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【11】威風堂々

 19世紀後半、この世界の日本が議会政治を採り入れた際、2つの政党が誕生した。ひとつは、一部の親藩・譜代大名など、佐幕派の藩士が設立した幕臣党。もうひとつは、公家や討幕派の藩士を中心に構成された廷臣党だ。

 この世界のこの時代における3大政党制のもうひとつ、民政党の前身が組織されるのはもう少し後のことになる。

 100年以上たった現在でも、将軍のお膝元であった江戸をはじめ、徳川御三家のあった地域、佐幕派の藩のあった地域は、幕臣党の支持者が多い。

 その中でもとりわけ大都市で人口の多い江戸と名古屋は支持層の厚い地域だ。選挙では、幕臣党にとって大票田ということになる。

 ササキ率いる神の使いは、この地域を襲撃して幕臣党の支持層を揺さぶるという狙いだ。前回の襲撃に加え、今回も成功すれば、名古屋における地下都市工事の進捗は壊滅的になる。

 さらに、それと連動して民政党の党首イノウエが政治の世界で動くことになっていた。無党派層と幕臣党の一部支持層を民政党に引き寄せるためだ。


 その夜、4隻の揚陸艇が三河湾を出た。三河湾から伊勢湾に入り、やがて2隻が堀川を、残りの2隻が中川、われわれの時代でいう中川運河を上っていった。

 揚陸艇の荷台はほろに覆われ、こんもりと盛り上がっている。

 アサギたちの進む堀川の川沿いには、ひと気が全くない。もっとも、この世界のこの時代ではごく自然な光景だ。

 やがて、ある程度北上したところで、アサギたち一行は船を止めた。

 揚陸艇からラジコンの飛行船が3機放たれた。偵察機だ。

 それと同じくして、揚陸艇の荷台を覆っていた幌が外された。生体甲殻機3機と装甲トラック、動力のないトレーラー(被牽引車)が姿を現した。

 トレーラーには、巨大な筒状の物体が2本横たわっている。

 まず生体甲殻機3機が立ち上がった。

 続いて、装甲トラックとトレーラーが、揚陸艇のクレーンでつり上げられ、道路に搬入される。まずは装甲トラックからのようだ。

 3機は、筒状の物体をトレーラーからいったん降ろしたり、クレーンでつり上げた車両を補助したりと、きびきびと作業を行っている。


 揚陸艇のブリッジからその様子を見ていたササキに、1枚の手書きの紙が渡された。

「偵察結果をまとめました。現在のところ装輪装甲車3台、キセナガ13機。キセナガはホネクイで武装して建屋の周囲を歩哨しているようです」

「戦車は?」

「いません」

「クックックック、ついてるな……。敵の位置を地図に示して、各機に映像を送れ。駒は地図の上に転がっている」

 と、ササキは答えて、無線を手にした。

「こちらアー班。装輪装甲車3台ほか、十数機のキセナガを確認。そちらはどうか?」

『こちらべー班。通常兵器は装輪装甲車2台。ほか、キセナガ十数機。このまま作戦に入ります』

「了解。装甲車にはくれぐれも警戒して当たれ」

 ササキは無線機を手にしたまま、地図が広げられた小さな机に移動した。

 この世界のこの時代、兵器類も、われわれの世界とは異なる道筋で発達してきた。

 戦車を例に挙げると、大型戦車でも前面装甲で100ミリ前後、戦車砲の口径にいたっては、せいぜい75ミリ程度しかない。われわれの世界から見ると、1940年代くらいの水準と言えるだろう。

 航空機も同様だ。飛行機といえばレシプロエンジンのプロペラ機である。ジェットエンジンやロケットエンジンは発達していない。

 その理由のひとつには、数多くの国家が一斉に参加する世界規模の戦争を一度しか経験していないということが言えるだろう。ただし、大小さまざまな規模の戦争や紛争は世界各地で頻発していた。

 とはいえ、戦車や装甲車は、生体甲殻機にとって大きな脅威だ。まともには太刀打ちできない。

 一方、この世界では、生物工学や生体工学は大きく発達している。この世界で究極兵器といえるのが、生物化学兵器だ。禁止条約は存在しているものの、地域・国家間の紛争を抑制する国連のような組織はなく、条約の批准国も少ない。また、批准国さえ、陰では先を争って研究を行っているのが現状だ。


