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【16】呪われし者ども

 ミツヨたち町方とその協力者たちが本部にいられた時間は、結局2時間あまり。休める時間はほとんどなかった。

 生体甲殻機を破壊された班は本部で待機させ、アヤメとサクラ、ヤマザキの班が出動することになった。さらに今回は一斉検挙ということで、ミツヨとその部下たち、捕り方の協力者20数名が加わる。

 使用可能な3機の関係者が集められ、会議室で打ち合わせが行われていた。

「お兄さん、日を改めることはできないの? 3機でどうにかなることなの? 死人が出たらどうするの?」

 サクラが詰め寄った。

 サクラは、他人の目があるにもかかわらず、自分の兄を〈サトウさん〉と呼ぶことはなかった。それがかえって、周囲の人にもサクラの必死さが伝わった。

「だめだ。今日しかない。われわれが賊の計画を阻止したのを知って、今この瞬間にも潜伏先を変えるかもしれない。さっきの襲撃情報がぴたりと当たったことを考えても、情報筋の話は確かだ。厳しいとわかっていても、ひとりでも多くの賊を捕らえたいと思っている。今を逃したら、いつ次にこの好機を得られるかわからない」

 ミツヨはきっぱりと答え、こう続けた。

「……大丈夫。タカハシさんから、サトウ家のキセナガは一騎当千と聞いているから……。そうですよね、タカハシさん?」

「あっ……はい」

 突然話を振られて戸惑うタカハシ。うなずくしかなかった。

「与力殿……」

 アヤメが手を挙げた。

「どうぞ」

 ミツヨが促す。

「敵と比べて、われわれの武器は貧弱です。敵は拳銃や実弾の機銃を装備していますが、われわれには中長距離の戦車砲と機関砲しかありません。与力殿も共有画面で見ていたかもしれませんが、あの新型キセナガに素早く接近されたら何もできません。もし不意打ちでも受けたら……」

 アヤメの話を聞いて、ミツヨは視線を虚空に移した。何か考えている様子だ。

 タカハシが口を開いた。

「アヤメさん……。あの素早いキセナガ……、あれはたぶん弱点がヌエと同じだな。塩水に弱い。どうやって開発したかは知らないけどさ。実際に、サクラさんのホネクイを受けたら、動かなくなった……。なんだか知らないけど、溶けちゃったけどね。ホネクイや塩水弾は有効ってことだ。普通のキセナガか、新型かは、動きを見ればわかるから、武器を使い分けたらどうかな?」

 タカハシの言葉に一同が関心を寄せた次の瞬間、アヤメが切り返した。

「キセナガの装甲を塩水弾が撃ち抜けると思ってるの? ホネクイだって、私もヤマザキさんも、サクラちゃんみたいにはできないわよ」

 アヤメの強い口調に黙るタカハシ。しかし、すぐにミツヨが引き取った。

「ああ! 新型キセナガにはサクラに活躍してもらいましょう! まずはこの地図を見てください」

 百万坪周辺の地図を黒板に貼り、ピンクのチョークを手にして直接地図に書き込みはじめた。

「前にも説明したとおり、この地区の出入口は南北2つしかありません。そこで、アヤメさんは、戦車砲と機関砲を持って、この北側に並行して走る高速道路から、敷地を狙ってもらいます。ヤマザキさんも同じ装備で南の清掃工場の屋上から敷地を狙ってもらいます。また、南北一直線に重なると何かと危険なので、これも前に説明しましたが、アヤメさんもヤマザキさんもやや西寄りから敷地を狙ってください」

 チョークで地図にぐりぐりと書き込んでいくミツヨ。

「まず、賊の逃走経路を絶たなければなりません。そこで、この南北の道をわれわれ捕り方のトラックで封鎖します。アヤメさんとヤマザキさんは、賊の船舶と戦闘車両、それと飛行艇が隠されていると思われるこの格納庫を破壊してください。あっ……こうしましょう。アヤメさんは、徹甲榴弾を使って、戦闘車両を集中的に……戦車がいたら優先的に破壊してください、危険ですから……。ヤマザキさんは、榴弾で船舶と格納庫を破壊してください」

 などと、一気に説明していく。

「格納庫にキセナガが保管されていれば、そのまま破壊できるのですが、もし、別の場所からキセナガが出てきたら、ここで、いよいよサクラさんの出番です。ホネクイと電撃槍を全員分用意させますので……」

