在席
それから少しして。
蓮たちも帰ることにした。
「結局、悠真戻ってこなかったな」
蓮が呟く。
「委員会長引いてるんじゃない?」
紗季は答える。
「悠真には申し訳ないけど帰る?」
「うん」
四人は教室を出た。
廊下には、部活動へ向かう生徒の姿が少し残っていた。
「.......」
蓮は部活動へ行く生徒達を横目に見ていた。
階段を下り、昇降口へ向かう。
窓ガラスには薄暗い空が映っていた。
昇降口に着くと、四人はそれぞれ自分の靴箱を開けた。
蓮が上靴を脱ぐ。
「今日も疲れたー」
靴箱から靴を取り出し、上靴を揃えて中へ入れる。
紗季がその横で靴紐を結んだ。
「明日の数学、宿題あるよ」
「……聞かなかったことにする」
「絶対やれよ」
「明日の俺に任せる」
「それ昨日も言ってた!」
美月が笑う。
「佐伯くんって、毎日大変だね」
「分かってくれる?」
「そこだけ都合よく受けとるな」
神谷が靴を履きながら言った。
四人で笑う。
そのとき。
時計を見ると、五時五十八分。
「もうこんな時間か」
蓮が言った。
外は、すっかり暗くなっていた。
「黒田、まだ委員会かな」
紗季が校舎の奥を見る。
「たぶん」
美月が答える。
神谷だけが、何も言わなかった。
そして。
時計の針が六時を指した。
――ザッ。
昇降口のスピーカーから、突然ノイズが流れた。
四人が顔を上げる。
『二年三組、黒田悠真くん』
担任の声だった。
『先ほど提出してもらった書類について、確認があります。至急、職員室まで来るように』
*
その頃。
校舎の中で、黒田が足を止めた。
「……俺?」
少し考えてから、スピーカーに向かって答える。
「はい。今、行きます」
――ザッ。
ノイズ。
『確認しました』
先程の聞き馴染みのある担任の声とは異なり、低く鋭い声へと豹変した。
『黒田悠真――在席』
黒田の表情が固まる。
そして。
『佐伯蓮』
『水野紗季』
『神谷理央』
『白石美月』
五人の名前が、静かな校舎に響いた。
「……なんだよ、これ」
愕然としている蓮の横で神谷が突然走り出す。
「黒田のところに戻る!」
「神谷!?」
蓮たちも追いかけた。
廊下を走り、階段を上がる。
けれど。
悠真の姿はどこにもなかった。
「……悠真?」
蓮が呼ぶ。
そのとき。
「……蓮」
廊下の奥から、悠真の声がした。
「悠真!」
蓮が走り出す。
そこには悠真が立っていた。
「……返事、したのか」
「……ああ」
「なんでだよ……!」
蓮の声が震える。
「返事したら……どうなるか分かってんだろ……?」
「……分かってた」
悠真は少し黙った。
「でも……まさか、あんな声まで使って呼んでくるとはな……」
「……あの噂」
悠真は苦笑した。
「どうやら……本当だったらしい」
「……そんな……」
蓮の顔が青ざめる。
「待ってくれよ……」
「……」
「なあ、悠真……どうすればいいんだよ」
「……」
「俺、何したらお前を――」
「蓮!」
突然、悠真が見たことのない迫力で叫んだ。
蓮がハッと顔を上げる。
悠真は、まっすぐ蓮を見つめていた。
「……泣き言言ったって、仕方ないよな」
悠真は少し笑った。
蓮には、その目に涙が浮かんでいるように見えた。
「母さんには……また迷惑かけちまう……」
「待てよ……! 悠真!」
「……頼んだぞ、蓮」
その瞬間――
黒田悠真の姿が、蓮の目の前から消えた。
廊下の床で、何かが光った。
カラン。
蓮が拾い上げる。
【黒田悠真】と書かれた学生証だった。
「……なんで」
誰も答えない。
ただ。
スピーカーから最後の声だけが響いた。
『……次』
プツッ。
校舎が静まり返った。




