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落第ラプソディ!  作者: こよる
第四章 地球が回った日
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第四章―13

 バイトさん、銀髪さん、焼き子さん、恋人さんで四冊。残りは二冊。

 はっきり言って売れ行きにはあまり期待していなかったので、一日のうちに四冊も売れたことに驚いていた。そして、だったら残りの二冊も、という甘い希望を抱いたりもしていた。

 ところが、それからは予想に反して客足が伸び悩んだ。

 時間帯のせいか、そもそも『元村書店』にやって来る人の数が減ったのだ。そして当然ながら、まともな客はカウンターの冊子には目もくれない。僕がブックカバーの取り付けと本の整理を淡々とこなしているうちに日が暮れて、閉店時間が迫った。

午後七時五十分。閉店まであと十分あったが、店主さんが「そろそろ店じまいだから」と言ってきた。カウンターには二冊の冊子が残ったままだったが、僕にはここで、

「まだあと十分あります!」

 と主張するほどの熱意は持ち合わせていなかった。そもそもこの三十分はお客さんが一人も来ていなかったから、期待のしようがなかったのだ。

「まぁ、いいんじゃねぇの?」

 帰宅の準備をしている最中、バイトさんが残った冊子を眺めながら呟いた。

「素人の作ったものが、たとえ百円でも一日で四冊売れれば、それで充分だと俺は思うけどな。下手な小説よりかはよっぽど売れてるんだから」

「まぁ、そうですね」

「それとも、六冊売れないと困る事情でもあったのか? わざわざ六部って中途半端な数を用意してきたわけだし」

「六冊売れないと、ってよりは、六百円じゃないと、ってことなんですけど。僕はとにかく、自分の手で六百円を稼ぎたかったんですよ」

「へぇ……。ま、お金ってのは誰にでも色々な事情があるもんだからな。それだけ大切なものってことなんだろ」

 バイトさんは自分で納得したように頷いている。その手には、さっき店主さんから現金でもらったバイト代の封筒が握られていた。

「じゃ、俺は先に帰るよ。今日はちょっと約束があるんだ」

「昼頃に来た銀髪の人ですか? 一緒にお好み焼きを食べようって」

「そう、それ。自分で言っといて遅刻したら、なに言われるか分からない」

「彼女さん、とか。あるいは友達ですか?」

「うんにゃ、そのどちらでもない。ただ協定を結んでるだけだから」

 バイトさんはよく分からないことを言う。金髪と銀髪だから、そういう繋がりなんだろうか。どちらも半径五メートル以内には近づきたくない不良にしか見えないが。

「でも仲、良さそうだったじゃないですか」

 試しに、店の裏口から出て行くバイトさんにそう言ってみた。裏口は狭い路地に通じていていて、外は暗闇だらけだ。バイトさんは立ち止まって、それから僕を振り返って、何故か自慢げにこう言った。

「知ってるか? 不良ってのは孤独な生き物なんだよ。大昔から、そう決まってるんだ」

 返事はしなかった。

 売れ残りの二冊を持って、僕も路地裏へと出た。



 結局、一日の売り上げの成果は中途半端に終わった。

 六冊のうち四冊が売れて、二冊は売れ残り。

 仕方がないことだった。一応僕も努力はしたが、努力が必ず報われるのは虚構の中だけで、ここは現実。僕は確かに主人公だけど主人公はきっとこの世界に掃いて捨てるほどいて、そいつらが全員報われていたら世界の方が持たない。

 だからきっと、僕は間違っていないのだ。

 努力して救われようとして失敗して、神様ってヤツを恨みながらでも現実ってこんなもんかと色々諦めて、それでも明日は来るさと自分の中に失敗を溜め込みながら生きていく。

 大多数の人間がそうやって生を紡いでいるんだから、僕もそれで間違ってない。

 売れ残りの二冊は、それでも僕が少しだけ頑張ってみた証なのだ。

 だからそれを大切にして生きていこうーとか、

 多分僕は夜の雰囲気に流されて感傷的な気分になっていて、欠けた月を見上げて美しいとか思っちゃったりして、嘘っぽく深呼吸してひんやりと冷たい空気で肺を満たしたりして、

 まぁこれでもいいやと自分自身を諦めて書店の表に回ったから、だから驚いた。

 黒パーカーに身を包んだ影法師みたいな雨宮結衣が、そこで僕を待っていたことに。

 白い街灯が、僕を見つけて無邪気に頬を綻ばせる結衣の横顔を淡く照らしていた。

「シュンちゃんみっけ。わたしも小説、買いに来たよ」

 夜で良かった。

 多分、そのときの僕はあまりにも情けない顔をしていただろうから。



「電話しても出なかったから、シュンちゃんちに行って」

「うん」

「シュンちゃんのお母さんに色々と事情を聞いて、ここに来たの」

「よく一人で外に出られたな。大丈夫だった?」

「まぁね。この間シュンちゃんを捜して外に出たときに、案外平気じゃんって分かったから」

 夜の街灯に照らされた道を、僕と結衣は歩いていた。大通りとはいえ田舎なので、ネオンサインよりは車のヘッドライトの方が眩しかった。

 余っていた二冊のうち一冊を、結衣に買ってもらった。本当は結衣と少しでも対等であるためにやっていたことなので、結衣に買ってもらったら反則負けのような気がしたのだが。しかしそう言うと「シロート小説家が生意気言うんじゃないのー!」と痛くないパンチを頂戴してしまったので、素直に負けを認めた。

 まぁ仕方ない、どうせ僕は一人前なんかじゃないんだから。

 いや、これは卑屈になっているわけじゃなくて。

 一人前じゃなくても一矢を報いることくらいは出来るって、そう信じていたのだ。

「でも、残りの一冊はどうするの?」と結衣。

「あぁ、これか。これは、こうする」

 僕は冊子の売り上げ代の五百円が入っている封筒を取り出して、それから自分の財布も取り出した。そして財布から百円玉を一枚抜き取り、封筒に入れる。

「はい。残りの一冊は僕が購入しましたよ、っと」

「うぇ。なんかセコくない?」

「いいんだよ。ちょっとぐらいセコい方が人間らしくて、怪しくないから」

「適当な哲学で誤魔化すなよー!」

「まぁいいじゃん。これで晴れて六百円だ」

 僕は硬貨が六枚入っている封筒を振った。ジャラジャラ、と中で幸せの音がする。

「シュンちゃん、その六百円どうするつもり? 何か使うあてとかあるの?」

「うん。結衣って、今から暇だよね?」

「引き籠もりに忙しいときはないですよ」

「そっか。じゃあ、今から『あじすけ』に行こう」

「えっ?」

 結衣が目を丸くする。そんな表情を引き出せたことに、淡い優越感を覚えた。

「今日は僕が結衣に奢るんだ。お好み焼き一枚、六百円!」

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