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【12】英雄ポロネーズ

 建屋の外壁に張り付くようにして出入口の両側に立つ2機。その正面から少し離れた場所にアサギ機が控える。

『これより建屋内部に突入! 閃光手投げ弾を投入します!』

 背中を外壁に預けた姿勢で、右手に5×5式散弾拳銃を構える狙撃手のサイトウ機。一方、片膝をついた姿勢で25ミリ機関砲を左手に携える遊撃手のハヤシ機。2機とも、もう片方の手には、手のひらにすっぽり収まる大きさの物体を持っている。生体甲殻機用の閃光手榴弾だ。

『行くぞ!』

『了解!』

 背中を外壁に預けたまま、後ろ蹴りをして出入口を蹴破るハヤシ機。次の瞬間、ハヤシ機が閃光手榴弾を投げ込み、続いてサイトウ機も投げ込む。

 投げ込まれた2つの閃光手榴弾は、続けざまに空中で小さくはじけると、無数の粒が広がって強烈な光を放った。

 建屋の出入口から漏れ出た光が闇を黄色く照らす。光が弱まったのを見計らい、出入口に向き直るハヤシ機とサイトウ機。

 ハヤシ機が、機関砲の砲口を建屋に突き入れ、照準カメラで中の様子をうかがう。

 ハヤシの視界に入ってきたのは、工事中の地下都市入口を塹壕のようにして機関砲を構えていた生体甲殻機2機だった。1機はアサギたち3機の方を、もう1機は背中を向けている。南北の入口に待ち伏せして、入ってきたところを迎撃しようと考えたようだ。

 しかし、今は、左右の手のひらを外に向け、まぶしがっている。背中を向けているもう1機の方も、動かない。

〈ガガンッ、ガガガンッ〉

 ハヤシ機は、指切り射撃で、手前の生体甲殻機の頭部を、続いて、向こう側の生体甲殻機の後頭部を撃ち抜いた。

 2機ともあっけなく崩れた。

『クックックック、順調、順調。だが、くれぐれも油断するな。われわれは立った3機なのだからな』

 ササキの無線が入ってくる。

「りょおかい!」

『了解!』

『リョーカイ!』

 3機の声がそろった。

 そのまま、機関砲の砲口を上下左右に向け、照準カメラで中の様子をうかがうハヤシ機。

『付近に敵影は見えません』

『了解。念のため、その地下入口に閃光を放り込んでおけ』

『りょおかい!』

 ササキの指示を受けて、慎重に足を踏み入れるハヤシ機。5×5式を手にしたサイトウ機も、それに合わせて建屋に入る。

 観音開きの出入口の扉を遮へい物にして、サイトウ機は左側、ハヤシ機は右側をうかがう。

 人影はない。建設作業用生体甲殻機が至る所で死んだように横たわり、建設重機も微動だにしない。

 赤色灯がいたるところで回転しているのを見ると、警報を合図に、作業員は全員避難したようだ。

『いじょお、なし!』

 ハヤシ機の無線が入ってくる。

『異常なし!』

 サイトウ機も報告する。

 間の抜けたことだと思いながらも、サイトウ機は、念のため、注意を喚起するために拡声器のスイッチを入れた。

「この建屋は、われわれ神の使いが占拠した! これより爆弾で処分する! 残っている作業員は速やかに退避しなさい!」

 サイトウ機が警告している間、建屋に入り込んだアサギ機が閃光手榴弾を取り出した。

「バクダン、入口に入れます!」

 閃光手榴弾のスイッチを連打して起爆時間を早めると、それを地下都市工事現場の入口に放り込んで、顔をそむけた。

 次の瞬間、地面から鋭い光があふれてきた。

『姫様、私が見てきます。望遠が効きますから』

 と言って、ハヤシ機が機関砲をアサギ機に見せた。確かに、機関砲や戦車砲には照準用の望遠カメラが搭載されている。

「ありがとう」

 アサギは礼を言うと、天井を見上げて念入りに眺めた。鉄骨の配置を頭にたたきこむためだ。

(なるほど……、建屋の角には必ず鉄骨が入っているって考えてもいいみたい……。これなら、高い位置から攻撃できる……。私の体重を支えられたし……)

