余話「自分だけの幸せをつかみ取れ」
◆四人を篭絡後
リリア・ローズの毎日は、賑やかだった。
登校すれば誰かが隣を歩いた。昼食には誰かが隣に座った。放課後には誰かが声をかけてきた。
思い描いていた通りだった。
華やかで、楽しくて、皆が自分を見てくれている。
――はずだった。
ある日の昼食、四人に囲まれながら、リリアはふと気づいた。
皆が笑っている。自分を見て、笑っている。
でも、その目が見ているのは――本当に自分なのだろうか。
(私を見てるんじゃなくて、自分が見たいものを見てるだけなんじゃ……)
その違和感は、一度気づいてしまうと消えなかった。
賑やかな日々の中で、リリアは少しずつ、孤独を感じ始めていた。
◆突き放された後
変化は、静かに訪れた。
最初にレオナルドが距離を置いた。いつものように話しかけると、穏やかだが、しかし確かな距離感があった。
次にクラウスが変わった。主の隣で、静かにしかし毅然と立つようになった。リリアへの笑顔が、消えたわけではない。ただ、以前とは違った。
ガイウスは訓練場に戻っていった。カミラの隣で、騎士としての顔を取り戻していた。
セシルは礼拝堂で祈る時間が増えた。穏やかだが、以前のような特別な笑顔はなかった。
四人が、それぞれの場所に戻っていった。
誰もリリアを責めなかった。誰もリリアを避けなかった。
ただ、静かに、離れていった。
それが余計に、辛かった。
◆◆◆
学園の庭に、リリアは一人でいた。
夕暮れ時、人気がなくなった庭の隅。薔薇の垣根の前に座り込んで、膝を抱えていた。
涙が、止まらなかった。
悔しいのか、悲しいのか、自分でもわからなかった。
ただ、泣いていた。
足音が近づいてきた。
リリアは慌てて顔を上げた。
そこにいたのは、エリゼだった。
エリゼは足を止めた。
リリアを見て、一瞬だけ何かを考えるような間があった。
それから、静かに近づいて、隣に腰を下ろした。
「……泣いてるな」
「っ……関係、ない、でしょ」
リリアは顔を逸らした。声が震えていた。
「あなたには、関係ない」
「そやな」
エリゼはあっさり認めた。
「関係ない言うたら、関係ない」
リリアが、少しだけ拍子抜けした顔をした。
エリゼは庭の向こうを見ながら、続けた。
「でも、通りかかったら泣いてるやつがおったんや。素通りできるほど、私は薄情やない」
しばらく沈黙が続いた。
夕風が、薔薇の垣根を揺らした。
エリゼは急がなかった。
やがてリリアが、ぽつりと呟いた。
「……わかってたんです。どこかで」
「何が」
「皆が見てくれてるって、嬉しかった。でも……本当に私を見てくれてたわけじゃなかったって」
エリゼは黙って聞いた。
「私が思い描いてたのは、こんなんじゃなかった。もっと、ちゃんと……ちゃんと、誰かに、私だけを見てもらいたかっただけなのに」
涙が、また溢れた。
「なのに私、何やってたんだろう。皆から離れていって、当然だよね。私が、おかしかったんだから」
エリゼは少しの間、黙っていた。
それから、静かに口を開いた。
「おかしかったとは思わん」
リリアが、顔を上げた。
「誰かに見てもらいたい、好きになってもらいたい、それは普通の気持ちや。おかしくもなんともない」
リリアの目が、揺れた。
「ただ――」
エリゼはリリアを真正面から見た。
「やり方が、違かった。それだけや」
リリアの負けん気が、少しだけ顔を出した。
「……じゃあ、どうすれば良かったっていうんですか。あなたみたいに、最初から全部うまくできる人には、わからないでしょ」
エリゼは少しだけ笑った。
「私が最初からうまくできてたと思うか?」
「……え」
「私かて、色々やらかしてきた。向き合えんかった奴らがおった。筋を通せんかったことがあった。後悔してることも、山ほどある」
リリアが、黙った。
「うまくできる人間なんか、どこにもおらん。皆、転んで、立って、また転んで、それでも前に進んでるだけや」
エリゼは立ち上がった。
夕日を背に、リリアを見下ろした。
「一つだけ、言わせてくれ」
リリアは黙って、エリゼを見た。
「自分の幸せは、誰かに頼って得られるもんちゃうねん」
静かな、しかし確かな声だった。
「自分でつかみ取らな、手からすり抜けてまうねん。それがほかの女のものやったら、なおさらや」
リリアの目が、じわりと滲んだ。
「自分だけの相手を、自分でつかみ取りな」
一拍置いて。
「私から言えるのは、それだけや」
エリゼは踵を返した。
歩き出しながら、ふと思った。
前世で言えなかった言葉だった。向き合えなかった奴らに、言ってやれなかった言葉だった。
今ここで言えた。
それだけで、十分だった。
庭に、リリアが一人残った。
しばらく俯いていた。涙が、また溢れた。
しかし今度は、違う涙だった。
リリアは、ゆっくりと立ち上がった。
膝についた土を払って、背筋を伸ばした。
ピンクの髪が、夕風に揺れた。
(自分でつかみ取る)
心の中で、静かに繰り返した。
それからリリアは、夕日の方へ向かって、一歩踏み出した。




