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8 『本物』を証明せよ。


 ザーザーという波の音が聞こえているだけ。周りは物静かで、これと言って人影は見当たらなかった。砂に下駄が食い込む感触を楽しみながら、海岸線を歩く。

 海岸に訪れている沈黙は俺と雨之瀬に気まずい空気を与えなかった。潮風が心地よく、とても落ち着いた気持ちになる。


「こっちまで来ると静かだね」


 沈黙を破ったのは雨之瀬の方からだった。


「遠いしな」


 花火が打ち上がる場所からは離れているため、一種の穴場スポットのようになっている。この位置なら見えるはずだから、あえて誰もいない場所を選んだ。


 二人で話したいことも……あると思った。


 でも俺は雨之瀬しずくが何者なのか、正直よくわからなくなっていた。

 彼女はあの射的屋で6発中5発命中という快挙を成し遂げた。賞品はワイヤード上で使用できる20世紀モデルの拳銃である。しかし雨之瀬は賞品を1発も当たらなかった俺へと譲渡した。

 仮想現実ワイヤードの射撃場であれば撃てるという。彼女が射撃場に通っているならば、おすすめの場所を教えてもらおう。


 ……それにしてもだ。

 リアルとワイヤード。この2つの世界で人格が乖離している人は少なくない。雨之瀬もリアルでは見せない一面をワイヤードで披露しているのだろうか?

 人それぞれ趣味嗜好はある。しかし先ほどの彼女の姿はあまりにも分不相応というか、非現実的というか、とにかく俺のわずか2日間で知った雨之瀬とはかけ離れたものだった。


「海も空も綺麗」


 靡かれる髪をかき上げながら、海を見る。月明りに照らされてキラキラ黒光りしていた。さらに雲一つない満天の星空は街中と違ってはっきりと星々が見える。花火を見る前であっても、この海岸に来た意味は十二分にあった。


 雨之瀬は小走りで俺の前方へと移動し、振り返った。月明りがちょうど逆光となって彼女の表情を隠した。


「でも……」


 どことなく、寂しげだった。これは最初にSKYへと連れられた時に話した雨之瀬しずくの様であった。


「海も空も偽物なんだよね……」


 偽物……か。

 雨之瀬は俺にまた何か話したい、そう感じた。


 人工的に作られた海と天井に映し出された空、その事実は誰もが知っている。しかし本物は誰も知らない。誰もが見ている偽物と誰も見たことのない本物。俺たちが綺麗だと思うそれらは、偽物に騙されている偽物の感情だとでも言うのか。

 いや、そんなはずはない。


「俺たちにとっての海と空は今見ている物に他ならない。誰も見たことのない本物より誰もが見ている偽物の方が価値はあると思う」


 彼女は真上を見ながら、少し黙った。表情は相変わらず見えない。


「誰もが見ている偽物……でも偽物が持つ価値って何なのかな」


「偽物は本物の代替品だ。本物がない人にとって、偽物は欲求を満たしてくれる」


「じゃあ、本物の価値ってなんだろう」


 その瞬間、ヒューと高い音が空に響いた。光の弾が星空を駆け上がっていく。




 ――そして咲くのは、本物の徒花。




「本物の……価値?」


 本物の花火を初めて見た。

 でも、偽物との違いはわからなかった。

 コスト、時間、安全性、どの要素を取っても本物は劣っている。ただそこにあるのは“本物”というブランドのみ。そのブランドに人々は魅了され、価値が生まれる。

 そう、本物と言うだけ。

 実用性は皆無、これと言ってメリットはない。本物の価値は本物であること。



 本物とは……一体?



 じゃあ逆に偽物とは?

 本物以外の物。オリジナルではないもの。同じ役割を果たしている同じ概念を持つもの。限りなく本物に近いもの。

 実用性を見れば偽物が本物を上回ることも多々ある。だというのに本物と偽物のどちらを選ぶかと聞かれれば本物を選ぶはずだ。偽物というブランドのみが実用性を消し去ってしまう。


 じゃあ何故本物は崇高され、二番煎じに意味はなくなるのか。


 わからない……。


 本物の価値は?


「影宮君……?」


 本物の花火は何発、何十発、何百発も上がっていく。

 俺の思考は停止しかけながら、ただそれらを見ていた。価値のない本物たちが偽物以上に与える影響、それが理解できない。

 3DCGやホログラムの花火と何が違う?



 限りなく本物に近いもの、それはすでに本物なのか? 偽物から本物への昇華はありえるのか? ありえない。偽物は偽物。でも目で見ただけでは違いを見つけることはできない。それが本物と知っているから判断できる。その事実を知るまで、偽物は本物にもなりうる? いや、その人はそもそも本物か偽物かを意識していない。ただそこにあるものを見る。本物が現れるまで本物も偽物も存在しない。ただそのものがあるのみ。じゃあ全て偽物でできた世界にはその概念が適用される? 俺たちはただ知識として海と空は偽物だと知っているだけで、偽物である証明はできない。何故なら本物を知らないから。なら本物も偽物もないじゃないか。本物を作る意義はますますなくなる。最初だけ、概念を作っただけで後は偽物でいいじゃないか。何故そこまで本物に拘る? 本物にこそ価値があるから。その価値とは?



 ?





 本物。


 偽物。






わからない……。


わからない……。


わからない……。


わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。






 ――――――――……。






「ゃ…ぅ…かげ…ゃぅ……かげみ…ゅぅ……影宮悠!!」


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