 東の建屋での戦いに役立てようと考えたらしい。

『地下、異常なし! ですが、通路が閉鎖されています。避難時に鎧戸よろいどを閉めたようです。レガトゥス、破壊しますか?』

『いや、結構。たぶん、それは東側につながっているのだろう。どのみち、爆弾で破壊するしね。彼らに逃げる時間を与えてやろう』

 ハヤシ機の報告に、ササキが応えた。

『りょおかい!』

「ササキさん! 東側の建屋の様子教えてくれる?」

 ハヤシの返事の後、アサギが無線を入れる。

『承知しました。偵察班、姫に報告!』

『はい! まず、先に報告したいことがありまして、名古屋城の地下から戦車2台が現れています。まだ、すぐにこちらには来ないでしょうが、お知らせしておきます……。あと、それとですね。東の工事建屋を挟むようにキセナガが柵をつくって銃を構えています。北と南に2機ずつです。われわれの進行方向に向いているので、迎撃するつもりでしょう』

 偵察担当が追加の報告を入れた。

「銃というのは、これですかね……」

 サイトウ機が敵の機関砲を拾い上げると、視点を合わせて拡大した。揚陸艇にいるササキがその映像を確認する。

『うん、機関砲だな。40ミリか? 大口径だな……。回収しておいてくれ』

『了解!』

『じゃあ、爆破準備を頼む』

 ササキがサイトウとハヤシに指示を出した直後、アサギ機がハヤシ機に手を差し出した。

「ねえ、戦車砲貸してくれる?」

『はい……』

 アサギは、戦車砲を受け取って、機関部に付いている表示窓を見た。【填】と表示されている。砲弾が薬室に装填されているという意味だ。

「アリガト。これを使えば戦車を倒せるわけね。弾もちょうだい」

『はい……。ですが、相手が戦車ですから、1発で仕留められるかどうか……』

 ハヤシが戦車砲の弾倉を手渡す。

「何発で仕留められる?」

『戦車の種類によるのでわかりませんが、2~3発……頑丈な戦車なら数発……いや、それ以上は必要でしょう』

「弱点とかあるでしょ?」

 手渡された弾倉を、アサギ機がアンモパウチ対応のベルトに取り付けた。

『姫、戦車の装甲というのは上や脇腹が薄いのです。そこを狙えば何とかなります』

 部下の代わりにササキがアサギに答えた。ササキが続ける。

『絶対に正面きって攻撃しないでください。その戦車砲は、装甲を貫通さえしてしまえば、中で炸裂さくれつしますから、乗っている人はタダじゃすみません。とにかく貫通させることです。ですが、くれぐれも無理はなさらないでください。何かあったら、神の使いは終わりですから。サイトウ! 姫のお供を!』

