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泡沫に神は微睡む  作者: 安田 のら
六章 塞道回峰篇
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4話 渦中に溺れる、湶に還らんと3

 潮風が穏やかに(わた)る海沿いの街を抜け、なだらかに開けた丘を登る。

 夜劔晶たちが白詰草の揺れる坂を歩くと、やがて遠くに破風板を構えた特徴的な正門が見えてきた。


 見えない向こうまで続く、白い漆喰の土塀。


「他では見ないだろう」

「ええ。矢狭間(やざま)まであるものは、初めて見ました」


 姦しく会話に興じる女性陣を余所に、輪堂(りんどう)祐之介(ゆうのすけ)の歩調に少年の肩が追い付く。

 壁に開いた長方形の隙間を見上げる晶に気付いたか、先導する祐之介(ゆうのすけ)が言葉を投げてきた。


 塀越しに矢を射るための矢狭間(やざま)は、(ケガ)レよりも対人戦闘に主眼を置いた覗き窓だ。

 ここ100年は泰平の高天原(たかまがはら)にあって、次第に廃れた仕掛けである。


「名瀬領は、他領と少々毛色が違う。(ケガ)レよりも、海から来る人が主な相手でね」

「海賊ですか」

「そこまでじゃないよ。精々が、食いに困って海に逃げた農民かな」

「謙遜ですね」

「事実さ」



 晶の気のない指摘に、祐之介(ゆうのすけ)は肩を竦めて応じてみせた。


 輪堂(りんどう)家は、八家の中でも有数の尚武の家門である。食いに困った農民と云っても、実際は色々な裏の背景もあったのだろう。


 こんな離れた丘陵に構えられた屋敷に、矢狭間(やざま)が現役で設えられている時点で、それなり以上に厄介であったことは窺えられた。


 重く軋む音を立てて、正門の扉が両開きに開く。

 人が数人、肩を並べられる隙間を通ると、その向こうに凛と立つ女性が見えた。


 厳しく眼差しが、到着した少年たちを一巡。その最後に、晶の双眸でひたと留まる。


「……輪堂(りんどう)家にようこそ、お出でくださいました」


 表面上だけの微笑みを取り繕い、女性が歓迎を口にする。

 さらりと衣服の(なぞ)れる音を残し、軽く頭も下げられた。


「当家当主の室に御座(ござ)います、輪堂(りんどう)邇子(ちかこ)と申します。

 此処(ここ)から先、長男の祐之介(ゆうのすけ)に代わり、私が先導を務めさせていただきます」

「お母さま」


 咲の言葉に何を求める事もなく、邇子(ちかこ)は踵を返そうとする。

 ただ、僅かに思う処もあったのか、向かおうとする歩みが僅かと止まった。


「咲さん、後で話があります。御当主への挨拶が済み次第、此方の方も終わらせましょう」

「……判りました」


 短く厳しい会話が終わり、女性の足元で玉砂利が()き音を立てる。

 旅の疲れに労う言葉もない。ただ、祐之介(ゆうのすけ)が苦笑して、少年少女たちに肩を竦めてみせたのが、少しだけ救いになってくれた。


 ♢


 邇子(ちかこ)が門で待っていた以外に然して何があるでもなく、晶たちは中広間へと通された。

 上座で待っていた輪堂(りんどう)孝三郎(こうざぶろう)が手元の書類を脇に寄せ、口元を苦笑の形に歪めてみせる。


「久しぶりだな、夜劔当主。咲も元気そうで何よりだ。

 ……………………それと、あ~~、そちらの、 、 、」


 歓迎の言葉を口にしながら、最後尾に控える少女へと視線が移った。

