第71話 よかった
俺はしばらく鮮血に沈むハムを見下ろしていた。この凶悪な男の人生について少し考え、しばらく目を瞑る。
意外なことにハムを殺した事に対して達成感を感じたり動揺したりといった心境の変化は特になかった。
ただ、大仕事にケリをつけられたという意味での安心感のようなものがあるだけだった。
――そしてしばらくぼーっとしていると、ここで俺の体に驚くべき変化が起こった!
天から俺を包むように真っ直ぐ光が差してきた。
俺は直感した、これはレベルアップだと……しかしそれはこれまでとは比較にならないほど大げさなものだった。
まず俺はその光に包まれ、次に俺の体全体から黒い煙のようなものがサァーっと抜け出ていった。――すると、俺の頭の中の不安やストレス、体の疲れといった負の要素が一気に消し飛んだ!
「うおおおおおお!何だこれー!?」
さらに今度は俺の体に白い光のようなモヤが入ってきた。
おっ、おっ!おおっ!!
それの効果だろうか?俺の脳内ではあらゆる事柄が前向きに捉えられ、悲観的な思考が消え去った。
それは今まで一度も味わったことのないような高揚感、そして無敵感……。今までの人生で最高の状態だ!
「こっ、これは、もしかして……俺はとんでもない力を得たのでは……!?」
何となく今ならハムなどワンパン……いや、デコピンでも倒せそうな気がする。それぐらい体内に力が満たされているのが分かった。
――それからしばらく経ってようやくレベルアップの発光現象が終わり、俺の体の周りを白く薄い膜のようなものが包んでいた。
俺は試しに光輪を出してみようと右手をあげた。すると――!
ズゥオォォオォォオーーーー!!
「な、な何!?」
……上空に浮かび上がったそれは今までの光輪とは桁違いに巨大で、大きさは直径50メートル程、輪の太さは直径2メートルはある!
やっぱりさっきのはとんでもないインフレを引き起こすスーパーレベルアップだった!!
「あれ?なんか今の俺、人類最強クラスな気がしてきた」
俺はその光輪をすぐに消したが、しばらくするとそれを目撃してやってきた人間がいた――。
しばらくポカンと口を開けたままそっちを眺め続ける俺。物陰からチラリとこちらを覗くその姿……。
「太一……」
俺がその声を聞き間違うはずもない……。
「太一……、太一ーー!!」
香織が、もう二度と会えないと思っていた香織が……笑顔で俺のもとに寄ってくる!ああ……。
俺は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。生まれて初めて「よかった」という感情が溢れて体が震え涙が出た。
「香織!!」
俺と香織は抱きしめ合い、しばらくそうしてお互いのぬくもりと生きている実感を味わう。
幸せだ。生きてて良かった、本当に。心からそう思う。
気付いたら俺は夢中になって香織を抱きしめていた。
安心しきったような笑顔の香織が甘い声でささやく。
「ううーん、なんだか癒やされるー。太一、前より大きくなった?」
「んー、分かんね」
ところで香織を見るとハムに誘拐されてから色々あったらしく傷が多かった。聞かないがハムに何かされたんだっけな……。俺はちょっとだけ嫌な気分になったがすぐにエノキの回復魔法の事を思い出した。
「デヴォンシャーに戻ってエノキに回復魔法かけてもらおう!」
「うん」
それから少し当たり障りのない会話をした。
「なあ香織、俺多分ドン引きするぐらい強くなったんだ。人間辞めたかもしれん」
「良いことじゃない?それに強くても弱くても太一は太一だもん。大好き」
「ありがとう。俺も大好きだ!」
「ん……」
俺と香織は静かに唇を合わせた。
「――おう二人共!もういいか?」
いつの間にか側にいたジャンタンにそう言われ二人の世界から慌てて戻ってきた俺達。
「……あ、ああごめん。戻ろうか」
俺は周りを見渡すと目に映る景色がいつも以上に鮮やかになっているように見えた。
――数時間後、俺達は境界人の町、デヴォンシャーへと帰ってきた。
「あーっ!香織だ!!」
早速出迎えてくれたのはエノキだった。
「エノキー。心配かけてごめんね」
お互いに抱き合う二人。
そしてエノキは俺の方に目をやるとゆっくり歩いてきた。
エノキはなんか気恥ずかしそうにちょっと下を向いている。
以前、あんな気まずい別れ方をしたからな。
「タイチ……もう大丈夫?」
やや気恥ずかしさを感じさせるその仕草、言動に不覚にもドキッとした。その姿はどう見てもただの美少女にしか見えない。
エノキのくせに……。そう思って俺はエノキの頭を手でくしゃっと押さえつけた。
「大丈夫に決まってんだろお前っ!俺は世界最強の戦士だぞ!なめんじゃねー!!」
俺は喝を入れるつもりでエノキにそんな事をした瞬間、反撃をくらい頭を叩かれる。バシッバシッバシッ!
いてえいてえやめろ!
