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 焦燥感に駆られて目が覚めた。

 寝床にしている町のはずれの空き家。いつもであれば手狭い一室の見なれた天井を目にするたびに、またほんとうの意味で目覚められなかったのかとがっかりするのだが、今日は違った。

 外はまだ薄暗い。黎明の清潔な陽を感じるのはひさしぶりだった。

 胸騒ぎがする。

 現実世界でもこういうことはたびたびあった。目覚めてすぐにいつもとは違った感覚をおぼえ、寝坊したのではないかと飛び起きる。しかしまだ目覚まし時計も鳴っていない。

 エクスデアの世界では初めてのことだ。ここ最近、いろいろなことが起こったせいで神経がたかぶっているのかもしれない。

 二度寝するきにもなれず、活動するには早すぎる。暇を持てあまして寝台の下に隠していた木箱を引きだした。

 錠前をはずし、中身を取りだす。

 専用ホルスターにおさまった大型の黒い回転式拳銃。

 六インチの銃身にはまがまがしくねじれたトライバル柄のエングレイヴが彫られている。

 ボイドウォーカー。虚無を征くもの。

 店売りの量産品ではない。特別なクエストの報酬アイテムであり、エクスデアの世界に数挺しかないとされる。

 通常、その手のレア装備は配信や実況をやるような有名ユーザーがありあまる人手を使って独占してしまうが、この拳銃は特殊だった。

 入手条件に銃だけを使って敵を撃破した総数がからんでおり、この剣と魔法の世界でそんな変態的な所業にはげんでいるのはおれぐらいだった。

 もっとも、手にいれたはいいが使いどころはない。

 撃つたびに手動で撃鉄を起こさなくてはならないシングルアクションのリボルバーであり、エクスデアでは狩猟用大型弾薬と名づけられた.45-70相当のライフル用の弾を使う。

 ただでさえでかい弾なのに、それがこの魔法の銃で撃つと爆発するようになる。標的の体内に“大空洞ボイド”を作りだすというわけだ。

 ごつくて使いにくくてオーバーキル。おまけに装飾入り。おれの趣味ではなかった。

 窓から射す陽が強くなってきた。光芒に照らされてはたと気づく。

「……なにやってんだ。おれは」

 早起きして薄暗い部屋で銃をめでる男。客観視したら相当に気持ちが悪い。これだから銃使いは変な目で見られるのだ。

 自嘲して拳銃を箱に戻そうとしたが思いとどまった。

 専用ホルスターを左脇に吊り、ボイドウォーカーを挿してみる。ショルダーホルスターは上体が動かしにくくなってあまり好きではないのだが、どのみち早撃ちにむいた銃ではない。

