第十九話「猫少女ネピア」
大通りの茶屋で軽食を取る。
朝食は宿屋の近くの屋台でうどんのような麺類を食べただけなので秀樹も栄二も小腹が減っていた。
紅茶のようなお茶にケーキを一つ食べる秀樹の向かいでネピアはケーキを三つ並べて満面の笑みだ。
「甘くて美味しいにゃ、檻の中じゃ毎日パンと不味いスープだけだったからにゅ」
「昼飯は恒夫と食いに行くから余り食べるなよ」
「そうだね、恒夫まだ寝てるのかな? 」
ネピアの隣でプリンのようなものを食べていた栄二が苦笑いだ。
「うにゅん、ツネオ? もう一人の仲間だな、エイジやヒデキみたいに優しいのか? 」
ネピアがケーキを食べる手を止めて隣に座る栄二を見つめた。
「うん、優しいよ、一寸変わってるけどね」
「一寸どころじゃないぜ、恒夫はヘンタイだ。根は優しいのは確かだけどな」
苦笑いしたままこたえる栄二の向かいで秀樹が顰めっ面で言った。
ネピアが首を傾げる。
「ヘンタイってエッチなのか? 変な事をするヤツなのか? 」
「エッチだけならどれだけいいか……恒夫は考えられないことをするバカなんだ。役に立たなかったら仲間にしてないドヘンタイだぜ」
「ヘンタイって言われると喜ぶし、バカとかハゲとか罵られるのも大好きだし、マゾのヘンタイだよね、根はいいヤツなんだけど口が旨いから詐欺師みたいだし…… 」
険しい顔の秀樹の向かいで栄二も弱り顔だ。
二人を見てネピアが鼻を鳴らす。
「ふ~~ん、ツネオはダメ人間なんだにゃ」
秀樹がバッと指差した。
「その通り、俺もそう言いたかったんだが言葉が出てこなかった。ネピアちゃんは賢いぜ」
「にゅひひひっ、あたしは賢いからにゃ、ダメ人間のツネオの分をフォローしてやるにゅ」
嬉しそうに笑うネピアの少し突き出た口元にケーキの生クリームがべったりと付いている。
「わかったから、口の周りクリームでべちゃべちゃだよ」
「うにゃ、拭いて欲しいにゅ」
拭いてくれと言うようにネピアが顎を上げて振り向いた。
「ちょっ、しょうがないなぁ~ 」
向かいにいる秀樹をチラッと見た後で栄二が照れながらネピアの口の周りを拭いてやる。
「旨くやれそうだな」
仲の良い二人を見て秀樹がコーヒーのような飲み物をグイッと飲んだ。
ケーキを食べ終わるとネピアの服や靴を買いに店を回る。
服や下着を数着と靴にブラッシング用のブラシにハンドクリームなど小物も揃えて二十万ギギルほどだ。
恒夫から預かっていた五十万ギギルの残り三十万ギギルをネピアに渡す。
「お金にゃ、こんなに沢山いいのか? 」
「うん、小遣いだよ、僕たちも持ってるから遠慮しなくていいからね」
「恒夫が稼いでくれたんだぜ、言っただろヘンタイだけど役に立つって」
優しい栄二の隣で秀樹が戯けるように言った。
「ネピアを助けるのに恒夫が頑張ってくれたんだよ」
イカサマサイコロを使って恒夫が稼いでくれたことを栄二が説明した。
「全然ダメ人間じゃないにゃ、ツネオが居なかったらお金無くてあたしは檻の中のままにゅ」
驚いて二人を見つめるネピアの向かいで秀樹がニッと楽しげに笑う、
「まあな、ドヘンタイだけどいろんな意味で凄いヤツだと思うぜ」
「頼りになるのは確かだよね」
「どんなヤツだ? 興味出たにゃ、早く会いたいにゅ」
猫のようにクルクル目を輝かすネピアを見て栄二が笑いながら口を開く、
「それじゃあ会いに行きますか」
