1‐5 夜を駆ける 峠の村へ
夕飯時にマルティンはミミルの尻尾を見つけてしまった。マントの下に隠したふさふさした尻尾に触ろうとして追い回している。
俺の隣でゆっくりと食べていたエルンストが話し出す。
「獣人の村は北の山奥にあって、僕たちの運行ルートから外れているんです。兄さん、ずっと会いたがっていたからなぁ」見つめる目はほほえましい笑顔だ。
「馬車を動かす仕事を始めてから三年になりますけど、獣人は職人か 単独で動く冒険者を生業にする人が多いみたいで、乗客では出会えなかったんです」
「三年?」俺の問いにエルンストが頷く。
「ええ。まだまだ駆け出しですけど」と後ろ手をついて空を見上げる。
「師匠から馬車の動かし方を教えてもらって、この馬車も譲ってもらって… 引退する前の師匠は凄かったんですよ。強い魔力の持ち主で、火も水も同時に操れて、たった一人で馬車を走らせていたんです。巡回馬車を引退するとき、次の馭者で一人で火と水の二つをバランスよく持っている人が居なくて、それで兄さんと僕が選ばれたんです」そう言ってはにかんだように笑う顔は誇らしげに見える。
ふうんと相槌を打ちながらあいまいに頷いて、俺はぼんやりと焚火を見つめた。
俺自身の居るこの世界、この身体の外側は眩暈がするほどカラフルで様々な色と魔力に満ち溢れている。
その中で俺だけが色がない。
確かなものもなく、中途半端な存在のまま、弾かれたように居場所がなかった。
エルンストは俺のため息には気づかない。まだ空を見上げながら
「ミミさんはアッシュの乗るひとつ前の村で乗ったんです。荷物が多いけど、町へは何の仕事で行くのかなぁ」と呟いたが急に
「あっ! 兄さん、そろそろ出ないと!」と言って、慌てて皿を片付け始めた。
マルティンがやっと追いかけるのをやめて、ミミルがほっと肩の力を抜いたのが見えた。
双子の兄弟が走らせる馬車。日が落ちると辺りは直ぐに暗くなった。山越えのために山頂を目指して上る。馬車はスピードを上げて行く。
夜のひやりとした空気。
車輪がでこぼこした道で跳ね、車体が軋む。
両脇の木々は高く、空に黒い影を作って道に迫っていたが、やがて道の方が高くなり、馬車はほのかに月光に照らされた夜空に吸い込まれるように進んでいった。
窓にもたれて見上げると空は高くて底のない闇で、散りばめられた星が砕いたガラスを散りばめたように無数に浮かんでいる。
馬車が曲がると星空も大きくぐるりと回る。
右に半回転、左に半回転、ゆるりゆるりと馬車に合わせて空が回る。
大きく曲がる度に体も右に左に振られて、巨人とダンスを踊って振り回されるように。
ゆれて、ゆれて、満天の星空もぐるりと回って。
遠く、深く、夜に飲まれるように。引き寄せられて、沈められて、流れて行く。
もうそろそろ村に着くという時、双子の叫び声と共に馬車が急停止した。椅子から放り出された俺をミミルが受け止める。
顔を見合わせ外に出ると、馬車の行く先、峠の辺りから火柱が上がっていた。
「村が!」マルティンが叫ぶ。