 話をササキたちに戻そう。

「キセナガの一部は、電撃槍で武装しているとも考えられるな。なるべく近接戦闘は避けて、飛び道具を使うように伝えとけ」

「了解!」

 ササキは、部下が地図に駒を置いていくのを見ながら、別の部下に指示をした。

 反社会組織による過去数回の襲撃に学んだ軍隊は、生体甲殻機と通常兵器を併用して警備に臨んでいた。しかし、それは神の使いにとって想定の範囲内だった。

「おい、作業を急がせろ! 敵がいい位置にいるじゃないか……」

 揚陸艇のブリッジにいるササキは、地図にある装甲車を示す駒の位置を見て部下のひとりに指示した。

「偵察機。装甲車3台から目を離すな!」

 続けざまに別の部下に指示を送るササキ。両手をテーブルに付き、立ったまま貧乏ゆすりを始めていた。

 ブリッジの窓に目をやると、生体甲殻機が道路に搬入したトレーラーに筒状の物体を載せている。

アー班の状況は!?」

 ササキが部下に確認する。

「もう間もなくです!」

「装甲車が1台動き始めました」

 別の部下の報告を聞いて、ササキが無人偵察機から送られてくる暗視カメラの映像に飛びつく。

「巡回か?」

 とつぶやいて、部下から無線を奪うように取り上げた。

「装甲車がこちらに近づいている。絶好の機会だ。姫様、大変恐れ入りますが、爆弾の積み込みをおひとりでお願いしたいのですが!」

「えっ……? あ……、リョーカイ」

「恐れ入ります……」

 アサギの返事に思わず頭を下げるササキ。すぐに次の指示を出す。

「狙撃手サイトウ! 遊撃手ハヤシ!」

「はい!」

「はあい!」

「2機は、銃を構えて先行しろ! 正面の道路に装甲車が必ず現れる。相手は照明なんかつけているから、すぐにわかるからな。クックックック……。今の道を少し曲がった先で待機! 急げ!」

「了解!」

「りょおかい!」

 2機からの返事を聞いて、ササキは無線を部下に返すと、ゆっくりとした足取りで、地図のあるテーブルに戻り、置きっぱなしにしていた〈自分の〉無線を手にした。

 ササキたちのいる道路は、ほぼ直線で名古屋城に続いている。直線とはいっても、わずかにうねっているうえ、2車線と道幅が狭いため、左右の建物の陰に潜むことができる。正面から奇襲するのに絶好のチャンスなのである。


 狙撃手と遊撃手を務めるミツバ製の生体甲殻機が、背中に提げていた戦車砲を手にした。戦車砲の全長は約6メートル。口径は75ミリ。その外観は、われわれの知るライフル銃に似ているが、少し不格好だ。機関部の右側には、回転させて砲弾の排莢はいきょうと薬室装填を行うクランクレバーが付いている。

 また、2機ともアンモパウチ対応のベルトを腰に巻いている。そこに予備のマガジンが収められているようだ。

 遊撃手のベルトの装備は特に重そうだ。遊撃手は、状況の変化に素早く的確に対応できるよう、特に重武装になっているためだ。

 また、2機の腰には、回転式拳銃のような武器が1丁さがっている。散弾を5発装填可能な散弾銃だ。散弾砲と言った方がいいかもしれない。榴弾砲とは異なる。ひとつの実包に5粒の弾丸が入っている巨大な散弾だ。ササキたちの間では、〈5×5《ゴーゴー》式散弾拳銃〉と呼んでいるようだ。

 さらに、遊撃手の背中には、25ミリ機関砲を改造した銃も提げている。

 このように武器の種類が豊富なのは、ササキ率いる〈神の使い〉が早くから生体甲殻機用の通常兵器を研究していたためである。


 ササキは、無人偵察機の暗視装置から送られてくる映像に視線を向けた。暗闇に装甲車のライトが煌々《こうこう》と映し出されている。

「プッ……クックックック……」

 ササキは、ブリッジからその様子を眺めて笑い出した。

 ササキの笑い方は癖が強い。しかし、本人はあまり意識していないようだ。

 この世界のこの時代では、ヌエの出現以来、暗視装置が高度に発達し、生体甲殻機や人間用の装甲強化服のヘルメットに装備されている。

 だからと言ってライトの役目が終わったわけではない。たとえば、工事現場の作業には不可欠だし、車両などでは、自分の存在を相手に知らせて安全に走行するために使用されている。

