あの教室には、五人しかいない
「まだ学校来れるんだ」
女が指を指して笑う。
「今日はどうする?こいつ。」
「粗方やったからなー。今日はこいつの家族使うか」
男がそう発言しても俯いたまま何も言い返せなかった。
何を言っても、また笑われる。
反論すれば、余計に面白がられる。
だから、ただ耐えるしかなかった。
聞きたくもない言葉が、頭の中に何度も響く。
悔しい。
苦しい。
どうして自分だけ。
そう思っても、口には出せなかった。
固く拳を握る。
もう、嫌だ。
胸の奥に溜まっていた悲哀の感情が、少しずつ形を変えていく。
怖い。
逃げたい。
──────違う。
殺す。
頭の中で、その言葉だけが何度も繰り返される。
殺してやる。
こいつらを。
一人ずつ、必ず......。
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その日の夜。
蓮はベッドに横になりながら、今日一日のことを思い返していた。
朝のこと。
悠真との取っ組み合い。
昼休みの会話。
そして、放課後の図書室。
頭の中で何度も同じ場面が繰り返される。
「……」
蓮は天井を見つめる。
やっぱり、気づかれていたのか。
俺たち三人が悠真に対して警戒していることを。
もし、それが本当にバレたら───。
考えれば考えるほど、眠気が遠のいていく。
そのとき。
ピロン。
隣に置いていたスマホから、着信音が鳴った。
「……ん?」
蓮は身体を起こす。
画面を見ると、LINEの通知が表示されていた。
グループが作成されています。
「……グループ?」
蓮は画面を開いた。
グループ名は、【学校の真相を明かす!私たちは最強探偵団】だった。
なんとも紗季が考えたんだろうなと思う陳腐なグループ名に思わず口元が緩んだ。
メンバーを見る。
俺。
紗季。
理央。
すぐにメッセージが届く。
『.....このダサいグループ名はなんとかならないの?』
と発言したのはまさかの紗季だった。
すると、理央が、
『.....明日のことなんだけど』
とスルーした。
『理央って意外と命名するのとか苦手なの?』
『うるさい』
『私がぴったりなグループ名考えてあげる』
蓮は画面を見つめる。
【あの教室には、五人しかいない】
『これどう?』
『蓮、最初の私のグループ名の方がいいよね?』
『こっちの方がいい』
『は?どこが』
『また5人になれたらいいなって思って....』
『そうだな』
少し間があった後に、
『もうしんみりするのはお終いね。本題に入ろう。』
と理央が会話の流れを戻す。
『問題は黒田』
『これ以上、悠真を避けてたら逆に怪しまれるよね。』
『今日もかなり不自然だったと私は思う。』
蓮は昨日からのことを思い返す。
確かに。
自分たちは悠真を警戒しすぎている。
少しでも態度を変えれば、悠真本人に気づかれる可能性がある。
『だから明日は、誰か一人が黒田と普通に話しておいてその間に、残りの人が先生に白石のことを聞く』
蓮は短く文を打ち込む。
『先生に?』
すぐに理央から返事が来る。
『うん』
『白石が休んでいる理由を、先生がどう説明するのか確認したい。そのついでに住所も教えて貰うようにする。』
蓮はスマホを握り直す。
確かに、それしかない。
白石がいないことを、クラスの誰も不思議に思っていない。
だったら。
先生がどう認識しているのかを確かめる必要がある。
『じゃあ明日はそれで』
少し間が空いてから、理央が送る。
『今日はもう遅いから。続きは明日にしよう』
『そうだね。おやすみ』
『おやすみ』
蓮も画面を見つめる。
しばらく迷ってから、短く打ち込んだ。
『おやすみ』
スマホを伏せる。
部屋が静かになる。
蓮は再びベッドに横になった。
明日はどうなるのか。
白石は、クラスにいないのか。
そして。
悠真は、自分たちのことをどう思っているのか。
考え始めると、また眠れなくなりそうだった。
蓮は目を閉じる。
そして翌朝。
目覚まし時計の音で、目を覚ました。
「……朝か」
蓮は重い身体を起こした。
昨日は結局あまり眠れなかった。
「……考えすぎだ」
そう呟いて、蓮はベッドから立ち上がった。
*
学校へ向かう道を歩きながら、蓮は昨夜のLINEを思い返していた。
今日は、白石がクラスにいるかを確認する。
もし今日もいなければ、先生に聞く。
その間、悠真を一人にしない。
今までなら当たり前だったことが、今は一つ一つ慎重になっていた。
昇降口に着く。
靴を履き替えていると、後ろから声がした。
「蓮」
振り返る。
紗季だった。
「おはよう」
「おはよ」
紗季は蓮の顔を見るなり、少しだけ眉を寄せた。
「寝てない?」
「……まあ、ちょっと」
「私も」
紗季が苦笑する。
そのとき、理央も昇降口へ入ってきた。
「おはよう」
「おはよ、理央」
三人は自然と顔を見合わせる。
誰も、昨日のことを口にはしなかった。
周りには他の生徒もいる。
ここで余計な話をするわけにはいかない。
三人はそのまま教室へ向かった。
*
二年三組。
教室の扉を開ける。
いつもと変わらない光景だった。
生徒たちが友達と話している。
机に鞄を置く音。
笑い声。
朝の教室。
蓮は自分の席へ向かいながら、何気なく後ろを見た。
白石の席。
やはり座っていない。
「……」
紗季もそれに気づいたらしい。
一瞬だけ蓮を見る。
理央も、何も言わずに白石の席を見つめていた。
やっぱり。
今日もいない。
それなのに――。
誰も気にしていない。
白石の席が空いていることを、不自然だと思っている様子がない。
まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。
「おはよう、蓮」
突然、声をかけられた。
「……おう」
悠真だった。
昨日と何も変わらない顔で、蓮の横を通り過ぎていく。
蓮はその背中を目で追った。
───こいつは、何も知らない。
少なくとも、そう見える。
そのとき。
「おーい、席つけー」
担任が教室へ入ってきた。
生徒たちが一斉に席へ戻る。
蓮も自分の席に座った。
担任は出席簿を開く。
「じゃあ、朝のホームルーム始めるぞ」
呼ばれるはずの名前を待つ。
しかし。
担任は出席簿をめくった。
「……」
一瞬、間があった。
蓮は息を止める。
先生が顔を上げる。
「今日は……」
その瞬間。
先生は出席簿に目を落とした。
「全員来てるな」
「……え?」
蓮の口から、小さな声が漏れた。
白石の名前を呼ばなかった。
最初から、その名前が出席簿に存在していないかのように。
蓮は周りを見る。
紗季も、理央も同じ表情をしていた。
三人とも、何も言えない。
そして、何事もなかったように前を向く。
昨夜、決めた。
今日は先生に白石の事を聞く。
けれど─────
今の出席確認を聞いて、蓮の中に一つの嫌な予感が生まれていた。
もしかしたら。
もう遅かったのかもしれない。
チャイムが鳴る。
朝のホームルームが終わった。




