#6 物語への干渉者
「史人様、史人様、起きてください。もう朝ですよ。」
「ん……あ、もう朝かあ。」
史人は執事のブランドンに起こされ、目覚める。
ようやく見慣れたばかりの景色が、目に入って来ていた。
暖炉、高そうな絵画、棚、机、そして今史人が寝ているベッド――いずれもこれでもか、とペンデルトン家の財力を主張して来る調度品の数々である。
「はあ……もうひと月は経つけど、未だにこんな高級なものに囲まれる生活には慣れねえな。」
それは人によっては欲望を満たし、また時にはより上へと駆り立てるものにもなろうものだが、この創作活動にしか興味のない男子高生には当てはまらない話であった。
「史人様?」
「あ、いや何でも……」
「朝食のご用意ができております、お早く。」
「あ、はい……」
史人のそんな機微を知ってか知らずか、ブランドンは彼を尚促す。
史人はそそくさと、着替えを始めた。
◆◇
「おはようございます、史人様!!」
「あ、ああ……お、おはようっす……」
「何かしら史人さん、そのお返事は!?」
「あ、す、すんません……」
食堂に入るなり、史人は澄子から叱責を受ける。
この前のミルフィから折檻を受けた件を気にしているのだろうか、やたら澄子はより彼に対して厳しくなっている。
◆◇
「これをどうぞ! 澄子様からのお達しにより、これまでのユニブルサル戦記です。」
「え……こ、これは……」
朝食を終えて自室に戻るや、史人はまたも澄子のいびりを受ける。
史人の目の前には、分厚い本が何冊も積み上げられているのである。
これらは今しがた説明があった通り、先代のミルフィの夫・紀彦を含む歴代のペンデルトン家当主が書き継いで来たユニブルサル戦記の塊である。
それらは無言ながらも、あたかもこのペンデルトン家の歴史の重みを知れ、とでも語るかの如くであった。
そうだ、そう言えば。
「そう言えばこれ……そもそも書き継がれてる物語なんだよな〜……やべえ、勝手な書き方しちまったかもしれねえ。」
史人はふとそこに思い至り、頭を抱える。
そう、これは自分が書き始めた物語ではなく何代ものペンデルトン家の――より厳密には、ミルフィの――婿が書き継いできたものなのだ。
碌に今まで書かれて来たものも読まずして書くとは、確かに軽率だった。
「もしかしてあれか? 澄子さんが俺に怒ったのもそういう……あ〜! やべえ、どうしよ!」
史人は部屋をのたうち回る。
うっかりあんな書き方をしてしまったが、あれでよかったのだろうか――
「はい、チョーップ!」
「痛た! ま、また韻香ちゃんか……って、香美ちゃん!」
と、その刹那後ろから史人にちょっかいをかけて来たのは、前と同じく韻香かと思いきやさにあらず。
それは香美その人であった。
「話は全て聞かせてもらったけど……馬鹿ね、今更何をひよってんのよ! そのために私がこれとか置いてあげたんでしょ?」
「あ……は、はい!」
香美の言葉に、史人は居住まいを正す。
言われてみれば確かにそうである、もう賽は投げられた――すなわち物語は、もう書き始めてしまったのだから。
「さあ、ほら読む!」
「り、了解……はあ、つくづくペンデルトン家の歴史の重みを感じるこの本の量だよ。」
香美に促されるがままに史人はユニブルサル戦記を読み始めるが、改めて感じるそのボリュームにメンタルをやられる思いである。
「もう、しょうがないわね……だったら、描き歌に注目して飛ばし読みすればいいわ! ほら、これが描き歌の初出本よ!」
「うおっと! あ、ありがとう……」
史人の愚痴に香美は苛立ち、本を差し出す。
史人は読み始める。
初出本ということもあるだろうが、描き歌の出番は控えめである。
出てくるのは、描き歌により魔法陣――作中では魔法字陣と呼ばれる――を敵よりも素早く、なおかつ大きく描きさながら陣地争いを繰り広げる場面においてぐらいだった。
「それからこれは……クラン?」
「!? あ、そ、そうね……それは先代の婿の私の叔父が書いていた物語よ。」
「! 香美ちゃんの叔父さんか……」
そうして史人が次に開いた物語の主人公の名に、香美はピクリと反応する。
史人はそれを訝しがりつつも、尚も本に目を通す。
「香美ちゃんの叔父さんは……剣を振り回して魔法字陣を描きながら舞うっていう形式だったんだ。」
「そ、そうよ! ど、どうかしら私の叔父様は。あんたよりもさらにいい物語を作るでしょう!」
