第七十一話 「スギナ」
川岸から離れた場所に生えていた大木の陰にスギナを横たわらせる。
「大丈夫か? 町で買った毒消しがあるけど効くのかな? 」
「心配無い、毒アブラムシの毒は痺れるだけじゃ、死ぬことはない、それに儂は治癒力が高からの、あと三分もすれば動けるようになる」
心配顔で鞄の中をゴソゴソ探す恒夫を見てスギナが優しく微笑んだ。
「確か城道恒夫と言ったな、礼を言うぞ、毒はたいしたことはないがあのままではワニに食われておった。普段ならワニなど何匹おっても敵ではないが流石に痺れておっては得意の蔓も旨く動かん、本当に助かった」
幼女がはにかむように礼を言うスギナは可愛かった。
筏を作ろうとして川の確認にいった際に毒アブラムシに刺されて動けなくなった。
治癒力が高いので五分もすれば治るだろうと横になっていたところを大ワニが襲ってきた。
痺れて旨く操れない植物の蔓を使って戦っていたところへ恒夫が現われたのだ。
三分ほどしてスギナが起き上がる。
「大丈夫か? 無理はするなよ」
「これしき大丈夫じゃ、毒など全て抜けておる」
スギナが何ともないと言うようにその場でクルッと回った。
「綺麗な髪に泥が付いてるよ、一寸待ってて」
恒夫は水筒の水でタオルを濡らすとスギナの髪を優しく拭いた。
「サバイバルじゃぞ、水は貴重じゃぞ」
「わかってる。でもスギナちゃんの髪に使うなら勿体無くないよ」
スギナの頬が赤く染まっていく、恥ずかしそうに俯くと黙って恒夫のするままにした。
恒夫はもう一枚新品のタオルを出して水に濡らすと仕上げに拭いた。
スギナの肩の上くらいまでのストレートの黒髪が濡れて光って綺麗だ。
近くで見ても姿は人間と全く同じだ。
身長135センチ程で小学生くらいの女の子にしか見えない、変わっているところと言えば時代劇に出てくるような着物を着ているところくらいである。
黙って様子を見ていたラグが口を開く、
「ちびっ子はAクラスだろ? どんな力を持ってんだ? 」
「ちびっ子って言うな! スギナちゃんは木の精霊だ。ラグよりも年上なんだからな」
叱る恒夫をスギナが手で制した。
「構わん、猫娘に何を言われても気にはせん、若く見えるからちびっ子と言うんじゃろ? 女としては若く見られるほうがいいからのぅ」
ラグがニヘッと悪い笑みをする。
「違うぞ、ちっこいからちびっ子だぞ、ロリババァってヤツだぞ」
スギナの眉がピクッと動いたのを見て恒夫が慌てて止める。
「止めろラグ、何でロリババァなんて知ってんだ」
「見掛けで判断せんようにな、足下を掬われるぞ、儂は木の精霊じゃ、日本式に言えば妖怪じゃ、只の妖怪ではないぞ、千年以上生きておる。神に近い力を持つ精霊じゃぞ」
「ごめんね、ラグは悪気は無いんだ。ボケボケなだけだからさ」
ムスッとした顔のスギナに恒夫が謝った。
「んにゃ? 千年か凄いぞ、あたいら獣人でも五百年くらい生きたら良い方だぞ、そんでどんな力持ってるんだ? Aクラスだろ」
少しも悪いと思っていないケロッとした顔でラグが訊いた。
恒夫も聞きたそうな顔をしているのを見てスギナが口を開く、
「儂は木の精霊じゃから植物を操る力を持っておる。こんな具合にのぅ」
サッと突き出した手の平から何かの植物の蔓がバッと伸びて大木に絡まっていく、
「さっき大ワニをグルグル巻きにしてたヤツだ。凄いなスギナちゃん」
驚く恒夫を見てスギナがフフンと鼻を鳴らす。
「これだけではないぞ、治癒の術も使えるのじゃ、怪我でも病気でも治すことが出来るのじゃ、毒アブラムシの毒も儂じゃから五分で治せたんじゃぞ、普通なら獣人でも丸一日は動けん毒じゃぞ」
「木を操るのか凄いぞ、でも魔法で燃やせるぞ、あたいの方が強いぞ」
ラグが話に割り込む、対抗意識丸出しだ。
「わかったから、ラグが強いのは知ってるからさ」
話しがややこしくなるのを恐れて恒夫がラグを煽てる。
「にゃへへへへっ、わかればいいぞ」
ラグが照れて恒夫の背中をバンバン叩く、痛そうに体を捩ると恒夫がスギナを見つめる。
「植物を操る力に治癒の術か凄いな、仲間にいれば安心だな…… 」
背を叩く手を止めるとラグがバッと前に出る。
「そだぞ、ちびっ子、お前仲間に入れ」
「わぁあぁ~~、ラグ止めろ、ものには順序って言うのがある」
慌てて後ろからラグを止めると恒夫が話題を変えるように話し始める。
