花の帽子
ガガガの一次選考の結果がでました!
……どうだったって? 言いません! 泣きたくなりますからね!
「さて、ここからが勝負どころだな……」
鎧を草原に捨て、あらかじめ用意していたローブに着替えたアカシアが言った。
このまま行けば町の正面門に差しかかる。遠いが門番とはもう目が合っているために引き返すこともできない。
カルルは逃げ出した時のままのボロ服、メーネは獣人ということでそれを隠すために有り合わせで繕ったフード、尻尾は良い案が無かったので無理やり腰巻きということにした。
変な形の雑巾にしか見えない出来のフードが気になるのか、先ほどから落ち着かない様子で位置を直している。
「にぃちゃん、コレ取りたいよぉ……」
「我慢しな。メーネの耳は目立つから。せめて国境を越えるまでは外すんじゃないぞ」
目の前まで来るとその石造りの大門は見上げるほどに立派なものだった。その袂、門番の兵士は二人。書面とこちらと交互に見やってから口を開いた。
「……こういう者を見ていないか」
手渡されたのは人相書きだった。それを見たアカシアは「ほぅ……」とだけ漏らし、カルルはぐっと吹き出しそうなのを堪えた。
手配犯『アカシア・フェルテット』の人相書き及び特徴。
・逃走時はアリシル国製の甲冑を着用。
・髪の長さが腰まであり、色は薄い金。
・年齢は二十代前半と見られること。
そしてなにより人相書きだ。中途半端に下手くそなせいか、写実的なのだが不気味で仕方がない。
たったこれだけの情報で一人を探すなど、門番にとっては嫌がらせに他ならないだろう。
「いや……残念ながら」
書面を返しながらそう言うアカシアも、心中ではほくそ笑んでいたに違いない。
「そうか。……しかし……」
門番の男は未練がましく、訝しげにアカシアを見つめた。
「……逃走のために髪を切ったと考えられなくもない」
冷たい物が背筋に流れる。カルルはアカシアの反応に注意を向けた。
まさにそう、男の言うようにアカシアは髪を切ったのだ。
肩を撫でる程度の長さでも、その美しい金髪は人の目を引いてしまう。
「……実は……」
アカシアは伏し目がちに言葉を紡いだ。ここで疑われる可能性を考えていなかったから彼女の演技に三人の命運が掛かっている。
「……田舎から出てきた兄妹達に、服を買ってやりたくて、……」
「――――」
しまった、と門番は思ったに違いない。情けなさそうに下を向いたアカシアにあわてて言葉を返した。
「そ、そうか。それは失礼した。いや、浅はかな言動を許してもらいたい」
「……ではここを通ってもよろしいか?」
「ああ、構わないが……ちょっと待ってくれ」
男は懐から何やら袋を取り出し、金の音が聞こえた。
「あまり多くはないが……暖かい服を買ってやってくれ。――ほら、お前もだせ」
後輩なのかもう一人の門番の頭を叩き、そちらからも金を差し出されたアカシアは最初こそ戸惑ったが、幸薄そうな笑みを浮かべてそれを受け取ったのだった。
「達者でな。この先の通りの右手側に服屋がある。あそこがたぶんここで一番良心的な店だ。そこで服を探すといい」
「……この御恩は忘れません」
「美味い物も食わしてやれよ」
カルルも小さく会釈をして荷馬車は門をくぐった。
いくらかして、アカシアが金を数えながら呟いた。
「巧いものだろう?」
「……ええ」
本人にはとても言えないが、アカシアをちょっと抜けた人なのだと思っていた。
しかしあんな演技はカルルにだってできない。
彼女は騎士の名に恥じない女傑だった。
「通りの右手側、と言っていたな」
カルルの隣の御者台からそれらしい店を探すアカシアは地味なローブには華が無いとはいえ、すでに町娘としては違和感のない格好が整っている。
「別に買わなくても。このままの格好で大丈夫なんじゃないですか?」
「――私はな。だがお前たちのそれはさすがに目立つ」
言われて見ればそうだった。自分とメーネの来ている服というのはハロッサの劣悪な環境を過ごした物で、着ていれば服だが脱げばボロだ。
「服くらい私が買ってやる。遠慮はするな」
「あ、いえお金なら――」
「ねぇ、アカシア?」
珍しくメーネから話しかけ、カルルは口をつぐんだ。
「服、買ってくれるの?」
そわそわする気持ちからか、尻尾がぱたぱたと荷台の埃を払っている。
「ああ。メーネは帽子も買わないとな。店に着いてから選ぶといい」
「それで……ついでになんだけどね?」
「ん? なんだ、言ってみるといい」
「櫛が、……ほしいなぁって……」
「櫛?」
「うん。尻尾にね、ちゃんと手入れしないと虫が湧いて大変なの」
「そういうことか。よし、買ってやろう」
「ほんとに!? ありがとぉ!」
余程嬉しかったのか、あれほど嫌がっていたアカシアに背中から抱き着いた。
「ったく、現金なやつだな」
「いいじゃないか。それより、あれではないか? 服屋というのは」
その建物の前で荷馬車を停めると、店の奥から主人が出てきた。
「やあこんにちは。どういったものをお探しで?」
日向ぼっこが良く似合う老人だった。
「店主、この二人に合うものを……そうだな、二着ずつ見繕ってくれ」
「……は、はいはい。ではこちらへ」
アカシアの地味な格好と淡々とした口調の温度差に店主の表情が固まったが、すぐに商売用の笑顔に戻るとカルルとメーネに奥に案内した。
「……これはこれは、また随分と大切に着ておられるようで」
店主が二人の服を見て大げさに感嘆した。それにはこちらも苦笑いで返すしかない。
棚の中から適当な服を探す店主は背を向けたまま話し始めた。