 と、ここまで説明したところでサクラが手を挙げた。しかしミツヨはそれを制しながら、説明を続ける。

「ちょっとお待ちください。まずは説明を続けます。2つの武器は外見がそっくりなので、ホネクイは左の腰、電撃槍は右の腰にそれぞれ畳んだ状態で付けさせましょう」

「逆がいいです!」

 割って入ったサクラ。

「わかりました。逆にします……。そして、アヤメさんが戦闘車両を破壊したら、ここに駆けつけてもらって、サクラさんと一緒にキセナガを撃退してください。ヤマザキさんは、見える範囲で援護してあげてください。それと、サクラさんにも一応機関砲も持ってもらいます。賊の大型武器を全て排除したところで捕り方が突入します。あとは任せてください」

 ミツヨの説明が終わったころには、地図がピンクのチョークでぐちゃぐちゃになっていた。

「では、質問を受け付けます……。それではサクラさんからどうぞ」

「もう、別にないです……」

「タイチョー、あっ失礼、与力殿、すいません。敵の拳銃を鹵獲ろかくしたんですけど、使っていいですか?」

 思わず〈隊長〉という言葉を口にしてしまったヤマザキ。この男もまたアヤメ同様、元軍人である。

「敵……、賊の武器ですか……? う~ん、法的にどうかな……」

 ヤマザキの質問に考え込むミツヨ。許可された武器以外を使用するのは問題があるからだ。

「使わせてあげなよ、お兄ちゃん。命がかかってるんだから」

 ヤマザキに助け船を出すサクラ。

「上に掛け合って許可をもらってみましょう」

 ミツヨが答えた。

「オレじゃなくてサクラさんが使いなよ。敵の武器だから照準画面は出ないけど、散弾だから当てやすいと思うよ」

 ヤマザキが言った。

「三段?」

「散弾、弾がドバっと出るヤツ」

 聞き返したサクラに対して、ヤマザキは、握った拳を開きながら前へ突き出し、散弾の仕組みを説明した。

「ありがとう。じゃあ、遠慮なく使わせてもらいます。お兄さん、私はキカンなんとかっていうの要らない、かさばるから。許可が取れたら、三段も腰に付けて」


 午前4時23分――。

 かすかに白んだ東の空に、明けの明星がまたたいている。

 アヤメ、サクラ、ヤマザキの各員は所定の位置についていた。

『いいぞ……。船揚場ふなあげばに戦車を載せた揚陸艇がいるじゃないか。アヤメさん、まずはアレをヤッてくれ。小型の軍用艇がいくつかあるな……。大型の揚陸艦も持っていると聞いたが、ここにはないな……。飛行艇は、あの格納庫か……? ヤマザキさんの最初の標的は今見てるカマボコのような建物でお願いしたい……。次は、その向こうにある平べったい建物……。はい、そうです。アヤメさん、もう少し映像を引いてくれないか? ああ、すみません……。あそこが事務棟かな? ヤマザキさん、西に見える3階建ての建物……、はいそうです。それは壊さないでいただきたい。捕り方はそこに突入させます。ん~……、西の方には組み立て式の仮設住宅がたくさんあるな……。宿舎か? あっ、サクラ、合図があるまでそこから動くな……』

 各生体甲殻機が見ている映像は、互いに共有できるようになっていて、ミツヨの乗る指揮車でも確認することが可能だ。

 百万坪の北を並行して走る高速道路の橋梁の陰、そこにサクラは隠れていた。


 午前4時30分――。

『そろそろはじめようか……。捕り方、道路を封鎖せよ』

 ミツヨの号令とともに、南北にかかる橋の手前の道路にトラックが現れた。上下2車線の道路をトラック3台で互い違いに横付けして封鎖。南北合わせて6台が使用されている。トラックが道をふさぐと、運転手が次々出てきて、身を低くしながら小走りで別の車両に乗り込んでいく。

〈ピー……、ポコン〉

 マイクのハウリング音が聞こえた後、拡声器から捕り方の声が聞こえてきた。

「こちらは江戸町奉行所、公安方である。キミたちは包囲された。神妙にばくにつけ。なお、船舶および格納庫などからは大至急退避せよ。繰り返す。船舶、格納庫などから大至急退避せよ。10数えたあと、これらを破壊する……。ひとぉぉぉつ、ふたぁぁぁつ、みぃぃぃっつ……」

