夏祭り(1)
『8月10日の夏祭り行きたい人ー!』
『はーい!』
『行きたーい!』
『えーと、柚は来るかな……?』
『絶対連れてくから』
『任せて!』
『おっ、あゆちゃん助かる』
『任せろーい!!!』
『ぱちぱちぱちぱち』
8月8日。
朝早くから鳴り続けるLIMEの音で目が覚めた。
「んっ……なに、こんな朝っぱらから」
き、気になる……とても気になる……。
が、俺を包んでいるのは、体温でいい感じに温まった毛布。とりあえず、この温もりを手放すわけにはいかない。
「んー」
俺は必死に、枕横にあるはずのスマホを手探りで探した。
あっ、あった。
「ふわぁ……今何時? えっ、まだ8時じゃん」
ってか眩し。
スマホの光が目に染みる。
「えーと、夏祭り……?」
このLIMEグループには、俺、ヒロ、あゆ、それから椎奈ちゃんの4人がいる。
グループ名『つかみ取り』
その由来は、柚子と鮎が掴めるところから来ているらしい。
全く、誰が考えたんだか。
その時、俺の頭の中にはハッキリと、あの男の顔が浮かんでいた。
まぁそれはさておき、
「あーはいはい、理解した」
もう行くの確定してんだ、俺。
経験者は語る。
「あゆがこう言っている以上は、断る道、もう絶たれてますね。だって、ここで断ろうものなら、親に縛られて運ばれる可能性すらありますから。えぇ。あゆって、うちの両親にすっごい気に入られてるんで、これはもう無理です。完全にお手上げですね」
こうして俺の予定に、『8月10日夏祭り』が追加された。
「柚ー、ちょっと降りてきてくれるー?」
「はーい」
お母さんに呼ばれた俺は、階段を下り、リビングに入る。
「なに?」
「これ見て! 浴衣!」
入ってすぐ、タンス横に座るお母さんが俺に黒の浴衣を見せてきた。
「へぇ、シンプルでかっこいいじゃん」
「でしょでしょ! お父さんが着てたやつなの!」
やっぱ、お父さんのセンスは俺好みだ。
……いや、お母さんの言うお父さんはおじいちゃんか?
まぁ何にせよ、俺好みであることに変わりはない。
「よいしょっと」
立ち上がったお母さんが浴衣を広げると、間から灰色の帯がぽとりと落ちた。
「あっ、柚拾って」
うーわ、帯しっぶ。
あっ、そうだ。
これ夏祭りに着てっちゃだめかな。
「はーい」
俺は拾い上げると同時に、お母さんに尋ねる。
「この浴衣さ、今度の夏祭りに着てっていい?」
その時のお母さんの顔と言ったら、ありえないと言わんばかりのあんぐり顔。
一応俺、あなたの息子なんですけど……。
「も、もちろんいいわよ……!
でも以外だったわ。まさか柚から言い出すなんて」
「ねぇ、俺だって男の子だよ?
たまにはかっこつけたくもなるの」
とは言ってみたものの、自分でもよく分かっていない。
確かに、浴衣の魅力にやられたのは認める。
ただ、それ以上はない。
「……そうなのね」
俺、なんか変だな。
「じゃあ適当なとこ掛けといて」
「はーい、分かったわ」
そんな経緯を経て、俺は浴衣で夏祭りに臨む訳だが……そうなると気になっちゃうのがみんなの服装。
もし仮に、俺1人だけ浴衣だったとする。
その場合、噂によく聞く恥ずか死は免れない。
ってことで、とりあえず聞いてみよう。
俺はソファーに腰掛け、LIMEを開いた。
めんどくさいし、グループでいっか。
『夏祭りの服装教えて』
『おっ、急にどうした?』
そりゃそうなるよな。
『俺は浴衣着てくよ!』
おお、流石。
『私もその予定!』
へぇ、あゆもか。
『私も浴衣着ていきます!』
あっ、椎奈ちゃんも?
ってことは全員じゃん。
『よかった』
この直後、どうしてという意味合いのLIMEがたくさん来たが、俺は完全スルーを決め込んだ。
そこには恥ずかしさもあれば、みんなを驚かせてみたいという好奇心もある。
「夏祭り、楽しみだなぁ……」
不意に出たその言葉に気づくことなく、俺は深い眠りについた。
俺は今、夢を見ている。
それにこれはきっと、俺が行く予定の花火大会だ。
俺の前にはたくさんの人がいて、隣には……よく見えないけど誰かがいる。
そして多くの人が見守る中、大きな花火が打ち上げられた。
何度も何度も、空という大きなキャンパスを彩るその様は、言葉にできない美しさだ。
花火が上がり始めて5分、俺は隣にいる誰かに声をかけた。
すると、その誰かが答える。
なぜだろう。
はっきり見えていないのに、相手の瞳が震えているのが分かる。
ん? なんだ?
徐々に徐々に顔が近づいて……!
「はっ……!?
はぁはぁ、そういえば、今の、夢、なんだっけ……ふぅ、びっくりした」
冷房をつけているのに、俺の身体は汗でびっしょりだった。
「あーあ、変な夢見ちゃった……。
ってかまじで、正夢って言葉生み出したやつ、絶対許さないからな」
俺はその後、中々眠りにつくことが出来なかった。
当然、昼寝をしたからというのもあるだろう。
でも、俺の頭の中は常に、隣に立っていた見えない誰かでいっぱいだった。
俺は浴衣が好きだ。
着ることが決まっただけでわくわくさせてくれる、そんな浴衣が好きだ。




