10
ひさしぶりに人を撃った。
特別な感情はわかなかった。
しかし特殊な高揚感はあった。
ユーザーたちの恐慌が広場を席捲していた。喚声、人波の蠕動、畏怖の眼差し。カオスの渦の中心ではボイドウォーカーが黒色火薬の硝煙を噴いていた。
反動のしびれが手中から腕、肩、全身にひろがり胸がふわふわと浮くような感覚におちいる。奇妙だが不快ではない。ガンナーズハイとでもいおうか。
脳内麻薬によって意識が鋭利に、視界が鮮明になっていく。
左手で革帯から一本の薬瓶を抜いた。弾切れのボイドウォーカーを収めて腰の三十八口径に右手をそえる。足開いて前傾になった。
「エドガ! 四時から八時! 阻止しろ!」意図をくんでくれることを祈りながら声のかぎり叫んだ。咄嗟に阻止という言葉が自分の口からでたことに驚く。昔取った杵柄というやつか。
「貴様、銃使い! こいつを殺せ!」
そこでようやく舞台を囲んでいた狂信者たちが怒号をあげた。銀仮面から瘴気をたぎらせ、それぞれの得物に手をやった。
忠誠心と迫力だけは認める。しかしあわれになるほど反応がのろい。しょせんファンタジーアプリ畑の住人。対人戦闘は不得手、というか経験したことすらないのだろう。
おれはバミューに銃をむけたときから左右の銀仮面集団を走査し、殺す順番をきめていた。
まずは右側の四人。魔法使いや弓使いが多い。定石のとおり射程の長いやつから仕留めにかかる。
四人の足許に薬瓶を放擲した。瞬間、まばゆい閃光がほとばしり石畳に影法師がやきついた。
激しい光で一時的に対象の意識を奪う非殺傷性の薬瓶だ。いってしまえばフラッシュバン。連中のすぐそばには拘束された現地人が立ちすくんでおり、攻撃薬瓶は使えない。
至近距離でまともに閃光をくらい網膜をやかれた四人は棒立ちでせん妄状態になった。
コックアンドドロウで三十八口径をひっこぬき、初弾を端にいた弓使いに叩きこんだ。
ドロウの勢いと流れをとめないよう銃をつきだし、一人に一発ずつ順番に撃ちこんだ。
狙いは首から上。防具に左右されない確殺のバイタルゾーンだ。
しかし二人ほど仕留めそこなった。おそろいの仮面が破損したかどうかがいい判断基準になった。
残弾もちょうど二発。起きあがろうとする二人にとどめを送った。
地面を蹴る音が背後から迫ってきた。軽装の双剣使いだった。左側から突進して至近まで距離を詰めていた。
拳銃を収める余裕はない。その場で捨てて背中から石畳に身を投げた。
首ちょんぱの斬撃が皮一枚のところをかすめた。
小柄の女は空ぶった双剣を交差させたまま返す刀で二撃目を繰ろうとしていた。
おれは仰向けで身体を曲げ、右足首に手をやった。
裾で隠したレッグホルスターには護身用のバックアップウェポン、二十二口径の五連発が挿してあった。
ホルスターから抜かずに足の裏をむけ、そのまま連射した。爆竹のような軽快な破裂音。おもちゃみたいな銃だが至近距離で軽装を貫くにはじゅうぶんだ。
双剣使いは糸を切られた操り人形のように全身を弛緩させのしかかってきた。その後ろでは大男が背丈ほどもある大槌をふりかぶっていた。でこぼこコンビというわけか。
双剣女の身体を両足でうけとめ、ハンマー男めがけて蹴りつけた。男は仲間の遺体をぶつけられてたじろいだ。
その一瞬のすきに自分の外衣の右胸、防御障壁魔法の薬瓶を叩きわった。
大男は大槌を打ちおろした。派手な金属音をたてて鼻先で障壁がゆがんだ。
間一髪。しかしそう長くはもたない。こちとらかんばんだ。二十二口径は予備の弾を持っていないし、三十八口径は放棄してしまった。障壁が生きているうちにボイドウォーカーを装填するしかない。
