7 人間観察を用いて人の本質を証明せよ。
早々に着替え終わった俺は店先で雨之瀬を待っていた。
浴衣のレンタル店はSKYほどではないにしろ、繁盛期だというのにガラガラである。SKYからこのレンタル店までの道は祭りへと向かう人々で溢れていたが、浴衣を着ている人は片手で数える程もいなかった。
実際に来てみて思ったのは値段の高さである。
浴衣を販売している店は存在しない。レンタルのみで商売が成立しているためなのか、非常に高い。時代の流れがもたらした需要の低迷。消滅させるわけにもいかず、浴衣という物を人々が忘れぬようひっそりと活動を続けているのだろう。
「ジャーン!」
そんな世知辛いことを考えている俺のところに、ドヤ顔の雨之瀬が姿を現した。
「よく似合ってるな! んとーこれは楓の柄だな」
白色を基調として水色の楓が散らばっていた。それに加えて赤色の帯が全体の色を整えている。髪型は纏めることもなく、相変わらず白いリボンで両結びにしており、髪に合わせて浴衣を選んだといった印象だ。
雨之瀬は元々スラっとした体格で浴衣は着るまでもなく似合うと思っていた。
案の定である。
そこらの女子高生とは元々の素材が違うんだ。拝めただけでも贅沢ってものである。
「よくわかったねー? 影宮君もカッコイイじゃん!」
特に拘りもなく、店員に薦められるがまま黒の無地を着用し「似合ってますわーお客様」の声で即決した。他人に褒められるとその気になっちゃうもので、店員の存在意義をマジマジと理解することができた瞬間であった。
「ありがと。はやく屋台行こうぜい」
誤魔化すように下駄を鳴らしながら歩き出した。
雨之瀬はチョコチョコと小走りして俺の隣へと収まる。
「こうやって歩いてみると、結構浮いてるねー」
「浴衣着てる奴なんて今時珍しいからなぁ。値段見たろ? なかなか手が出るものじゃない」
「そうだったね。でもここは進学校の特権と考えよう!」
特権というより、金持ちの道楽だなと思った。もちろん、口には出さない。
レンタル店は祭のメイン会場に近い位置にあったため、少し歩いただけで目的地の紅葉公園へと到着した。公園の敷地内を囲むようにたくさんの屋台が並んでいる。
「チョコバナナにリンゴ飴、かき氷、綿あめ……どれもおいしそう」
「スペシャルデラックスアルティメットパフェを食った俺に対して甘い物を挙げるとは……」
「わたしは食べてませーん!」
会計を支払ったからアイスコーヒーしか飲んでいないことは知っていた。たぶん、お腹が空いているのだろう。なお俺の腹は甘い物以外なら受け付けることができた。
だが最初くらいは合わせるとしよう。胃も十二指腸も一品くらい見逃して腸まで運んでくれるさ。
「じゃあチョコバナナ食べるか?」
「わかってるね!」
すぐ近くにあるチョコバナナの屋台へと顔を出した。
「2つください」
「あいよ!」
網膜上に認証ボタンが出たのですぐに購入した。どうやらこの屋台、中に入った瞬間に屋台のプライベートワイヤードと接続される仕組みになっているようだ。一応店の中、という区分になっているらしい。
「ほら」
チョコバナナを渡そうと真後ろにいた雨之瀬の顔を見た瞬間、「しまった」と思った。彼女は講演会の時と同様に、じっとりとした視線を俺に向けていた。
「また奢ってる!」
「あー……すまん。じゃあ次は俺に奢ってくれ」
あくまで対等な存在でいたい。そんな思いがひしひしと伝わってくる。
どうも雨之瀬は自分のことを過小評価しすぎている気がする。俺が奢ったのは献上という意味合いだったが、恐らく雨之瀬は真逆の意味で捉えたのだろう。男が女に奢る、そんな前時代的な考えがあるのかもしれない。
「何食べたい?」
まだチョコバナナを一口も食べていないのに気の早い奴だ。
とりあえず言えるのは俺の体内容量は少なすぎるということだけである。食べ物以外で消化の時間を稼がねば…。
「射的はどうだ」
すぐ近くにあったので思い切って提案してみた。
「んー……うん、いいよ!」
一瞬悩んだが了承してくれた。
お祭りの射的というものをやったことがなかったため、これもいい経験になると思った。コルク銃とはいえ、リアルで銃の引き金を引く機会ってのはまずないしな。
二人でチョコバナナを急いで食い散らかし、射的屋へと向かった。
小中学生がわーきゃー言いながらはしゃいでいる中に堂々と入り込んだ。
「6発ね。倒した数に応じて景品が変わるから」
「へーそういうシステムなんですかーって遠!」
おかしい。射的屋さんというのはコルク銃で2mくらい先の景品を狙うものだと思っていた。
違う。的は見えなかった。注意書きに『的は1㎞先にある直径10㎝の円盤です』とあった。そして使用する銃はリアルに作られている狙撃銃である。
いやいやいや。まず距離がおかしいでしょ。射的屋さんだけで会場突き抜けてるやんけ!