「あーあ、なんか心配して損した……。ふんっ!タイチがアホだって事忘れてたよ、あはははっ!」
そうだ。人の心配とか柄にもない事しないでお前はそうやって笑ってろ!
「おう、皆お客さんだ」
ウェイバーの言葉に振り返るとそこにはなんとあのロジャーがいた!ビックリだ。
「ご無沙汰しております。くだんの件ではご迷惑をお掛け致しました」
マウロは頭を下げた。
「その事はもうええ。お前は次の『魔王襲来』でしっかり戦ってくれ」
マウロは笑顔で「ありがとうございます」と再び頭を下げた。
対してエノキは慌てふためきながら一応ロジャーに謝罪した。
「あの、え、えーっと……私も、なんていうか……禁書読もうとして、ごめんなさい」
ロジャーはエノキとマウロを見て軽く笑った。
「お主ら、やっぱりあやつに――ランベルトに似とるよな。血筋やのう。はっはっは」
「ロジャー先生。何しに来たんだ?」
俺は普通に聞いたつもりだったがエノキとマウロ、そしてジャンタンも冷や汗をかいたような表情をしていた。
俺はあのハムとの戦い以降メンタルも強靭になってしまったらしく、以前会った時感じていたロジャーの威圧感もまるで感じなくなってしまった。
「おう、タイチ……ん?お前本当にササキタイチか!?以前酒を飲み交わしたときとはまるで別人やないか??」
「え?いや、別に変わったことは何もないぜ?……あ、いやあったな。なんか凄いレベルアップしたんだ。光輪のサイズもめちゃくちゃデカくなったし!」
「そうか、成ったか……」
ロジャーの謎の言葉に思わず聞いた。
「成った?」
「人を超えたものに成ったということや。かつてのレオンもそうだった」
「えー。タイチそんなに凄いの!?見た目変わんないじゃん?」
エノキは俺の見た目やらで評価しているようだが、中身を感じ取れということだぞ。
「私もさっき久しぶりに会って気付いたけど雰囲気が大分……なんていうか大きくなったっていうか」
香織は俺を正しく評価しているようだ。いいぞー。
ここでロジャーは思い出したように話始めた。
「今日ここに来たのは『魔王襲来』時の打ち合わせだ。人員配置等、双方で話し合いが必要やろう?」
「ご足労ありがとうございます」
ウェイバーは軽く頭を下げた。
「ちょっといいっすか!ロジャー先生!!」
緊張した面持ちでそう切り出したのはジャンタンだった。ジャンタンは続けた。
「魔王に関しては……その……真実を民衆にも伝えたほうが良いと思っとります!いつまでもありもしない恐怖を民に与えるのはいかがなものかとっ!!」
うおっ!ジャンタンがすっげー勇気のいる発言をした。でも俺も似たような事をロジャーに言ったな……もしかしてジャンタンもロジャーに気に入られるかも知れない。
「……お主。名前はジャンタンでよかったな?」
「は、はい」
「それについては協会側でも一つ議論しとるが、俺の考えは決まっとる」
「……」
皆が真剣な表情をしている。魔法協会で議論中とのことだがロジャーの意見に逆らうものは協会内にはいない。――つまり魔法協会が「魔王」の扱いをどうするか答えはもう出ているということを意味する。
「魔王の事は全て打ち明けるつもりだ。更に魔王討伐税も廃止にする!」
「ええーーー!」
ウェイバー以外の皆は驚いて各々感想を口にする。
「うっそ!……マジ?」
「は、廃止ですか!これは驚きです……」
「凄い!日本じゃ絶対無理だわ」
「アメリカでも無理よ」
「魔王がいなかったと分かると……暴動が起きるのでは!?」
「それに税収はその……減っても平気なんすか先生!?」
ロジャーはそれらの質問に一つの答えを提示した。
「様々な問題はここの皆さん含め境界人、特にこのタイチの存在によって解決する」
「えっ!」
皆の視線が俺に集まる。なるほど。
「つまり俺達が『魔法襲来』で召喚した魔物を町や村に到達する前に全部倒せば良いんだろ?」
「そういう事だ。これまでは俺達だけで召喚した魔物を退治しとったが、タイチ達境界人の加勢により魔物は全て討伐できる!そうよなウェイバーさん?」
チラッとウェイバーの方を向いて確認をとるロジャー。
「ええ」
ウェイバーは笑って答えた。
さらにロジャーは続ける。
「民衆には魔王の捏造という罪より今後魔物に襲われないという恩恵の方が大きく受け止められると思っとる。それにタイチ達境界人のおかげで魔王討伐に使う資金も大幅に削減でき、税金も取る必要がなくなる。ああ、もちろんあんたら境界人には大いなる報酬を約束するぞ!」
「おお、そういうことかー」
「これは次の魔王襲来頑張んなきゃね!」
ジャンタンやシャロも活気づいた。
そしてロジャーは最後にこう言った。
「皆さん、本当にありがとう」
そしてロジャーは俺に握手を求めてきた。
次回で最終話です。