 直ぐに正体に気が付いたのだろう。頭痛を堪えるように、右に控える邇子(ちかこ)を見遣る。


 然して口を挟む訳でも無い。だが、頑と動こうともしない妻の所作に、諦めが優ったのか慎重に言葉を選んだ。


「……奇鳳院(くほういん)家からの御助力であろうか、参内の折りにお見受けした憶えがあるが」

「はい。奇鳳院(くほういん)家の側役にあります名張(なばり)和音(かずね)と、」

「――新川(にいかわ)雪乃ち申します」


 流れるような奇鳳院嗣穂(名張和音)の返事に、孝三郎(こうざぶろう)もそうかと一言だけ返した。

 半神半人である三宮四院が嘘を吐けないのは、有名な事実である。にも拘らず、嗣穂(つぐほ)名張(なばり)和音(かずね)という偽名を使える。


 嗣穂(つぐほ)が特別なわけではない。何か抜け道が用意されているのだろう。

 とは云えど、この事実のみで、眼前の少女の正体を看破し得るものは一気に減るはずだ。


 居心地も悪く妻の方を一瞥、明白(あからさま)に無視を決め込まれ嘆息を吐く。

 済ませなければならない仕事は、他にも多く残っているからだ。


奇鳳院(くほういん)家の御名代を与っておられるなら、存分に期待させて貰おう」

「良しなに」


 それだけで腹を括ったのだろう。厳しく眼差しを、晶と咲の方へと戻した。


「夜劔当主も、此度は無理を言って済まなかった。本来ならば、私の代で終わらせておきたかった問題なのだが」

「俺の。否、私の問題でもあります。他人事では行きませんので」

「そうか。……此度の一件は他洲のものが噛んできている可能性が高いと、儂は考えている。

 その辺りは?」

祐之介(ゆうのすけ)殿より訊いています」


 孝三郎(こうざぶろう)祐之介(ゆうのすけ)に視線を移すと、無言で同意の首肯が返る。

 それまで控えていた嗣穂(つぐほ)が、鋭く孝三郎(こうざぶろう)に眼差しを向けた


「他洲のものと云いますが、何処かに州越えの気配が?」

「念の為に調べさせているが、今のところは。……と云うより、名瀬から州境まで領3つを隔てておるのだ。

 ここを直接狙う旨味は、本来、無い」

「そうなってくると、他洲のものを疑うのは無理がありますが」


 時代と場所が移ろおうとも、戦争の動機は基本的に変わらない。

 利益を欲するものと護るものの、摩(なぞ)した結末だと云う一点だ。


 戦争だけがしたい人間は存在しない。名誉や利得を護るものも、戦争を起こしはしない。

 戦争は何時だろうと、利益が欲しいものが仕掛けるものだ。


「可能性を削っていった結果、最後に残った選択肢に過ぎん。それに旨味は薄くとも、海に多く面しているしな」

「では、海外のものが」

「それこそ無い。久我(くが)家の鴨津(おうつ)と違い、うちは遠浅が続いておる。

 高喫水船の係留港とするには向いていないのは、奇鳳院(くほういん)家を始め周知されているだろう」


 その海からも気配はなかったがな。孝三郎(こうざぶろう)は両手を上げて、降参の意思を示して見せた。


「一口に手出しと云っても、方法は色々ある。今回疑っているのは、知恵を貸した方だな」

「と云いますと」

「夜劔殿に関してだ。――領に集結した衛士たちが軒並み、君のことを知っていた」


「それはそうでしょう。今回の一件で彼らの戦功を掣肘(せいちゅう)できるものと云えば、晶を置いて他にはいませんから」

「そうではない」


