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【18】兵どもが夢の跡

 アヤメとサクラは、南側の清掃工場にいた。

「ヤマザキさん、大丈夫?」

『ああ……。おふたりさん、がんばれよ』

 屋上のほうに足、地面に頭という不格好な様で倒れていたヤマザキ機を急いで横たわらせた。

「どうやって上ったの?」

 アヤメが聞いた。

 清掃工場は低い所で5階、高い所で7階建て相当だ。敵の生体甲殻機のようにすんなり屋上に飛び乗れる気がしない。

『裏の非常階段を梯子(はしご)代わりにして上ったんだ。壊れてるところがあるだろ? 修理費は町方持ちだそうだから安心して暴れなよ』

「わかった……」

 と返事をすると、

「サクラちゃん、一緒にヤマザキさんの機体を建物の裏に隠そう」

 と言って、ヤマザキ機の胸を抱えた。

 建物の裏に回ったアヤメ機とサクラ機。高さ5~6メートルほどの巨大なシャッターが2つある。ゴミ積載車両用の搬入口だ。右側の車線に【不燃ごみ】、左側に【可燃ごみ】と書かれてある。

 小さな窓から中をのぞき込むアヤメ機。ゴミ搬入用のプラットフォームだ。縦横奥行きともに建物の中はかなり広い。生体甲殻機が直立しても天井まで十分余裕があるようだ。実際、その奧には、搬入口を歩哨させるための生体甲殻機2機が台座に座っている。

 中央には、建物の柱を利用した3メートルほどの仕切りがある。また、床に書かれている文字から、右側が不燃ゴミ処理設備、左側が可燃ゴミ処理設備になっているようだ。

「ヤマザキさんをここに隠そう」

〈ドカッ! ドカッ! ドカッ! ドカッ!〉

 アサギ機は、持っていた機関砲でシャッターの1枚を狙って下の部分を破壊し、銃床でこじ開けると、ヤマザキをそこに押し入れた。

『おいおい、ゴミ扱いかよ……』

 ヤマザキの皮肉が聞こえた。

 機関砲の弾が切れたアヤメ機。弾倉を交換すると、先に屋上に上った。屋上に胸から上を出すと、屋上の戦車砲に気付いた。ヤマザキが使っていたものだ。

「ヤマザキさん、戦車砲、弾入ってる?」

『入れたてだよ。1発暴発したけど……。腰にもうひと箱あるぞ』

「使わせてもらうね」

『どうぞ、どうぞ……』

「サクラちゃん、上がってくるときヤマザキ機の腰から戦車砲の弾倉を持ってきてくれる?」

『はい!』

 アヤメは、返事をもらうと、身を低くしたまま戦車砲を手に取り、グリップをつかんだままのヤマザキ機のちぎれた右手をはぎ取る。戦車砲のボルトハンドルを操作して、排莢はいきょう、装填をすると、すっくと立ち上がり、それを肩に構えた。機体の身長を含めた高さは地上30メートル近く。この辺りでは最高の見通しだ。

『アヤメさん! それじゃ丸見えじゃないかい? 大丈夫?』

 ミツヨが無線を入れる。

「ええ、大丈夫です」

 機関砲を構えたまま、辺りを見回した。

 敵が気付いて向かってくればそれでいい。遮へい物のほとんどないこの場所で決着をつけられる。撃ってくるにしても、アヤメのほうが先に察知しやすい位置にいるし、撃ち合いには自信があった。

 プレハブ建物が密集した西の一画を見た。ヤマザキの砲撃と先ほどの戦闘で、至る所が半壊している。

 アヤメが感心するほど、建物は上手に配置されていた。見ても不自然な箇所がない。

(キセナガはあのへんから出てくるはずなんだけど……)