「大丈夫! ひとりで行く。心配なら、自由にさせて。絶対に負けないから!!」

『……分かりました』

「アリガト! まずはキセナガを片付けてくるね!」

 アサギは、ササキにそう言うと、戦車砲を構えながら、工事現場の照明の届かない夜の闇に消えていった。

「おい、偵察班。姫様から目を離すな!」

 ブリッジにいるササキが叫んだ。


 戦車砲を構えたアサギ機が小走りで進んでいるのは、工事建屋の北側を走る2車線の道だ。

 暗視装置を通した映像には、遠くの暗がりの中で一部明るくなっている場所見える。工事建屋の照明が周囲を照らしているに違いない。

 アサギ機はそこで足を止めた。

 2車線で狭い道路は、ほぼ直線だが、やや右にカーブしている。つまり、迎撃態勢をとっている相手からは、アサギ機の姿はまだ見えない。

 アサギは、操縦レバーのボタンを押し、戦車砲に備えられた照準カメラの映像を最大まで拡大したり、通常に戻したりする操作を繰り返す。

 同時に、姿勢を低くした状態で、左右に移動しながら、慎重に前進する。時には後退して、映像を拡大・縮小しながら、建屋付近の様子を探る。

 やがて、バリケードらしき物の端がわずかに見えてきた。おそらく生体甲殻機2機が迎撃しようと待ち構えているのだろう。

 再びレバーのボタンを押すアサギ。付近の偵察機から送られてくる映像を確認する。上空からの映像には、狭い路地に潜む自分の機体が見える。

「ねえ、偵察機! 私を映してないで、この通りの先を最大倍率で映して!」

『あっ……了解!』

 アサギの指示を受けて映像が変わる。

 アサギ機のいる位置を少し左にずらせば、バリケードにいる2機の生体甲殻機を捉えられそうだ。

「今度は南側を映して!」

 映像を見るアサギ。南側に向かって細い道を何本か抜ければ、上下6車線の大通りに出られそうだ。

「アリガト!」

 2車線の道路を挟んで建物が軒を連ねている。その北側の並びに背を向け、身を低くしながら慎重に進むアサギ機。やがてバリケードの向こう側で銃を構える生体甲殻機の1機を捉えると、すっと建物の陰に入った。

『爆破準備完了しました!』

『了解!』

『これから西の建屋に向かいます』

『東の建屋に到着したら、連絡しろ。爆破する!』

『了解!』

 無線からササキと仲間のやりとりが聞こえてくる。

 アサギが隠れているのは、南北を結ぶ1車線の通りだ。両側から建物が迫ってくるような圧迫感を覚える。

 さび付いてボロボロになった〈進入禁止〉の標識を静かに足で倒す。狙いやすい体勢をとるのに邪魔だったからだ。

 戦車砲の機関部に付いている窓が【填】になっていることを改めて確認すると、戦車砲を腰に構える。その体勢で前後左右に体をわずかにひねると、もう1機の体の一部も捉えることができた。

 今アサギが見ているのは、1機の肩から上と、もう1機の肘あたりだ。

 できれば殺生はしたくない。その意思は最初からササキに伝えてある。しかし、

(こうなったら、仕方がない……)

 と、アサギは覚悟を決めて、頭の中でイメージを描く。

 もし、機関砲を構える2機の間を狙って発砲し、バリケードの下の方を弾が貫通すれば、砲弾が道路に当たり、炸裂して2機が同時に吹っ飛ぶだろう。

 戦車砲の安全装置を解除するアサギ。ヘルメットの画面が標的をロックできる状態になった。

 アサギは、自分が描いたとおりに狙いをつけると、操縦レバーのボタンを押してロックした。目標は、2機の間、バリケードの下の方だ。

〈ドンッッッッッッ!〉

 アサギ機が引き金を引くのとほぼ同時に、画面の向こうの生体甲殻機2機が左右前方になぎ倒される。アサギが想像したよりも地味なだった。

 レバーを回転させて、次の砲弾を装填するアサギ。狙いをつけたまま構えるが、2機は動かない。


(よし……)

 アサギは、戦車砲に安全装置をかけると、南北を結ぶ道路を南に移動し、6車線の大通りへ向かった。

 道路は1車線で狭い。両側からせり出す看板に肩をぶつけそうになる。

 やがて、大通りに入る手前で足を止め、建物の陰にとどまるアサギ機。

「大通りの先を映して!」

 上空からの映像は、バリケードの向こうで銃を構える生体甲殻機1機を捉えていた。

『……1機減りましたね……』

「うん……」

 さっきの偵察班の報告では、〈南北に2機ずつ〉だったはずだ。

 映像をよく見ると、銃を構える生体甲殻機の背後で、ヌエを駆除している数機の生体甲殻機も映っている。残りの1機はその応援に入ったのだろう。

「戦車はいつごろここに来そう?」

『今ヌエに取りつかれて、キセナガの応援を受けています。まだしばらくかかりそうです』

『クックックック……。姫、ご自身でご覧ください。面白い映像ですよ。クックックック……』

 偵察班の報告に続いて入ってきたササキの話を聞いて、アサギは偵察映像を切り替えた。2台それぞれの戦車の砲塔にヌエが鎮座している。まるで猫が乗っているようだ。

 その周りでは生体甲殻機2機が別のヌエ数匹と闘っている。

 生体甲殻機が塩水弾の牽制射撃や塩水の噴霧を行っても、パッと飛び去るだけで、しばらくすると乗ってしまう。2機対数匹では、戦車からヌエを完全に引きはがすまで手が回らないのだ。

