1‐8 光の人 ルカ
泣き止まない赤ん坊に三人が集まって来る。おっかなびっくり抱き上げてあやしても泣き声は大きくなる。この中の誰も赤ん坊の世話の仕方なんて知らない。ただ囲んでオロオロするばかりだ。
「そうだ!」とマルティンが手をたたく。
「腹が減ってるんじゃないか?」
「え! じゃミルク、ミルクがいりますね。ミルク持ってる人!」とエルンストが言い、それっぽいものがないかと皆自分の持ち物をあさり始める。
ミミルが馬車に戻って、大きな荷物の山から薬箱を探し出し、中から白っぽいものの入ったビンを取り出した。
「コンデンスミルク。ミルクを煮詰めて甘くしたものだ。役に立つだろうか?」
「甘いの?…もしかして苦い薬 苦手なんすか?」マルティンがにやけた顔でミミルをつつく。
「はいはい」とエルンストがマルティンをどけて、ミミルからビンを受け取る。ビンを揺らすと、中身はかなりどろりとしている。
「ちょっと薄めたらいいと思います」
さっそく兄弟はその場で湯を沸かしミルクの準備を始める。カップに入れてかき混ぜながら、熱すぎるんじゃないか? 濃さはこれくらいでいいの? と騒いでいた双子が赤ん坊を抱いたままぼんやり見ていた俺の目の前にスプーンを突き出してきた。
「アッシュ、味見てよ」とマルティン。
「熱くない?」とエルンスト。
双子が期待に満ちた目で見つめながらぐいぐいとスプーンを近づけてくる。観念して開いた口に流し込まれたそれは、ほんのり温かくうっすらと甘かった。
俺がおずおずと頷くと二人は笑ってパチンと手を合わせた。
「じゃ、俺が!」とマルティンが赤ん坊の口元にスプーンを持ってゆく。赤ん坊は勢いよく吸い付いて上手く飲めずにむせては怒って泣く。
「貸してくださいよ」と次はエルンストがスプーンを持ち
「お腹すいてたんでしゅよね」と言ってスプーンで飲ませては泣かれて。最後にミミルが小さな袋に針で穴をあけたものを使って吸い付かせた。
今度は大丈夫。ミミルの持った袋から一生懸命にミルクを飲む赤ん坊。俺の膝の上の赤ん坊を両脇から双子がにこにこと覗き込む。
お腹もいっぱいになったのか、口の周りをびちゃびちゃにしながらもとろんと目を閉じかける。もぞもぞと動いていたのが大人しくなって、赤ん坊は何か悟りを開いたような顔になるとすぐに膝の上がじんわりと濡れて温かくなってきた。
赤ん坊を持ち上げてみると包んでいた布がぐっしょり濡れている。ミミルが笑って
「オムツを替えないとな」と言った。
オムツ用にと用意された清潔な柔らかな布はマルティンの新品のシャツで、エルンストの密告で提供されたものだった。ミミルが荷物の梱包の手順でオムツを替えていると、エルンストが覗き込む。
「男の子だね~」
ミミルがポンポンと赤ん坊のお尻を軽くたたいて俺に渡してくる。受け取ってしまってから、俺が世話係代表のようになっていることに焦る。するとエルンストが赤ん坊のほっぺたをぷにぷにそっとつつきながら言う。
「この子、なんて呼ぼう。赤ちゃんっていうのも変ですよね」と俺をちらりと見る。黙っていると
「じゃあ、アッシュに名前を付けてもらおうぜ」マルティンが肩をばんばん叩いてくる。
「な、なんで俺が?」
「受け取ったのはアッシュですから。これって神様の贈り物ですよ」エルンストは腕を組んで頷いている。
「それにあの時、アッシュは光の球に向かって笑っていましたよ、すごく嬉しそうに」
信じられなくて確かめるように皆を見返しても、三人はそれぞれ頷いては俺を見る。うつむくと赤ん坊と目が合った。
不思議な色を変えながらガラス玉みたいな瞳がじっと見つめてきて、伸ばされた小さな手が俺の唇をむにむにと触る。
名前と言われたって。俺の中の記憶はほぼ半年分しかないんだ。その中に何か…
必死になって考える。確か世話になっていた村長の家に飾られていた絵、その中に光る人の絵があって、その人の名は
「ルカ」呟いた。
「うん。良い名だ」ミミルが言い、双子もそれぞれ良いなと言う。
「親が見つかるまで、お前はルカだ」
ルカをそっと持ち上げる。俺たち四人は寄り添って誓うように互いの額を寄せ合って、小さなルカを覗き込む。豆粒のような指、小さな口、柔らかでミルクのにおいがする。俺たちが見ているとルカは少し笑ったように見えた。
「笑った?」
「笑ったよ!」双子が目を輝かせる。すっかり夢中になっている。
ミミルは? と見ると優し気に目を細めて見ている。安心したからか、力が抜けてへたり込む。同じように尻をついた俺たちは互いに顔を見合わせてそっと笑いあった。やっと一日が終わった。