 出入口が上手に隠されているにちがいない。

 あとから屋上に上がってきたサクラが指差した。

「お義姉ちゃん! あれ、あれ見て! 事務棟の屋上で人が何かしている?」

 サクラの言う方向を見てみると、2人の人間がおもちゃの飛行艇みたいなものを屋上に持ち出していた。

 アヤメは、20パウンド戦車砲を静かに足元に置き、背中に提げていた40ミリ機関砲を構えると、

〈ドカッ! ドカッ!〉

 2人から少し離れた場所を狙って屋上に発砲した。動揺する屋上の2人。

『あ~ッ! ダメだよアヤメさん! 賊は生きて捕らえるが鉄則!』

「わかってます。単なる牽制射撃です。賊が変な動きを見せたので……」

 しかし、屋上の2名は果敢にも飛行船を上げようとしている。

「サクラちゃん! 私の代わりに宿舎のほうを見ていてくれる? 何か動きがあったら教えて」

『わかった!』

 サクラの返事を聞きながら、アヤメは機関砲の照準を飛行船に合わせてロックした。

 やがてふわりと上がる飛行船。

〈ドカッ!〉

 飛行船が高度を上げた瞬間に引き金を絞った。

〈ボッ!〉

 破裂する飛行船。舞い散る破片を避けるようにして、その2名は屋上の出入口に消えていった。

「はい、サクラちゃんも持って! その拳銃には替えの弾ないでしょ?」

 アヤメ機は足元にあった20パウンド砲を左手にとって、サクラ機に手渡した。

『あっ……。うん……』

 受け取るサクラ。

 アヤメは、西にあるプレハブ建物の密集地域を改めて眺めた。この区域のどこかに格納庫があるはずだ。

(あるとすれば地下格納庫……。キセナガ用の格納庫だとしても、トラックで運び出すとなれば、それなりの道幅がなきゃならないわけだし……)

 じっと建物の配列を眺めるアサギ。やはり、ヤマザキが集中的に砲撃した箇所が怪しい。そこを中心に据えると、大型トラックが通れる道ができる。

(あそこに行ってみるか……)

 しかし、いまこの瞬間にも敵が現れるかもしれない。賭けだ。

「サクラちゃん、あそこの宿舎がたくさん建っているところなんだけど、合図したら、西のほうを戦車砲で撃ってくれない?」

 アヤメ機が指さした。

『うん……』

「いま9発あるはずだから、適当な間隔で撃ってくれる? 敵の目を引きつけてくれるだけでいいから……」

『お義姉ちゃんはどうするの?』

「東側から、あの中心に突っ込んでみる。私がたどり着くまで弾を持たせてくれる?」

『うん、やってみる』

「ありがと! じゃあさっそく、やってみるか……。そうそう……、もし危なくなったら、この建物の中に避難して! 身を隠す場所もあるし、サクラちゃんの得意な格闘もしやすいと思うから」

 と言って、アヤメは清掃工場の屋上を下りた。


 同じころ、ササキは偵察班から報告を受けていた。

『偵察班です。申し訳ありません。偵察機の打ち上げを敵に阻止されました。敵は、南の清掃工場の屋上で狙撃しています!』

「わかった。仕方ない……。それだけわかれば十分だ。事務所の処分に戻ってくれ」

 と、返事をするササキ。小さくため息をして生体甲殻機の乗組員に部下に指示を出した。

「みんな聞いたか? 敵は南の清掃工場にいる。敵に気取られないように全機匍匐ほふくして建物の陰まで進み、そこから機関砲だけを上に出して、制圧射撃をしてくれ」

 生体甲殻機は主に脳波で操縦するため、搭乗者の多くは、思わず遮へい物から顔を出して射撃してしまう。しかし、機関砲にも戦車砲にも照準カメラが付いているため、実際には、顔を出さなくても射撃可能だ。

「皆が制圧射撃をしている間に私が突撃をかける。10秒くらい続けてくれ。向こうに着いたら、次の指示をする。一気に決めるぞ」

 と言うと、気合を込めて機関砲のレバーを引き、弾を薬室に込めた。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 爆発音とともに格納庫が小刻みに揺れる。サクラの砲撃が始まったようだ。

