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6 経験を用いてオリジナルの価値を証明せよ。


「この後、どこか行かない?」


「んー?」


 パフェを食べ終わった後に頼んだカフェラテを啜っているとき、雨之瀬からまさかのお誘いがきた。しかしコーヒーを飲みこむまで言葉を発することはできず、適当な相槌となって雨之瀬へと届いた。


「だから! 遊びに行こうって!」


 若干の戸惑いもあったものの、かなり心が躍っていた。雨之瀬は才色兼備のスーパー女子高生であることを忘れてはならない。一、平凡な高校生であるこの俺が共にいられることすらも感謝しなければならないレベルなのだ。

は~ありがたやありがたや。


「いいね。行こう」


 少し照れが出てしまい、あまりに淡泊すぎた。具体的にどこへ行こうかまで考えが至らず、間を持たせるためにコーヒーを再び啜った。急いでワイヤードで検索をかけて、適当な候補を探す。


「お二人さん。おすすめは紅葉区夏祭りですよ」


 見かねた店主が救いの手を差し伸べてくれた。

 俺の瞳の動きから急いで検索していることを理解してくれたのだろう。網膜上に表示される目まぐるしい情報量を見る時はせわしなく瞳が動いてしまうのだ。


「あ! そういえば今日最終日だっけ」


 駅前が人でごった返していたのはそのせいだったか……。


「夜には海岸で花火大会。昨日もなんだか難しい話をしてたみたいだし、二人とも少しは気分転換をした方がいいよ」


 どうやら昨日の話は聞かれていたらしい。AIが聞いているのは中々気まずい話題だっただろうに。

 俺は昨日のことを置いといて、花火へ話題を移そうと試みる。


「紅葉区の花火大会って本物の火薬を使うんでしたっけ?」


「そうだよ。なんでも映像やワイヤードで見ることができる時代だけれど、本物は格別に違う。一度は見るべきだねえ」


 大分前に本物の花火大会をするのは紅葉区だけと聞いたことがあった。花火大会自体には何度も行ったことはあるが、3D映像やホログラムを駆使したものだった。

 しかし本物も偽物も見分けはつかないという。映像やホログラムと言ってもちゃんと火薬の匂いは漂うし、音もリアルだ。ただ生の火薬が見れるという珍しいイベントでしかない。

 なのに店主は格別という言葉を選択する程に別物だという。


「そんなに違うんですか?」


「オリジナルを見る。これが尊い経験となるんだよ」


 オリジナル……。

 俺にはあまり理解できなかった。経験という引き出しが圧倒的に足りていないのだろう。俺の中には材料が一切見当たらない。


「今日のことは無意識に貯めようと思います」


「そうだねえ」


 そんな時、雨之瀬が 「それよりも!」と勢いと共に顔を突き出した。目をキラキラさせながら妙案を思いついたような顔をしている。


「花火大会まで出店とか回ろうよ! 浴衣とか着てさ!」


 浴衣とはこれまた古典的な……。今時夏祭りでも着ている人の方が圧倒的に少ない。絶滅危惧種と言ってもいい。

 だがこれも経験だ。経験を積め、俺よ。


「浴衣着たことないから着てみたいな。確かレンタルがあったはず」


「すでに検索済み。もう予約もしちゃうよー!」


 雨之瀬の行動力には恐れ入る。俺が検索をかけようとした段階ですでに予約しているとは……。

 しかし浴衣が絶滅危惧種であることの証明をしてしまった。夏祭り中だというのに当日レンタルできてしまう需要の無さ。時代の流れというやつだろうか。


「今17時か。ちょうどいい時間だな。行くか?」


「善は急げ。思い立ったが吉日ってね」


 そうだ。

 俺は昨日のことを思い出し、雨之瀬の分も払おうと思って清算を申請した。店主は快く承諾し、俺の口座から雨之瀬の分も引き落とされた。

 この支払通知は雨之瀬にも飛んで行ってしまう。昨日のように一緒に来店したなら申請や通知は一切ないのだけれども。


「あ。昨日はお礼のつもりで払ったから別に良かったのに……」


「まさしく善は急げだ」


「あんまり上手くないよ! ……でもありがとね」


「どういたしまして」


 店主はニコニコしながら俺たちを黙って見ていた。

 面倒見が良い人だ。AIだとしても、聡明で人格者、目標とするような人物である。こんな人になりたいという思いは、AIが敷いた恣意的な道なのかもしれない。

 ひねくれ過ぎか。


 カフェラテを飲み干し、俺と雨之瀬は同時に席を立ちあがった。

 

「またね、マスター。今度新作のケーキ食べさせてね」


「またお越しくださいませ。影宮君もぜひ」


「夏休みは暇なんで週4以上で通いますよ」


 カランカラン。


 店を出てすぐに振り返った。


『SKY』


 これがこの店の名前だった。

 SKY、空か。

 次来た時には店名の由来でも聞こうか。

 店主との話題の種ができたなと思いながら、雨之瀬と共に路地を歩いた。


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