 一方、戦車自身はヌエを振り払おうと、砲塔を回転させるが、ヌエは全く動じない。

「フフフッ……。なんかかわいい……。じゃあ、戦車が来る前に片付けちゃうね」

 と、アサギが言ったところで映像が途切れた。

『あっ……。偵察機、ヌエにやられました……』

「大丈夫! 様子はだいたいわかったから」

 と、偵察班に言うと、アサギは照準画面に切り替えた。

 戦車砲の安全装置を外し、ロックオンできる状態にする。戦車砲の砲身を突き出して、建物の陰から少し身を乗り出す。

 戦車砲のカメラに映る生体甲殻機は、背後にいるヌエと生体甲殻機の様子が気になるのか、アサギには全く気付かない。

 銃を構えながらも、依然として後ろの様子を気にする生体甲殻機。アサギは、バリケードの右よりに狙いを定めてロックをかける。

〈ドンッッッッッッ!〉

 アサギ機が引き金を引くのとほぼ同時に、画面の向こうの生体甲殻機が左前方にすっ飛んで煙に包まれた。さっきとは異なり、今度は派手な映像だった。

 レバーを回転させて、次の砲弾を装填しながら、煙の向こうを慎重にうかがう。

 背中に機関砲を提げた生体甲殻機とその僚機がヌエを相手に格闘していた。今度は、その機関砲を提げた生体甲殻機の足元を狙って引き金をしぼる。

〈ドンッッッッッッ!〉

 標的にした1機とその周りにいた生体甲殻機が煙に包まれた。

(よし!)

 戦車砲に安全装置をかけて背中に送ると、アサギは、両手に5×5式散弾拳銃を持って大通りに飛び出した。


 無線からショパンの『英雄ポロネーズ』が流れてくる。ササキの言う〈アキラ様の余興〉だ。


 ヌエと格闘中の生体甲殻機、数機にぐんぐん迫っていくアサギ機。道路の白線が次から次へと足元を流れていく。

〈ヒュルルルルルー〉

 どこかでヌエが仲間を呼ぶ声がする。

 突然、前方左側に見える建屋の出入口から別の生体甲殻機がぞろぞろと出てきた。北側の道路から建屋を通ってヌエ駆除の応援に駆け付けた機体だろう。

 それに全くひるむことなく全速力で駆けるアサギ機。相手は、出会い頭に暗がりから現れた敵機に動揺している。

〈ドドンッ、ドンッ〉

 あっという間に肉薄し、3機の生体甲殻機の頭部に散弾を浴びせるアサギ機。

 さらに、そのまま出入口を蹴り開けた瞬間、

〈ドンッ、ドンッ〉

 ちょうど出ようとしていた生体甲殻機2機の頭部にも続けざまに散弾を浴びせた。

 アサギ機は、出入口に引き返さずにそのまま工事現場を突っ切る。あっけにとられた作業員、ぼんやり立ち尽くす作業用生体甲殻機、動きを止める建設重機を尻目に、反対側の出口を蹴破る。

 2車線の道路に出て左右を確認する。右の方に、東に向かう生体甲殻機2機の背中が見える。南側でヌエと格闘している生体甲殻機の応援に向かうために回り込んでいるのか、ヌエに襲われている戦車の応援に向かっているところなのかはわからない。