 匍匐前進で格納庫を出る5機。狭い建物の間を進む。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 2発目。先頭を進む生体甲殻機が一瞬動きを止め、再び進み始めた。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 3発目。5機の生体甲殻機はひるまずに進む。目標の建物は目前だ。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 4発目。そして短い沈黙。サクラが弾倉を交換しているのだろう。

〈ギィィィ……ズズン……〉

 どこかで建物が崩れた音がした。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 5発目。目標の建物に2機たどり着いた。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 6発目。目標の建物にさらに2機たどり着いた。

〈ギィィィ……ズズン……〉

 またどこかで建物が崩れた音がした。

 たどり着いた4機の生体甲殻機は、腹ばいになった姿勢で斜めに整列した。共倒れにならないように一定の間隔を開けている。最後にササキ機もたどり着いた。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 7発目。ササキ機のそばの建物が被弾した。とっさに頭を保護するササキ機。

(残念だったな……。そのくらいの砲弾では直撃しても格納庫はつぶせんよ……)

 と思いながら、体を起こして片膝を付くと、5×5式散弾拳銃を手に取った。

〈ボッ! ズズンッ!〉

 8発目。

「制圧射撃、開始!」

 ササキの号令がかかる。

〈ガガガガガガガガガ……〉

4機の生体甲殻機は、一斉に立ち上がり、機関砲を建物の上に突き出すと、発砲を開始した。と、同時に、ササキ機は、何かにはじかれたように前へ飛び出していった。

 機関砲の連射音が白んだ空に響く。

 清掃工場の屋上に立っていたサクラは、慌てて建物の裏に飛び降りた。弾が体中をかすめ、何発かは装甲服やヘルメットを削り、そのうち1発は左の肩を貫いた。

 建物の外壁も削れていく。

「装填中!」

 早くも30発撃ち尽くした1機が弾倉を交換しているその最中、

〈ドカッ! ドカッ! ドカッ! ドカッ!〉

 4機が瞬時に頭を打ち抜かれた。

 プレハブ建物の陰には、機関砲を構えたアヤメ機の姿があった。その砲口からは煙がたなびいている。

『やった!』

 思わずついたミツヨの歓声が無線越しに聞こえてきた。

 アヤメ機が建物の陰に入った直後、ササキ機が出ていったため、気付かれずにすんだのだった。


 一方、猛烈なスピードで走り、西から大きく回り込みながら清掃工場に接近するササキ機。味方の砲声とは違う音が聞こえたことに一瞬動揺しながらも、そのスピードは緩めない。施設は目前だ。もう引き返せる位置ではないと判断したからだ。

(敵は建物の裏側か……)

 味方の一斉射撃を受けた桜色の機体が、建物の向こう側に姿を消した様子は見ている。遠巻きに建物の裏側を確認するササキ。しかし、そこに敵機の姿はなかった。

 5×5式散弾拳銃を構え、屋上も警戒しながら用心深く近づくササキ機。やがて、搬入口のシャッターがひしゃげて、1機がって入れるほどの穴が開いていることに気付いた。

 散弾拳銃を差し入れ、慎重に中をうかがう。変わった様子はないが、少なくとも1機はこの中に隠れているとササキは確信している。そう考えないと、姿が消えた説明が付かない。

 いったんその場を離れ、小さな窓から中をのぞく。やっぱり変わった様子はない。

(敵は戦車砲を持っている……)