「? あ、ああ……あれ? この本、途中でページが」
「!?」
そうして読み進めていた史人だったが、ふと首を傾げる。
先代の婿たる紀彦が書いていたというその本は、主人公クランが初めて描き歌を発動し敵軍を薙ぎ倒したという場面以降のページが破り取られていたのだ。
「は、はいその物語はこれで終わり! べ、別に描き歌の場面さえ読めたんだから、もういいでしょ!?」
「あ、ああ……」
香美は慌てた様子で、史人から本を取り上げる。
「……だけど、その叔父さんが書いた物語は俺がこれから書く物語から見てすぐ前のものなんだろ? どう話が進んだのかとか、どう終わったのかとか知らないといけないかなって思ったんだけど」
「い、いいのよそんなこと考えないで! あんたはこのクランの物語を書くんじゃなくてサラの物語を書いてるんだから! 基本的には先祖が書いてきた物語とは矛盾がないようにミルフィが導いてくれるんだからいいのよ!」
「あ、ああそっか……」
史人の言葉に香美は更に慌て、声を張り上げる。
ますます彼はそんな彼女に対して首を傾げるが、香美のこの様子からしてこれ以上追及しても何も出ないと察し。
「……さあてと、んじゃミルフィ、またしっかりと執筆しねえとな!」
史人は気を取り直し、執筆に取り掛かる。
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「争いが止んでよかった……でも私、これからどうしたらいいの……」
私は尚も荒野の中で、ため息を吐いたわ。
先ほどの戦いを、私は突如として芽生えた謎の力で止めることができた。
……いえ、あれは力――特殊能力と呼べるものかしら?
ドラゴンの頭四文字と共に滾る炎
Drag〜
口を開け、それを吐く者が
Drag〜>
それは、目を見開き
こちらに狙いを定めている。
Drag〜>゜
身の毛もよだつような、恐ろしき目だ
Drag〜>゜彡
そこの頭の根本には、もたげられた鎌首が見え
Drag〜>゜彡 o
更にその胴には足も見える
Drag〜>゜彡 on
更に、尾も蠢かせ
Drag〜>゜彡 on〜
ドラゴンの、お出ましだ!
「あれは……そうね。つい前世の記憶が生えてやっちゃったわ。」
私はため息を吐いた。
まあでも、悪いことをしたわけじゃないし。
まあいいよね、と自分を納得させて歩き出そうとしたその時だったわ。
「あなたですか? サラという女性は。」
「……へ?」
突然、声をかけられた。
私は気がついたら、小国の入り口である城門の前に立っていたわ。
「私はエドワルドと申します……あなたの力を見込んで、我が学院に招待したい。」
「が、学院?」
え、何これ?
前世で言うところの、いわゆるスカウト?
学院?
てかこのエドワルドって人、本当何?
ちょーイケメンなんですけど!
ヤバい、惚れちゃいそう!
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「あ、あれ? また」
「? どうしたのよ、史人?」
と、気を取り直して執筆を続けたも束の間。
史人は混乱する。
「いや、この前から変なんだよ……何か、俺が考えたこともないエドワルドとかいうキャラクターが唐突に出て来て」
「エドワルド……っ!? それって!」
「え?」
史人の説明を聞くや、香美ははっとする。
エドワルドという名前には、彼女も聞き覚えがあったのだ。
「こ、香美ちゃん?」
「エドワルドは……かつてあなたとミルフィが結婚する前に、そのミルフィの婿候補の一人が考えていたキャラクターよ!」
「な……み、ミルフィの婿候補?」
香美の言葉に、史人は驚く。
まさか自分の前に、婿候補がいたとは。
「結局、ミルフィの方が彼を気に入らなくて破談になったけどね。……もしかしたら、彼が何かの手段を使って干渉して来ているのかも。」
「か、干渉!? そ、そんなことが」
「ええ、ありえない話ではないわ。……このままだと、あんたの物語は乗っ取られてしまうかもしれないわよ?」
「な!?」
香美の言葉に史人は更に衝撃を受ける。
物語を乗っ取られるなど、想像もしていなかったからだ。
◆◇
「ははは……ようやくエドワルドとサラが出会った! ミルフィは元々僕のものになるはずだったんだ……僕の物語なんだよ!」
その頃。
その渦中の男・垣原標は高笑いをしていた。