「たぶんまだ寝てるぜ」
「叩き起こしてお昼に行くにゃ」
笑顔の三人が宿へと歩いて行った。
昼前に宿へと戻る。
秀樹が言った通り恒夫はまだベッドの中だ。
「起きろ~、もう昼だぞ、起きろ~ツネオ起きろ~~っ 」
可愛い声と共に恒夫の体の上に何かが乗ってきた。
「んだよ、疲れてんだからな今日は夜まで眠らせ……うわっ、誰だお前!? 」
横になったまま恒夫が身を強張らせた。
恒夫に馬乗りになるようにして可愛い少女がそこにいた。
少女は普通の人間ではない、大きな猫のような耳に頬にも少し毛が生えている。
顔つきは人間の少女だが鼻と口が少し突き出ていて猫っぽい、くりくりと動く大きな目をした美人というより可愛い顔だ。
「起きろ~、んん? 起きたかツネオ、エイジぃ起きたぞ、起きたからご飯行くにゃ」
馬乗りになったままネピアが馴れ馴れしく恒夫の薄い頭をポンポン叩いた。
一目で猫科の獣人と分かるネピアは身長130センチほどで小学生高学年くらいだ。
恒夫の寝惚けた頭の中が整理されていく、六百万ギギルで奴隷商人から買ったのが今自分の上に乗っている少女だという事は考えなくとも分かる。
問題はこんなチンチクリンが六百万もするのなら自分好みのお姉様だと一千万は軽く越えるのではないかという事だ。
でなければ奴隷商人にボッタクられたんじゃないかという事だ。
イカサマサイコロを使ったとはいえバレないように神経をすり減らして稼いだ金である。
騙すのは好きだが騙されるのは大嫌いな恒夫にとって金を使うのは構わないがボッタクリに遭うという事は耐えられないのだ。
「起きたんだろツネオ、ご飯食べに行くぞ、ごはん! ごはん! 」
ネピアが恒夫の上で踊るように体を揺する。
恒夫がチラッとベッド脇に立つ二人を見た。
秀樹は苦笑いだが栄二は満面の笑顔だ。
「名前何ていうんだ? 起きるからどいてくれ、上に乗ってたら起きれないだろ」
「あたし? あたしはネピアだよ、チャトラン族のネピアだよん」
こたえるとネピアはポンッと跳んでベッドの脇に立った。
馬乗りになっていた状態からふわっと浮くように跳んだのを見て身軽で運動神経は抜群だと直ぐに分かる。
「ネピアか可愛い名前だな、チャトラン族……茶トラ猫の事かな? まあいいや飯食いに行こうか、旨いもの食いに行こうぜ、まだ金残ってるんだろ」
恒夫が布団を捲って起き上がる。
ネピアが触れるくらいに近付いてパンツ一丁の恒夫を観察するようにジロジロ見回す。
「人間って毛が少ないんだにゃ……頭も生えてないしツネオだけ特別なのか? 」
「特別って……、あははははっ」
それまで様子を伺っていた秀樹が腹を抱えて笑い出す。
「そうだよネピア、恒夫は特別なんだよ」
大笑いしながら栄二もからかう、
薄い頭をからかわれる事に慣れている恒夫もネピアが信じると思って慌てて口を開く、
「人間は背中とかに毛は生えないの、頭の毛が少ないのは特別だけどな…… 」
言いながら何かを思いついたようにハッとしてネピアを見つめた。
「ネピアお前見た事無いのか? 人間の裸? 男の裸見た事無いのか? 」
「うん無いにゃ、こんな近くで見るのツネオが初めてだにゃ」
恒夫の体をベタベタ触りながらネピアが無邪気にこたえた。
「それでか…… 」
着替えるのも忘れて呟く、ネピアが高かった理由が分かった。
「どうした恒夫? 」
