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国境警備隊

 ただそこに人が群れているだけならば、それは獣とさして変わらないだろう。

 だがそこに『統治者』という立場が成立し、その集団を『国』として纏めると群れは大きく変貌する。

 国となった人の群れは、互いを守ることで自分を守るようになる。群れが大きくなればなるほどそれは強固に、安全に。

 そうやって一人の力では打ち勝つことができなかった自然の災害や野獣の脅威から身を守ってきたのである。

 ところが、そんな無敵にも思える国という存在にも、ただ一つの天敵があった。

 自分たちと同じ人間の集団、国である。

 それはいつの世も複数で決して一つには統合しえない。

 そして互いに敵対していても我が身に利益があるのなら一時的にも手を貸すというのは、人が獣以上に獣らしいことを裏付ける一面ではないだろうか。



「――ほう、あの英雄が。しかも、このケルンに現れるかもしれないと」

 わざとらしく驚いたのは、本当にこういう『事件』が久しぶりだったからだ。

 母国ローデリアから派遣され、この町で警備を担うようになってから自分はもうすぐ二年になる。平和すぎる日常からかけ離れたそれは何とも刺激的な話だった。

「ええ。どうかご理解とご協力のほどを願います。……では、文書は確かにお渡ししました。私はこれにて」

「おや、もうですか? アリシル王からの使いの方にお茶の一杯も出さないで帰したなどとあっては、国境警備隊の礼儀を疑われてしまいかねません。美味い茶があるんですよ」

「……この他にも回らなければならないので、申し訳ありません。では、ケルンの茶は美味かったと伝えておきます」

 終始無表情だった若い兵士が、一瞬だけふっと薄い笑みを見せた

 いかにも高貴な見た目の彫金の装飾が施された鎧を着た兵士は、おそらく伝令兵の中でも一等の階級の者なのだろう。怪鳥といい、いくらローデリアの膝元の警備隊とはいえ、馬鹿丁寧過ぎるのは確かだ。見栄を張っているのか、ただ真摯なのか。

 アリシルの王はまだかなり若いと聞く。若さ故の誠意かもしれない。それとも、誰か悪い大人に耳打ちでもされているのだろうか。

 飛び去ってゆく怪鳥を見送りながら短い顎髭を(さす)った。

 それにしても、ほんの数年前には戦神とまで謳われた者を捕えろとはかなり無茶を言ったものだ。自国の英雄の処分こそ聞かない話ではない。……だが、それに他国の力を借りようなどと。大抵は意地でも身内だけで処理する『不祥事』なものなのだが。

「自慢の英雄が落ちぶれていることをわざわざ他国に教える理由はなんだ? 恥は隠すものだ……」

 今のアリシル王の判断にはどうも疑問を抱く。アカシアがもし本当にこのケルンに現れたものならば、その見極めに利用させてもらうのもいいかもしれない。

 隊舎に戻った彼は開口一番、部下にこう言い付けた。

「クラーストを呼んでくれ。こういうのはあいつのほうが得意だ」



 怪鳥の一件以来、カルル達は特に何事もなくケルンへの道を進むことができていた。

 早馬に刺客を乗せて王都から追っ手をかけたとしても、返り討ちに遭うばかりではいずれ見失ってしまう。ならば怪鳥で情報だけでも先回りさせて待ち伏せしてはどうか。

 というのが、アカシアが予想したアリシルの作戦だった。

「本当に……不気味なくらい平和ですね」

「そうだな。ここまでくると今度はケルンに入るのが不安になる。さっきまではそこに着けば安泰だと言っていたのが」

 アカシアの予想が当たっていたとすれば極端な話、単騎で彼女に勝てる刺客はアリシルにはおらず、それを王も理解しているということになる。

 そんな猛者がこのか細い娘だというのだからカルルは今だに違和感を感じてならない。

 野生の狼を切り伏せ、槍を持った兵士に包囲されても生き延びることが一体どれだけの人間にできようか。

 しかしそれを目撃したカルルが信じないわけにはいかない。

 暇つぶしも兼ねて、何か武勇伝の一つでも聞いてみたくなった。

「アカシアさん、そういえば『戦神』ってすごい肩書きですけど。なにをしたらそんなふうに呼ばれるんですか?」

 いくらかの間を挟み、その問いにアカシアは軽い笑いを交えて答えた。

「なにをしたら、か。同じことをずっと繰り返しただけさ。戦神なんて響きは良いがあれはしにが――」

「うわっ」

 地面から顔を出した岩に車輪が乗り上げ、荷馬車が大きく撥ねた。

 馬をなだめてカルルが呻き声に振り向くと、荷台で昼寝をしていたメーネが頭を打ったのか悶えていた。

「~~~~っ!」

「大丈夫か?」

 アカシアがメーネの頭に手を伸ばす。

「さ、さわんないで」

「そんなこと言っている場合ではないだろう? ほら、いいから」

 半ば強引にメーネの手をのけ、その手が初めて獣の耳の間に触れた。

「……たんこぶになっているな。なら心配はなさそうだ」

「平気だよ……」

 口では嫌そうにしているものの、もうその手を払おうとはしなかった。

「打撲を侮ってはいけない。以前、そこから悪魔が入って自分で腕を切り開いた奴がいた」

「悪魔……?」

「打ったところがものすごく腫れ上がって、激しい痛みだったそうだ。だからそいつは悪魔を焼き殺すために短剣を火で炙ってな。こう、ぐりっと――」

 とりあえずカルルは耳に入らないように操舵に専念することにした。


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