 軽率にシャッターを壊して突入したら、標的にされてしまう。

 自機のヘルメットを遮光モードにして閃光手榴弾を取り出すササキ機。それをシャッターの穴に放り込むと、通常の手榴弾を手にした。

 すぐにシャッターの穴から強烈な光が漏れてきた。閃光手榴弾が炸裂さくれつしたのだ。

 続けて手榴弾を穴のそばに放り投げるササキ機。爆発音とともにシャッターがひしゃげ、レールからはずれる。

 ササキ機は、5×5式散弾拳銃を手にしたまま、機体とシャッターとの距離をとると、助走をつけ、シャッターに体当たりをした。

 すでにレールからはずれていたシャッターは、簡単に突き破ることができた。

 施設内に転がり込んで片膝をつき、散弾拳銃を構えるササキ機。

〈ドオンッッッッッッ!〉

 突然、砲声が屋内にとどろいた。


 ササキ機が清掃工場の裏側に回っていたころ、アヤメ機はミツヨに無線を入れていた。

「与力殿、地下格納庫の入口と見られる場所を発見しました」

『おお、ありましたか!』

 しかし、アヤメ機は警戒を続けていた。ササキ機の姿が見えないからだ。

「サクラちゃん、大将みたいのそっちに行ってない?」

『来ていない……』

 サクラ機は、清掃工場の中に逃げ込んでいた。ササキが予想した通りだった。

 搬入口は縦横奥行きともに巨大な空間だ。中央に並んだ数本の柱を利用して仕切がしてあり、不燃ゴミ処理設備と可燃ゴミ処理設備とに区画されている。

 搬入されたゴミを一時保管しておくゴミピットという巨大な溝がある。サクラ機は、動けなくなったヤマザキ機をそこに運んでいた。機械はどれも稼働していない。

 ゴミピットの斜面を滑り落ちていくヤマザキ機。

『うっ……いよいよ本当のゴミだな……』

 皮肉を言うヤマザキ。衝撃が体に伝わる。

「ごめんなさい。ここがたぶん安全だと思うから……」

『冗談だよ。わかってる』

 ヤマザキの無線を聞きながら、周囲を見回すサクラ機。奧に歩哨用のミツバ製生体甲殻機が2機台座に座っている。

 サクラ機は、その歩哨用生体甲殻機の背後に急いで隠れた。搬入口全体を見通すことができ、しかも万一発砲を受けた場合、生体甲殻機を盾にできると考えたからだ。

 やがて、周囲が強烈な閃光に包まれた。慌てて顔を背けるサクラ機。若干、モニターが焼き付いてしまっている。

「お義姉ちゃん! たぶんタイショー! タイショーが来た!」

『わかった! 今すぐ行く!』

 アヤメから返事をもらった直後、シャッターの方向から爆発音がした。

 様子を確かめたいが、その気持ちを抑えるサクラ。閃光が止むまでは危険だ。さらにシャッターが破れた音がした。いよいよ敵が侵入してきたのだろう。

 閃光を止んだのを待ってサクラ機が顔を出すと、シャッターのそばに姿勢を低くした敵機がいる。

 サクラ機は、生体甲殻機の脇から戦車砲を突き出し、足元に狙いを定めて引き金を引いた。

〈ドオンッッッッッッ!〉

 砲声が屋内にとどろくと同時に、砲弾は敵機の頭上を越え、もう1枚のシャッターを吹き飛ばした。サクラの射撃能力では、片手保持で思い通りに撃つことは難しかった。

〈ドンッ! ドンッ!〉

 拳銃を発砲しながら敵機が猛烈な勢いで接近してくる。ササキ機だ。

 サクラ機は、盾にしていた生体甲殻機の装甲服の隙間に指を差し込み、体を持ち上げると、相手に向かっていった。

 盾にされた生体甲殻機に跳び蹴りを食らわすササキ機。

「うっ!」

 同時にサクラ機も背中を壁に打ち付けた。サクラ自身も体に大きな衝撃が走る。

