20.レナード教皇の権謀術数
20.レナード教皇の権謀術数
「シューゴ。何か悩みでもあるのか?」
ミゲルは急に私の執務室にやってきて、何の前置きもなくそう問いかけてきた。この男は見かけによらず濃やかな気配りができるし、見かけ通りに勘が鋭い。
「悩みというほどのものではないけど、セシル様のことが気がかりでね」
だから中途半端な噓は、すぐに見破られてしまう。私はどこまで話すべきか迷いつつ、とりあえず芯を外したところから話し始めてみた。
「パルピーノに会うことがか? それともあのノーマンとかいう、新参の若造が一緒だということがか?」
「どっちもだが、どちらかと言えばノーマンのほうかな」
「相変わらず過保護だな、お前は。まあ、あのセシル様が初めて男に興味を持ったんだ。その気持ちは分からんでもない。だが彼女だって立派な大人だ。自分の目で見て、肌で感じて、自分で判断するさ」
確かにクエストの同行者にピルリット書記官を推薦したのは私だし、リヴルの末裔にモランゴ兄妹を斡旋したのも私だ。個人的には過保護とは違うと思っているのだが、傍からそう見えるのは仕方ないだろう。
「お前の言う通りかも知れないな。しかし私はあのノーマンという男が、いまいち信用できないんだ。どうにもタイミングが良すぎて、胡散臭さを感じてしまうよ」
「パルピーノの一味じゃないのは、シューゴ直属の隠密部隊が確認済みなんだろ? 仮に何か企んでいるにしても、いきなり極端な行動に出るほどのバカなら問題にもならん。書記官の報告を待ってからでも遅くはないさ」
「そうかも知れないが……」
ミゲルが正しいのは分かっているが、やはり心配だ。今からでは打つ手も限られてしまうが、手をこまねいているよりはマシだろう。
「俺はあの若造よりも、老獪なパルピーノのほうが気になるがな」
「そっちに関しては、地道な準備と下調べを積み重ねてきたからね。完璧とはいかないまでも、ほぼ確実に尻尾は掴めるはずだよ」
ミゲルには内緒にしてあるが、いざというときの人員も既に待機させている。最悪の場合は国軍騎士団に応援を要請するが、今はまだ必要ないだろう。
「それにしても、パルピーノは何故霊峰ヒエイの調査を依頼してきたんだろうな」
「逆に犯人が絶対にしないことをして、身の潔白を証明するつもりなんじゃないかな」
「あり得る話だが、少なくとも管理責任は問われる。結果として職を解かれたら、元も子もないだろう?」
「管理者といえど、神域への立ち入りはかなり制限されているからね。それに本格的な調査となれば、かなりの危険が伴う。事実がどうであれ、言い逃れる術はいくらでもあるよ」
そうは言ってみたものの、実は私もその真意を計りかねていた。老いたとはいえかつて大魔導師と呼ばれたパルピーノが、自ら調査をしないなんて有り得るのだろうか? ひょっとすると、誘い込むための罠ではないのか?
「それで、霊峰ヒエイの様子はどうなんだ?」
「魔素による汚染状況は、神獣の森より深刻だと聞いているよ」
「そうか。神獣の峡谷の二の舞にならなきゃいいが……」
「私も想いは同じだよ。王はノーマンのための勅命クエストだと言っていたけど、神に仕える身の私からすれば、霊峰ヒエイと霊鳥族のほうがよっぽど大事だからね。ノーマンがどういう人間であれ、与えられた任務だけはしっかりやってもらわなくては困るよ」
「いずれにせよ、俺たちは待つしかないってことか。あまり立場が上がりすぎるのも考えものだな」
ミゲルはそう言い残し、執務室から出ていった。確かに私たちは年を取り、確立した地位の分だけ身動きが取り辛くなった。しかしそう悪いことばかりでもない。豊富な経験を基に熟考を重ね、後悔のない結論を得られたのだから。
「ゲン。いるかな」
「いるに決まってんでしょ。俺を誰だと思ってんのさ」
音もなく私の前に姿を現したゲンは、いかにも面倒臭そうな顔をしながらそう言った。
「その要領の良さを存分に発揮して、護衛の役目をほどよくサボっている私の息子、かな?」
「嫌味なオヤジだぜ。で、何の用?」
「今の話は聞いていたね」
「一応ね。クレイトンのオッサンが敏感過ぎっから、遠くて聞き取りづらかったけど」
ミゲルに気取られずに盗み聞きできる奴なんて、ゲン以外この国のどこを探してもいないだろう。確かに死んだ父親も、優秀な隠密部隊員だった。しかし15歳にしてこれほどまでに成長したのは、父親より母親の影響が大きいからだろう。呆れるほど素晴らしい能力だが、調子に乗るので褒めるのはやめておこう。
「ノーマンという名の恋獣使いを、徹底的に監視するよう伝令を出してくれないかな」
「向こうに姉ちゃんが参加してれば、すぐにでも精神感応で話せたんだけどなぁ。ちなみに俺がひとっ走りするって手もあるけど?」
「それは許可できない。お前は私の護衛に集中するんだ。いいね」
「ちぇー。仕方ねぇなあ。そんじゃあ一番速くて目立たない魔獣を飛ばすとすっか」
ゲンは少しすねた素振りを見せながら、私に背を向けた。その子供っぽさが何とも微笑ましい。しかしそれはこの世界に不必要な、私の感傷でしかない。
「ちなみになんだけど、もしノーマンとかいうガキが変な素振りをチョロっとでも見せたらどうすんの?」
「まずありえないとは思うが、そのときは生け捕りにしてもらいたい」
「へー。そりゃあ残念だ」
ゲンが興味なさげにそう呟く。必要以上に執着しないのはいいことだが、今回に限ってはそれじゃ困る。
「もしノーマンが無事に戻ってきたら、その時はゲンにお願いしようかな」
「そんなんありえねーだろ?」
「私の勘では、ノーマンは更に強くなって帰ってくるよ」
「へー。そりゃあ楽しみだ」
ゲンが意味ありげにニヤリと笑う。その顔に子供らしさなど、ひと欠片も残ってはいなかった。
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