「今は川を渡ることが先決だ。川さえ渡れば後はたいした障害は無いからな、そういう訳だから協力して川を渡らないか? 植物を操れるスギナちゃんが協力してくれれば筏も作れそうだし、旨く行けば今日中に渡れるだろ」
じっと見つめながらスギナが口を開く、
「儂の力なら筏など十分で作れるぞ、勿論三人乗りじゃ、恒夫の魔法銃とラグの魔法があれば大ワニも簡単に倒せるじゃろうし協力することに異存は無い」
恒夫の顔に安堵が広がっていく、
「本当か、よかった。これで無事に川を渡れそうだ」
「ちびっ子が作るのか? Aクラスだからツネが作る筏より信用できるぞ、でもトカゲは嫌いだぞ、だからワニ退治はツネがするんだぞ」
ラグが恒夫の薄い頭をモシャモシャしながら言った。
「魔法の弾は48発もあるからワニ退治くらいは引き受けるけど一度に沢山相手はできないからラグも援護頼んだぞ」
「仕方ないにゃぁ~~、これ以上ツネがハゲると困るからにゃ、援護してやるぞ」
頭を触るラグの手を恒夫が振り払う、
「困るならモシャモシャするのを止めてくれ」
「何言ってんだ。あたいがモシャモシャするのはいいんだぞ、ツネはあたいの家来だからな」
ニッコリ笑うラグの向かいで溜息をつくと恒夫が川を見渡す。
「向こう岸の下流は足場が悪いな、少し上流へ行ってから筏を作ろう」
「何でだ? 面倒だぞ、このまま真っ直ぐ最短で渡ればいいぞ」
「成る程のぅ、頭の回転は良いみたいじゃの」
突っ掛かるラグの隣でスギナが感心したように恒夫を見つめた。
「何にゃ? 二人で、あたいにも教えろ」
ラグが怖い顔で睨む、
「川は流れているだろ、このままここで筏に乗っても下流まで流される。向こう岸の下流は足場が悪い、だから流されてもいいように上流から乗るんだよ、上流から乗って流れに逆らわずに斜めに川を渡るんだ」
「にゃるほどな、流されながら斜めに渡るんだにゃ、そんで足場のいいとこに着くように上流へ行くんだにゃ、流石ツネだぞ」
「そういう事だ。じゃあ行こうか」
ラグの顔がパッと明るくなったのを見て恒夫が歩き出す。
100メートルほど上流に行った所で筏を作り始める。
「岸の近くで作った方が運びやすいんじゃないのか? 」
恒夫が訊くとスギナがフフンと鼻を鳴らす。
「儂は木の精霊じゃぞ、植物を自由に操れる。作った筏自体に歩かせて運べばいいだけじゃ」
「筏が歩くのか? 流石Aクラスだな」
「任せておけ、お主らは昼食の用意でもしておれ、筏は儂一人で充分じゃ」
得意気に胸を張るスギナに任せると恒夫とラグが食事の準備を始める。
「何を作るにゃ? あたいも手伝うぞ」
「乾燥肉と豆のスープにレバーパテと香辛料を使ったパスタでも作るかな」
ラグに乾燥した枝を集めて貰って火を起こす。
銃の火薬と雷管を使って火は簡単に起こす事ができた。
缶詰の豆と水を入れると飯盒のような鍋を火に掛ける。
「ラグは乾燥肉を千切って鍋に入れる役だ。出汁が良く出るように小指の先くらいに小さく千切って入れてくれ」
「わかったにゃ、ちっこく切って鍋に入れたらいいんだな」
乾燥肉の塊をラグに渡す。
固い肉でもラグなら難無く千切る事ができる。
余計な事をしないように仕事を与えたのだ。
隣の鍋で乾燥麺を茹でる。
パスタではない、あくまでパスタ風といったものを作る予定だ。
「後はレバーパテを炒めて香辛料で味付けしてパスタと絡めるだけだ」
ラグの隣で恒夫は小さなフライパンを使って缶詰のレバーパテを炒め始める。
「辛くするぞ、あたい辛いの好きだからな」
「わぁぁ~止めろ! 」
味付けに置いていた唐辛子をこれでもかと振り掛けるラグを必死で止めた。
「何で止めるにゃ? ツネも辛いの好きだぞ」
「好きだけど入れ過ぎだ。スギナちゃんも食うんだからな」
プクッと膨れるラグの隣で恒夫が掛かった唐辛子をフライパンの外に避けていく、
「そだぞ、ちびっ子の事忘れてたぞ、ちびっ子は辛いのダメだからにゃ」
「いや、スギナちゃんは子供じゃないからな、人それぞれ辛いのダメとか大好きとかあるからさ、自分基準だけで考えるな、俺と二人の時は辛くしてもいいけどな」
恒夫が筏を作っているスギナのいる方を向く、
「そろそろパスタも茹で上がるしスープもいいな、豆も缶詰だし乾燥肉は少し固い方が美味しいからな、スギナちゃん呼んできてくれ、お腹ペコペコペコにゃんこだ」
