急章:叶わぬ望み-1
赤ん坊を育てる決心をしたクートゥは、その子を連れ比較的住み心地の良い場所を探し、森中を探し回りました。
途中、赤ん坊がお腹を空かせたり、汚れてしまった産着を交換する時は手近にある村や町を襲い、母乳の出る女性に無理矢理与えさせたり、産着の世話をさせたりと、強引なやり方で赤ん坊を育てていきました。
ある日クートゥは赤ん坊に「スターチス」と名付け、そういった自分ではこなせない事以外の全てで彼女はスターチスへ愛情を注ぎ、目一杯に可愛がりました。
スターチスもまた、そんなクートゥの愛情を一身に受けて育っていき、十年も経つ頃には一端の男の子へと成長していったのです。
『スターチス……ごばん、どっでぎだよ』
瓦礫を退かし、奥にあるスターチスが待つ部屋へと足を踏み入れたクートゥの手には大きなイノシシが抱えられており、それを見たスターチスは嬉しそうにクートゥへと駆け寄ります。
『おかえりお母さん! わぁっ、今日はイノシシが獲れたんだねっ!』
『ざいぎん、あまりみないがら、じんばいだっだげど、うんがよがっだ』
彼女達が今棲家としているのは例の朽ちた神殿。クートゥが化け物の姿へと変わってしまった忌まわしき場所ではあるものの、人の出入りが無く、且つ雨風を凌げる場所など他には思い付かなかったのです。
幸い再び神殿内に侵入しても何も起こらず、それどころか精霊と名乗っていた存在まで忽然と姿がありませんでした。
クートゥは不可解にも思いましたが、そのような事を気にしている場合ではないと頭を切り替え、その神殿を棲家としたのです。
『じゃあ僕お鍋準備するから、お母さんはイノシシ解体しててっ!』
『ゔん、わがっだ』
可愛い息子に言われ、クートゥは目を細めながら嬉々としてイノシシの解体を始めます。
彼女の言葉はまだ変貌前のように聞き取り易くはないものの、十年前と比べると格段に綺麗になっていました。
まだ赤ん坊だったスターチスを育てながら、言葉を教えるにあたって今のままの声音ではマトモに覚える事が出来ないだろうとクートゥは悟り、必死に練習を重ねたのです。
『……おなが、ずいだ』
『もう、お母さんは相変わらず食いしん坊だなぁ。イノシシ生で食べないでねっ!!』
『わ、わがっでる』
彼女の中の食欲は、未だ衰えを知りません。
しかしスターチスと接するようになってからか、以前のような暴走はしなくなっていました。
食事も人間ではなく野生の動物を狩り、今のようにスターチスと分け合い、肉だけでなく山菜やキノコなども食べるようになったのです。
足りない時も勿論あります。
ですがそれでもクートゥはスターチスの事を思いながら我慢出来るようになったのです。
『お母さん準備出来たよっ! お肉ちょうだいっ!』
『わがった。いま、もっでいぐ』
クートゥは両手に捌いたイノシシ肉を抱えてスターチスの方へ運ぶと、彼の用意した鍋の中に投入し、二人で鍋の中を覗き込みます。
『うんっ! 今日も美味しそうに出来たねっ!』
『ばやぐ、だべまじょうっ』
二人はその後、鍋を突きながら至福のひと時を過ごしました。