 晶たちも、それは理解していた事実である。率先して言葉を返した咲に、孝三郎(こうざぶろう)は鬱屈と頭を振って見せた。


 晶が昨年の戦功をほぼ独占して、八家にまで上り詰めた事実は広く知られている。それだけならば、孝三郎(こうざぶろう)も然して気に留めなかっただろう。


「奴等は、夜劔殿が雨月家の長嗣である事。そして、精霊無しと云う事を確信していた」

「雨月の陪臣なら、誰でも知っていますが」

「そう、知っている(・・・・・)。であれば、見過ごす訳にはいかん故に調べた。

 ほぼ全員が死に絶えていると、確認しただけに終わったがな」


 精霊の位階が華族の絶対基準である現代に()いて、精霊無しは醜聞にしか見えないはずだ。

 孝三郎(こうざぶろう)も、その可能性には直ぐに思い至ったのだろう。


 雨月家は離散し、怪異と化した雨月天山の手によって、その殆どは死んでいる。陪臣の一族も当主は軒並み絶えて、現在、遺っているのは防人ともなれない女子供ばかりだ。


 晶への報復を妄想できても、珠門洲(しゅもんしゅう)を引っ掻き回せる行動力は考え難い。精々が首謀者の唆しに、嘗ての悪罵を愚痴にした程度だろう。


「雨月颯馬(そうま)と、陪臣の継嗣らは健在ですが、此方も除外して良いでしょう」

「何故ですか?」

「彼らに関しては、事の直後に所在を確認しています。海軍の養成学校に詰めており、外部との交流ができない状態になっていましたから」

「ふむ。……艤装の完了は、もう少し掛かると思っていましたが」


 嗣穂(つぐほ)の台詞の裏に、交流ができない理由を正確に嗅ぎ取った孝三郎(こうざぶろう)は肯いを返した。


 雨月家門の次代であった継嗣たちは、現在、海軍候補生として養成中であると聞いている。

 陸上教育が済み次第、遠洋の操船訓練に移るとは聞いていたが、戦艦の艤装が長引いた事でお預けになっていたはずだ。


 暗にその事を当て(こす)ると、嗣穂(つぐほ)も苦笑で肯ってみせる。孝三郎(こうざぶろう)も盆の窪を搔き、肩を揺らして追従した。


 言葉を逸らかして伝えるしかない、その苦労を理解し合ったのだ。


「雨月まで追わずとも良さそうで、安心いたしました。

 ならば、可能性は残る1つ。奇鳳院(くほういん)家から伝聞にありました、御厨(みくりや)弘忠(ひろただ)の方ですな」

「捕まりませんでしたか」

「旧家は厄介です。根を断たれた直後に、地の底まで深く潜ってくれたようで。

 ……奇鳳院(くほういん)家も追っておられるようですが」


 陰に暗に。直接的な表現を避けながら、情報を開示し合う。

 やがて会話は、晶が遭遇した蛞蝓の化生へと移った。


「蛞蝓の化生、ですか」

「それも、人工のものです。式神を応用していると考えていますが、詳細も不明のまま。

 遭遇例がその一度きりなので、狙いも掴み切れていませんが」

「夜劔殿の御首(みしるし)では?」

あの程度で(・・・・・)、ですか?」


 伺うような孝三郎(こうざぶろう)の推測へと、跳ねるように嗣穂(つぐほ)の即答が返った。


 思わず輪堂(りんどう)家当主としての視線が上がる。冷ややかにそれを見返す嗣穂(つぐほ)の眼差しには嘲笑すらなく、ただ事実のみを指摘した確信だけが宿っていた。


 脇に控える邇子(ちかこ)祐之介(ゆうのすけ)には、純粋な驚愕のみが浮かぶだけ。輪堂(りんどう)家とそれ以外を隔てる認識の違いに、孝三郎(こうざぶろう)も黙って反駁を呑み込んだ。