 しかし、軍事用として考えた場合、まとの目印でしかない。

「敵はわれわれ以上に……、あきれるほど素人だな」

 ササキは、それを笑ったのだった。


 狙撃手と遊撃手は、戦車砲のレバーをしっかりとした動作で回転させ、確実に弾薬を薬室に送り込むと、小走りに道を進んだ。

 狙撃手と遊撃手から見える映像を確認するササキ。

「そのあたりでいいだろう! 伏せ撃ちの体勢で待機しろ。2機で1台を確実に仕留めろ!」

「距離約800メートル」

 ササキの指示の後に、偵察機の映像を確認している部下からの報告が入る。

 指示を受けた2機は、道が少しカーブした場所で止まり、戦車砲の二脚を立てて、伏せ撃ち体勢に入った。

 道の奥を集中して見ていると、建物の外壁の一部がにわかに明るくなった。装甲車のライトが映り込んだためだ。ゆらゆらと外壁を滑るように、その光が移動している。

 やがて、その光源が見えてきた。

〈ドンッッッッッッ!〉

 狙撃手が発砲した。

〈ドンッッッッッッ!〉

 すぐに遊撃手も発砲する。

 2機の視界の先にある装甲車が白煙を上げた。力が急に抜けたように速度が落ちたかと思うと、次の瞬間、建物にぶつかり、静かに止まった。

 狙撃手が戦車砲のクランクレバーを回転させる。遊撃手もそれに続く。

 半回転で砲尾から薬莢が排出され、もう半回転で次弾が薬室に装填される仕組みだ。

 狙いをつけたまま敵の様子をうかがう2機。やがて装甲車から炎が上がった。

「装甲車、沈黙しました」

『了解!』

 狙撃手からの報告を受けたササキが部下に確認する。

「周囲の状況は?」

「破壊した装甲車まで、障害はありません!」

「よし! 動きがあったらすぐに報告しろ!」

 部下に指示すると、ササキは、アサギ機の映像を見ながら、持っていた無線のスイッチを入れた。

「姫様、積み込みの方は、終わっているようですな」

『終わった』

「承知しました。では、サイトウとハヤシを率いて装甲車のところまでお進みください」

『リョーカイ!』

「2機は姫様に続け!」

『了解!』

『りょおかい!』

 狙撃手と遊撃手の返事を無線越しに聞きながら、2機の前に出るアサギ機。

 他の2機と同様、真っ赤に塗装されている。ただ、アサギ機には、両腕の上腕に浅葱色あさぎいろのラインが入っている。さらに中身も違う。他の2機はミツバ製の一般的な生体甲殻機だが、アサギのはヌエをベースにつくられた新型機だ。

 左右の腰には、5×5《ゴーゴー》式散弾拳銃を提げている。また、そのベルトには散弾銃の実包がずらりと付いていた。

 それ以外の武装はない。身軽に動きたいと考えているからだ。

 ちなみに、どの機体も対ヌエ用の武装はしていない。ただし、念のため、随行する揚陸艇には積んである。

 左右の手に拳銃を携えて先を行くアサギ機。


 無線からエルガーの『威風堂々』が流れてくる。

「クックックック……。アキラ様の酔狂には困ったもんだ」

 何ということなしに部下のひとりを見て、ササキがつぶやいた。部下は、そのササキの言葉に苦笑いを返した。

 アサギ機を先頭に、堂々とした足取りで道を進む3機。その後をトレーラーがゆっくりとした速度で追う。運河に沿って揚陸艇も進む。

 ようやくササキが思い描いていたとおりになった。

 当初考えていたのは、先鋒のアサギが先頭になり、周囲の状況を確認しながら先行し、そのあとに装甲車や戦車に対処する狙撃手が続き、殿しんがりとしてさまざまな状況に対応する遊撃手がトレーラーに随行し、さらに揚陸艇が少し距離をとってその後を追うという隊列だ。堀川は、われわれの世界のものと比べ、川幅も深さもある。揚陸艇で随伴するには理想的な運河だった。