〈ドンッ! ドンッ!〉

 サクラ機の頭部を狙ってササキ機が引き金を絞る。銃口を間近に見たサクラ機が慌てて頭を機体の背後に隠す。散弾の何発かがサクラ機のヘルメットを削った。

 ササキ機は、サクラ機が盾代わりにしている生体甲殻機を引きはがしながら、さらに拳銃の引き金を引き絞る。

〈ドンッ!〉

 ササキ機が発砲する直前、サクラ機の左手の拳がササキ機の脇腹に入っていた。

 ヤマザキの無線やさっきの自身の体験によって、サクラは、腹部への衝撃が搭乗者の動きを止めるのに効果的だと、とっさに思ったからだ。

 壁に当たる散弾。一瞬動きを止めるササキ機。

 サクラ機は、盾にしていた機体を蹴りつけ、ササキ機のほうに押しやると、ホネクイを手にしてササキ機の首筋目がけてに突き入れた。

 とっさにかわし、台座から飛び退くササキ機。

「クックック、格闘か……。面白い」

 とつぶやくと、散弾拳銃を収めて、鎖鋸くさりのこの太刀を抜いた。そして、おもむろに八相に構える。

 サクラ機もホネクイを構えたまま台座から下りた。しかし、軽率に攻めることにはためらわれた。相手の構えから、かなりの自信が伝わってくるからだ。

 槍は、リーチが長い分、取り回しが大きくなる。相手が相当の使い手の場合、一度攻撃に失敗すると、一瞬で反撃を受けかねない。中途半端な突きでは、払われ、踏み込まれ、小手や肩を狙われておしまいだ。

 しかし、ササキ機はサクラ機を誘うようにじりじりと間合いを詰めてくる。

 背後を壁にはばまれ、さがることができないサクラ機は、自分から間合いをつくるしかない。

 やむを得ず、足元にホネクイをふるうサクラ機。しかし、それが〈中途半端〉な攻撃になってしまった。

 ササキ機は、ホネクイが届くぎりぎりのところまで退いたかと思うと、鋒先ほさきが空をいだ瞬間、一気に間合いを詰めてきた。

 サクラ機は、ホネクイを素早く持ち上げたが、もう間に合わなかった。ササキ機は、刀でそれを鋭く払うと、小手を打った。

〈ジジジッ〉

 サクラ機の左手から血が飛び散った。

 慌てて立ち位置を変えるサクラ機。ササキ機は、再び八相に構え直す。

 2機の位置が壁と平行になった瞬間、

〈ドカッ! ドカッ! ドカッ!〉

 砲声に合わせてササキ機の体が小刻みに揺れた。ササキ機の右腕、右肩、右側頭部から血しぶきが上がる。

 撃たれた方向に向き直るササキ機。

〈ドカッ! ドカッ! ドカッ!〉

 さらにササキ機の頭部と左右の鎖骨も血しぶきが上がった。ササキ機の頭部は崩れ落ちている。

 すでに搬入口まで来ていたアヤメは、サクラ機に流れ弾を当てることなく、ササキ機を確実に狙撃できる機会を待っていたのだった。

 よろよろとよろめいて後ずさりするササキ機。やがて背中が壁に当たると、そのまま背中をずるようにして崩れた。

「サクラちゃん、大丈夫?」

 砲口をササキ機に向けたまま慎重に近づくアヤメ機。

『お義姉ちゃん、ありがとう。助かった……』

『ありがとう。アヤメさん、ありがとう。一時はサクラがどうなることかと冷や冷やしたよ。声をかけてサクラの集中力をそいじゃいけないと思ったし、サクラにがんばってくれ、がんばってくれと祈るばかりで……。いやあ、無事で良かった。本当に良かった……』

 緊張から解放されたミツヨがせきを切ったように話した。モニターを見ながら、よほど心配していたらしい。話がよくまとまっていない。が、気持ちは良く伝わった。兄の側面を感じた一瞬だった。

