#7 教祖との邂逅
「名前は垣原標……住所は、えーとこの辺か。」
「ええ。……だけど、中々貧相な街並みね。これが庶民て奴なの?」
「いやいや香美ちゃん、それいかにも嫌味な金持ちって感じの台詞だからね?」
「それの何がよくないの? 嫌ならお金持ちになれるよう、努力すればいいじゃない!」
「……そう、だね……」
垣原標――かつてのミルフィの婿候補の一人の住所を調べ上げ、彼らはそこに向かっていた。
何かあればいつでも対応できるよう、後ろからは執事たちを尾行させている。
その道すがら、史人と香美はそんなやりとりをしていた。
「そんなことより。あれからどうなの? 垣原からの干渉は続いているかしら?」
「あ、ああ……あれから物語を書いていたら、今度はこんな展開になって。」
史人は香美に対し、書き進めた本を見せる。
「どんな展開かしらね……」
香美は期待していないといった様子で、その本を読む。
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「ふーう! ここね。」
私はエドワルド様が運営する、クラッペチーノ学院の前で大きく息を吸い込んだわ。
え、学院て何のことかって?
エドワルド様と初めて会ったあの日、彼から言われたの。
――君の力があれば、今このバルガイ大陸を席巻しているフラッテの者たちを打ちのめせるだろう! そこで、だ……君の力を活かすために、描き歌の歌撃団を結成しその養成のための学院を開いた! どうか入学してほしい。
こう言われちゃあ、入学するしかないわよね!
「さあ……これから楽しい学院生活が待っているんでしょうね! 楽しみだわ!」
私は期待に胸をふくらませる。
「エドワルド様ー、私です! 未来の奥さ……な!?」
そうして勇んで、学院へと足を踏み入れた私だったけど。
そこにいたのは。
「あら、誰かしらあの方は?」
「新入りかしら?」
「何て今言ったのかしら? 未来の……?」
「未来の奥さん……? まあ、何というお考えなのかしら!」
女、女、女――目の前には所狭しと、女ばっかりが!
え、エドワルド様! 私だけじゃなかったんですか?
いや、よく考えたらここは歌撃団学院。
そう、だから女がたくさんいるのは事実なんだけど。
「何よこの女たちい……こうなったら、私がさっさと実力を証明して認めさせてやるわ! この私こそ、エドワルド様にふさわしいと!」
私は負けん気から、そう強く思ったわ!
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「まったく、こんな展開……ある意味、あの男期待通りのこと書いてくれるわ! 女性をこんなチョロく書いて……こういう分かってない所が、ミルフィから好かれなかったのよ!」
「あ、ああそうだね……」
読み終えるなりそう言う香美だが、史人は少し違う感想を抱いていた。
「(まあ、多少ヒロインをチョロく書くのはライトノベルとかじゃよくあることだし……でもそうだよ。その垣原って人が干渉して来てんなら、そいつにとってウチのサラはヒロインなんだよな! サラはヒロインじゃなくて主人公だってのに!)」
女性蔑視がどうこうと言うより、史人は垣原の意図をそう分析していた。
同時に香美のかつての言葉の意味も、理解しつつあった。
――このままだと、あんたの物語は乗っ取られてしまうかもしれないわよ?
