夜風に吹かれて
「うむ、美味い」
さっきの貫録はどこへやら。
妙齢の女性特有の愛嬌に満ちた、至福の表情でそう感想を述べると騎士はまたひと口と狼の肉を頬張った。
聞けば名はアカシアと言うそうで、仕留めた狼の肉をたき火で炙っては口へと運ぶ彼女からはなんとも旅の経験が伺える。
「しかし危なかった。陽が落ちて草原をさまよっていると、遠くに火の光を見つけてな。私がたどりつく前に火は消されてしまったのだが、どうも獣の気配を感じたのだ。放っておくわけにもいかず、というわけだな。君が目を覚ましたのはそれからだ」
どうやら自分が寝ている間に狼に襲われかけていたらしい。それを彼女が助けてくれたということだそうだ。
「本当にありがとうございます。それと……、――すいません」
「? どうしてカルが謝る」
「……もっと、……」
思い返すと情けなくて声がすぼんだ。
「ん? なんだ」
「もっと早く僕が出ていれば……アカシアさんは怪我をせずに済んだはずです……」
するとアカシアはふっと鼻から音を出し、水袋からひと口飲んで穏やかな口調で言った。
「カルのせいではない。それに君は私の手当てをしてくれた。それで十分さ」
小さな鎧の隙間から服を捲し上げるとわき腹が見えた。カルルの着替えを裂いた布が巻かれており、手当てをした時の柔らかい感触が脳裏に甦ったカルルは気恥ずかしくなって目を逸らした。
「ん。どうかしたのか?」
「い、いえ……なんでもないです」
「ふむ……。――カル」
「は、はい」
「君は今、いくつだ?」
「へ?」
「年はいくつなのかと聞いている」
「年……は、十七です」
「私と三つしか変わらないな。君は敬語で話すのに慣れているようだが、もっと堂々としたらどうだ?」
「……そう、ですよね……。気を付けます……」
慣れているのではなく、今までそれしか出来なかった。だがしかしそれを彼女に言っても仕方がない。なにより自分について詮索を受けたくないのだ。
「まあ好きにすればいいさ。ところで」
「はい」
「私も荷台で寝ようと思うんだが……構わないかな?」
豪快な欠伸だった。せめて手で口を覆うくらい、と言っても恐らく無駄なのだろう。
「え……ええ」
「ありがとう。では、話の続きはまた明日な。おやすみ」
一方的に話を切ると騎士は荷台によじ登っておもむろに甲冑を脱ぎ捨て、寝転がるとすぐに静かになった。
「……ふぅ…………むにゅ」
悪い人ではないのだろう。……たぶん。
ぱちぱちと燃えるたき火に残っていた木切れをすべてくべ、カルルも眠ることにした。
「でもなぁ…………」
それがいくら小さな荷馬車で、多少の荷物が積んであるとはいえ、足を伸ばして寝るのには十分な余裕がある。
だが、そこに二人ともなれば話は別だ。
猫のように身を丸めて横になっているアカシアの隣には、カルルが寝るにはなんとも微妙な隙間が空けてあるのか、……それとも空いているだけなのか。
後者だった場合を考慮すると、ここに無理やり体を押し込むのは流石に遠慮するべきであろう。
「……寝るんじゃないのか?」
不意に目だけ開いてそう言われた。
「……もっと寄ってくださいよ」
「そうか、たしかに冷え込むからな。君がそう言うのならば」
「いや、ちょっと、逆です、そっちに詰めてくれって意味です」
「ああ、そういうことか。……ん、これでいいか?」
「はい。……それで、アカシアさん」
「なんだ?」
「さっきあなたが話の続きは明日って……。でも、明日すぐに出発するつもりなんですけど」
「ああ、私もそのつもりだ」
「いえ、ですから。いつ、その話をするんです?」
「? 道中でゆっくりと話せばいいと思うのだが」
「……ああ、アカシアさんも行先は都の方角でしたか」
「なに?」
「え?」
「王都に行くのか? カルは」
「え、ええ」
「……まいったな」
のそりと起き上がるとアカシアは頭を抱えた。
「あの……僕が王都に行くとまずいんでしょうか」
「いや。カルではない。私が……。――ふむ、やはり今話し合ったほうが良さそうだな」
話し合い、と言いながらもアカシアの口調と眼つきには穏やかではない色がこもっていた。