「お義兄さん! 誰かが戦車に向かって走ってる! 乗り込む気じゃ……」

 アヤメが慌ただしい口調でミツヨに無線を入れた。

『エッ? マズい! 乗り込む前に撃って! 急いで!』


 一方、町方の声を聞いた神の使いの反応は早かった。

「急げ! 戦車に乗りこめ!」

 事務棟を出たところで、まとっていたトーガを次々と脱ぎ捨てた男女4人。ウエストの上まで隠れるスポーツブラと腿まで隠れるパンツをはいた女性1人を先頭に、同じ姿の女性がもう2人、長袖シャツとモモヒキ姿の男性1人が船揚場ふなあげばの揚陸艇に積まれた戦車に向かって走っている。トーガを脱ぎ捨てたのは走りづらいからだろう。

 もう少しでたどり着くというところで、

〈ボッッッッッッ!〉

 遠くから砲声が聞こえた瞬間、

〈ガコンッ!〉

 という、何かが戦車の機関部を貫く音が同時に聞こえた。

 慌てて足を止める4人、男のひとりは勢い余って前のめりに倒れた。

〈ボッ! ガコンッ!〉

 2発目が命中したようだ。

「クソッ、格納庫だ! 装甲車!」

 女の合図で4人が格納庫に向かおうとした次の瞬間、

〈ボッッッッッッ!〉

 掩体型えんたいがたのハンガーの入口が爆発した。

「!!!!!!」

〈ボッッッッッッ!〉

 ハンガーへの砲撃が続く。

〈ボッッッッッッ!〉

 振り向いた瞬間、揚陸艇のブリッジが吹き飛んだ。


 アヤメ機は、戦車を破壊すると、榴弾が装填された戦車砲にすぐに持ち替えた。

 揚陸艇のブリッジを狙って引き金を引く。

〈ドンッッッッッッ!〉

 ブリッジが吹き飛ぶ。

〈ドンッッッッッッ!〉

 もう1隻のブリッジが吹き飛ぶ。

〈ドンッッッッッッ!〉

 最初の揚陸艇に狙いを戻して、機関部と思われるところにダメ押しの1発。

〈ドンッッッッッッ!〉

 さっきの揚陸艇に狙いを戻してさらに1発。

 揚陸艇2隻が炎上したのを確認すると、次はきれいに整列している軍用艇に狙いを定めた。

 やがて、いくつもの炎が群青色の空を焦がし始めた。


 パジャマ姿のアサギとカネサダは、トーガをまとったササキに促され、地下へと続く階段を下りていた。後から3人についてくる男女が1組いる。この2人はスーツ姿だ。

「アキラ様、アサギ様、こちらにお入りください」

 ササキが地下牢の扉を開けて促した。

「だから私は戦うのに!」

「なりません!」

 強い口調でアサギを制するササキ。

「姫様には、まだ次があります。われわれの遺志をどうかかなえてください。無念を晴らしてください」

 ササキに改めて促され、それにしぶしぶ従うアサギ。アキラことカネサダは、すでに鉄格子の向こうに行っていた。

 スーツ姿の男女は、自ら別の房に入っていく。ササキは、扉を閉めて鍵をかけると、扉を何度か引いて施錠を確かめる。

 しぶしぶ牢に入ったアサギ。鉄格子越しに廊下をぼんやりと眺める。

 ややカビ臭い気もするが、不潔な感じは全くない。長い間使われていなかった部屋に特有の臭いだ。地下室だが、壁はきちんと養生されて、じめじめした感じもない。ただ、古ぼけた感じはする。

「姫様、あの2人は必ず姫様の役に立つ者たちです。アキラ様は、この2人のことを存じております」

 ササキはそう言って、カネサダに目礼すると、扉に鍵をかけて施錠を確かめた。

 次に足元に置いておいたカバンを抱えたササキ。

「この書類は、われわれと民政党との関係を示す決定的な証拠です。他にも書類を作りましたが、間に合いませんでした……。絶対に町方に渡さないようにお願いします。替え玉の書類も混ざっています。見つかったら、大切な研究資料などと言ってごまかしてください。町方に渡っても、民政党に揉み消されるか、党の下っ端を切り捨てるかするだけでしょうから……。これは必ずアキラ様か姫様の手で……」

「うん、わかった」

 と、答えてカネサダが受け取った。

「それでは、あとは、あらかじめお話していた通りに進めてください」

 ササキの言葉に、カネサダは静かに深くうなずいた。

「それでは、ひと暴れしてまいります」

「自決するのか?」

「はい……。他の者は民政党に知られていない場所に逃がします。次の計画のためにも、私は仲間をひとりでも多く逃がし、敵をひとりでも多く道づれにするつもりです」

「くれぐれも相手に近づきすぎないように気をつけなさい。アサギのせいでキセナガのタネとシカケがばれてしまった。ホネクイくらいでは、そうそう装甲が破られることはないのだが……。かなりうまい乗り手がいるようだね」