エクスデアに登場する銃は総じて時代遅れだが、なかでもシングルアクションのリボルバーは際立っている。設計上戦闘中の再装填を想定していない。その手順は繊細でひどく煩雑だ。
ちまちまと手指を動かしている間も大男の打擲はとまらない。発狂したように滅茶苦茶に叩いてくる。一回、二回、三回、四回。まるで殻のなかの得物を喰らおうとする肉食獣だ。殴打のたびに耳鳴りと焦りで頭が鋭く痛んだ。
人生で最大級に急いだが一発が限界だった。
「終わりだ! 銃使い」男は一際高く大槌をふりあげた。
ちょうどそのタイミングで障壁が消えた。
「お前がな」男の顔面にボイドをぶっぱなした。
現実であれば首から上がふきとんでいるだろう。男は頭から煙を噴いてふりかぶった姿勢のまま仰臥した。
立ちあがり左翼にむきなおった。
左側最後の一人は槍使いのはずだったが近づいてこない。正視してその理由を理解し戦慄する。「まずい」
男は遠い位置で槍を天にかかげて詠唱していた。魔法も得意らしい。
槍の先から紫電が延び、おれの頭上で青い光の柱が膨張していた。
広範囲の雷魔法だ。仲間もろとも葬るつもりだったようだ。
どうあがいても再装填は間にあわない。野次馬ユーザーとの距離が近すぎるが、もうきれいごとはいってられない。攻撃薬瓶を使うか。
薬瓶の革帯に手をやった。次の瞬間、槍使いの眉間に光の矢が突きたった。
魔法の矢はすぐに消えたが仮面はまっぷたつにわれた。槍使いの男は白目をむいて斃れた。
矢の軌跡を目で追うとエドガが右手の人差し指と中指をまっすぐに突きだしていた。指先には光の魔法陣がうかびあがっていた。
ふりかえって噴水のほうを見わたす。身におぼえのない狂信者の骸が点々と転がっていた。
叫びと祈りが通じてエドガと彼の仲間たちが加勢してくれたのだ。
群衆から突出していたおれは銀仮面に包囲されるかっこうだった。舞台の正面にいたやつらは死角であり、おれだけではどうすることもできなかった。
狂信者の生き残りは一人。全身甲冑の騎士が大斧をふりまわしてがんばっていたが多勢に無勢だ。装甲の間隙に光魔法の集中砲火を浴びてひざをおった。身軽な女が肩に飛びのり、かぎ爪でのどを掻っ切った。
威力は低いが発動の速い光魔法と近接武器のあわせ技。エドガのチームが得意とする戦法だ。
みなが古参というだけあり戦闘慣れしている。不意打ちをとったとはいえ、あの乱戦でもだれも欠けていなかった。
「助かったよ。さすが元軍人」
エドガが現実世界では軍人だったという身の上話を聞いたことがある。だから咄嗟に四時から八時と方位だけを告げた。
しかしエドガは我にかえったように周囲を見わたして頭を抱えた。
「ああぁ。くそ。やっちまった。なんてことをしてくれたんだ。ハンク」
「安心しろよ。見ろ。全員赤く光ってる。殺したわけじゃない」
「そういう問題じゃない。バミューのレイド組と戦争するつもりか?」
「その必要があれば」
「お前な……」
「正しいと思ったから手を貸してくれたんだろ。違うか?」
エドガは口をつぐんだ。
唐突に判断を迫られたとはいえ、その他大勢のユーザーとおなじように我関せずをきめこむこともできたはずだ。しかしエドガはそれをしなかった。
かつてはおなじ境遇の仲間だったが狂ってしまった人間と、無生物であるはずが自我をもった無辜の現地人。どちらの命を尊重すべきかというと難しい問題だが、どちらが正しくてどちらが間違っているかは明々白々だった。
ようはなにをすれば夜に寝床で横になったときにましな気分でいられるのか。エドガもわかっているのだ。