「恐縮です……」

 アヤメが応えた。

 ササキ機はぴくりとも動かない。それを見てアヤメは改めて無線を入れた。

「キセナガ全機制圧しました。これから格納庫の入口に向かいます。突入準備お願いします」

『了解した。ありがとう』

「さっ、行こうか、サクラちゃん」

『うん』

 2機がきびすを返そうとしたとき、タカハシから無線が入った。

『せっかくのところすまんが、アヤメさん。念のためホネクイでとどめを刺しておいたほうがいい。それ、自爆していないだろ? 相手の傷口に刺せば確実だ』

「そうね……。そうしておく」

 機関砲を左手に持ち替え、右腰からホネクイを取り出すアヤメ機。壁にもたれたササキ機に歩み寄り、見下ろす位置に来たときだった。

 ササキ機が、突然、胸に当たっていた機関砲の砲口を左手でつかむと、アヤメ機の腹部に素早く蹴りを入れた。

「ぐふっ!」

 油断していたアヤメの全身に衝撃が伝わる。不意を突かれた分、その衝撃も大きかった。息ができない。

『アヤメさん!』

 ミツヨとタカハシの叫び声を聞いて、サクラ機が振り返った。サクラは、あとをアヤメに任せ、その場を離れようとしていたのだった。

「クックックック、察しがいいな……。しかし、悪あがきをさせてもらうぞ……」

 ササキ機は機関砲をつかんだまま、素早く立ち上がり、アヤメ機の腹部にさらに蹴りを入れる。アヤメ機の手から機関砲が放れた。アヤメの意識が遠のく。

 続けざまにアヤメ機の脇腹を蹴り上げるササキ機。さらに奪い取った機関砲を遠くへ放り投げると同時に、横から突き入れてきたサクラ機のホネクイをつかんだ。

〈ドガンッッッッッッ〉

 暴発した砲声が屋内に響き渡る。

 その砲声と、繰り出した突きに対するササキ機の素早い受けが、サクラを動揺させた。ササキ機は、サクラ機のホネクイを引き寄せ、サクラ機の腹部にも蹴りを入れる。

「ツッッッッッッ!」

 サクラも息ができなくなった。

(いったいどこで見てるの?)

 苦しみながらも、頭を巡らせるサクラ。なおも繰り出してくるササキ機の蹴りを左手でつかんだサクラ機。しかし次の瞬間、再び大きな衝撃がサクラを襲った。

 ササキ機がもう片方の足でサクラ機の頭部を横蹴りしたのだった。バランスを大きく崩すサクラ機。

 ササキ機は着地と同時にサクラ機の足を払う。

 サクラ機は、ホネクイから手を放し、ついに倒れてしまった。

(あり得ない……)

 相手の想像を超える動きに、サクラは完全に翻弄ほんろうされていた。これまで主に銃砲を使った戦いだっただけに、相手の格闘能力を知ることができなかったのだ。

(このままでは……)

 それほど圧倒的だった。仰向けになったサクラ機の画面に、振り上げたササキ機の足が映る。

「ぐッッッ!」

 次の瞬間、操縦室のハーネスが激しく揺れた。腹部を踏みつけられたのだ。幸い、操縦室はつぶれていない。しかし、受けた衝撃はかなり大きい。

『サクラァァァァァァ』

 遠くで兄の叫びが聞こえてくる。

 モニターにササキ機の散弾拳銃の銃口が見える。

(あっ……)

 サクラは自分が自分でない感覚にあった。そんな感覚に包まれた瞬間、散弾拳銃の照星と照門の向こうに、猫のような縦に細い瞳孔が、相手の崩れた頭部の中に見えた。

(あそこで見ていたのか……。きれいな目……)

