は出来ております」
「おぉ!流石だな!よろしく頼むな」
「それでは、ジャスティン様はこちらに」
「観覧される方は席の方へどうぞ」
ジャスティン様は嬉しそうに目を輝かせ、早く馬に乗りたいとばかりにうずうずしている。
ジャスティン様はエメに任せ、他の者たちを観覧席へと案内する。
観覧席とはいっても、複数の組に別れて、パラソル付きのガーデンテーブルなのだが。
前半は、育成科による馬術の披露。
後半は、普通科生徒も馬と触れ合ったり、育成科の生徒が普通科の生徒へのアピールしたりと自由な時間となっている。
披露の場も終わり、授業も後半に差し掛かりマイルズ殿下が動く。
「では、そろそろ俺様の華麗なる馬術を披露するとするか」
「お兄様、わたくしも馬に乗ってみたいわ」
妹のエリン殿下も参加を希望した。
それにより、留学生は全員乗馬体験することとなった。
ブリスさんとクロードさんにも手伝って貰って、何とか人数分の馬の確保は出来た。
馬具も殆ど揃い終え、最後の頭絡を取りに馬具庫へ向かう。
「おーい。ブリス、クロード。一緒にホーストレッキングしないか?」
道中、育成科の生徒がブリスさんとクロードさんを誘いに来た。
「後は頭絡だけだし、行ってきていいよ。大丈夫だよね?ルナリア、シロちゃん」
「ええ。これくらいならわたくし達だけでも運べるわ」
「問題ない」
エメはそう言うと私とシロに顔を向ける。
エメの問いかけに私たちは頷く。
「じゃあ、俺は行くな。クロードも行くだろ」
「いや、俺は最後まで手伝ってから後から行くよ」
「そうか。じゃあ、先に行ってるな」
「おう」
そう言うとブリスさんは友達の元へと向かった。
「クロードさん、良かったんですか?」
「男手も必要だろう。最後だけ女性に任せるなんて出来ないよ」
「さっすがクロード。チャラいだけじゃない」
「チャラいは余計だろ。俺は紳士なだけだよ」
エメの言葉にすかさずクロードさんが突っ込む。
育成科に通う以上、雑務に男も女も無いがクロードさんは優しい人だ。
今だって、全部の頭絡を持ってくれている。
「クロードさん、ありがとうございます。クロードさんは本当にお優しい方ですね」
謝礼を述べ微笑む。
「いや、このくらいどうってことないよ」
クロードさんは私から顔を逸らして言う。
いつもなら、爽やか笑顔で返すのに違う反応に首を傾ぐ。
もしかして──
本当はブリスさんたちと行きたかったのに、鵜呑みにして手伝わせたのが不味かったのか......
「あっれぇ?もしかしてクロード照れてる?」
クロードさんのいつもと違う反応にエメは口角を上げて揶揄う。
「エメ嬢、久し振りに俺とブリスと一緒に放課後訓練でもしようか」
クロードさんはエメに顔を向けると、爽やかな笑顔を浮かべる。
だが、その笑顔はどこか黒さを含んでいた。
「嫌よ。あんた達容赦ないんだもの」
エメは大きく首を振ってこれを拒否した。
そういえば、言ってたっけ。
1、2年生の頃ブリスさんたちに体術や馬術を教わったことがあるって。
その時、足腰立たなくなるほど扱かれたと。
つまりは、彼等との特訓はスパルタだったらしい。
「もう、二度と御免だわ」
エメにとっては、トラウマとなったのか、心の底から言っているのがわかった。
馬具を運び終え、装着する。
「ハッハッハ!!アラン、久し振りに競走でもするかっ!!」
「構いませんよ」
マイルズ殿下は華麗に馬に乗る。
対照的に、アラン様はしなやかな動作で騎乗した。
他の面々も乗馬経験はあるようで、各々騎乗する。
「きゃっ」
「危ない」
短い悲鳴が聞こえそちらに顔を向ける。
「お怪我はございませんか。エリン殿下」
「え、えぇ。ごめんなさい。大丈夫よ」
どうやら地面の浅い窪みでエリン殿下が躓いたようだ。
近くにいたディオン様が腕を伸ばし受けとめたお陰で転ばずに済んだようだ。
その後、各々に乗馬を楽しむ。
私たちも、エメと共に馬場を駆ける。
シロは、クロードさんと障害物レースを行っていた。
ふと、入口に目を向けるとエリン殿下とディオン様の姿が目に入った。
どうやら、エリン殿下を馬から降ろすところのようだ。
エリン殿下が馬から降りようとした時、エリン殿下の体が大きく傾く。
鐙から足が抜けてしまったのだ。
補佐をしていたディオン様がエリン殿下の体を抱き留める。
エリン殿下はディオン様の首に腕を回してしがみつく。
「ルナリア、今の危なかったね」
エメもその場面を丁度見ていたようだ。
「ナイスキャッチ!!ディオン様ナイトみたいで素敵だったね!!」
「そ、そうね」
エメは目を輝かせて称賛する。
エリン殿下が怪我もなく無事で良かった。
だけど、何故だろう。
事故とはいえ、抱き合う二人を見て胸の奥に小骨が刺さったような、小さな痛みを感じた。
「エメ、私ホーストレッキングしてくるね」
「あ、待って。私も行くよ」
「御免なさい。ちょっと一人になりたいの」
エメの同伴を断り、私は馬場の奥にある森へと向かった。
消えろ。
消えろ、消えろ。
胸の奥に感じた小さな痛み。
それが何なのか私には分かっていた。
「みっともない。このくらいで嫉妬なんかするな」
手網を握り締め目を瞑る。
私はディオン様のただの侍女だ。
分かっている。
ディオン様と結ばれることもなければ、
嫉妬する資格もない。
分かっているのに、小さな痛みは消えない。
ディオン様はそのうち、教養の行き届いた素敵な女性を娶ることになるだろう。
分かっていた......はずなのに。
頭で理解はしていても、心が追いついていない。
邪心を振り払うように、森の中を馬で駆けた。
その道中、黒い影が目の前に飛び出して来た。