香美がどこまで考えてそう言ったのかは分からないが、少なくとも史人なりにその言葉の解釈はでき上がりつつあった。
垣原はこのエドワルドというキャラクターを登場させ、彼を主人公に、サラをヒロインに、もっと言えば描写からしてハーレムの一人にして物語を乗っ取ろうとしているのだと――
「……着いたわ、ここよ。」
「! あ、ああ……って、ここは。」
考えながら歩いていた史人は、香美の言葉にはっと気づく。
現れたのは、住宅街の中の二階建ての民家。
その二階部分には看板が掲げられている。
『魔導真実教』、と――
「おやおや……これはこれは、ペンデルトン家のご令嬢! ご機嫌麗しく。」
「! あら……ご無沙汰しましたわ、垣原さん。」
「! 垣原……こいつが。」
と、そこへ現れたのは件の垣原標であった。
短く刈られた髪の二十代、平凡な若者という見た目だが。
それにローブのような衣装に十字架のペンダントと、いかにもあの看板に偽りなしといった宗教の司祭らしい姿をしている。
こいつが、俺とミルフィの物語を――
「おや、その男性は……もしや、ミルフィの正式なお婿さんかな?」
「ええ、その通りよ。」
史人のそんな胸中を知ってか知らずか、垣原と香美の話は本題に入りつつあった。
そう、あの件は問いただされなければならない。
と、そんな緊迫した空気のさなかだった。
「教祖、いつまで立ち話してんすか? 早く作業進めないと、コミケ間に合いませんよ〜!」
「わ、こ、こら! 俺の教祖って雰囲気が台無しだろ!?」
「は? さ、作業? コミケ?」
突如として垣原の家(魔導真実教なるものの教団本部?)から青年が現れてそう言い、垣原は慌てる。
何の話か今ひとつ要領を得ず、史人と香美は大きく混乱する。
「と、とにかく! お、お客人方、お入りください……」
垣原自身もいかにもバツが悪い雰囲気で、二人を促した。
◆◇
「なるほど、要するにこれ宗教法人じゃなくて……同人サークル? って奴なのね。」
「ええ、まあ言ってしまえば……」
家の中の雑然とした棚が立ち並ぶ中でちゃぶ台についた香美と史人は、周りをキョロキョロ見渡す。
少し離れた低いテーブルの島では、魔導真実教のメンバーと思しき青年や少女がいそいそと執筆に励んでいた。
「お、おほん! 俺は本当に宗教を立ち上げるつもりだったんですよ? だけどバイブルがないんじゃ格好がつかないから、それっぽい物語を作ろうって言ってる間に……気づけばこうなってて。」
垣原は尚も顔を赤くしながら言う。
「ああ、まあそれはいいんだけどさ……早速本題に入らせてもらう。あんた、俺の物語に干渉して来てるよな?」
「! ああ……そうさ。」
「あら、あっさりしてるじゃない。」
しかし史人は痺れを切らしてか切り出すと、意外なほどすんなり垣原は認めた。
その声には微塵も、後ろめたさは感じられない。
「……何故、こんなことをする?」
「ははは……はーっ、ははは! 決まっているだろう……ミルフィの婿となり、ユニブルサル戦記の新たな描き手となるにふさわしかったのはこの私だからさ!」
「お、おお……」
史人の質問に垣原は、突如芝居がかった大仰な言い方とローブをマントのように翻しての立ち回りを演じ始める。
これには史人も香美もやや引くが、魔導真実教の教徒――もといサークルメンバーは見て見ぬふりといった様子で、作業を続けている。
「だ、だけど! 今ミルフィの婿なのはこの俺で! それにかつての婿候補のあんたが出しゃばって来るなんておかしいって話で」
「はーっははは! そんなことは関係ない、大切なことは誰が物語を上手く書けるか、それだけだ!」
「な……」
引きながらも言い返す史人に、相変わらず大仰に垣原は言う。
「描き歌の歌撃団を作るというアイデアは、私のものだぞ? 更に、その歌撃団を作るために学院すなわち学園生活のエピソードを作るなんてのもな! さあ、君にこれ以上のものは示せるか?」
「な……くっ!」
その言葉には史人も言い淀む。
確かに思い返せば、それらは王道展開と呼べるものである。
「そうだよ……読者が求めてんのはこういう大衆受けする展開さ!」
「史人、何も言い返さないの?」
「く……ああ、かもしれないがそれがどうした!」
「……何?」
香美の言葉に史人が放ったこの一言は、垣原の動きを止める。
「誰が何と言おうと、ミルフィの婿は俺で主人公はサラだ! エドワルドだか江戸の悪だかなんだか知らないが、あんたやあんたの作った訳の分からないドラ息子にうちの娘がやれるか!」
「ふっ……中々言うじゃない。」
「な……ドラ息子だと!」
史人の追い討ちに、垣原は怒り心頭に発する。
香美はそんな史人に、微笑む。
「言ってくれるな……なら勝負だ! この物語がどちらのものか!」
「ああ……望むところだ!」
史人と垣原は、かくして一人の女性を巡る争いに突入したのだった。




