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10.里帰り

 

10.里帰り



「さて、あいさつ回りと旅支度も済ませたし、いよいよ明日の朝出発するわけだが……」


「何か問題でもあるんですか? 御主人様?」


「実は王都に戻る前に、ひとつ寄りたいところがあるんだけど……いいかな?」


「何か大事な用でも思い出したのか?」


「大事ってほどでもないんだけど……一度実家に帰ろうかなって思ってね」


 ララとキャンが顔を見合わせる。まあ、言いたいことは分からないでもない。世界を救う重大な責務を遂行するためにも、復讐を果たすためにも、一刻も早く王都に戻るべきだろう。

 確かに僕は恋獣使いになって凄い力を手に入れたが、いざという時に使えなければ意味がない。つまり僕が最初にすべきことは、強い魔獣を相手に実戦経験を積むことだ。そして僕の生まれ故郷には、おあつらえ向きの場所がある。ついでに里帰りもできて、一石二鳥というものだ。


「それってつまり、私たちをご両親に紹介してくれるってことですよね?」


「それはもちろん」

 

 実家に両親と面識のない仲間を連れて行くんだから、当然さ。特にララは苦楽を共にした相棒だ。日頃の感謝を込めて、念入りに紹介させてもらうよ。


「それはその……つまりなんだ……将来を誓い合った仲として……なのか?」


「ん? まあ、そうなるかな」


 契約した恋獣は身も心も恋獣使いに捧げるって話だったから、将来を誓い合ったと言えなくもないだろう。


「是非とも行きましょう! 何だったら今すぐにでもっ!!」


「いや待てララ。そのための準備を整えるのが先決だ」


「そうですよね! 服はドレスがいいんでしょうか。それとも清潔感重視のほうが……キャン、参考になる文献などはありますか?」


「もちろんだ。任せておけ!」


 何やら妙な盛り上がりを見せているようだけど、僕は反対されずに済んだことを素直に喜んだ。でも何もない田舎の農村だから、あまり期待されても困るんだけど?




 出発から約半日かけて、僕たちは王国東部に位置するガルフ村にたどり着いた。


「ここが御主人様の故郷ですか。意外と近かったですね」


「何言ってんだ。こんなに早く着いたのはララの健脚のおかげだよ。並の馬なら丸二日はかかる道のりなのに、まさかその日の夕方に到着するとは思わなかった。ありがとう、ララ。」


「そうなんですね。お役に立てて嬉しいです」


「それにしてもいい所だな。自然が多くて住みやすそうだ」


 キャンの言葉に、ララも頷く。確かに神獣のふたりからすれば、王都のような人の多い町より、長閑な農村のほうが魅力的なのかもしれない。


「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、実はひとつ問題があってね……」


「あら、ノーマン! ノーマンじゃないか!!」


 僕の話を遮ったのは、聞き覚えのある懐かしい声だった。


「姉さん!」


 姉のビアンカが大きい荷物を抱えながら、僕に微笑みかけている。僕は小走りで姉さんのもとに向かった。


「久し振りだねぇ。元気にしてたかい?」


「見ての通り元気だよ。姉さんも元気そうでなによりだ」


「まあそれだけが取り柄だからね……で、そちらのお嬢さん方は?」


 僕の紹介を待たず、ふたりは姉さんの前に身を乗り出して自己紹介を始めた。


「あの、初めまして! 私はララといいます! 御主人様の愛人です! よろしくお願いしますっ!!」


「私の名はキャンデリーナ。マスターとは結婚を前提にお付き合いしている。以後お見知りおきを」


「え? ……愛人? 結婚? ……ええっ⁉」


 姉さんが驚きと喜びの入り混じった顔を僕に向ける。さて、この場を丸く収めるには、僕はまず何をすればいいのかな?



 実家に戻った僕が最初にしたことは、両親と姉夫婦の前で一連の出来事を話すことだった。神獣の森での出来事は、確かに現実離れし過ぎている。しかしそこを信じてもらえないと始まらないので、僕は拙いながらも誠心誠意言葉を尽くした。


「そうかい。そりゃあ大変だったね」


 母のドゥーダは、実にあっさりと僕の話を信じてくれた。それは姉夫婦も同様らしく、大きく頷いている。ただし父のフィリオだけは目を閉じて腕組みをしたまま、微動だにしない。まあ、父さんはこういう人なので、ひとまず置いとくとして。


「え? 信じてくれたの?」


 あまりに簡単に信じてくれたので、僕は逆にそう聞き返してしまった。


「なんだい? お前は信用されたくないのかい?」


「そうじゃないけど、話だけで信用させるのは難しいと思ってたからさ。そのときはララとキャンの実体を見せようかな、とか色々考えてたんで拍子抜けしたっていうか」


「アンタがそんなつまらない噓をつく子じゃないのは、私らが一番よく知ってる。ただそれだけのことさ」


 たとえ離れていても、心は通じ合っている。それが家族なんだと、僕はしみじみ思った。


「それでララさん、キャンデキャンさん。アンタたちはこの子のどこに惚れたんだい?」


「よくぞ聞いてくださいました! まず私と御主人様が出会ったのは……」


 そんなガールズトークが始まると、父さんは静かに席を立ち、居間から出ていった。父さんの行き先は分かっている。僕は少し時間を置いてから、父さんの後を追った。


 母屋から少し離れた場所にある、小さな鍛冶場。そこが父さんのお気に入りの場所だった。


「父さん、入るよ」


「ああ」


 父さんは扉に背を向けて、ひとりグラスを傾けていた。僕は壁際の古びた椅子を引き寄せ、父さんの隣りに座った。


「飲むか」


「いや、今日はやめとくよ」


「そうか」


 手入れの行き届いた鍛冶場に、時間がゆったりと流れていく。無口な父さんとこうやって過ごす時間が、僕は昔から好きだった。


「強くなったな」


「分かるんだ」


「俺も昔は、冒険者の端くれだったからな。それくらいは分かる」


 父さんはその昔、王都で冒険者兼刀鍛冶をしていたらしい。腕のいい刀鍛冶なのは知ってるが、冒険者としての評価は聞いたことがなかった。


「行くんだな」


「うん。明日行こうと思ってる」


「ならば、これを持っていけ」


 父さんは壁に掛けられていた長剣を僕に手渡した。それはかつて父さんが使っていたという、異国の片刃剣。試しに抜いてみる。見事に鍛え抜かれたその刀身にはくもりひとつなく、父さんがいかに大事にしていたかを物語っていた。


「ありがとう。大事に使うよ」


「ああ」


「じゃあ、僕はもう寝るよ。おやすみ、父さん」


「ああ、おやすみ」


 振り返ると、やはり父さんは背を向けている。父さんの視線の先にあるもの。それは今もなお村を苦しめている、難攻不落のダンジョンだった。

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