 しかし、その想定に〈いい意味〉で狂いが生じた。厄介な重装甲車1台が思いがけなく近づいてきたからだ。しかも首尾よく撃破することができた。

 装甲車から上がる炎が3機を照らす。

『正面から別の装甲車2台が近づいてきます!』

 揚陸艇から報告が入ってくる。

『今の道を少し曲がった先に装甲車2台が縦列で進んできます。距離約1200メートル……』

 アサギたちに無線が入ってきた。

「クックックック……。仲間の様子を見に来たってわけか」

 ササキは、ひとりつぶやくと、無線で指示を入れた。

『相手は軍でもド素人だが、油断するな! 相手が気付く前に破壊しろ。今回も狙撃手と遊撃手両者で対応しろ! 頼んだぞ!』

 指示を受けた2機は、炎上する装甲車を尻目に小走りで先行する。

 道が少しカーブした場所まで移動して、再び戦車砲の二脚を立てて腹ばいに伏せる。

 歩みを止めるアサギ機。その後ろでは、トレーラーも揚陸艇も停まって成り行きを見守る。

 銃の引き金に指を添えた2機。搭乗者が既視感を覚えるほど、状況が前回と酷似していた。

 遠くの建物の外壁に装甲車のライトが当たり、その光が外壁を滑る。

 1台が姿を見せ、その後ろからすぐにもう1台も現れた。

『私が奥のをやりますから、ハヤシさんは手前のをお願いします!』

『りょおかい』

 狙撃手と遊撃手のやり取りが無線を通してアサギにも聞こえてきた。

『行きます!』

〈ドンッッッッッッ!〉

 狙撃手が発砲する。

〈ドンッッッッッッ!〉

 その後すぐに遊撃手も発砲した。

 視界の先の装甲車2台が白煙を上げる。速度の勢いが落ち、すぐに動き止まった。

 2機がほぼそろって戦車砲のクランクレバーを回した。砲尾から薬莢が転がり落ちる。

〈ドドンッッッッッッ!〉

 2機がほぼ同時に発砲した。砲声の余韻が重なり合って夜空に溶けていく。

 すぐに、次弾を装填する2機。狙いをつけたまま2台の様子をうかがっていると、やがて1台から炎が上がった。

 もう1台は、上部ハッチからひとり出てきたが、上半身だけを出して動かなくなった。力尽きたようだ。

『装甲車2台、沈黙しました』

 狙撃手が報告入れる。

「ご苦労! 偵察機で周囲を確認させる。全機そのまま待機。偵察機から送られる映像も各自確認しておいてくれ」

 揚陸艇のササキは、そう指示を出すと、そばにいる偵察担当の部下に確認した。

「周囲の状況は?」

「もう……、付近には誰もいないようですね。工事現場にいるキセナガしかいません。あっ……、東の工事現場のほうにはヌエが2~3匹取りついているようですね」

「聞いての通りだ。敵の増援が来る前に決めてしまおう! 姫様、それではキセナガの排除をお願いいたします。ヌエは気にしなくても大丈夫です。姫様のキセナガには襲ってこないはずですから」

『リョーカイ!』

「残りの2機は、ヌエ用の武器を船まで取りに来い! 一応装備しておけ!」

『了解!』

『りょおかい』

 ササキは、現場の班員にひととおり指示を出すと、無線を切って、偵察担当の部下にも指示を出した。

「折を見て無人偵察機を後退させておけ。東側には予備機をもう1機。ヌエに壊されるかもしれんからな」

「あっ……、いま、東側のがやられました」

「じゃあ、大至急だ! 予備も入れて2機飛ばせ!」

 などと、ササキがやり取りをしているうちに、アサギはすでに全速力で工事現場のひとつに向かっていった。


 スピードを落とさずに、すっ、すっ、と体の向きを変えて、沈黙した信号機をよける。

 破壊された2台の装甲車を軽々と飛び越えるアサギ機。実際の人間の比率に置き換えても、およそありえない跳躍力だ。

(あっ! このへん、電線を地下に埋めていないんだ……)

 装甲車を飛び越えた際、道路の上を横切る電線に接触したのが分かった。ブツと切れただけで、生体甲殻機に何の支障もない。通電している電線もあるはずだが、たまたま電気が通ってなかったようだ。

