16.リヴルノヴァ城への招待(1)
16.リヴルノヴァ城への招待(1)
準備も整ったし、いざリヴルノヴァ城へ……と意気込んで外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。今朝はまだガルフ村にいたんだから、そりゃまあそうだよな。それにベリンジャーがあの体たらくってことは、勇者認定の話が進んでない証拠だ。急ぐ必要もないだろう。
「もうこんな時間です。王への謁見は明日にして、今日のところはゆっくりと体を休めましょう」
セシルも同じ考えだったようで、そう提案してきた。断る理由はもちろんない。
「そうですね。それじゃあ僕たちはこれで」
「待ってください。どこに行かれるんですか?」
帰ろうとする僕たち3人を、セシルが呼び止める。
「それはもちろん、我が家ですが」
「3人で、ですか?」
「そうですね。少し狭いですが、3人なら何とか……」
「嫌です」
セシルはそう言うと、ジト目で僕をにらんできた。特に変なことは言ってないと思うんだけど、一体何が悪かったんだろう?
「私をのけ者にして、3人だけで夜を過ごすなんて絶対に許せません!」
「セシルこそ邪魔しないでください。私たちはこれから、御主人様にたーっぷり可愛がってもらうんですから」
「そうだぞ、セシル。私たちはマスターの恋獣なのだから、癒してもらう権利があるのだ。わがままをいうんじゃない」
ララとキャンはそう言いながら、僕の両腕にしがみついた。おいおい、火に油を注いでどうするんだ?
「分かりました。それでしたら、皆さんをリヴルノヴァ城へ招待しましょう。そうすれば私も仲間外れになりませんし、明日の王の謁見にも何かと都合がいい。いかがですか?」
「しかし城に泊まるとなると、緊張して疲れが取れそうもないのだが……」
「食べきれないくらいの御馳走を用意しますよ?」
キャンが生唾を飲み込む。
「でも御主人様に、背中を流してもらいたいですから……」
「城の浴場は広いですよ? 100人入っても大丈夫です」
ララが目を輝かせる。個別に篭絡するとは、なかなかの策士だ。こうなってしまっては、僕が断わるわけにもいかないだろう。
「分かりました。それじゃあお言葉に甘えて」
「かしこまりました」
セシルが満面の笑みを浮かべる。予測不能で何だか恐ろしくもあるが、3人娘が喜ぶのならそれも悪くない……のか?
「こんな手狭なところで申し訳ないのですが、たくさん召し上がってくださいね」
「手狭……ですか?」
通された部屋は、普段会議室として使っていると聞いた。だからそうは言っても、それなりに広い部屋だとは予想していた。だけど中央に設えてある長テーブルだけで優に10mを超えるなんて、いったい誰が想像できるというのだ。これが手狭だって? じゃあ今夜3人で帰る予定だった我が家は、ネズミ小屋か何かなのか?
「どうした、マスター。食べないのか?」
「早く食べないと、私とキャンで全部食べちゃいますよ?」
さすがは神獣。長テーブルに所狭しと並べられた御馳走を、全部平らげるつもりらしい。その清々しいまでに豪快な食いっぷりを見て、給仕たちも目を丸くしている。だけどそこは王宮で働くことを許されたその道のプロだ。料理人との連携も素晴らしく、途切れることなく料理を運び込んでいる。
と、感心ばかりしていては、本当に全部ふたりに食べられてしまう。僕はとりあえず、目の前にあった肉料理を口に運んだ。
「何だこれ……めちゃくちゃ旨いじゃないか」
ご馳走慣れしていないので、この旨さを表現できるだけの語彙力が僕にはない。とにかく肉は柔らかくジューシーで、濃厚なソースと相まって最高に旨い。確かに旨い。だけどやっぱり僕には近所の食堂で出している、銅貨五枚の日替わり定食が一番かな。
それにしても、ふたりともよく食うな。いくらセシルの招待とはいえ、あまりに無遠慮な行為はよろしくない。ここはやんわりと釘を刺しておくべきだろう。
「明日は王に謁見する大事な日なんだから、あまり食べ過ぎないようにな」
「「はーい」」
「って、返事はよかったんだけどな」
まるで臨月の妊婦のように腹を膨らまして、ベッドに横たわるララとキャン。文字通りコミカルで、とても可愛らしい。
「私が悪いんじゃありません。次から次へと美味しい料理を運び込ませた、セシルの責任です」
「心配するな、ノーマン。明日の朝食までには、ちゃんと消化できる」
「何が恐ろしいって、それだけ食っても朝飯食う気満々なところだよ」
食事の後、僕は料理人にお礼と詫びをいれに行った。ところが料理人からは、久し振りにいい汗をかいたと逆に感謝されてしまった。だから明日の朝食もきっと、腕によりをかけてくれることだろう。いずれにせよセシルには、改めて礼を言わなくちゃだな。
「じゃあ、僕は風呂に入ってくるよ」
「待ってください、御主人様。ララも一緒に入ります!」
「今動いたら、せっかく食べた御馳走が全部逆流しちゃうぞ。風呂は明日にすればいい」
「ぶー」
不服そうに頬を膨らますララ。楽しみだったのならかわいそうだけど、自業自得だからしょうがない。まあだからと言って、癒すのをサボる気は全くないけどね。
「後で頭を撫でてあげるから、おとなしく待ってなさい」
「マスター、それなら私も撫でて欲しいのだが」
「もちろんだとも」
ララとキャンの表情が明るくなったのを確認してから、僕は部屋を後にした。
「ふー。癒されるねぇ」
僕は湯船につかり、全身の力を抜いた。セシルの言っていた通り、大浴場はプールのように広い。手足を伸ばせるなんて実に贅沢だが、さすがにこれは広過ぎだ。
「ひとりで入るには、ちょっと寂しいよなぁ。明日の朝、ララとキャンと一緒に入ればよかったかな」
「そういうことでしたら、ご一緒させていただいてよろしいですか?」
僕の返事を待つことなく、セシルが浴場に入ってきた。一切体を隠くすことなく、こっちらに向かって歩いてくる。その肢体はアスリートのように引き締まり、逞しくも美しかった。
「そんなにまじまじと見られると、さすがに恥ずかしいのですが……」
「すみません! あまりに堂々としてたので、つい……」
「謝らないでください。見られたくないわけじゃありませんので」
セシルはそう言うと、僕のすぐ隣に腰かけた。足だけを湯船に浸けた体勢なので、湯煙でぼやけているとはいえ丸見えだ。僕はどうしていいか分からず、ただ押し黙るしかなかった。
「あの、ノーマン」
「は、はい! 何ですか?」
「あのときの質問、まだ覚えていますか?」
もちろん覚えている。初めて会ったガルフのダンジョンで、彼女は俺たちの正体をズバリと言い当てた。ずっと引っかかっていたのに聞けなかったのは、ある予感があったからだ。当たって欲しくはない、嫌な予感が。
「はい。しかしここは敢えて、質問を代えさせてもらいます。
セシル。あなたは魔素について、どれくらいまで御存知なんですか?」
「魔素は魔力を魔法に変換するときに出る、言わば老廃物。人間には無害ですが、動植物には有害。動植物が魔素に毒されると、魔獣に堕ちる。それは神獣も例外ではない。こんなところでしょうか」
「それを踏まえた上で、もうひとつ質問します。あなたがた王族が、今まで魔素の存在を握り潰してきたんですか?」
セシルは少しためらってから、その重い口を開いた。
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