三十八口径を拾いあげて舞台にむかおうとするがエドガが追いすがってきた。
「待てよ。まだいいたいことがある。さっきいっていたあの壁文字についてだが、ユーザーの仕業というのは事実か?」
「わからんよ。合理的に考えたらそうなるというだけだ。タイミングがよすぎるからな。神さまが夜な夜な彫ってるよりよっぽど現実的だろ」
エドガは物思いに沈むように目線を落とした。エドガたちも積極的に迷宮レイドに参加していたくちだ。いろいろと思うところはあるだろう。
舞台に駆けあがり、ミリアンの拘束を解いて立ちあがらせた。
「よお。だいじょうぶか?」
「ハンク……」ミリアンは茫然と呟き、いきなり胸に飛びこんできた。
困惑してしまう。こういうときはやさしく抱きしめるべきなのだろうが甲斐性がなさすぎてできなかった。
エドガたちは目を白黒させていた。ユーザーに抱きついてくるNPCなど見たことも聞いたこともないだろう。
いたたまれずに両手を空中でさまよわせているとミリアンが胸を叩いてきた。
「あんたこそだいじょうぶなの。あいつら仲間なんでしょう」
「もう仲間じゃない」きっぱりといいきった。
おなじユーザーとしての思慮も、たった今から必要なくなった。
舞台からおりるとバミューの身体が消えていった。そこここに転がる狂信者の骸もぽつりぽつりと消失し始める。
最後にアクセスした道標。おそらく町の正面入り口に転送されたはずだ。
「連中すぐにもどってくるぞ。ハンク。どうするつもりだ?」
「とりあえず全員解放しよう」
エドガたちとミリアンの手を借りて現地人たちの拘束を解いていった。
教会に捕らわれていたのはおよそ四十名。全町民とするには少ない。
バミューがあの効率の悪い方法でほかを皆殺しにしたとは考えにくい。おそらく多くの現地人が息をひそめているのだろう。
解放された現地人のリアクションはわかりやすく二分化した。
「助かった」「ひどい目にあった」とぼやきながらもにわか雨にふられたような気やすい調子で教会をでていこうとするもの。
これにはミリアンがあわててとめにかかったが、彼らは不思議そうにするだけで聞く耳持たなかった。
もう一方はただただ戸惑うもの。人としてはそちらが自然な反応であり、その数に驚かされた。約三分の一の現地人がなすすべなく不安そうに立ちつくしている。
以前はあきらかにモブとしての会話しか成立しなかった髭面の領主は、ミリアンの健気な言動に感化されたように去ろうとするものを留めようと立ちまわり始めた。
NPCの人間らしいふるまいは湖面に落ちる雨粒のように伝播していった。
「彼らはモブだよな。あの酒場のNPCといい、まるで人間じゃないか」エドガは途端にあわただしくなった現地人の動きを刮目して見ていた。
「わからないが……もしかしたらイレギュラーが彼らを変えたのか?」
ユーザーによる虐殺というかつては不可能だった異常事態が、はからずもNPCに人間性を与えるきっかけとなったのかもしれない。
もしそうだとしたらとんでもない皮肉だ。『偽りの魂を浄化せよ』というなにものかの文言が契機となり、多くのNPCが魂を獲得しようとしている。
「銃使いイィ!」聞き覚えのある絶叫が聞こえた。
開けはなたれたままになっていた教会の扉の外、バミューがこちらにむかって走ってきていた。上体をのけぞらせ手刀のようにした両手を必死にふるさまは滑稽でしかない。
まったくあほうで助かる。わざわざ遠くから存在と位置を教えてくれているのだ。
「お。速いな。おつかれさん。もうワンセットいこうか」部活の鬼コーチのようなノリでボイドをはじいた。
