イチノセ・イチカ 1 決意
命を狙われるなんて、日常茶飯事だった。
「イチノセ家の嫡女の誘拐に成功した。これから本部へ運ぶ。お前は準備を――」
目と口にガムテープを貼られ、手足も縛られ四肢の自由を奪われたまま、乱暴に車に突っ込まれた。
わたしは今、現在進行形で誘拐されている。だけど命を脅かされる状況下にいるのにもかかわらず、汚い声で仲間に連絡を入れている犯人の音声を冷静に聞く余裕があった。
落ち着いていられるのは、肝が据わっているからでも腕っ節に自信があるからでもない。単に、慣れているだけだ。
何しろ、まだ二月だというのに今年に入ってすでに三度目の誘拐だ。
わたしは十二年という短い人生の中ですら、数え切れない程に攫われている。今回の犯人たちは手際も悪いし、連携も上手くない。過去の経験から、彼らはきっとこの悪事を失敗するであろうと判断したわたしは、いつものように大人しく拘束されたまま運ばれていた。
これから先もこんな調子で日常を脅かされ続けるなら、おそらくわたしは長生きできない。普通に学生生活を送って、心を許した友人と笑い合って、優しい男の子に恋をする。
そんなささやかな夢ですら叶えるのが難しいなんて、『エフィア』を持つ者の宿命とはいえ嘆きたくもなる。
「おら、着いたぞ。エフィアをよく見せてみろ」
犯人たちのアジトだと思われる場所に降ろされたわたしは、力任せに髪の毛を掴まれた。痛いけれど、口にテープを貼りつけられているので声も出せない。目隠しだけを強引に剥がされると、わたしを取り囲んでいた連中から歓声が上がった。
「角度によって煌きの見え方が異なる、琥珀色……! 確かにこれは、美しいな……未完成とはいえ、このままでも十分すぎるほどの金になるだろう」
「ボス、こいつの護衛がここに辿り着く前に早く獲りましょう」
欲に目のくらんだ人間の醜い顔を、今まで何百回見てきたことだろう。眼前のボスと呼ばれた男が手に持つ鋭利な銀色のナイフよりも、よっぽど怖い。
暴れないようにと後ろから別の男に頭を押さえつけられ、興奮からか息遣いを荒くしたボスがナイフの柄を持つ手に力を入れた。
――そのとき、一発の銃声が轟いた。
目の前で吹き飛び地面に転がった彼を視認すると、こめかみから血と脳味噌を撒き散らして即死していた。
周囲は一斉にざわついたが、今更慌てて警戒しても遅い。わたしを助けるためにあらかじめこのアジトに潜入していた護衛団は、あっという間に誘拐犯たちを制圧し始めた。
彼らが降参しても命乞いをしてもお構いなしだ。銃声と悲鳴、人が人を殴打し、生物を刃物で刺す生々しい音が私の耳にも届けられる。
流れ弾が当たらないように地面に伏せていたわたしを、一人の男が抱き起こして口元のテープを優しく剥がした。
「お怪我はありませんか? イチカ様」
「こいつらのアジトを突き止めるためとはいえ、もっと早く助けてほしかったよ」
「申し訳ございません。ゴキブリ同様、こういう輩を根絶やしにするには繁殖元を絶やすのが一番ですので」
手足を縛るロープを切られてようやく四肢を開放されたわたしは、大きく息を吐いた。
わたしの命を守るために雇われている護衛団のメンバーは皆、腕の立つ精鋭揃いだとパパは言っている。だけど効率重視の思考の下、自分たちの成果ばかりを求める連中で、わたしが怪我をすることや怖い思いをすることは軽視する傾向にある。だからわたしは彼らに感謝はしているけれど、信頼はしていなかった。
左腕の擦傷を右手で軽く摩りながら、立ち上がった。犯人たちは全員殺され、無残な姿で地べたに転がっている。一歩間違えれば、転がっているのはわたしだった。
死体と化した彼らを見下ろしながら、わたしは一つの決意を固めた。
限りなく死に近い環境下で生きているわたしは、近い将来、十中八九彼らと同じような運命を辿る。柔らかいベッドの上で、子どもたちに見守られながら老衰で死ぬなんてことはできないのだろう。
ならばせめて、わたしが望んでいる“モノ”だけは、できるだけ早めに手に入れたい。
お金で買えないそれを手にするためには、誰よりも強い覚悟と、現当主である厳格なパパに認められるだけの優秀な嫡女であることをアピールするために、不断の努力が必要になる。
死体と私欲が蔓延る暗い室内の中で、わたしは無理やり笑顔を作った。
これから先、どんなことがあっても笑っていられるくらい、度量の大きい女にならなければと思ったから。
――わたしはわたしの理想とする、温かい家族を作り上げてみせる。




