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あの教室には、五人しかいない  作者: 飛べない夜鷹/渡辺はるき
第三章

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有言実行

「……ありがとうございました」

蓮が頭を下げる。

紗季と理央も続いて頭を下げた。

「こちらこそ……来てくれてありがとう」

悠真の母親は、疲れの残った顔で小さく笑った。


「悠真のこと……よろしくね」


「……はい」


蓮は短く答えた。

それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。


「失礼します」


三人は病室を出る。

扉が閉まる。

カチャッ、と小さな音がして、母親の姿が見えなくなった。

廊下に出ると、さっきまでいた病室の空気が途切れた。

遠くで看護師が誰かに声をかけている。

車椅子の車輪が床を擦る音。

規則正しく鳴る機械音。

蓮はしばらく先程の会話を噛み締めるように、その場から動かなかった。

「……蓮」

紗季が小さく呼ぶ。


「ん?」


「……帰ろ」


「ああ」


三人はゆっくり歩き始めた。


___________________________________________


病院の自動ドアが開く。

外へ出た瞬間、夕方の少し生温い風が三人の間を通り抜けた。

院内の冷たい空気に慣れていたせいか、外の暑さが妙に重く感じられる。

空は徐々に暗くなっている。

太陽はもう低く、道路に並ぶ建物の影が長く伸びていた。

三人は横並びになって歩く。

しばらく誰も話さなかった。

病院で聞いたことが、それぞれの頭の中で整理されていく。

悠真は、一週間前から昔の学校について調べていた。

何かを知ろうとしていた。

そして、その数日後に消えた。

「……悠真、やっぱり何か調べてたんだね」

紗季がぽつりと言った。

「ああ」

蓮は前を向いたまま答える。


「一週間前からって言ってたな」


「私たちが白石について調べ始めるより前だよね」


「たぶんな」


理央が静かに言った。


「だったら、明日は悠真が何を調べていたのかを探した方がいい」


「図書室?」


「図書室だけじゃ足りないと思う」


理央は少し考えてから続ける。


「先生が持ってる資料、実際に先生に聞いてみるとか。」


「なるほどな」


蓮は頷いた。

そのとき、ふと病室での会話が頭をよぎった。

───悠真のこと、よろしくね。

蓮は少しだけ俯いた。


「……なあ」


「ん?」


紗季が振り向く。

「俺さ」

蓮は歩きながら言った。

「今まで、悠真を見つけるって何回も言ってたけど……」

二人が蓮を見る。


「言葉だけじゃ駄目なんだな」


「……」


「お母さんと話してて、気づいた」


蓮は拳を軽く握った。

「俺が『絶対見つけます』って言っても、口約束には変わりはない」

夕方の風が、蓮の前髪を揺らす。

「だから……行動で示さねえとな」

その言葉に、理央が少しだけ口元を緩めた。


「……ワトソン君が言うようになったじゃん」


「……は?」


蓮が理央を見る。

理央は、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。


「自分から行動するなんて」


「まだその設定引きずってんのかよ」


「相棒なんだから当然」


「いつまで言うんだよ、それ」


蓮も呆れたように笑う。


「ワトソン君、頼りにしてるよ」


「だからやめろって」


「ふふ」


理央が珍しく声を漏らして笑った。

蓮もつられて笑う。

ほんの少しだけ。

悠真が消えてから、まともに笑えたのは久しぶりだった。


「……なにそれ」


紗季が二人を見る。


「私、知らないんだけど」


「え?」


蓮が振り向く。


「いつの間にそんな設定できたの?」


「前に図書室で」


理央が答える。


「勝手に理央が決めたんだよ」


「でも蓮も否定しなかった」


「いや、あれは……」


蓮が言葉に詰まる。

理央がまた笑った。


「ほら」


「うるさい」


二人の笑い声が、夕暮れの道に小さく響く。

紗季も笑った。


「ほんと、何それ」


そう言いながら、二人の少し後ろを歩く。

さっきまで自分もその輪の中にいたはずなのに。

二人だけで分かっているものが、いつの間にか一つ増えている。

そのことが、胸の奥に小さな棘のように引っかかった。

別に、嫌なわけじゃない。

蓮が笑っているのは、嬉しい。

それなのに。

二人の間にある空気が、少しだけ遠く見えた。

紗季はその感覚を振り払うように、少しだけ歩く速度を上げた。


「それよりさ」


「ん?」


「白石のこと、どうする?」


その言葉で、三人の意識が再び現実の事へと戻った。


「……そうだな」


蓮が答える。


「明日は、美月本人に聞けるなら聞こう」


「何を?」


紗季が尋ねる。

蓮は少し考えた。


「まず、二十年前のこと」


「いじめについても?」


「ああ」


蓮は頷く。


「ノートに書いてあったことが本当なら、かなり酷いことをされてた」


「だから、無理に聞き出すんじゃなくて……話せる範囲で聞く」


「うん」


紗季が頷く。


「誰にいじめられてたのかも知りたいけど、それだけじゃないよね」


「六月十七日に何があったのか」


理央が続ける。


「五人に二年三組へ呼び出された理由」


「六人目になったって書いてあったこと」


蓮が言う。


「それから、『あの人』が誰なのか」


三人は顔を見合わせた。


「……聞くこと、多いね」


紗季が苦笑する。


「一気に聞いたら、美月困りそう」


「だから、順番にだな」


蓮も苦笑した。


「まずは本人が話したいことから」


理央が頷く。


「それがいいと思う」


「でも、美月が明日も来なかったら?」


紗季が尋ねる。


蓮は少し考えた。


「その場合は……家を探すしかない」


「住所、知ってる?」


「知らない」


「私も」


蓮が顔を上げる。


「先生なら白石の住所、知ってるよな」


「学校に登録されてるはず」


「じゃあ、明日先生に聞こう」


紗季が頷く。


「美月が来てたら本人に聞く。来てなかったら、先生に事情を話して住所を教えてもらう」


「それでいい」


理央が答えた。

蓮も頷く。

三人の間で、明日やることが固まっていく。

蓮は少しだけ胸が軽くなるのを感じた。

悠真を探す。

白石に話を聞く。

二十年前の出来事を調べる。

まだ何も解決していない。

それでも、何をすればいいのか分からなかった昨日までとは違う。


「……じゃあ、今日はもう帰ろう」


紗季が言った。


「六時までには家に着きたい」


その言葉に、蓮の足が一瞬だけ止まった。


六時。


ただの時刻だったはずなのに。


「……そうだな」


蓮が頷く。


「今日は早く帰ろう」


「うん」


*


病院から少し歩いたところで、三人はそれぞれの帰り道へ分かれた。


「じゃあ、また明日」


「おう」


「気をつけて帰ってね」


紗季と理央が歩いていく。

蓮は二人の背中を少しだけ見送った。

それから、自分も歩き始める。

夕暮れの街には、家へ帰る人たちの姿がちらほら見える。

電柱の明かりが一つ、また一つと灯り始めていた。

風は昼間より少し涼しい。

蓮は一人になって、今日のことを思い返した。

悠真の母親。

昔の学校。

白石美月。

そして、二十年前の六月十七日。

そのまま歩いていると。

少し先の歩道を、人影が横切った。

蓮は何となく目を向ける。

人影はそのまま角を曲がり、すぐに見えなくなった。

「…… 」

ほんの一瞬だけ、蓮の足が止まる。

けれど、それ以上気にすることなく、蓮は再び歩き出した。

夕暮れの街に、人影はもうなかった。

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