 咳払いが響き、祐之介(ゆうのすけ)が横槍と知りつつ口を開いた。


「――失礼。聞いた話だと、その蛞蝓は非常に濃密な瘴気でできているとか」

「俺が見た限り、その1体はそうでした」

「素早く動き、瘴気の粘膜で大抵の精霊技(せいれいぎ)を無効化する。咲の啄木鳥徹(きつつきとお)しを封じたなら、大抵の衛士は封殺できるほどですね、父上」


「うむ。加えて、精霊器に噛みついて、(やすり)のように削り落とすとなれば間違いないだろう」


 輪堂(りんどう)家の親子が、深刻そうに視線を交わし合う。その様子を目の当たりに、咲が眉間に皺を寄せた。


「何かあったの?」

「昨日、衛士を数人、守備隊と連携させて線路沿いの状況を確認させたのだが。

 ……報告が妙でな」

「蛞蝓の化生が出たって?」

「いいや、何も見てはいない。

 ただ、瘴気が川のように一直線に流れて、所々で虫食いに削れていたと報告にあった」

「それって」


 咲と晶は、何を言うでもなく視線を合わせた。

 瘴気とは、停滞して腐敗した霊気の事である。龍脈から外れ、こびりつくように一か所に留まり続ける性質を持つ。


 河川のように、流れるような性質は持っていない。


「人工の化生(中位)を、線路沿いに送り込んでいる?」

「だろうな。けど、東西の線路は未完成だと聞いたけど?」


 首を傾げて、晶はそう疑問を口にした。晶が知っているのも、東西洲鉄の計画は頓挫したと云う時点のみだ。


 晶の疑問に、それまで沈黙を守っていた雪乃が口を開いた。


「表向きは未完成のこつなっとう。やけん、本命の機能は、うちん頃には完成しとった聞いとうな」

「本命の機能とは?」

「うちはお父ぅに聞いただけやけん。それは……」


 輪堂(りんどう)孝三郎(こうざぶろう)の問い返す言葉に、雪乃は台詞を濁して輪堂(りんどう)孝三郎(こうざぶろう)を見遣った。

 何分に黴の生えた計画だ。雪乃に知識はあっても、伝聞では正確性に欠ける。


 嘆息を1つ吐いて、孝三郎(こうざぶろう)は口を開いた。


「洲鉄の目的は、大きく別けて2つ有る。一般的には人間と物資の輸送だが、これは表向きの目的だ」

「初耳です」


 大っぴらには話せないからな。

 そう前置きをして、輪堂(りんどう)孝三郎(こうざぶろう)は改めてその続きを舌に乗せた。


「鉄の時代が進み始めた頃、西巴大陸では、龍脈をより効率的に運用する計画が持ち上がった事がある」


 龍脈とは、地下深くを流れる霊気の奔流そのものである。

 自然に奔るそれは無駄も多く、停滞すれば、瘴気溜まりと化して災害の源泉にもなりかねない。


 だからこそ、現実の河川同様に護岸整備を施し、人工的に霊気の流れを補佐する計画が持ち上がった事があるのだ。


「龍脈の基点となる龍穴と風穴を意図的に鉄軌で結び、無駄なく人の領分で運用できるようにする。……百鬼夜行を抑え、龍脈を運用できると、数十年前に高天原(たかまがはら)でも導入が決まったのだ」

「――けど、完成していない」


 晶の確認に、孝三郎(こうざぶろう)は首肯してみせた。

 単純な話である。鉄道が完成した直後、そこを基点に瘴気溜まりが広がったのだ。


 龍脈の霊気を流し込むのだから、瘴気とも相性が良いのは道理だろう。


「線路が7割方、完成した頃に起きたと聞いている。

 莫大な金子を注ぎ込んだ挙句に、錆びた鉄軌のみが野晒しとなってはな」

「そこを、何者かが利用したと」

「うむ」


 自嘲気味の孝三郎(こうざぶろう)に、晶は少し考え込んだ。

 少年の様子を、咲が気遣わし気に覗き込む。


「どうしたの?」

「どう考えても、この計画はかなり昔から周到に準備されている。

 けど、動き出したのは、本当に最近だ」

「晶が切っ掛けだからじゃないの」

「そうだ」


 何の気のない咲の指摘。それは、最初から云われていた事だ。

 晶への怨讐を発端に、この計画は急造で始まっている。


 ――つまりこの計画は、


「動かさざるを得なかったんだ」

「何がだね」

「この計画です。俺が切っ掛けであったとしても、ここまで早急に動かす理由は無いはず。

 俺が昨年にやった事が原因で、この計画は動かすしかなくなったと考えれば、周到振りと急造の温度差の説明がつく」


 孝三郎(こうざぶろう)にそう応えながら、晶は眼差しを上げた。

 ひたりと、輪堂(りんどう)家当主へ視線を合わせる。


「その線路を龍脈の代替にする計画、名称を何と云いますか」

「儂も父から愚痴混じりに聞いたきりだからな、さて……」


 輪堂(りんどう)当主が首を傾げ、中広間に沈黙が降り下りる。

 やがて、広間の後ろに控えていた嗣穂(つぐほ)から、その名が告げられた。


「『人造龍脈計画』。東西洲鉄の開拓計画を隠れ蓑にした計画は、そう名付けられたと聞いています」


 桜色の唇が、その名称を呟きに乗せる。

 無機質なその名称は、ただうそ寒く中広間に散って消えた。



 そろそろ、晶たちも敵の正体に気付く頃です。

 何人か、かなり初期から鉄道のネタに気付いておられて、すごく嬉しかったです。


 次回も又、よろしくお願いいたします。


 安田のら

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>「奴等は、夜劔殿が雨月家の長嗣である事。そして、精霊無しと云う事を確信していた」 さらりと会話に出てくるけど脇に控えてる邇子は知らないよね? 前話でも祐之介が平民上がりの~って会話をしていたし。
え、これに気づいていた人とか、ははさま以上の未来視なのではwww
・州鉄完成例 本編外となるでしょうけど真国による論国への反撃の際に具体例な用途そのものを見られたかもしれませンね
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