「ご助言ありがとうございます。では……」

 ササキは深く一礼し、しばらくそのままの姿勢をとると、すっと早足でその場を去っていった。


 その外では、格納庫らしき平らな建物が大きく何度も爆発し、周囲が一気に明るくなった。弾薬庫にも引火したようだ。赤や黄色の火の玉が渦を巻きながら、白み始めた空に吸い込まれていく。

 全ての船舶を破壊し、ひとまず自分の役目を終えたアヤメは、周囲を注意深く見渡し、敵の動きを探っていた。

 ヤマザキの無線が入ってきた。

『こちらも目標はあらかた破壊しました』

『了解。砲撃中止。少し様子を見よう。賊が動きを見せんな……』

 ミツヨが無線越しに言った。

『人はいたんだよね。アヤメさん』

「ええ、警告を出したあと、何人か敷地に出てきましたから」

『突入は、もう少し待とう。何かたくらんでいるかもしれん』

 やがて、西の建物の陰から人影が現れた。炎に照らされて白く浮かび上がって見える。大きさから見て生体甲殻機に間違いない。

「キセナガが出てきました。ヤマザキさん! そっちから出所を特定できる?」

 無線を入れるアヤメ。

『いや、こっちからは見えないや! 地下から出てきてるんじゃないのか? タイチョー、とりあえずその方向に撃ちまくりましょうか? あっすみません与力殿!』

『よろしく頼む! 宿舎を壊さないように気をつけて』

『それはぁ、ちょっと無理……、ですよ。建物が密集してますから……。撃てば壊れちゃいますよ……。ただ……、さっき警告して、あれだけ砲撃してますから、敵はみんなどこかに避難してると思いますけど……。それでも心配なら……』

〈ドンッッッッッッ!〉

『あっ……』

 ミツヨの声が漏れた。アヤメが砲撃したからだ。

 西の建物の陰から出てきた生体甲殻機の足元がすっ飛んだ。ミツヨとヤマザキが長々とやりとりしているのに業を煮やしたアヤメが発砲したのだった。もちろん、足元を狙って、搭乗者をなるべくケガをさせないようにしたつもりだ。

 ヤマザキが続ける。

『心配ということでしたら……、壊さないで敵が出てくるまで待ちます……。ただ、人数的にはこちらのほうがかなり不利ですので、壊さないという指示でしたら……』

『う~ん……わかった。頼む』

 ミツヨから了解を得ると、ヤマザキは目見当めけんとうで西の方角に砲撃を始めた。

『アヤメさん! 砲撃はヤマザキさんに任せて、サクラと一緒に賊の基地に突入してください! サクラ! 賊がアヤメさんに近づいてきたら守ってくれ! 頼むぞ!』

『わかった!』

「了解!」

 アヤメはミツヨに返事をして40ミリ機関砲を手にすると、おずおずと高速道路の高架橋から下の道路へ降りていった。

(脚が折れたりしないかな……?)

 タカハシの造った生体甲殻機は、10メートルや20メートルの高さから飛び降りても全く何の問題もない。だが、〈普通〉の生体甲殻機のイメージを引きずるアヤメは不安を覚えたのだった。

 アヤメ機が地上に降りたのを確認してサクラ機が駆け寄ってくる。

「それじゃ行こうか、サクラちゃん」

『うん』

「敵が出てきたらいったん伏せてね。飛び道具を持っているかもしれないから。隠れる場所がほとんどないし……」

 アヤメ機は、機関砲を構え、身を低くしながら、正面ゲートに近づいて行く。遮へい物といえば、工事現場などで見かけるプレハブの建物やコンテナくらいしかない。一方、サクラ機は、ヤマザキから譲ってもらった鹵獲ろかく品の5×5式散弾拳銃を手にしている。


 一方、カネサダとアサギに最後の挨拶をしたササキは、生体甲殻機の格納庫に向かっていた。トーガの裾を持ち上げ、小走りで地下通路を通る。ローマ風のサンダルの音がピタピタとさびしげに通路に響いていた。

 この格納庫は地下施設になっている。さらに地上には、3階建てのプレハブ建物を何棟も建てて巧妙に隠している。研究施設も兼ねているこの場所は、神の使いにとって最後のとりでだからだ。