バミューは虚空に咲いた爆炎の向日葵にぶつかるように卒倒した。
回復の間もおしんでおっとり刀でとんぼ返りしたのだろう。一発でダウンし身体が点滅を始めた。
しかしやつの配下の狂信者はやつほど親切でもバカでもないだろう。
数で負けているしこちらには護るべきものがいる。背水の陣だ。籠城戦は不利にしかならない。
「ミリアン。話のつうじる仲間だけをつれて町をはなれてくれ。近くの廃村でも隣町でもいい。しばらく身を隠せる場所を探すんだ」
「そんな。あたしたちの町だよ。逃げるなんて」
「頼むよ。すこしの辛抱だ。そのあいだになんとかするから」
「なんとかって、どうするつもりだ?」エドガが訊いてきた。
「とりあえずはここで連中の相手をする」
怒り狂ったやつらはおれを殺すことに執着しているに違いない。現地人の脱出を阻むなどという殊勝な戦略はないだろう。時間稼ぎぐらいならできるはずだ。
そのあとのことは考えていない。なるようになれだ。
手近にあった長机をひきずって教会をでた。扉の前で横倒しにして即席のバリケードをつくる。
ミリアンは大勢の現地人をひきつれて裏口から教会をでた。扉のおくに消える直前までものいいたげな顔でしきりにふりかえっていた。
エドガはパーティーの面々と視線を見かわした。首肯や微笑み、無言の意思表示をうけて後ろ髪をかきながら大きなため息を吐いた。
「お前たちは彼らの脱出を援護してやってくれ」
「了解。ボスは?」
「このローン・レンジャーにつきあう。あとで合流するよ」
エドガのチームはすばやかった。とめるまもなくミリアンを追ってでていった。
教会の門前にたった二人で残される。しげしげとエドガを見た。
「そこまでしてくれなくていいんだが」
「現地人は戦えない。町の外では護衛が必要だ。それに時間稼ぎするにしてもお前一人ではきついだろ」
「それはそうだが。あとには引けなくなるぞ」
「連中に手をだした時点でもう手遅れだろ」
「よその町にひっこせばいい。だれもがバミューみたいにいかれてるわけじゃない。ユーザー殺しの噂がたっても事情を説明すれば――」
「ごちゃごちゃうるさい。らしくないな」エドガはおれの言葉を遮った。教会の扉を閉てきる。「おれたちが自分できめたことだ。好きなようにやらせてもらう。異論は認めない」
「……すまんな」
「いいさ」
瞬間、鋭利な飛翔音に耳朶がふるえた。
エドガとならんで長机の裏に身をかがめた。
矢が頭上をかすめて扉に突きたった。
広場を隔てた大通り、家屋の角から銀仮面が弓をひいていた。
魔法使いも屋台のかげから杖だけをつきだして火の玉や氷の槍といった遠距離の軽魔法を散発的に発射してくる。
「殺気だっているな。まあ当然か」
「気兼ねはいらないってことだ。かえって助かる」
ボイドの撃鉄を起こした。銀仮面が視界にちらつくたびに躊躇なく発砲した。
エドガは大きな魔法陣から光の槍を束状にしてまとめてうみだした。ふりかぶって放擲する。まるで弩砲だ。
見通しのいい戦場だ。遮蔽のない広場を横断しようとするやつはいい的だった。距離を詰めようにも二、三人の矢と魔法では援護射撃にもならない。弾幕がうすいというやつだ。近距離アタッカーのでる幕はない。
おそらくエクスデアでは史上初であろうユーザー同士の抗争は、矢と軽魔法と銃弾がとびかう奇妙な銃撃戦の様相を呈していた。
突然、広場に雷が落ちた。彼我の中間あたりだ。
石畳が爆ぜて粉塵が立ちのぼる。灰煙のなかで人影が動いた。
咄嗟に発砲したが手応えはなかった。
「槍使いの男だ。噴水の裏まで接近された。ここはやつの魔法の射程内かもしれん」