 古ぼけた姿見に正対し身体を見まわす。胸には薬瓶の革帯、腰には弾帯と三十八口径をぶら提げたままなので、いかにも銃使いといった物々しい見てくれになった。

 先日はゴーレムに殺されかけたこともあるし、最近はなにかと物騒だ。イメチェンついでに火力を底上げしておくのもいいだろう。

 空腹を感じて家をでた。

 ミリアンの酒場はまだ開店前かもしれないが、飯ぐらい食わせてくれるはずだ。


 町を歩き始めてすぐに奇妙な点に気づいた。

 静かすぎる。通りにひとっこ一人見あたらない。

 おれのような怠惰なユーザーと違って現地人の朝は早い。この時間帯になれば活況に満ちているのだが。

 ミリアンの酒場ももぬけのからだった。厨房をのぞくと食材や食器がだされたままになっていた。仕込みの途中であわてて店をはなれたようだ。

 なにかあったのは間違いない。そしてそれは十中八九よくないことだ。

 酒場をあとにし、人影を求めて広場にむかった。

 正体の知れない焦りに背中をおされて早足がどんどん速くなる。心臓の鼓動のたびに腹のおくにいやな予感が溜まり、重たくなっていく。

 広場にむかうときはいつもこの調子だ。広場がきらいになりそうだった。

 噴水広場はかつてない異様な雰囲気に包まれていた。

 まず教会を背に仮設された木造の舞台が目にとまった。

 舞台をぐるりと半円に囲むかたちで白銀の仮面をつけた十数人の面妖な連中が壁をつくっていた。

 顔を隠してはいるが服装や背格好からバミューの狂信者たちであると知れる。いよいよカルトじみてきやがった。

 彼らに締めだされるかっこうで周囲にユーザーが群がっている。エドガとパーティーの面々の姿もあった。

 舞台上にはバミューが立っていた。わざわざ舞台をこしらえてお抱えの警備員まで配置して、演説でもぶとうというのか。

 バミューは高々とだんびらを掲げた。

 いかにもこれから高説をのたまいますという大仰な所作だったが、どうやら様子がおかしい。陽にむけられた両刃の長剣は赤い粘液にまみれ不気味な光沢をはなっていた。

 エドガたちのところに到着し、そこで初めて人垣の隙間からバミューの足許が見えた。

 目を疑った。

「は?」どでかい疑問符が呼気として肺からもれた。

 舞台上には両手を縛りあげられ、頭に麻袋をかぶせられた人間が跪いていた。

 バミューはふりあげた長剣に左手をそえて、躊躇なくふりおろした。

 湿った濁音が広場に響いた。

 身体から分離された麻袋は赤い粘液の尾をひきながら転がり、舞台の下まで落ちた。

 処刑だ。斬首の公開処刑をやっていやがる。

 悪い夢か。目の次は自分の頭を疑いたくなる。

 一昨日の行方不明騒ぎ、昨日のスーマラ、そして今日だ。

 いったいなにがどうなったら一晩でこんな事態になるのか。

「おい」問いただそうと声をだしたが驚くほど力なく、口のなかでかき消えた。

 エドガたちがおれに気づいてふりかえった。

「ハンク」不安そうな表情で名を呼んだだけで言葉をつづけようとしなかった。なんといっていいのかわからないのだろう。気持ちはよくわかる。おれもおなじだ。

 舞台上では狂信者たちが粛々と死体を片づけていた。二人がかりで運び、脇に用意された荷車に乱雑に投げこんだ。そこにはすでに数人の骸が折り重なっていた。

 バミューは無言のまま眼下に剣先をふった。舞台の昇降段で列をつくって並んでいた新たな犠牲者が舞台にあげられる。

 麻袋人間の列は教会のなかまで延びていた。なかに何人詰めこまれているのかわからないが、開けはなたれた扉のおくに見えているだけでも十や二十ではきかない。

 特徴のない簡素な服装から彼らは現地人であることがわかった。ここにくるまで住人の気配がなかった理由はこれか。

 ユーザーの押し殺した声が聞こえてくる。

「モブを皆殺しにするつもりか」

「見ちゃいられない。誰かやめさせろよ」

「いよいよやばいな。この町はどうなってしまうんだ」

 誰もが戸惑い、立ちつくすしかすべがないようだった。

 NPCの強制連行と虐殺。二十四時間態勢で運営に管理されていたかつてのエクスデアではありえない。現在は完全に無秩序であることを象徴するような光景だ。

 終わりの始まり。そんな使い古された陳腐な言葉が脳裡をちらつく。

 バミューのもとに連れられた現地人が身をよじって逃れようとした。両脇から狂信者にとり押さえられ、強制的に跪かされる。

 そのくぐもったうめき声を聞いてはっとした。

 見覚えのある黒い前掛けに細い身体。

 ミリアンだ。間違いない。

「おい。おいおいおいおい。ちょっと待て」たまらず今度は大声をあげた。人垣を割って前にでる。

 舞台を囲んでいた狂信者の二人が剣と斧をかざして行く手を遮った。「さがれ。それ以上近づくな」

「うるさい。どけ」ボイドウォーカーの銃把を握り、撃鉄を起こしながら告げた。