 格納庫の入口のそばに強化服姿のキムラが待っていた。ヘルメットを小脇に抱えている。キムラは、ササキの姿を見て拳を頭上の高さに掲げた。ササキもぴたりと足を止めて、丁寧に敬礼を返した。

 キムラの背後には、当世具足風の真っ赤な装甲服を身に着けた生体甲殻機が2機見える。アヤメが駆る生体甲殻機も似たような形状をしているが、その〈むくんだ〉形状から、相当厚い装甲になっていることが分かる。研究中の生体甲殻機用装甲服を試験的に取り付けていたのだった。

 その生体甲殻機に歩み寄るササキ。キムラも後からついてくる。

「おお、やはりいいではないか、赤備あかぞなえは……。鎖鋸くさりのこの太刀まで差してある。気が利くな。しかもキムラの分まで……。気持ちがたかぶるな、クックックック……」

 ササキが言った。

 鎖鋸くさりのこの太刀は研究中の武器だ。チェーンソー状の刃が高速で回転することで、生体甲殻機を覆う防刃兼防弾仕様の装甲服を切断できるように設計されている。刃の反対側には峰が付いていて、露出していない。もう片方の手を添えて、さらに力が加えられるようになっているためだ。

 研究班は、これを生体甲殻機用のナイフ状の武器として展開しようとしていた。

 ササキは、この日本刀の形をしたチェーンソーが実用的な武器だとは思っていない。道具にもなる近接武器を研究する際、士気高揚のためにと趣味と研究を兼ねてつくらせたにすぎない。しかし、この状況は、ササキ自身の気持ちがこの上なく高揚する瞬間だった。相手と距離をとって戦うようカネサダから忠告を受けたばかりだが、ササキはこの武器を使用する絶好の機会だと思った。


 ササキとキムラのわきを通って、25ミリ機関砲を携えたミツバ製の生体甲殻機が出口に向かっていく。

「おい、そのキセナガを待たせろ!」

 ササキが叫んだ瞬間、轟音とともに建物が小刻みに揺れた。ヤマザキ機の砲撃だ。

「1機はもう出てしまったな!? 引き返すように言え!」

 ササキは、使用可能な生体甲殻機の数を把握していた。

「返事がありません!」

 部下が遠くで返事をする。

「クソッ! 貴重な戦力を!」

 いらだたしげに床を踏み鳴らすササキ。

「あと、6機か……。キムラ、先にキセナガに乗って待っててくれ」

「ハッ!」

 キムラは、自分の乗る機体のほうに駆けていく。

 ササキは、無線機のほうに早足で向かっていった。再び轟音とともに建物が小刻みに揺れる。ヤマザキ機が砲撃を続けているためだ。

「皆の者、ササキだ。最後の指令を出す。これより、キセナガ部隊で活路をひらいてみる。みな、退去せよ! 逃げて、今度は力ではなく、知恵で姫を助けよ。われらの理想のために! 施設の地下駐車場に行けば何台か残っているだろう。ただ数が残り少ない。乗れない者は走って逃げよ……。最後に、われわれの痕跡を一切残すな。全て燃やして退去せよ! 以上だ」

 無線を切ったササキ。

 民政党に知られていないはずの基地はあるが、そのことは伏せておくことにした。聞いている者の中に民政党の密偵がいるかもしれないと考えたからだ。

 また、仲間の多くが逃げるとも逃げられるとも思っていなかった。追いつめられた彼らは潔く死を選ぶだろう。共に戦うと決めたとき、そういう誓いを立てたのだ。

 逃げてカネサダやアサギたちの次の計画を支えてくれることも願ってはいるが、神の使いの活動の痕跡を一切残さないことが何といっても最優先だ。

 次の計画が上手く行き、アサギが天下を取ったとしても、神の使いに加担したという噂は流れるにちがいない。しかし、そういったことを抑えるために、あの男女2人を用意した。あとは彼らに任せるしかない。

 そばにパイロットのひとりがヘルメットと強化服を持って控えていた。サイトウだ。

「ありがとう。強化服は結構。このままで行く」

 ササキはヘルメットを受け取ると、今度は事務室に無線を入れた。

「私が出撃したら、モーツアルトのレクイエム『コンフターティス』を繰り返し流してくれ。アキラ様と違って私の回線だけに頼む。聴きたくない者もいるだろうからな。クックックック」