秀樹が不思議そうに訊く、栄二も興味深げに見ている。
恒夫は服を着るとテーブルに置いてある水差しから水をコップに入れて一口飲んでから話し始めた。
「人間の裸を見た事が無いって言ってただろ、男の裸を見た事がないんだよ、つまり経験が無いってことだ。女の奴隷なんて人間も獣人もエッチな事に使われるのが当然だろ、それなのに男の裸を見た事が無いって事はネピアは処女なんだよ、だから高かったんだ」
秀樹と栄二のネピアを見る目が変わる。
ケモノ好きの栄二は初めから深い関係になりたいと思っていたので明らかに喜んでいる。
秀樹も女を見る目つきになっていた。
恒夫はいつもと変わらぬ様子で歯を磨き始めた。
はっきり言ってネピアは可愛い、後十年もすれば美人のお姉様になりそうである。
だが今のネピアには一切興味が無い、恒夫は正真正銘のヘンタイだがロリ趣味だけは無いのだ。
「よかったな栄二、焦らずゆっくりと可愛がってやれよ……でも何でこんなに馴れ馴れしいんだ? お前らどうやってネピアに説明したんだ? 」
歯ブラシを口に突っ込んだまま恒夫が不思議そうに訊いた。
仲間に売られたり住んでいる地域から出て奴隷狩りをしているハンターに捕まって奴隷にされるのだ。
鬼娘のように人間世界で生活できるように許可証が欲しくて金を稼ぐために自ら奴隷になるものもいるが大抵は無理矢理である。
その獣人奴隷が拘束具も無しである。
普通なら逃げるのにネピアは逃げない、不思議に思って当然だ。
栄二がバッとネピアを抱きしめた。
処女と聞いて嬉しさが爆発したのだろう、
「ネピア可愛がってあげるからね、僕が大事にしてあげるからね」
「うにゅん、エイジは優しいから好きだぞ」
抱き締められたネピアが嬉しそうに甘える。
相思相愛といった様子だ。
二人を見ていた恒夫が視線を秀樹に移した。
「だからどうやって言い包めたんだ? 」
すっかりご主人様になっている栄二とネピアの関係が不思議で仕方がない様子だ。
「長くなるから端折って話すぞ」
じゃれあう二人の代わりに秀樹が説明してくれた。
ネピアにはボディガードとして一緒にゲームに参加して終わると奴隷から解放してやるとの約束で了承させた。
三百万ギギルで人間の世界での許可証を買うことが出来る。
国が発行する許可証を持つ獣人は奴隷にすることは出来ない。
これがあればネピアは二度と奴隷にされることはない、破格の条件にネピアはすぐに承諾した。
そのあと服や靴などを買いに町を散策して何かと優しい栄二にすっかり懐いてしまったらしい。
話しを聞いた恒夫が疲れたように声を出す。
「あと三百万ギギル稼げってか……まあゲーム終わるまでにはどうにかなるか…… 」
「出来たら俺の分もいれて一千万くらい稼いでくれ、獣人だけじゃなくて鬼娘やハーフエルフとかの巨乳の奴隷が四百万ほどで売ってるんだ。ネピアみたいに許可証を買ってやるって言ったら命令利くだろ、だから頼んだぜ恒夫」
厭らしい笑みを湛える秀樹の前で恒夫が嫌そうに顔を顰める。
「お前らなぁ~、まったく……現実に連れて帰れるならともかくこの世界だけだからな、俺はお姉様のいる店でいいわ、それじゃあと一千万だな、どうにか都合付けてやるよ」
溜息交じりに恒夫が引き受ける。
「じゃあ飯食いに行こうぜ、朝食ってないから腹ペコだ」
恒夫が言うと栄二といちゃついていたネピアが跳ねるようにやってきた。