「あたしも長年こういうことを生業にしていますが、お客様のような方はずいぶんと久しぶりにお相手します」
「……と言うと?」
お客様のような、とは如何なる意味なのか。
しかし店主はカルルの声が聞こえなかったかのように続けた。
「ただ……そういう時は大抵、代金を支払う方の雰囲気というか、なんでしょうね。見るからに『お金持ち』な方々がほとんどなのです」
この店主は自分達がどういう出身なのかに気付いている。カルルは確信した。
「ですがね」
と、店主は呟いてからふり返った。机に服を二着分置くとカルルの目を見る。
「貴方たちほど生気に満ちた目をしていた子は居なかった。皆、虚ろで、それこそこっちまで苦しくなってくるような……そういう顔をしているのが当たり前だったのだから……」
「…………」
「……失礼しました。年を取るとオチの無い話をしたくなるのです」
「いえ……。それより、俺達のこと――」
「それはご心配なく。ただのしがない服屋ジジイは、お客様がどんな方だろうと態度を改めたりはしません。それにもう年ですからねぇ……。お昼を食べているうちに顔も思い出せなくなりますよ」
老獪に笑うと店主は二人に服を勧めてきた。
それぞれ男性用と子供用の平凡なものだったが、生地と作りは良いらしく店主は「目立たないほうが良いのでは?」と悪戯っぽい笑みを浮かべて見せたのだった。
カルル達が店の奥から戻った時、待っていたアカシアがあわてて何か背中に隠した。
「あ……ああ、服は決まったのか?」
明らかに挙動が不自然である。見られたくないものでもあるのだろうか。
その答えは彼女の後ろにある姿見にすべて映っていた。
花飾りの帽子だ。
妙齢よりはあどけない少女が好みそうなデザインの帽子だが、これをからかわない手はない。
「そういえばメーネの帽子、どんなのが良いですかね」
「そうだな……とりあえずアレが見えなければいいからな。まあ本人が気に入ったのを選べばいいだろう」
アカシアがもそもそと落ち着かないのは帽子を手探りで棚に戻そうとしているからだ。じれったいのが表情に現れるから面白い。
「アカシアさんは、帽子とか被らないんですか?」
「私か? ……まあ、まるっきり被らないわけでもないが……」
「今のその格好だったら、ちょうど女の子らしい可愛いのでも似合うんじゃないでしょうかね」
すると鏡に映る彼女の手がピクリと反応した。
「そ、そうか? そう……かな……?」
……不意打ちだった。
大国を敵に回すような英雄が、まさかそんな表情を見せるとは思わなかったのだ。
まあ、でもやっぱりアカシアさんには無駄のない実用的なのが似合いますよ――と言って冗談にするつもりだった。
それがどうだろうか。照れて下を向き、そこから上目遣いで「そうかな……?」と言われては。
「あれ? アカシア、その帽子なに?」
「へ? ――あっ」
鏡に映っている帽子にメーネが気付き、ようやく本人も姿見の存在を知ったらしい。
「綺麗な花だね。もしかして、その帽子買ってくれるの?」
「え、う……」
アカシアと目があった。
すでにからかう気も失せ、助け船を出してやった。
「メーネ。アカシアさんだって帽子を買うのかもしれないだろ? すぐにそう決めるのは良くないぞ」
「……うん。……そうなの? アカシア」
「私は……」
ここまで整えた状況を、まさか無下にはしないだろう。
という考えは浅はかだったようで。
「……必要ないな。帽子より鉄の鍋でも被っているほうが私には似合うだろうさ」
拗ねた表情でそう言い捨てると、「この帽子でいいか?」とメーネに聞いた。
「え? ……いいの?」
「ああ。大事にするんだぞ」
「ありがとぉ! アカシア大好きっ!」
嬉しそうに鏡の前に立つメーネを眺めながら、カルルがぽつりとこぼした。
「この造花って……確かアカシアっていう花ですよね」
鮮やかな黄色い花がいくつも集まり、花でありながらそれとはまた別の品を醸し出している。……母親が好きな花だった。
「おお、お若いのによく御存じで。そうです、アカシアの花言葉は贈り物としても大変良い物でございますので、こうして飾りに使うことが多いのです」
「花言葉……」
確か母親から教わった記憶はあるが、さすがにその時は幼過ぎて憶えていなかった。
「御存知でない? ならば憶えておくといいでしょう。花言葉は、優雅、友――」
「服の代金はいくらだったかな」
少し大きい声で財布を出した彼女に店主は遅れて対応をした。
今のやりとりが聞こえていなかったのだろうか? まるでそんな風に彼女は会話を終わらせてしまった。表情はどこか強張っているが、感情の内容までは読めない。
もしかすると触れてはいけない話題だったのかもしれない。
「ああ、それとこの辺に良い宿はないかな」
「宿、ですか……。そうですねぇ……」
店主は視線を宙に泳がせ、フードを脱ごうとしたメーネを慌てて止めたカルルを一瞥した。
「……私が知っているところで言うと、三人では些か狭いかもしれませんが……」
「構わない。馬車の荷台より広ければ」
ほっほ、と老人は笑い。
「たくましいお人だ。木賃宿でよければ良いところを教えましょう」
代金を受け取って引き出しに仕舞うと、老人は机の木目を地図に見立てて説明を始めた。
前書きで触れましたがこう何度も落選を繰り返すとかなり気が滅入ります。
構成? 書き方? それとももっと根本的な間違いがあるのか? という具合に自信がなくなって参ってしまいます。
こういう時は寝るしかありませんね。おやすみなさい。いい夢を。




