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夢を応援してくれる商人に求婚されました。でも、好きなのは不器用な幼なじみです。  作者: 野花ことり


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第八話 繕った恋の行方


 収穫祭の午後、ソフィアはピーターと並んで広場を歩いていた。


「ねえ、ピーター」


「何?」


「私たち、こうして一緒に祭りを回るのって、初めてじゃない?」


「子供の頃は、何度も一緒に回っただろ」


「そういう意味じゃないわよ!」


 ソフィアは彼の腕を軽く叩いた。


「……恋人として、ってこと」


 口にした途端、頬が熱くなった。


 ピーターも、少しだけ視線をそらした。


「……そうだな」


「何よ。あなたからプロポーズしてきたくせに、照れているの?」


「照れてない」


「嘘ばっかり」


 ソフィアが笑う。


 ピーターも、困ったように笑った。


 いつもの二人だった。


 ただ、以前なら言えなかった言葉が、少しずつ口にできるようになっていた。


 広場の端に、小さな布屋が出ていた。


 ソフィアは足を止め、並べられた生地を手に取った。


「この布、いいわね。薄いのに、思ったより丈夫そう」


「仕事着にするなら、擦れやすいところを補強したほうがいいかもしれないな」


「そうね。袖口は二重にして、肩の部分は縫い目を少し変えて……」


 考え始めると、ソフィアの目は輝き出した。


 ピーターは、その横顔を見つめていた。


 夢を語るときの彼女が好きだった。


 できるかどうか分からなくても、どうすればできるのかを考える。


 失敗しても、立ち止まっても、また前を向く。


 その姿を、ずっと見ていたいと思った。


「……ソフィア」


「何?」


「その服ができたら、俺にも見せてくれ」


「もちろんよ。最初に見せてあげる」


「楽しみにしている」


 彼女は笑った。


「その代わり、あなたも新しい針を作ったら、私に使わせてね」


「分かった。布に合うものを考えておく」


「約束よ」


 二人は、指先を軽く触れ合わせた。


 ◇


 祭りが終わり、村に静けさが戻った頃。


 ピーターの工房では、二人が向かい合って紙を広げていた。


 ソフィアが町で店を持つために必要な費用を書き出し、ピーターが数字を確認している。


「町で修業をするなら、まずは滞在費と授業料。それから、生地を仕入れるためのお金も必要ね」


「一度に全部そろえるのは難しいな」


「ええ。だから、まずは今の仕事を続けながら、町の仕立て屋に何度か通って教えてもらう。そこで覚えたことを、村の注文に生かすの」


「それなら、今すぐ始められることもあるな」


「そうなの。エミールさんが、生地商との取引をつないでくれるって」


 ソフィアは、紙に小さな数字を書き足した。


「最初は少量だけ仕入れて、試作品を作る。評判がよければ注文を受けて、売り上げの一部を次の仕入れに回す。そうすれば、少しずつ資金を増やせると思うの」


「無理のない計画だと思う」


「本当?」


「ああ。ただ、材料費が上がったときのことも考えておいたほうがいい。売り上げを全部使わず、いくらか残しておくんだ」


「……確かに。そこは考えていなかったわ」


 ソフィアは、慌てて紙に書き足した。


「ありがとう、ピーター」


「どういたしまして」


 彼は、紙の端に小さな数字を記した。


「俺も、工房の売り上げから少しずつ貯める。すぐに大きな金額にはならないけど、必要になったときに使えるようにしておくよ」


 ソフィアは、彼を見つめた。


「……無理はしないでね。お母さんや妹さんの暮らしもあるでしょう?」


「分かってる。家族のことは、俺にとっても大事だから」


 ピーターは、彼女の目を見た。


「だから、勝手に君の夢を背負うつもりはない。君にも、俺の事情を知っていてほしい。何かを決めるときは、二人で話そう」


 ソフィアは、ゆっくりとうなずいた。


「うん。そうしましょう」


 すべてが解決したわけではない。


 町に店を持つには、まだ時間がかかるだろう。技術を学び、資金を貯め、少しずつ準備を進める必要がある。


 それでも、何から始めるべきかは見えてきた。


 二人は紙に書かれた計画を見つめ、次に取り組むことを確かめ合った。


「ねえ、ピーター」


「ん?」


「私、いつか町に店を持てたら、あなたに看板を作ってほしいわ」


「看板? 俺は針職人だぞ」


「知ってるわよ。でも、あなたは細かい仕事が得意でしょう?」


「看板を作るのと針を作るのは、ずいぶん違うと思うが」


「じゃあ、針の形をした看板にしましょうよ。仕立て屋らしいでしょう?」


「……それは目立ちそうだな」


「でしょう?」


 ソフィアが得意げに笑う。


 ピーターは呆れた顔をしながらも、その案を否定しなかった。


 きっと、彼女はこれからも無茶なことを言う。


 ピーターは、そのたびに自分にできることを考え、できないことは正直に伝えるだろう。


 彼女もまた、自分の考えを話してくれるはずだ。


 そうやって、二人で答えを探していけばいい。


 ピーターは、作業台の上に置かれた一本の針を手に取った。


 先端を磨き、光にかざす。


 わずかな傷があれば、削り直す。


 それでも駄目なら、別の方法を考える。


 そうして手をかけたものが、誰かの役に立つ。


 ソフィアもまた、自分の手で未来を作っていくのだろう。


「……ソフィア」


「何?」


「これからも、よろしく」


 彼女は一瞬きょとんとして、それから笑った。


「こちらこそ。……でも、困ったことがあったら、ちゃんと言ってね」


「ああ」


「私も、ちゃんと言うから」


「分かってる」


 ピーターが手を差し出す。


 ソフィアは、その手を取った。


 幼い頃から、すぐそばにいた人。


 好きだと伝えられず、失うことを恐れて、何も言えなかった人。


 そして今、自分の気持ちを伝え、彼女の気持ちを聞くことを選んだ人。


 ソフィアは、つないだ手をそっと握り返した。


 いつか町に店を持つ日まで、まだ道のりは長い。


 けれど、夢を諦める必要はない。


 恋を選ぶために夢を捨てる必要も、夢を選ぶために恋を諦める必要もない。


 二人で話し合い、二人で選び、二人で歩いていけばいい。


 秋風が、工房の窓を揺らした。


 水車がゆっくりと回っている。


 その音を聞きながら、ソフィアは微笑んだ。


 繕ってきたのは、服のほころびだけではなかったのかもしれない。


 言えなかった気持ちも、すれ違った心も。


 何度も向き合い、言葉を交わし、ようやく二人は、同じ未来を見つめられるようになった。


 これから先、また糸が絡まる日もあるだろう。


 それでも今度は、黙って離れたりしない。


 互いの手を取り、何度でも話し合えばいい。


 それが、二人の選んだ恋の行方だった。


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