「あたしもおなか減ったぁ~、ごはん、ごはん」
「さっきケーキ三つも食べただろが」
ベッドの脇で飛び跳ねるネピアに秀樹が呆れ顔だ。
ぴょんぴょん跳ねながらネピアが体ごと秀樹に向き直る。
「うにゅん、甘いものは別腹だぞ、檻の中ではパンと不味いスープだけだったからにゃ、美味しいもの沢山食べるにゃ」
「おう、好きなだけ食っていいぞ、飯代くらいなら幾らでも稼げるからな」
着替えた恒夫が立ち上がる。
「にゃははっ、ツネオは太っ腹にゃ、もうお腹ペコペコ、ペコにゃんこにゃ」
ピョンピョン跳ねながらネピアが近付いてきた。
「俺も腹が減ってペコペコのペコにゃんこだ」
「にゅははははっ、ツネオは頭もペコペコになってるにゃ、頭ツルツル、ハゲにゃんこにゅ」
楽しそうに笑いながら恒夫の頭をペシペシ叩いた。
「食って満腹になる腹みたいにぶわっと髪の毛生えてくる薬か何か知らないか? 」
ネピアの手を払いながら恒夫が訊いた。
「そだな、ブラッシングで抜けたあたしの毛を糊で貼り付けるといいにゅ」
「猫の毛を貼り付けてどうする? 」
薄い頭が気に入ったのかグリグリ撫でるネピアの手を恒夫が鬱陶しそうに払い除ける。
「わかったから栄二に付いてろ、ネピアは栄二のボディガードだ。頼んだぞ」
「うんわかったにゅ、エイジはあたしが守るから安心だよ、だからご飯早く行こう」
元気よくこたえるとネピアは栄二に駆け寄ってその腕に自分の腕を絡めて腕組をした。
恒夫を見て栄二が嬉しそうに頷く、ネピアには栄二のボディガードをしろと言ったが実際はネピアの面倒は栄二が見ろよと恒夫が目で言っていた。
外を自由に歩けるのが嬉しいのかはしゃぎまわるネピアを連れて食事に向かった。
昼飯を終えると恒夫は少し増やすといってカジノへ行く、七十万を倍の百五十万にしておけば次の町で直ぐに五百万以上にできると考えた。
それと今晩女の子と遊ぶためだ。
夕飯時に秀樹と栄二とネピアが迎えに来た。
昨日大勝ちした恒夫が何か不正をしていないかとカジノ側の目が厳しかったがどうにか百六十万ほどに増やす事が出来た。
夕飯を終えた秀樹と恒夫が夜の町へと消えていく、今晩は宿に帰らないと栄二には言ってある。
ネピアと二人っきりにしてあげようと気を使ったのだ。
もちろん秀樹と恒夫も女の子と遊ぶつもりである。
翌朝、すっきりした顔の恒夫の胸元にミミズ腫れが見える。
秀樹と栄二には恒夫が変なプレイをした事が分かった。
本物のヘンタイだと知っているので痛い目にあってどうしてスッキリするのか理解できないが機嫌が悪くならないように二人は何も言わない。
町から出た草原で栄二がゴーレムを出す。
「ゴーレム出て来い! サイズMだ」
「うわぁ、エイジ凄いにゅ、これエイジのか? 」
「そうだぜ、ゴーレムは栄二のだ。他にもサトリ眼鏡っての持ってて栄二は凄いんだぜ」
猫目を丸くして驚くネピアを見て秀樹が栄二を持ち上げた。
「凄いエイジ凄い、あたしエイジと一緒でよかったにゅ」
ネピアがエイジに抱きついて大喜びだ。
昨晩一緒にいてすっかり恋人同士である。
来た時と同じようにゴーレムに乗って集合場所へと戻っていく、一つ違うのはネピアがキャアキャア騒いで一時間があっという間に過ぎたことだ。
秀樹も栄二も笑顔だ。
今回は恒夫もお姉様と楽しめて満足した様子である。