 歩道橋も飛び越えて、ぐんぐんと進むアサギ機。時折、

〈ジジジッ!〉

〈ジジジッ!〉

 と火花が散る。通電している電線に接触しているからだ。電線が生きているということは、つまり、工事現場も近い。

 上下6車線の大通りに出て右に入る。この周辺は電線が埋設されている区域だ。見通しがいい。

 アサギのすぐ眼前に工事の建屋が迫った。

〈ドンッ〉

 アサギが5×5《ゴーゴー》式散弾拳銃の引き金をしぼる。相手の生体甲殻機の頭部が血しぶきをあげ、アサギの存在に気付かないまま崩れた。

〈ドンッ〉

 アサギの姿に動揺した別の1機の頭部から血しぶきが上がる。

〈ドンッ〉

 1機。

〈ドンッ〉

 また1機。

 アサギ機が左右の銃の引き金を交互に絞っていく。

〈ドンッ〉

 さらに1機。

 左右から不意に出てきた生体甲殻機2機がアサギ機の前に立ちはだかる。電撃槍でんげきそうを構えているようだ。

 アサギは、スピードを落とすことなく、そのまま大きく跳躍したかと思うと、

〈ドドンッ〉

 次の瞬間、砲声とともに2機の頭から血しぶきが舞った。2機の間の肩の辺りを飛び越えながら、至近距離で発砲したのだ。

「どう? まだいる?」

 着地姿勢から体を起こしながら、アサギが揚陸艇に無線を入れた。

『今いらっしゃる場所の反対側に1機います。あっ! 気を付けてください。銃のようなものを所持しています』

「リョーカイ!」

『姫! 無理は禁物です! サイトウとハヤシを急いで向かわせます! お待ちください!』

「あっ……、大丈夫! アリガト!」

 偵察担当とササキの言葉を気に留めることなく、ヘルメットのモニターに映る偵察機の映像を拡大した。

 確かにいる。自分のいる位置とはちょうど反対側、しかも見通しの良い場所にしゃがんでバリケードのようなものを設置している。すぐに後からもう1機出てきて、やはりバリケードのようなものを設置し、背中合わせになって銃を構えた。

『2機です! 2機! 飛び道具を所持しています!』

「こちらでも見えてる! ありがとう」

 アサギ機は、現在、建屋の南側にいる。一方、銃のようなものを所持した生体甲殻機2機は、北側の建屋入口付近にバリケードを構えている。

 偵察機の映像を確認し終えると、アサギ機は工事現場の建屋の壁を触った。壁は樹脂と金属を重ねた複合板のようだ。

 その壁を手の甲で軽くたたきながら、壁に沿って歩き出した。

〈ボンボンボンボンボン……〉

 低い音が響く。

〈ドン……〉

 音が響かない箇所がある。アサギ機は、自重をかけて、その箇所を手のひらでグイグイと押してみた。

〈ギギッ、ギギッ……〉

 と金属がきしむ音がする。さらに強くゆすってみる。

〈ギギッギギッギギッギギッギギッ……〉

 アサギ機は、建屋の屋上を見上げた。高さは15~16メートル。一般の生体甲殻機なら無理だが、アサギ機なら軽々と屋上に飛び乗ることができるだろう。

 果たしてアサギ機は、そのとおりの行動を取った。建屋を支える鉄骨製の骨組みに沿って進めば、生体甲殻機の自重で屋根を壊さずに反対側に出られると考えたのだ。

 すっと、ほとんど音を立てずに、屋上に飛び乗ったアサギ機。着地時に機体の全身に神経を注いだに違いない。

〈ギギギッ……〉

 鉄骨の骨組みがきしむ音が操縦室にいるアサギにも聞こえた。足元が若干沈んでいる感覚もある。

〈ギギギッ……ギギギギギッ……ギギギッ……〉

 綱渡りをするかのように鉄骨に沿って足早に進むアサギ機。やがてほぼ反対側まで来ると、アサギは、自分の位置と相手の位置とをモニターで確認した。

 2機のうち1機は、建屋がきしむ音を気にして見上げているが、砲口は、道路並行して向けられたままだ。

 建屋を見上げていた1機が正面に向き直った瞬間、アサギ機が斜め方向に大きく跳躍した。

 アサギが思い描いていたとおり、背中合わせになった2機の間に着地した瞬間、両腕を広げ、2機の頭部をめがけて散弾を見舞った。

〈ドドンッ〉

 左右の敵機が血しぶきをあげて静かに崩れた。

 姿勢を起こしたアサギ機は、敵機が持っていた〈銃のようなもの〉を手にとってみた。機関砲を改造した武器のようだ。

(なんか、使いづらそう……)

 武器を道路に戻しているとき、仲間から無線が入った。

『サイトウとハヤシです。ただ今西の建屋に到着しました! 姫様はどちらですか?』

「いま……、建屋の北側かな? 入口のそば」

『あっ……、確認できました。そちらに向かいます』

「アタシはこのまま東に向かいます! 2人は爆弾の設置をお願い! ササキさん、それでいい?」

 アサギ機は、右手の散弾銃をいったんベルトに提げ、左手で持っていた散弾銃の弾を補充している。

『姫様、少々お待ちください。敵が建屋にも潜んでいるようですから、サイトウとハヤシの支援をお願いいたします』

「リョーカイ!」

 と答えて、アサギ機はもう片方の散弾銃の弾を補充した。

『サイトウ、ハヤシ! 建屋の制圧と爆弾の設置を頼む』

『了解!』

『りょおかい!』

 ササキの指示に従い、サイトウ機とハヤシ機が、銃を構えながら建屋北側の出入口に駆け寄ってきた。アサギ機は、散弾銃を油断なくその出入口に向けている。敵が出てくる様子はない。

 無線から入ってきていたクラシック音楽は、いつの間にかやんでいた。

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