 その生体甲殻機2機の背中めがけてぐんぐん迫るアサギ機。気配に気づいた生体甲殻機が振り向いたとき、

〈ドンッ〉

 アサギ機の散弾銃が炸裂さくれつしていた。

 頭から血を噴きだしながら、ふらふらと歩くその生体甲殻機を尻目に、もう1機に迫るアサギ機。相手は、すでに砲声に気付いて、とっさに槍状の武器をアサギ機に向けていた。左腕を背中に回し、戦車砲がずれないように押さえると、アサギ機は、前宙して相手を飛び越え、

〈ドンッ〉

 背後からその頭部めがけて右手の散弾拳銃を見舞った。相手は、とっさに繰り出した武器がホネクイだったことに気付く間もなかった。

 相手の頭部から血しぶきが上がるのだけを確認して、今度は、全速力で建屋の南側に移動する。右側に見える建屋のパネルの継ぎ目が次から次へと流れてくる。


 やがて空中に浮かんで攻撃態勢をとるヌエの横顔を正面に捉えた。

 次の瞬間、別のヌエが後ろからアサギ機を追い越し、先頭を出た。まるでアサギ機を先導しているようだ。

『あっ、姫様の偵察機が落とされました……』

 偵察班の無線を聞いて、振り向くと、さらに2匹のヌエがアサギ機に付いてきていた。

 思わず笑みがこぼれるアサギ。以前、ヌエに殺されかけた記憶を上書きするような体験だ。

 アサギは、自分の搭乗する機体がヌエに襲われないことを、カネサダ(アキラ)から聞いていた。神の使いの新型機は、ヌエの細胞をもとにつくられているかららしい。

 視線の先で攻撃態勢をとっていたヌエが、急降下して再び建物の陰に消えた。生体甲殻機の1機に襲いかかったのだろう。

(ここの建屋の角にも鉄骨が入っているはず……)

 そう考えたアサギは、自分の機体を勢いよくジャンプさせ、建屋屋上の角に乗った。

〈ギィィィィィ……キキッ……〉

 鉄骨が悲鳴を上げる。アサギの予想通りだった。

 見下ろすと、3機の生体甲殻機が3匹のヌエに囲まれている。そのうちの1機は先ほどの攻撃で押し倒されたのか、倒れた状態で1匹にのしかかられている。

 アサギ機に伴走していたヌエも加わり、ヌエの数は6匹になった。倒れた状態の生体甲殻機は、今、2匹に襲われた状態だ。他の2機は自分の身を守るだけで何もできない。

 アサギは囲まれている3機のほぼ中心に飛び降りると、

〈ドドンッ〉

 立った状態でヌエと格闘している生体甲殻機2機の頭部に散弾を浴びせ、

〈ドンッ〉

 次に仰向けに倒れている1機の頭部を狙って引き金をしぼった。

 辺りを見回すアサギ機。偵察機は全てヌエに落とされてしまっているため、自機で確認するしかない。

 やがて、動かなくなった生体甲殻機に飽きたのか、何匹かのヌエがどこかに飛び去った。残りのヌエは、その場にとどまり、動かなくなった3機をもてあそんでいる。その様子はまるで猫だ。

 ヌエは、基本的に、すでに死んでいる生き物を襲うことはない。個体によっては食べることがあっても、死んだばかりの生き物に限られる。また、捕食のために襲うばかりではない。この世界のこの時代、ほとんどの者が知っているヌエの基本知識だ。