「またネピアの真似したぞ、ツネはネピアが好きなのか? 」
ラグがムッとした顔で恒夫を覗き込む、
「何言ってんだ? ネピアは栄二といい仲だぜ、痩せたヤツいただろ、野方栄二って言ってネピアを助けたんだ。それで仲良くなったんだ。もう一人のがっしりしたのは江藤秀樹って言ってクロエといい仲だ。俺は一人でお気楽だぜ」
ラグの顔がパッと明るくなる。
「ほんとか? ツネは恋人居ないんだな」
「チビでハゲだぜ、彼女どころか女なんて近寄ってこないぜ」
恒夫が薄い頭をペシッと叩いて戯けた。
「そんじゃ、あたいが彼女になってやんぞ」
ラグがバッと立ち上がる。
「かっ、彼女って…… 」
「んじゃ、ちびっ子呼んでくるぞ」
驚く恒夫を置いてラグはスギナを呼びに駆けていった。
「 ……なんだ冗談かよ…………いいさ、秀樹や栄二みたいにこっちの世界に未練残したくないからな」
呟くと恒夫はパスタをフライパンに移して炒め始めた。
ラグとスギナがやって来る。
「凄いぞ! でっかい船ができてるぞ、あれならワニも怖くないぞ」
「ふふっ、そうじゃろ、もっと褒めてよいぞ、儂に掛かれば筏も立派な船に変わるのじゃ」
はしゃぐラグの横でスギナがドヤ顔だ。
ラグがトカゲにトラウマがあるのを伝えていたので余裕を持って大きく作ってくれたのだ。
「良かったなラグ、俺も見に行きたいが先に飯にしよう、飯を食ってからのお楽しみだ」
「そうじゃな、力を使って丁度いい具合に腹が減っておる」
「スープ食べてみろ、あたいが作ったんだぞ」
スギナが恒夫の右に座りラグが左に座った。
「ラグの作ったスープは中々の味だけど俺のパスタは今一だ。ちゃんとした肉やソーセージでもあればいいんだがレバーパテの缶詰しかなかったからな、食えない事はないから我慢して食ってくれ」
パスタとスープを皿に盛ると二人に渡す。
「スープ飲んでみろ、あたいのスープ旨いぞ」
ニコニコ顔のラグに見つめられてスギナがスープを一口飲む、
「ほう、いい味じゃ、豆のスープじゃな、乾燥肉が良いアクセントになっておる。サバイバルで食う飯としては合格点じゃな」
「にゃははははっ、そうだろ、なんたってあたいが作ったんだからにゃ」
ラグがバンバン恒夫の背を叩いて照れまくる。
「痛てて……飯の時に叩くのは止めてくれ」
スープで煮込んである豆の缶詰に乾燥肉を入れただけだ。
料理とはとても呼べないものだが嬉しそうに自慢するラグを見て恒夫は何も言わない。
「こっちはどうじゃ? これは恒夫が作ったんじゃろ」
パスタに手を伸ばすスギナを見て恒夫が慌てて口を開く、
「期待しないでくれよ、辛いのが大丈夫なら辛子や胡椒で味を誤魔化してくってくれ」
恒夫が見守る前でスギナがパスタを口に運ぶ、
「30点ってところだぞ」
反対側からラグが抱き付いてきた。
「うわっ、行き成りくっついてくるな、30点かよ」
驚く恒夫の右でスギナが口を開く、
「そうじゃな、辛子を入れすぎじゃな、レバーの臭みを取るために入れるのはいいが入れすぎじゃぞ、儂は辛いのは平気じゃが、風味を失うほどの辛さは嫌いじゃな」
「そだぞ、辛いだけで他の味がボケてるぞ」
恒夫に抱き付きながら耳の近くでラグが笑った。
ボケてるのはラグだろ、辛子を入れたのはお前だろ……、
溜息をつくと恒夫が口を開く、
「今度から気を付けるよ、今日の所は我慢して食ってくれ、スープと一緒に食えばどうにか食えるだろ」
「にははははっ、あたいのスープがあって良かったにゃ、これでどうにか食えるぞ」
「へいへい、ラグさんの御陰で助かりました。これからも頼むぜ」
とぼける恒夫の薄い頭をラグがポンポン叩く、
「任せろ、ツネとあたいは仲間だぞ、一緒にゲームに勝つんだからな」
「仲間か……いつの間に仲良くなったんじゃ? スタート地点では人間を嫌っておったじゃろ? 恒夫が誘っても断っておったじゃろが」
スギナが不思議そうに首を傾げた。
「ツネが助けてくれたんだぞ、人間は嫌いだけどツネは特別だぞ」
満面の笑みをしたラグが恒夫と一緒に魔族のハオロと対峙した時の事を話した。
「成る程のぅ……魔族相手に中々やるのぅ、儂も見直したぞ」
「どうにか生き残ろうと必死だっただけだよ」
恒夫が照れて薄い頭を掻いた。
その後も談笑して食事が終わる。




