夏休み課題
朝、ニュースから聞こえてきた最高気温37℃というパワーワード。
加えて、アナウンサーは言っていた。
「不要不急の外出はお控えください」と。
分かりました。あなたが言うなら喜んで自粛します。
でもまぁ、こんな暑い日に外出するバカなんて、そうそういないと思うけど。
「ふっふっふ、本当に来てやったのだぞ!」
「うん、いらっしゃい」
この人以外。
「ふぅ、暑かったぁ……」
堂々と家にあがり、手を洗い、うがいを終え、先行して階段を上る乙女。気温に関係なく、今日も今日とてハイテンションと。
「今日はビシバシ行くから覚悟するのだぞ!」
そして、もはや安定のなりきり口調。
外出が不要不急なら、あゆは不変不動だな。
「そこの人、とりあえず座ろっか」
「うむ、分かったのだぞ!」
夏休みが始まって早10日。
今日は俺の部屋にお客さんが来た。
「お主、さっさと数学のワークを開くのだ! あっ、ぞ!」
「はいはい、分かったから」
俺にしては珍しい、2日連続人と過ごす日程。
正直、身体は結構疲れてると思う。
ってか、
「ワークどこだっけ? あれ、おっかしいなー。確かに置いた記憶はあるんだけど」
その証拠にほらっ。
俺は今、机の上のワークすら見つけられない。
はぁ。せっかく頑張って立ち上がったというのに、無いってオチだけはご免蒙る。
「んー」
「……ねぇ、柚」
しばらく探していると、先に丸机で課題を進めていたあゆが俺を呼んだ。
あっ、なりきり口調終わってる。
「なに?」
そんなことを思いながら振り返ると、そこには呆れた顔で俺を見るあゆの姿。
「下」
「えっ、下……?」
「もしかしてだけどさ、その《《椅子に踏まれてるやつ》》じゃないよね?」
「ん?」
そう言われて椅子の下を見ると、確かに何かが下敷きになっている。
「あっ、見っけ」
そしてそれは紛れもなく、数学のワークだった。
よかったよかった。
多少ホコリを被ってはいるが、この程度フッとすれば……ほら元通り。
でも──。
「あーあ、ちゃんと整理しておかないからそういうことになるんだよ」
うっ、正論は痛い。
「そ、それにしてもよく分かったね。まさか椅子の下にあるなんて」
「そりゃあね、初めてじゃないし」
・・・えっ?
「中1、中2の夏、これと全く同じ状況でした」
え、笑顔が怖いんですけど……。
「それはもうほんと、すいませんでした」
見せる顔がないとはこのことか。
まぁ、俺の場合上げる顔だけど。
「分かればよろしい。でもこれからはちゃんと、片付ける習慣つけるんだよ。今回は数学のワークだっただけで、家の鍵とかだったら一大事なんだから」
出た。
たまにあるあゆのお説教タイム。
ただこういう場合、あゆは大袈裟に褒められると、すぐ調子に乗って話を逸らしてくれる。
大丈夫。
失敗したことは1度もない。
「そういうリスクを抑えるために普段から──」
「ほんと、流石は名探偵の娘だね」
一瞬、あゆの身体がぶるっと震えた。
「片付けを……片付けを……ふっふーん、柚くんご名答!」
はい、釣れました。
口角が上がり、明らかにご機嫌な様子。
こうなればあとは簡単だ。
「あなたは一体、何者なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!
私は天乃川あゆは、探・偵ですっ!」
ほんと、チョロいったらないよね。
「わぁーーーー」
ポーズを決めるあゆに、俺は拍手を送った。
「いやぁ、どもども。照れますなー」
これぞまさに、学生による学生ための処世術だ。
「……はぁ、楽しかった。
よーし、張り切って課題やるぞー!」
「おー」
それにしても、これは完全勝利すぎて笑えてくるレベルだな。
とまぁなんやかんやあって、俺は課題に取り掛かった。
いつもは夏休み終了ギリギリまで手をつけない俺なのに、今年はこんなに早く取り掛かることになるとは。
結果として、あゆには感謝しないとな。
「解ける、解けるぞぉぉぉ!」
まぁ絶対に、直接は言わないけどね。
ところで、数学って難しいな……。
「ねぇあゆ、これどうやって解いた?」
「んー? あっ、1の4?」
「うん」
しかし、勉強とは不思議だ。
絶対にやりたくないのに、やり始めたらやり始めたでつい集中してしまう。
「あー、隣行っていい?」
「うん」
机の円に沿って、あゆが隣に来た。
「それはね、たすきがけっていうのを使うんだけど……」
それに、
「あっ、解けた。ありがと」
「おっ、やっるー!」
問題が解けると嬉しくて、次の問題につい手を出してしまう。
ただ、そのせいでまた、お母さんに写真を撮られたんだけど。
「うふふ、柚ったら楽しそうに勉強しちゃって」
俺の部屋のドアを開け、隙間からスマホを覗かせるお母さん。当然、俺とあゆが気づくことはない。
「あっ、手が勝手に。パシャリと。でもそうね、これは幸せそうにしてる2人が悪いのよ」
そう密かに呟いた後、お母さんは階段を降りていった。
その日の夜。
あれ、なんかお母さんご機嫌だな。
なんかあったのか?
「なんかあった?」
「んー? べーつにー」
「……そう」
俺はあゆが嫌いだ。
勉強嫌いな俺をやる気にさせる、そんなあゆが嫌いだ。