雷魔法を煙幕として利用したのか。考えていやがる。腐ってもユーザー。モブモンスターのように簡単にはいかない。
しかし打つ手はある。
「まかせろ。撃たせるかよ」攻撃薬瓶を噴水めがけて遠投した。
この期におよんで、さすがの野次馬も安全な場所に逃げていた。もうだし惜しみは必要ない。
われた薬瓶から白い霜と液体が放射状にふきだした。お気に入りの広範囲凝固魔法だ。一瞬で噴水が凍結し、氷漬けの人形となった槍使いがごとりと転がった。
「装填。十時からハンマーと双剣が接近。阻止しろ」かがんでボイドウォーカーの再装填にかかる。
「了解」エドガは両手指の先に魔法陣をつくり光の矢を速射する。射かけながら神妙な口調で話しかけてきた。「……阻止か。さっきもいっていたな。妙ないいまわしだが聞いたことがある。お前もしかして――」
「待て」自分たちの足許の異変に気づいた。
石畳がひびわれ、亀裂が赤黒く光っていた。地中から邪悪ななにかがせりあがってくるようだ。
エドガの腕をつかんで教会にとびこんだ。
直後、巨大な火柱が地面から噴きあがった。長机が一瞬で消し炭になる。
かげろうのむこうがわ、すぐ近くの家屋の屋根には杖をかまえる魔法使いの姿があった。
やはりバカじゃない。遠まわりすればいくらでも遮蔽はあるのだ。連中が考え始めるまでもっとかかると踏んでいたが、あまかった。
紅蓮の業火の舌先が内部の扉や敷き物にも延焼をおこした。しかし炎の勢いはそこでとどまった。教会が立派な石造りで助かった。
「くそ。ナパームかよ」エドガはカーボーイハットで身体の火の粉をはたき落とした。「追いつめられたな。裏口からでるか?」
「お前はいってくれ。おれはもうすこしがんばってみる」
ミリアンたちはまだ町を脱出できていないだろう。ここで第一波をしりぞけることができれば狂信者連中はまた道標までもどされる。そこではじめて時間稼ぎが成功したといえる。
「おい。なめるな。ここまできて一人で逃げるわけないだろう」
エドガはハットをかぶりなおした。どちらがローン・レンジャーなのか。あらためてたのもしい男だ。
不意に裏口の扉がきしんだ。風に押されるようにゆっくりと開いた。
ぎょっとしてそちらに銃をむけた。しかしだれもいない。
エドガと顔を見あわせる。エドガはおれの後ろを見てびくりと肩をゆすった。
「ハンク」背後からの呼び声。首筋に吐息を感じるほど近い。ぞっとしてふりむく。
影のようにシュートが立っていた。
裏口からはいったのか。なにかのスキルを使ったのだろうが、とんでもない俊敏さだ。
いったいなんのつもりかと口を開きかけたが、シュートの様子を見て声がひっこんだ。
シュートは無表情だった。こちらをまっすぐ見つめているのに目にはなんの感情も映っていない。まるでビー玉の眼球で壁を見ているようだ。
「お前たち、もうやめろ。このままつづけたらユーザーを殺すことになる。わかっているのか?」
「もちろん。わかっている」
戦いが長引き行動不能が重なれば保護遮断システムによって強制退場するユーザーが発生しかねない。
しかし連中もそこまで見境がなくなっているとは思えなかった。スーマラを忌避したからこそ彼らは迷宮レイドにはげんでいたのだから。いよいよ身の危険を感じたら退くだろう。
ただ、正直にいうとそこはあまり気にしていなかった。
「やつらがふざけた虐殺をやめるつもりがないのなら、殺しもやむなしだ」
もっといえば、バミューを含めた狂信者全員の強制退場も解決策の一つとしてありだと考えていた。過激な思考であることは自覚している。しかしこの問題が後々に尾をひいて現地人が永く苛まれるぐらいなら、悪くない選択肢だろう。