 飛び立ったヌエが西に向かう姿も見える。

「アサギです。ヌエが西に向かったから気を付けて!」

 アサギが無線を入れた。

『姫様、ありがとうございます! 警戒します!』

 サイトウから返事が来た。

『サイトウ、ハヤシ! ホネクイとホネクイ銃を用意! トラックはいつでも散水できるようにしておけ!』

 ササキの指示も聞こえてくる。


 再び建屋屋上の角にひらりと飛び乗るアサギ機。大通りの先を最大望遠でうかがう。

 上空から戦車を追うヌエの姿がいい目印になった。間もなく姿をあらわすだろう。

〈ギギッ……ギギギッ……ギギギギギッ……〉

 片膝をついたアサギ機が、戦車砲の弾倉を交換し、砲弾を薬室に送り込んで構えた。鉄骨がきしむ。

 低空を飛ぶヌエの位置を追うアサギ機。同時に道路にも気を配る。戦車がいつ姿をあらわしてもおかしくないころだ。


 やがて、無線から流れてくる『英雄ポロネーズ』は、和音が7回繰り返されるパートに入った。


 折よく、それに合わせて、塩水散布で立ち枯れた並木の向こうに、戦車の姿が見えた。

 アサギの気持ちが奮い立つ。

 戦車砲の安全装置を解除して、先頭の戦車にロックする。続いて、わずかに見える後続の戦車にもロック。もう一度先頭の戦車にロック。さらに、後続の戦車にロック。交互に2回ずつ照準のロックをかけた。装填数5発のこの戦車砲は、連続で5回ロックをかけることができる。

〈ドンッッッッッッ!〉

 戦車砲の引き金をしぼった次の瞬間、先頭の戦車から一瞬煙が噴き出る。ちょうど粉をたっぷり含ませたスポンジを勢いよく指で押しつぶしたような感じに見えた。

 跳ね上がった銃身の位置を直すと同時に、レバーを回し、排莢はいきょう・装填の動作を行う。

 次のロック対象を示す矢印に合わせて、砲口を向ける。銃の照星しょうせい照門しょうもんの関係のように、ロックした照準円と砲口の方向を示す照準円を合わせて、引き金をしぼる。

〈ドンッッッッッッ!〉

 後続の戦車が煙を噴く。レバーを回し、照準を合わせる。

〈ドンッッッッッッ!〉

 今度は、先頭の戦車から炎が上がった。

〈ドンッッッッッッ!〉

 後続の戦車からも炎が上がった。

 2台の戦車の動きが止まったのを確認して、建屋の屋上から飛び降りると、はじけ飛ぶように戦車の方向に向かって全速力で走り出した。

 走りながら5×5式散弾拳銃を両手に取る。炎上した戦車に動揺する生体甲殻機1機にぐんぐん近づくアサギ機。その頭を狙って、拳銃の引き金をしぼる。

〈カチッ、カチッ〉

 アサギは、そのとき、全弾撃ち尽くしてしまっていたことに気付いた。

 アサギ機を取り押さえようと、組みついてくる敵機。敵機はヌエ用の武器しか所持していないからだ。

〈ヴゥゥゥゥゥゥ……〉

 しかし、アサギ機は、あわてることなく、前腕部に搭載された機銃を相手の頭部に浴びせた。

 相手のヘルメットが削れ、眼部シールドにひびが入る。敵の力が緩んだのを感じ、組みついていた体を振りほどくと、左手でがっしと肩をつかみ、右腕で装甲の薄い下顎とと首の間に機銃を撃ち込んだ。

〈ヴゥゥゥゥゥゥ……〉

 相手の頭と体がぶるぶると震え、アサギ機が左手の力を緩めると、ぐらりと崩れてアサギの視界の下に倒れた。

(やっぱり機銃じゃ威力不足か……)

 神の使いの生体甲殻機が備えている機銃には、この世界のこの時代、人間用の銃で中口径と呼ばれている標準的な実包を使用していた。機銃に使用すると弾を大量に消費してしまうということと、入手が非常に簡単で人間用の武器と弾薬を共用できるといった理由による。

