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プロローグ 『始まりの記憶』

 ――しくじった。


 そう思った時にはもう遅かった。すでに自分の力ではどうしようもないことを妙に冷静な頭の片隅で悟っていた。

 見慣れた風景は無残にも瓦礫(がれき)の山へと姿を変え、辺りからは血と肉の焼けた匂いが漂ってくる。


 基地の外に少しの間出ていただけだった。見回りをして、そのついでに子供たちのために食料を採って来ようと思っていただけだったのだ。


 だが、その油断がいけなかった。

 基地に何か異変が起きているのを感じ、引き返した頃にはもう遅かった。

 見覚えのある青年の顔が、絶望に染まって冷たい床に転がっていた。いつも笑いあっていた姉妹が、抱き合いながら辺りを紅に染めていた。いつも料理を振る舞っていた優しい老人は、その身を炎に焼かれていた。


 ようやく手に入れた平穏。家族同然の大切な仲間たち。決して失いたくなかったはずなのに、既に()()によって壊されてしまった。生存者の気配は、もう感じない。今はただ、仲間たちが大勢死んでしまったという事実が重くのしかかってくる。


 「……これだから、争いは嫌いなんだよ」


 だが、絶望に打ちひしがれそうになっていた彼の前に、奴らは迂闊(うかつ)にも現れた。仲間たちの自由を、幸せを、権利を、肉体を、――命を奪い、(もてあそ)んだ奴らは彼を取り囲んでいた。

 その顔に薄汚い笑みを浮かべて。得物にこびりついた血を払うように飛び散らせて。見覚えのある仲間たちの遺品を見せびらかして。


 頭の中で何かがはじけ飛んだ。ブチッと理性が千切れる音がし、憎悪に身を焦がされながら得物の槍に手をかける。


 そこからは阿鼻叫喚の地獄だった。愛槍で敵の頭を貫き、胴に風穴を開ける。愛槍で薙ぎ払っては敵の骨を粉砕し、握った拳を振るっては内臓破壊。敵の頭蓋を踏みつぶし、生きたままの敵を無造作にたたきつけては投げ飛ばした。

 さながら鬼のように、彼は暴れまわった。奴らにそれを止めるすべはなかった。いくら焼いても、切っても、叩いても、ただただ憎悪に突き動かされ、どれだけ傷ついても彼は止まらなかった。 ――自分の全てを奪った奴らを皆殺しにするまで。


 そして、気づけば彼の周りに立っている者は居なくなった。それと同時に、憎しみに突き動かされていた彼の身体も限界を迎えた。力なく壁に背中を預けて座り込んだ彼の周りには、バラバラになった奴らの身体が散らばっていた。その数は、実に百を超えていた。


 「……あの子は、どう……なったかな」


 消えかかっている意識の中で、彼は一人の少女のことを想った。この世界で、初めて自分に手を差し伸べてくれた愛しい少女。彼女の安否を確かめたいと思うも、この力を使い果たした身体では無理かと歯嚙みする。

 視界もまさに途絶えようとしていた、その直前だった。


 ――満身創痍の彼の前に、一人の少女が現れたのは。






 その少女は、目の覚めるような澄んだ水色の髪をしていた。だが、今はその髪は灰や埃で(すす)け、瑞々しい四肢には傷や火傷を数え切れないほど負っていた。服には血が(にじ)み、肩で息をしていた。


 「……ここにいたんだね」


 ひどく傷ついた彼の姿に、心優しき少女は心を痛めながらも彼の前まで歩み寄った。そして、彼女は愛おしそうに彼の頭を撫でると、彼に囁いた。


 「私が奴らを引き付けるから……貴方は生きて、どうかこの戦争を終わらせて。それで、叶うならどうか……」


 ――私を迎えに来て。


 少女は、名残惜しそうに彼の顔から手を放すと、身を(ひるがえ)して駆け出した。彼女が振り向くことはなかった。


 それが少女との最後の記憶だった。そして、彼の長きにわたる戦いの始まりだった。


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