 身体の正面に吊ったショルダーホルスターの利点を見つけた。我に撃つ用意ありと知らしめることができる。

 狂信者は銀仮面のなかで目を点にしてあとじさった。

 武器で威圧しておきながらおなじことをやりかえされるとは思ってもいなかったようだ。あっさり道をあけてそれ以上の制止はなかった。

 舞台の真正面、バミューの眼下にたった。

 舞台の端から赤いしずくがしたたり血だまりをつくっていた。脳が内側から煮詰まっていくような悪臭だった。

 顔をしかめたままバミューを見あげる。

「なにをやってるんだよ。今すぐやめろ」

「銃使い。邪魔をするな」

 バミューは高圧的に見おろして剣の切っ先をむけてきた。鎧と顔に付着した返り血がそう見せるのか。その顔は蒼白で素顔のはずなのに銀仮面じみていた。

「いいや。悪いが邪魔するね。なんでまた現地人を処刑するようなことになった?」

「知らないとは、今まで寝ていたのか」蔑みを隠そうともせずあざ笑い、バミューは剣先を転じた。「見るがいい」

 そこは例の文言が刻まれた石畳のすぐ近くだった。

 ぎょっと目をむく。

 家屋の壁面に新たな文言が刻まれていた。

『偽りの魂を浄化せよ』。

 刃で殴り書きしたような荒々しい字体。『迷宮を目指せ』とおなじだ。

 そういうことか。くそ。なんてこった。

 もっともらしい言葉を選んではいるが血なまぐささはぬぐえない。民族浄化という言葉があるように、たしかにその壁文字はNPCの虐殺を命じているとしか思えなかった。

「新たな啓示がくだった。我らとは異なる偽りの魂。すなわちこのモブどもを浄化し、根絶やしにしなくてはならない。それこそ世界と我らを救済するための神の次の一手であり、我らがとるべき唯一の行動なのだ!」

 自らの語りの途中できわまって剣をかかげるバミュー。

 銀仮面の狂信者たちも倣ってそれぞれの得物をふりあげた。

 まったくこいつらは。自分の頭で考えるということをしないのか。

「なるほど。それでお前らは住民を捕まえて処刑していたのか。よくわかったよ。そろいもそろって救いようがないバカだな」

「なんだと?」

「迷宮攻略の次はNPC狩りか。お前たちの神さまもずいぶん発想がぶっとんでる」

「貴様! 浄化の儀式を妨害するばかりか神をも愚弄するか。許さんぞ!」

 白い顔に血管をうかせてすごむバミュー。

 正直、ぜんぜんこわくない。狂人の場当たり的な激情などとるに足らない。

 ほんとうにこわいのは理のとおった冷静な怒りであり、おれは今キレそうだった。

「愚弄してなにがわるい。だってお前らの信じる神さまは人間で、おれたちとおなじユーザーなんだぞ」

「なに? 貴様はなにをいっている」

「考えろよ。考えればわかるだろ。最初の文言はスーマラ騒動の直後だった。今回もそうだ。迷宮レイドで死者がでて、スーマラがはやりそうになった翌日にこれだ」

「どういうことだ? なにがいいたいのだ。銃使い」

「だから! お前らが崇め奉ってるあの文字はユーザーの誰かが書いてるっていってるんだよ」

 場が水をうったように静まりかえった。

 バミューだけではない。広場にいる全員にいい聞かせるためにあえて大声でいった。

 いい加減潮時だ。現実逃避がいくところまでいってこんな地獄に着地するぐらいなら、残酷な現実をうけいれるべきだ。

「文字が現れるのはこの町だけだ。王都でもなく、すべてのタウンでもない。たいして特徴のない地味なこの町だけなんだよ。つまり、この町にいる利口ぶったどこかのアホの仕業ってことだ」

「バカな。誰がなんのためにそんなことを」バミューの声量は心なしかしぼんでいた。冷徹な狂人の仮面は徐々に剥落し、なにかにすがらなければ生きていけない臆病な人間の顔がのぞき始めている。

「さっきいっただろ。どうしても現実に帰りたいお前らみたいなのがバカなまねをしないためだよ」

 最初の『迷宮を目指せ』は妙案だったと思う。危険はあるが誰にも迷惑をかけない。実際にレイドに希望を見いだしてスーマラをするユーザーが減ったのは功績とさえいえる。

 だが今回は看過できない。

 ユーザーのバカなまねを防ぐためにさらなるバカなまねをあおるなんて。

 ミリアンは袋をかぶせられて震えていた。

 断じて容認できない。

「賭けてもいい。あの文言に従っても現実には帰れない」

「黙れ、銃使い! そこまでいうのならあの文字が人によって書かれたという証拠はあるのだろうな」

「証拠はない。論理的に、現実的に考えたらその可能性が高いというだけだ」

「ふん。結局は貴様の予想でしかないわけか。いまさらそんな話を信じられるか」

 おれは下唇をかんだ。バミューを論破できなかったことが悔しいからではない。

 やつの言葉の言外にこめられた訴えがあまりに痛ましかったからだ。

 それが事実だとしたら、なぜ今になって教えるのか?