シュートはなにもこたえなかった。わずかに顎をひき、顔をひそめた。
一拍の不穏な沈黙を仲裁するようにエドガがわってはいってきた。
「シュート。とめるべきなのはやつらだ。現地人のなかには自我をもったものがいる。処刑させるわけにはいかない」
「NPCが自我か……。ありえないな」
「お前は見ていないからだ。彼らはあきらかに生きている」
「生きてはいない。そんなことエクスデアでは許されない」シュートは静かに、それでいて宣言するようにいった。
その雰囲気は硬質で鬼気迫るものがあった。徹底的に追いつめられ自閉したものの目つき。昨日、スーマラ女を拘束すると告げたときよりも悪化している。
「この世界はアプリだ。アプリでなくてはいけないんだ。優先すべきはユーザーの命だ。NPCじゃない」
「シュート」
「お前たちにやめるつもりがないのなら、おれは多くを救える方法を選択する」
「おい。シュート。聞けよ」
おれの呼びかけにこたえず、シュートは虚空に自身のステータスを映した。
名前やら異名やらレベルやら体力やら。あるていど近しくなったユーザー同士しか視認できない白抜きの文字列が頭上に浮かびあがっていた。
黒衣の双剣の得意技だ。エクスデアがこんなことになってから、頻繁にこんなまねをするのはこいつぐらいだった。
いつもであれば苦笑で済むのだが、今は笑えなかった。
「なんのつもりだ?」知らず声がうわずっていた。
「確認している。問題なさそうだ」
「なにが?」
「この近距離なら、お前たち二人よりもおれのほうが強い」
ぞくりと総毛だった。
反射的に三十八口径に手をやった。
しかし右手が銃把に届く前にシュートの前蹴りがおれのみぞおちを打った。
衝撃で胃袋がひっくりかえる。目を開いているのに視界に闇が射し、気づいたら床に這いつくばっていた。瞬間的に失神したらしい。
横隔膜が痙攣し息ができない。立ちあがることもできない。
「痛そうだな。ハンク。やはりお前も症状がでているんだな。だからモブの肩を持つようなまねをするのか?」
「なにをやってるんだ!」エドガが曲剣をぬいた。
やめろ。逃げてくれ。叫ぼうとしたが声がでなかった。
剣戟は一瞬で終わった。エドガの斬撃を右手の剣でうけたシュートは左手の短剣で脇腹を裂いた。あっけない。黒衣の双剣と相対するには近すぎる。
エドガは脇腹をおさえて膝をついた。蒼白な顔でシュートをにらみ、片手で光の魔法陣を描こうとした。
黒衣が縦横無尽に宙を翻る。目で追いきれなかった。
エドガは胸部を袈裟切りにされていた。ぽかんと口を開けて呆然としていた。目があった次の瞬間、遅れて血が噴きだした。膝立ちのまま頭と腕を力なくたれた。
「血か。ひどいな。でも不思議だ。それほど嫌悪感はない。モブやモンスターといっしょだからか」血煙をあびながらシュートは独白のようにいった。
傷を負わないし死にもしないユーザーは殺させないが、出血するNPCは殺しなれているから平気ということか。完全に倒錯している。
おれはうつ伏せで倒れたままなんとか三十八口径を探りあてた。左手で床に張り手をくれて上体を持ちあげる。撃鉄を起こしながら拳銃をつきだした。
しかし銃口の先にシュートはいなかった。
するりと身体のなかをなにかがとおり貫けていった。
「ハンク。残念だ。こんなことになって、ほんとうに」
頭上から声がふってくる。
下半身が生暖かい。漏らしているのかと思ったが違った。
腹から漆黒の刃が生えていた。
赤黒い血があふれだし、床に拡がっていく。
寒い。