 と言って、自分の搭乗機に駆けていった。また、轟音とともに建物が小刻みに揺れたが、ササキは全く動じなかった。


 ササキの機体が立ち上がったとき、出入口を挟んですでに5機の生体甲殻機が並んで待っていた。

「これより6機で仲間の逃走経路を確保する。偵察班の話では、敵は北と南から攻撃してきているようだ。まず、キムラと私が敵のキセナガを倒すから、その後、2機ずつ組んで南北の道路をふさいでいるトラックをどかしてほしい。1台通れる隙間ができれば十分だ。互いに距離を取って移動しろ。旧型のキセナガでは、1機でも欠けたらトラックの排除が難しくなるからな。それと、キムラと私は、敵のキセナガを倒したら、町方の車両や船を戦車砲で排除する。以上だ」

 轟音とともに建物が小刻みに揺れた。

「偵察班、砲撃の出所は分かるか?」

『南にいるキセナガのようです。清掃工場から砲撃してきます』

「北は?」

『まだ敷地には入ってきていないようです……』

「わかった。もう偵察はいい。この基地を処分して逃げる準備をしてくれ」

『りょ……、了解しました。レガトゥス……、ご武運を……』

「うむ、ありがとう」

 ササキ機は鎖鋸くさりのこの太刀を抜いた。それに呼応するように6機も戦車砲や機関砲の弾を薬室に込める。

「他の者は、ここでしばし待て。私が南にいる砲撃手を排除してくる」

 今にも格納庫を出ていきそうな他の機体を制して、ササキ機が1機格納庫を出て行った。


 地下格納庫のスロープから、様子をうかがうササキ機。

 間もなく夜が明ける時刻とはいえ、天頂はまだ暗い。正面にある3階建てのプレハブ建物の向こうから、赤い炎がちらちらと見える。まるで、炎が冷え切った空を温めているようだ。

 ササキが指示したとおり、無線からモーツアルトのレクイエム『コンフターティス』が流れてきた。

「呪われし者どもが……退けられ……業火に……焼かれしとき……、われを召したまえ……きよき者らと共に……」

 とつぶやくササキ。

〈ボッ! ドンッ!〉

 砲声が遠くから、地面に着弾した音が近くから聞こえてきた。相手は狙って撃っているわけではなさそうだ。

 通常の生体甲殻機では考えられない速さでスロープを駆けあがるササキ機。重装備にもかかわらず、ヤマザキの砲撃で壊れた高さ10メートル近くあるカムフラージュ用のプレハブ建物を一気に飛び越えた。

 もう1棟、また1棟、さらに1棟と、軽々と越えていく。

 ササキ機は、敵の砲撃手がいると思われる清掃工場を左手に見て、南のゴミ埋立地に向かっている。回り込むつもりのようだ。

 プレハブの建物を抜けると、20年前で時が止まったままの場所に出た。工事用フェンスをハードルのようにまたぎ、杭打機をよけ、建設資材の山を飛び越える。

 ついに北と南の区画を隔てる運河が迫ってきた。大きな跳躍で運河を飛び越えると、衝撃を緩和するためにしゃがんで着地した。

 しゃがんだまま左手に目を向けると、5~7階建て相当の清掃工場から頭と砲身を突き出したヤマザキ機が遠くに見える。ササキ機は、静かにゴミ飛散防止用のフェンスを乗り越えると、猛烈なスピードでヤマザキ機に向かっていった。


 ヤマザキは、状況の変化の乏しさに気が緩んでいた。

「あと10発残ってますが、もう5発くらい、いっておきましょうか?」

 と、無線を入れる。

『う~ん、ちょっと待ってください。アヤメさんはトラックのところまで来ましたか……。敵の様子は?』

「わかりません……。ここからでは何も見えないので、水路に沿って西に移動してもいいでしょうか……。このまま正門に入っても身を隠せる場所がないですし……」

 アヤメ機は、道路をふさいでいるトラックの荷台に隠れ、様子を探っていた。

 南の空は、東から西にかけて水色と紺色のグラデーションがかかっていた。

 正面ゲートは橋を渡ってすぐの所にある。しかし、敵の敷地に入ったら身長約9メートルある生体甲殻機の身を隠す場所はほとんどない。身を隠せそうな場所は全て炎上している。

『う~ん、わかりました。そうしてください。要は賊のキセナガを排除できればいいわけですから。お任せします!』

「ありがとうございます!」

『お願いします。……敵が動きを見せないのが不気味だな……』

 と、ミツヨがつぶやいたとき、それは起こった。

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