03.疑念から始まった出会い
その青年は、唐突に現れた。ちょうどセイラが屋敷に来る直前に仕事で外国に出て、つい先日帰国したばかりだという。
屋敷の人間と出入りの業者くらいしか普段接することが無いセイラは、20代半ばか後半の、王宮にも出入りしているという青年の存在感に圧倒された。おまけにその容姿は恐ろしく整っていて、それが少し冷たい印象を受けた。
「うちで預かっているお嬢さんなの。最近は私の身の回りの世話をお願いしていて、よく気がつくからすごく助かっているわ」
そう言ってマーガレットは孫ユストスにセイラを紹介した。
「こちらは孫のユストス。早く結婚して落ち着きなさいって言ってるんだけど、いつまでもフラフラしてるのよ」
「祖母が随分世話になっているようだ」
少し低めの声は、想像していたより温かい。
「逆です。過分なくらい良くしていただいています。色々教えていただいて」
セイラは詳しくは立ち入らなかったが、ユストスは侯爵位を継いだばかりで、父である前侯爵もまだ執務を退く年齢ではない。侯爵位の円滑な継承のために時間をかけてその職務を引き継いでいく予定であり、しばらくはまだユストスは王太子の直属の臣下として王宮まわりの仕事をしているらしい。
実のところユストスは、自分が外国に行っている間に素性の怪しい女が入り込んだと聞いて、慌てて祖母の屋敷を訪れたのだった。ユストスは初孫であり祖母はまだ鈍る年ではないとは言っても、人の良さに付け込まれている可能性は十分ある。
(騙されているようであればすぐに追い出さなければ)
帰国後すぐに向かった祖母のところにいたのは、詐欺師とはほど遠いかわいらしい少女だった。話してみると案外にしっかりした女性で、柔らかな口調に乗せて物怖じせず何でも言ってくるその女性に自分でも気づかないうちに魅了されていた。
*
ユストス滞在中は2人の夕食の席にセイラも同席することになった。貴族の会食に混ざるなんてと気後れしたが、気楽にと言われてその言葉に甘えることにした。
「そうだわユストス、この子を馬に乗せてあげてくれないかしら?セイラには色々経験させてあげたいと思っているんだけど、さすがにそろそろ馬は難しくて」
「馬、ですか?」
当然の申し出にセイラの方が驚く。
「そう。一度乗ってみるといいわ。慣れてくると風が気持ちいいのよ」
「でもユストス様にご迷惑では」
「私は構わない。ただここには1人用の鞍しかないからすぐに2人用のものを取り寄せよう」
(初めてだから手綱を引いて庭を散歩するくらいで良かったのだけど…ユストスったら。これはもしかしたらもしかするわね)
マーガレットはかつての憧れの親友を思い出して自然と笑みがこぼれた。
「私はこんなに年を取ってしまったけど、記憶の中のあなたは美しいままね」
独りごちる。
「でも悪い事ばかりではないの。素晴らしい家族に恵まれたわ」
*
「まったく初めてという訳では無いんだろう」
「いえ、恥ずかしながら一度もこんな経験は無くて。18になったのにおかしいですよね」
「心配要らない。私にすべて任せていればいい」
(耳元で喋らないでください〜。アルともこんなに近かったこと無いのに〜)
「もっと力を抜いてリラックスして」
「で、でもっ。ひっ」
(馬に一度も乗ったことが無いなんて随分過保護な令嬢もいたものだな)
ユストスはそんなことを思いながら、前に騎乗したセイラを無意識に抱き寄せていた。
当のセイラは、気性の穏やかな馬と聞いても普段より高い目線に怯むのと、異性との密着に当てられて、慌てふためいていた。
その様子を見たユストスは、自分の中に生じたむず痒いような嬉しいような、初めての気持ちを感じていた。
(『結婚して落ち着きなさい』か…考えたことも無かったが、案外悪くないかもしれない)