「影宮君、ここ、半仮想現実」
顔だけ外に出した瞬間、その意味を理解した。外から射的屋を見ると、子どもたちは何もない場所に狙撃銃を模したおもちゃを向けている。
「ああ、なるほど。リアルとワイヤードが連動してるってことか。感覚はリアルだけど視界や銃、的の判定はワイヤード上にあると。凝った趣向してるなぁ」
店内に入ることで自動的にワイヤードと接続されるのを上手く利用したものだった。単なる仮想現実への没入だと現実の身体は抜け殻になるから、あえて半仮想現実にしているのだろう
「ぜんぜんあたんねー!」 「とおすぎだよー!」
子どもたちが嘆いていた。仮想現実で射撃場なるものは存在するが、そんなアングラな場所は中々行かない。子どもたちなら尚更のことである。
「いっちょやってみるか」
まず構え方があっているかわからなかったけど、スコープを覗いて的を探した。うん、確かにいくつか見える。ただ当たる気がしないだけ。
とりあえずで合わせて一発撃ってみた。
音はなったけれど、反動は一切なかった。そりゃリアルじゃおもちゃの銃抱えてるわけだしな。実際には玉も出ていない。
「結構下に当たったね」
スコープから目をはずすと雨之瀬が双眼鏡で着弾地点を見ていた。わざわざ双眼鏡を用意してくれてる射的屋も律儀である。
角度を適当につけながら調整してみたけれど、結局1発も当たらずにすべての弾を使い切った。
素人には無理ゲーすぎる。この距離じゃ弾丸は重力の影響をモロで受けるし、それを計算して狙いを定めるには演算能力より経験が必要だ。無機AIの力を持ってすれば角度計算は難しくない。問題は銃の扱いで、こればっかりは身体が覚えてないと無理な話である。
とどのつまり、雨之瀬に奢ってもらったお金は銃を撃つ経験へと変化しただけだった。
「次は私だね」
えっと……なんか、様になってる?
雨之瀬の構え方、スコープの覗き方、手慣れ具合が明らかにそこらの人たちとは違った。ワイヤードの射撃場にでも通っているのだろうか……。
俺は着弾を見るために、双眼鏡で的を見ていた。
バァァン!!
「見えねえ……」
とてもじゃないが弾の軌道すら見えない。とりあえず的に動きはなく、当たってはいないと思う。
一方、雨之瀬はスコープから目を外し、はるか先の的の方向を見ながら何やら奇妙な動きをしていた。スコープの横あたりを何やら掴もうとしているが、空を切る。
「あ、そっか……」
銃を見て、何かを理解したようですぐにスコープへと目を移した。
雨之瀬は息を止めて、少しずつ角度を調整している。
バァァン!!
「おお! 当たった!」
遥か先にあった的が吹き飛んでいた。
「どんなもんだい!」
ドヤ声は聞こえたけれど、ドヤ顔は見られなかった。
スコープから目を離すこともない。ゆっくりと横方向の角度を変えながら、再び的を狙う。
「よく当たったなぁ」
「弾着の位置と時間さえわかれば難しくないよ。あとは経験と勘」
見た目は浴衣を着た可愛らしいお嬢さんだが、言動は歴戦のおっさん兵士であった。
積み重ねられた練習によって得た経験は計算を絶対の物とする。いつの時代も最後に必要なのは人間が積み重ねた研鑽。
バァァン!!
2つ目の的も撃ち抜いた。
完全に偶然でない悠然とした立ち振る舞いは、彼女の本当の姿を現していた。
今思えば雨之瀬と知り合って未だ2日目。有意義な時間を過ごした俺にとって、その時間は一瞬なようで長年の友人であったかのようなもの。
相対性理論がもたらす影響に騙されているんだ。
表面的なことしかわかってないじゃないか。特技はなにか、どんな趣味を持っているか、どんなタイプが好みか、どんな人生を歩んできて、どんなことを学び、どんなことを経験してきたか。
俺はまだ本当の彼女を知らない。




