Epilogue
――二年後の春。
僕は無事に大学院の卒業が決まり、先輩は難なく博士号を取得していた。お互い、それなりの企業への就職も決まっている。
つまるところ、長い大学生活が終わるときが、ようやくやってきたのだった。
「涼子さん、この段ボールは?」
「本だから、下のほうに積んで。重いから気をつけてよ、陽太くん。この段階でぎっくり腰になられたら、洒落にならないから」
確かに、そうだった。細心の注意を払って、重い段ボールを持ち上げる。こんな箱が、あと幾つあるのだろう。学部生の頃から数えて九年もの時間を先輩が過ごした部屋だけあって、最初はひどいものだった。何日もかけて要るもの要らないものを、バン一台で運べる量にまで半ば強制的に選別させ、ようやく引越しにまで漕ぎ付けたのだ。
部屋とバンを往復するうちに、段々と部屋は空いてきて。その代わりに、バンのタイヤが沈んでいく。後のほうになってしまえば軽いものばかりになってくるから、比較的、楽になった。荷物のなかには、幾つもの賞状やトロフィーも入っている。そのなかには、あの、僕達が付き合う切欠になった『The Ring of Solomon』に関するものもある。先輩は、ソロモンの指輪を現代に蘇らせた人間として、今ではすっかり有名人になっている。僕はまあ、そのオマケといったところだ。
「……すっかり片付けてがらんとすると、なんだか寂しいねえ」
すべての荷物を運び出し、空になった部屋のなかで、先輩が息を吐く。
「まあ、九年間も住めば、愛着も湧くでしょうね。先、降りてますよ」
先輩と部屋との別れを邪魔しないようにと、そういうつもりだった。けれど、数歩と歩く前に、呼び止められ。
「これ、あげるよ」
放り投げられたなにかを、慌てて、キャッチする。小さな箱。
「なんです、これ?」
「特別製の、ソロモンの指輪だよ」
箱を開いてみて、僕は、唖然とした。
シンプルな、プラチナのリング。爪には、ダイヤモンド。どう見たって、これは。
「ま――嵌めてみてよ。私の考えてることが、判るはずだから」
言われるがままに、指輪を取って。左の、薬指に嵌めた。
ああ――なるほど、確かに。先輩の考えていることが、手に取るように判った。
先輩が、自分の左手をかざしている。いつの間にか、その薬指にも、同じもの。
「じゃ、答え合わせ、してみよっか?」
僕は、その言葉を告げた――勿論、指輪の力のおかげで、先輩の返事は聞く前から判っていたけれど。