 視界に入ったもう1機の頭部にも機銃を浴びせた。しかし、牽制にしかならない。

 敵の生体甲殻機の数が増えている。

 砲塔に乗っていたヌエを見たときには、戦車を護衛する生体甲殻機は2機だったはずだ。どこからか増援が入ってきたのだ。

「急いで! 敵が増えている!」

『了解しました。急がせます! 聞こえたか? 急いで西の建屋に移動! ヌエには気を付けろ!』

 ササキの返事を聞きながら、アサギは、戦車砲を構えて別の機体に向けた。まだ1発残っている。

 自分に取りついたヌエを振り払っている2機の足元を狙って、引き金をしぼるアサギ機。2機がヌエもろとも吹っ飛んだと同時に、小さな火炎と大きな白煙が上がった。

 そのまま戦車砲を持ち替えて銃身のほうをつかむと、駆け寄ってきた1機の頭をアサギ機は横ざまに殴りつけた。

 よろめく敵機。続けざまに足をなぐアサギ機。敵機が倒れた次の瞬間、

〈ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ヒュゥゥゥン……〉

 アサギ機は、全弾を撃ち尽くす勢いで、頭部と首の付け根に機銃を撃ち込んだ。敵機の頭部が小刻みにふるえ、血が吹き出てくる。相手が動かなくなったときには、右腕の弾薬が切れていた。

〈ドドドンッ!〉

 砲声と当時に、炎上している戦車から鋭い火花が上がった。機関砲を持っている生体甲殻機がいるようだ。

 ちょうど戦車の陰にいたアサギ機は、運よく初弾を逃れることができた。

 アサギ機は、跳躍して戦車を大きく飛び越えると、

〈ヴゥゥゥゥゥ……〉

 空中から機関砲を構えた敵機に左腕の機銃を撃った。相手は、アサギ機の超人的な動きを予想できなかったようだ。あっけにとられたまま、点線を入れられたように一直線に銃弾を浴びた。

 敵機を飛び越えて着地すると、アサギ機は、素早く相手を背後から羽交い締めにし、首と後頭部の境目を狙って機銃を浴びせた。

〈ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……〉

 相手は頭をぶるぶるとふるわせて倒れた。

 煙を上げる戦車の向こう側にも、機関砲を構えたのがもう1機いる。

〈ドドンッ!〉

 アサギ機が戦車の陰に飛び込んだと同時に、相手が発砲してきた。

 用心深く周囲を確認するアサギ。敵機はいない。どうやら相手は最後の1機のようだ。

 戦車は鎮火してきているが、アサギ機からは相手の位置を把握できない。

(回り込まれないようにしないと……)

 確かに、発砲しながら回り込んできたら面倒だ。しかし、下手に動くと被弾してしまう恐れがある。

〈ドドンッ!〉

 無人偵察機がヌエに落とされてしまった今、上空から相手の位置を確認するすべがない。身を低くしたまま、後ずさりをし、遮へい物の戦車と距離を取りながら、上空を確認する。

〈ドドンッ!〉

 指切りで発砲を続ける敵機。かなりの装弾数のようだ。

 上空では、戦車の炎に照らされた2匹のヌエが、アサギに背中を向けた状態で、攻撃態勢を取っている。機関砲の敵機を飛びかかろうとしているにちがいない。

(好機!)

 と、判断したアサギは、5×5式散弾拳銃を右の腰から急いで取り出して2発込め、シリンダーを本体に収める。

〈ヴゥゥゥゥゥゥ、ヴゥゥゥゥゥゥ、ヴゥゥゥゥゥゥ……〉

 その直後、煙を吐く戦車の向こう側から、塩水弾の射撃音が聞こえてきた。ヌエが襲いかかったにちがいない。

 アサギは上を見てヌエの姿が消えていることを確認すると、思い切りよく跳躍して戦車を大きく飛び越えた。

 同時に、辺りが一瞬明るくなる。

 アサギ機の正面に、機関砲を片手で持ったままヌエに襲われている敵機の頭部が飛び込んできた。とっさにその頭部を蹴り上げたアサギ機。ちょうど跳び蹴りを食らわせる形になった。

 敵機が大きくのけぞる。

〈ドンッ! ドンッ!〉

 アサギ機は着地と同時にその頭部に散弾を2発見舞った。

〈ドォォォォォォン……〉

 その直後、爆発音が遠くから聞こえてきて、やがて静まりかえった。

 東の建屋を東の建屋の爆破が成功したようだ。つまり、僚機2機とトラックがこの西の建屋にたどり着いたということになる。

「アサギです。西の現場、全機排除しました」

 遊び相手がいなくなったヌエは、1匹、また1匹と飛び立っていった。

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