派遣社員からの不穏な呼び出し
「石藤くん、お弁当、美味しそう……。うわは! 大好き♡だって! 今日も奥さんの愛が詰まってる! 有難いねぇ!」
昼休み、さくらが作ってくれたおかず多めのお弁当を食べていると、ご飯部分にハートの形にふりかけがかけてあり、海苔で『大好き♡』と書かれているのを隣の席の小坂さんに指摘され俺は赤面しつつ頷いた。
「は、はい……。//彼女、子供の事で大変なのに、毎日弁当まで作ってくれて本当に有難いです。
小坂さんもそれ、奥さんの手作り……ですよね?愛妻弁当って張り切って仕事頑張ろうって気になりますよね?」
「ソソ、ソウダネ……」
「小坂さん??…!!!」
小坂さんが、急に遠い目をしたので、どうしたんだろうと思い、小坂さんのお弁当を覗いてみて俺は絶句した。
肉料理多めの小坂さんのお弁当のご飯部分には、海苔で、
『ガシガシ稼げや! コラァ!!』
と力強い文字が形作られていたのだ。
「いや、長女も長男も、来年は高校と大学と進学控えて物入りだしさ、嫁さんの圧すごいよね……。ハハッ!」
「こ、小坂さんっ……!」
気まずそうな笑みを浮かべる小坂さんを前に、俺が明日は我が身なのか?と震えていたところ…。
「い、石藤営業次長っ……。ちょ、ちょっとお話が……」
「……!?」
後ろから声をかけられ、振り向くと、昨日俺を見て驚いていた派遣社員の女性が、思い詰めた表情でそこに立っていた。
「(おやおや、石藤くん、隅におけないなぁ……。行っておいでよ。奥さんには黙っておいてあげるから)」
「(いやいや、違います! 絶対そういう話じゃないですから。ちょっと失礼します)」
小坂さんに、ニヨニヨされながら、こそっと囁かれ、俺はブンブン首を振りながら全否定したが、深刻そうな彼女の様子に無視もできず、席を立った。
✻
社内の休憩所に場所を移し、カウンター席の隣で、沈黙を貫いている彼女に気まずいながらも、当たり障りのないアプローチを試みてみた。
「君、新しい派遣社員さんだよね。どうかしたかな?えーと、仕事上の悩み……とかなら、同じ係の上司か人事の人の方が詳しく相談に乗ってくれると思うけど……」
「いえ。仕事関係の話ではありません」
「あ、そ、そう……」
即座に否定され、俺は心の中で「だよな……」と頷いていた。
仕事上で関わりがない俺にわざわざ話を持ってくるって事は、他の事で話があるって事だよな?
なんだろう?彼女のただならぬ雰囲気に何を言われるのかとドキドキしていると……。
「あの……。石藤く……、石藤営業次長は覚えていらっしゃらないかもしれないんですが、私、高校時代同じクラスだった、屋川由依です」
「え!あ、ああっ、屋川さん…?!」
俺は驚いて目の前の彼女を凝視した。
屋川由依……。
クラスメートでいかにもギャルな外見で白鳥の取り巻きの女子の一人だった。
確か、付き合っていた男子との不純異性交遊で停学になり、その後あまり学校に来なくなって、ついには転校していったっけ……。
クラスの女子の名前をぼんやりとしか覚えておらず、文化祭の一件以来、盲腸の入院やらで、学校へ行けていない時期が多かった俺でも、噂になっていた彼女の事は覚えていた。
派手なギャルだった高校時代の彼女が、今は三つ編み、事務服姿の地味で大人しそうな外見へと、昔の彼女からは想像もつかないぐらい様代わりしていたが、目元に僅かにその面影を見出す事が出来た。
そして、彼女がどうして俺に会ってあんな顔をしたのか納得出来た気がした。
「そうだったんだ。いや、ちょっと大分雰囲気変わっていて気付かなかったよ。話ってその事? いや、別に俺、何か君の高校時代の事を人に言ったりしないから、安心し……」
「ち、違うんです!」
会社側にあまり名誉でない過去をバラされるかと怯えているのかと思ったのだが、屋川由依はぶるぶると首を振った。
「わ、私、石藤営業次長と…、せ、瀬川さんに……、ひ、ひどい事をして……しまったんです……」
「え?瀬川って、瀬川香織さんの事?!」
途切れ途切れに語る彼女から、思わぬ名前が出て、聞き返すと彼女は泣きそうな顔で頷いた。
「は、はい……。とても取り返しのつかないような……ひどい事をしました。わ、私は二人に謝りたくて……」
「?? 一体どう言う事だい?」
その発言に疑問は増すばかりで、蒼白な顔で震えている彼女を前に俺は途方に暮れていたのだった……。
✽あとがき✽
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