 迷宮レイドに挑みつづけた自分と仲間たちの立場は?

 その結果一人のユーザーを死なせてしまった責任は?

 そして今日、無辜の現地人を何人も処刑した意味は?

 もはや理屈で説得するにはバミューは追いつめられすぎていた。

 一拍の静寂を処刑執行の合図と勘違いしたのか。舞台上のミリアンがふたたびわめき始めた。

「騒々しいモブだな」バミューは苛立たしげに頭の麻袋を乱暴に取りさった。

 ミリアンの顔は血の気をうしない白っぽくなり、乱れた髪が額や頬にはりついていた。しかし弱々しかったのはほんの一瞬、すぐに野生動物のように歯をむきだしにして周囲をにらんだ。

 一瞬、おれと目があった。なんとか落ちつかせようと手をかざしたが、ミリアンはとりあわずバミューをねめあげた。

「このロン毛やろう。あたしたちがなにをしたってんだよ! はなしやがれ!」

 バミューは面くらったように目をしばたいた。「こいつは……ほかのモブとは違うようだな」

「うっせえ! バカのひとつおぼえにモブだなんだと。偽りの魂だって? よくいえたもんだね。死にぞこないの異人どもめ!」

 この場に集まったユーザーの全員がミリアンの罵声と怒声にあっけにとられていた。

「今までは害がなかったから小馬鹿にされても無視してたけどね。もう我慢の限界だ。あんたたち全員この町から追いだしてやるからな!」

 あらかじめ決められた台詞でもなければ、テンプレートのような命乞いでもない。

 ほとんどのユーザーはこのとき初めて自我と個性を獲得した現地人の叫びを耳にしただろう。

 しかし今はまずい。

 よりにもよってこの状況で個性を爆発させるのはどう考えてもよくない。

「なんということだ……」かたまっていたバミューは雷を浴びたようにうちふるえ、剣で天をついた。「見よ! これぞ偽りの魂! このモブの浄化こそが神のご意思に違いない!」

 狂信者たちが雄たけびをあげる。

「おい! よせ!」叫んだが喚声にかき消された。

 届いたところでバミューは聞く耳持たないだろう。眼球がこぼれんばかりに目をむいて眸はごまのように縮んでいた。

 ふりあげた剣に左手がそえられる。

 断頭の刃の直下でミリアンがおれを見つめた。

 目許には涙がうかび、くやしそうに唇を一文字にしぼっている。

 最期を覚悟したのか。口角をあげて必死に笑顔をつくってみせた。

 ちくしょう。そんな顔しないでくれ。

 ここが分水嶺。決断のときだ。もう後戻りはできない。

 しかし迷いはなかった。

 ユーザー同士の殺しあいはご法度? くそくらえだ。

 ボイドウォーカーを抜いた。

 ふりおろされたバミューの長剣を照準し、引鉄をきった。

 轟音。

 大口径の砲声が処刑の狂気やら野次馬の陰鬱やら、すべてのくその横っ面をひっぱたいた。

 その延長線上でバミューの手許が爆ぜ、剣が消失していた。

 盛大に空ぶったバミューはしばし硬直していた。

 おれと拳銃を見てなにが起きたのか理解したのだろう。顔を悪鬼のようにゆがめ、手甲に隠した暗器の短剣をひき抜いた。

「銃使いぃィ!」金切り声をあげながら大股で踏みこみミリアンに迫った。

 両手で狙いをさだめて撃鉄を起こした。極太の五連装シリンダーが回転する。

「うらみっこなしだぞ。バカ野郎」残りの四発を立てつづけに発砲した。

 火花と灰煙によってつくられた異形の向日葵のようなボイドの炸裂を浴び、バミューは舞台から転がり落ちた。

 行動不能となった身体が赤く明滅し始める。

 回転しながら天高く飛んでいたバミューの長剣が鐘楼の鐘にぶちあたった。

 ゴングのように甲高い音が鳴った。



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