 次の瞬間、視界の横から出てきた大きな物体がササキ機に体当たりしたように見えた。少なくともサクラにはそう見えた。

 大きな物体はアヤメ機だった。意識がもうろうとする中、気力を絞って機体を起こそうとするサクラ。その気持ちに応えるように機体が上半身を起こした。

 腹ばいに倒れたササキ機を、アヤメ機が背中から羽交い締めにしている姿が見えた。

 サクラ機がようやく起きあがった瞬間、

〈ズンッ!〉

 こもった爆発音とともにササキ機とアヤメ機が小さく浮いた。

「お……お義姉ちゃん……」

 よろよろとアヤメ機に歩み寄るサクラ機。ササキ機から自分の体をはがすように、アヤメ機が仰向けになった。アヤメ機の右腕はササキ機の下にある。

 腹ばいになっているササキ機は動かない。その下からが真っ赤な体液が広がり始めた。それがササキ機のものなのか、アヤメ機のものなのかはわからない。

 サクラ機は、床に転がったホネクイを拾い上げ、ササキ機の背中に片膝を載せると、全体重を預けて、相手の崩れた頭部に突き立てた。

 相手の頭からゆらゆらと引き抜き、力なく振り上げて、もう一度突き立てる。そして突き立てたまま、おもむろに立ち上がった。

「お義姉ちゃん……お義姉ちゃん……」

 無線を通して呼びかけるサクラ。しかし、返事がない。

「お兄ちゃん……どうしよう……返事してくれない」

『下手なことはするな。そっとしておけ。大ケガをしてるかもしれん。お前こそ大丈夫か?』

「何とか……。次はどこに行けばいいの?」

『これから指示する。まずはその場所を出てくれ』

「わかった……」

〈ボンッ!〉

 その鈍い破裂音に思わず肩をすくめるサクラ。音のするほうに目を向けると、腹ばいで倒れているササキ機の腹部から流れ出た体液が大きく広がっていった。

 ゆらゆらとおぼつかない足取りで清掃工場を出て行くサクラ機。搬入口を出た次の瞬間、

〈ドオォォォォォォン!〉

 大きな爆発音が朝の冷たい空気をふるわせた。

『与力殿! 大変です! 事務棟が爆発しました』

『何だって! 急ぎ突入せよ! 封鎖したトラックを動かせ!』

 ひどく動揺した捕り方の無線が入ってくる。

<パーポォォォォォ……パーポォォォォォ……パーポォォォォォ……>

 やがてパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 清掃工場の角を曲がったとき、サクラの目にいち早く入ったのは、遠くで炎上する事務棟だった。立ち上る煙が青く透き通った空に吸い込まれていく。

 道路には、赤色灯を回転させたパトカーが列をつくって、敷地に流れ込んでいく様子も見えた。


 焼け残った事務棟に手がかりになるものは何も残っていなかった。

 地下の格納庫は頑丈に施錠されていて、その朝に突入することはできなかった。その日の夜、ようやく人間用の通用口を開けて突入した町奉行所公安方が目にしたものは、焼け焦げた設備、真っ黒な人形と化した神の使いの構成員の死体だった。

 ササキは、戦いには負けたものの、死んでもなお思惑どおりに事が進んでいるようだ。


 アサギとカネサダも地下施設で保護された。カネサダは、計画通り、警察の事情聴取に対して、孫が誘拐され、やむなく組織に協力したと答えた。そのときのアサギの表情は、ひどくかげっていたという。

 かつて優秀な【キセナガ乗り】として報道で頻繁に紹介されたアサギと、自らの体を実験台として若返りの研究をしていたというカネサダは、報道がすぐに話題にした。

 またカネサダは、もう1組の男女は、カネサダとアサギの世話係で、組織の活動には何ら関係ないという説明をしておいた。もちろん、警察組織は、その男女も詳しく事情聴取したが、有力な情報を得られなかった。


 その後、サクラがアヤメ本人から聞いた話では、ササキ機に腹部を何度も蹴られて気絶していたアヤメが意識を取り戻したのは、その後しばらく立ってのことだったらしい。機体の右腕を犠牲にしてサクラの窮地を救ったのも覚えていないという。

「……だから、勝手に動いたんだって! タカハシさん!」

 アヤメは、なんだかうれしそうだ。

「だから、もうろうとした意識の中で操縦していたんだろうとは思うけど……。あのさ、俺の口から、【ダンナが助けてくれたんじゃない?】って言ってほしいんでしょ?」

「私の中で代々語り継ぐ伝説にしておこう……」

 いつになくにやにやしているアヤメ。続けてタカハシに聞いた。

「ダンナの右腕、いつ治る?」

「ありゃ治らないよ、外付けだもの……。付け替えなくちゃだな……お金かかるよ?」

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