04.近づく距離
乗馬をきっかけに、2人は色んな話をするようになった。と言っても、好奇心旺盛なセイラにはユストスに尋ねたいことばかりだ。
「王都のみなさんはどんなことを過ごしてらっしゃるのですか?」
「夜会に出たり、観劇に行ったり、酒を飲んだり…女性は歌劇など好きな人が多かったな」
「ユストス様もご一緒に?」
「……まあその場にいることはあった」
(あ、誤魔化したわ。)
「異国では話す言葉が違うと聞きました」
「そういう国もあるが私が行っていたのは同じだった。ただ同じ単語なのに意味が違って誤解されたりして、最初は少し苦労したよ」
自分とはまったく違う世界の話にセイラは夢中になった。
「私が喋ってばかりだな。セイラは学校が休みの間に王都や外国に行くことは無かったのか?」
最初に孤児院育ちのことをユストスに伝えそびれたセイラは、幼い頃から寄宿学校に入れられていたとでも思われたようだ。
(今さら言えなくなっちゃった…)
「……長い休みは無かったし、どちらも遠いですから」
曖昧に微笑んでセイラは話を切り上げ、マーガレット様の様子を見てくると言って、部屋を出ていった。
(楽しく話をしていたのと思ったのに。何か機嫌を損ねることを言っただろうか。他の女性の話などしたのが良くなかったのかも知れない。自分の話をするのはあまり好きじゃないのだろうか)
あれこれ考えて気を揉む。
帰国後一ヶ月は登城を免除されたユストスだが、抱えた仕事は多く部屋で仕事をしている時間も少なくない。その時間もセイラのことばかり考えていた。一人の女性に入れ込む友人達を不思議な思いで眺めていたが、それがこんなに幸福なものであることを今さら知った。
ただ、友人も異性も欲しい物も、望めばすべて手に入る境遇にいたユストスには、この感覚が何なのかよく分からなかった。
*
「お祖母様の予定をメモしたりするのに使うといい」
ユストスは、ヘイヴン侯爵家の家紋が箔押しされた革の手帳を取り出した。
「私が使っていたものだが、革は使うほど深みが出るし、腕のいい職人に作らせた物だ。私には少し小さいから良ければ」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
*
翌朝、セイラが新聞を読んでいた時、マーガレットはその手帳に気づいた。
「あら、それは」
「昨日ユストス様にいただいて。ご自分はちょうど新しい物を作るところだったからと」
家紋入りの物を贈ることはそうあることでは無い。貴族社会で育っていないセイラにはその重みが分かっていないようだ。
(それは教えて無かったわね…)
甘やかし過ぎないように気をつけてはいたが、欲しい物は何でも手に入る孫が初めて見せた執着に、少なからず驚いた。
「それならいい筆記具も必要ね。あまり使ってない万年筆があるから良かったらあげるわ」
そう言ってマーガレットが執務用の机から取り出したのは、小さな細長い箱だった。美しい螺鈿細工が施されたそれを開けると、万年筆が収められている。
「こんな高価なものいただけません。十分過ぎるお給料を頂戴していますから。それにこれはマーガレット様の大切な物では」
「ここに付いている石、綺麗でしょう? サファイアと言うの。少し古い物だけど手入れはしているし、私は夫にもらった物があるから。大切な物だからこそ、貴女が使ってくれると嬉しいわ」
その宝石は偶然にもセイラの瞳と同じ色をしていた。宝石なんて畏れ多いと思ったが、セイラはありがたく好意を受け取ることにした。
(手帳も同じくらいの物だと思うけど言わないでおいた方がいいわね)
*
乗馬の方も最初は恐る恐るだったセイラだが、コツを掴むと一人で乗れるようになった。スピードは出さないように気をつけたのに、屋敷から少し離れた場所までもあっという間に着いた。こんなにも便利なのかとセイラは改めて思った。
馬は隅々まで手入れされて、陽の光を浴びてツヤツヤと輝いていた。庶民では一生かかっても手に入らないようなものだ。
(住む世界が違うのよね)
急速にユストスに惹かれる自分には気づかないフリをして、セイラは自らに言い聞かせる。
少しひらけた草原で、2人は休憩することにした。メイドがピクニックバスケットと茶菓子を持たせてくれていた。
「私が淹れよう」
「ありがとうございます。風が心地よくてマーガレット様の仰っていた通り」
ふいにユストスがもうすぐ王都に帰ってしまうことが思い出されて、たまらなく寂しくなった。しかし、それを口に出す勇気は無かった。そんなセイラの気持ちを読み取ったようにユストスが言う。
「次は王都に来たらいい。お祖母様には私から言おう。各地から美味しい食べ物も集まっているし、観劇にも行こう」
「お付き合いしている女性に見られたら申し訳無いわ」
言った瞬間にセイラは後悔した。
(立ち入り過ぎた)
ユストスは一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに言った。
「そんな女性はいない」
一方のユストスは、近づいたと思ってもどこか一線を引いてくるセイラが、少しだがそれを超えてくれたことが嬉しかった。




