3話 下
「ねぇねぇ、これ可愛い!」
「やーん、大胆っ」
「これなんてどう? うっふーん」
「うわぁ、水着鎧なんてホントにあるんだ!」
キャッキャとかしましく騒ぎ、好みの服選びに勤しむ少女達。
今日は候補生の女子達が集まり、騎士の正装である騎士服を探していた。
騎士服はあまりかぶいてさえいなければ、基本自由に選んで良いこととなっている。
とはいえ需要の少ない衣服、取り扱っているのは防衛本部近くの仕立て屋一件のみだ。
沢山の衣服に込み合った店内には、付き合いで同行したイリスとアーレイの姿もあった。
「最近の流行りはスリットの入ったスカートだそうです」
タイトなスカートを腰に当て、鏡の前でポーズを取るアーレイ。
「アーレイは脚も綺麗ですからね。よく似合うでしょう」
「イ、イリスがそういうなら……は、恥ずかしいですがこれを買います!」
「でもアーレイは騎士服をもう持ってますよね、成長に合わせて頻繁に買い換えることになるのでしょうし止めておいた方がいいのでは?」
「そう、ですね……」
小さな騎士服があの狭い相部屋に溢れかえるのを想像し、アーレイも渋々諦める。
「イリスさんはどうするの? 凄く綺麗なブロンドだから、白も似合いそう!」
割って入ってきた女子にアーレイはムッと眉をしかめる。二人きりの時間を邪魔されるのを彼女は嫌っていた。
「騎士服など、利便性と実用性さえ良ければいいではないですか。何ならシャツに鎧でも……」
『駄目』
候補生の女子達に揃って駄目だしされ、イリスは泣きたい気分になった。
「そもそも何故戦闘服がスカートなのですか。迷彩でいいでしょう」
女性物の騎士服はスカートを採用していたり、肩を大きく開いていることが多い。
見る分には美しい衣装であることをイリスも否定しないが、およそ戦闘には不向きに思えるのであった。
「ああ、一刻も早く戦線離脱したい……」
女性服の店に男性が入るのは第三世代戦車に採用されるセラミック複合装甲の如き強固な精神力を必要とすることを、イリスは改めて痛感していた。完全なるアウェイのゲームフィールドに一人取り残された彼女に与えられた選択肢は少なく、所在なく視線を迷わせるしかない。
「イリス、これなんてどうです?」
「フリフリではありませんか。リボンも二桁は付いていますよ。レースの総全長は3メートルにも達しているでしょう。しかも全体的に紺色ときた」
所謂ゴスロリ服であった。
この異世界では、何故かゴスロリ服を着た魔法使いやバニースーツを着た酒場の店員などが普通に生活している。
厳密にいえばゴシックロリータは中世より歴史があるのだから不自然ではないのかもしれないが、バニーガールの登場は第二次世界大戦後。西洋ファンタジーの世界観とは合いそうで合わない服装だった。
「まあ、なにせ異世界なのです。服を着る文化があっただけ、安堵すべきかもしれません」
常に裸で過ごす文明であれば、羞恥はこの程度ではなかっただろう。あるいは、幼い頃に早々慣れてしまうかもしれないが。
「どうぞ、イリス」
にっこり微笑み試着室へ押し込もうとするアーレイに、イリスは反論を試みる。
「いえ、私はいいですから。後でゆっくり選びますから」
「駄目です。スタンダードで地味なものを選ぶおつもりでしょう? それは犯罪です」
「ここは違法な品を取り扱うアレな店だったのですか……」
「どの道何かしら拵えなければならないのですし。観念した方が宜しいかと」
アーレイのいうことも一理あり、避けては通れない道だ。渋々ながら試着室に入り、衣類を脱ぐ。
「早く服を渡して下さい。着ますよ」
「これをどうぞ」
カーテンの隙間からアーレイが差し出した服を受けとる。
「先程と少し趣きを異にするようですが」
「イリスはつまらない常識に挑んでかかる人ですからね」
革製の部品に赤色チェックのミニスカート、ゴスロリより派手な色合い。
「……どうなっているのですか、この世界の衣類事情は」
ゴスパンクであった。
こんな派手な服は着れないと突っ返そうにも、いつの間にかイリスの服は没収されていた。
仕方なしに着替え、姿見で自身の姿を確認する。
「…………。」
鏡に映る女性の姿に、イリスは言葉を失った。
美人は何を着ても似合う。自分でそれを実感してしまったことは遺憾だが、改めて現世の肉体を形成するDNAが容姿に優れているのだと実感する。
当然ながら、イリスは自分磨きなどしていない。容姿にこだわったところで男性に言い寄られても困るだけだし、何より空を飛ぶのに容姿は関係ない。
それでも美人を見れば目で追ってしまう、その程度には異性への興味も残していた。
クルリとその場でターンすれば、スカートの裾と白に近い金髪がふわりと揺れる。
ゴクリ、と唾を飲んだ。
「美人、ですね」
鏡に近付く。
長い睫毛、ぱっちりとした目、白い肌。
それらを構成するパーツは黄金比にて配置されており、全てにおいて非の打ち所などない。
ぎこちなく、にっこりと笑ってみる。
「か、可愛い……」
自分にときめきを覚える残念っぷりだった。
ポーズをとってみたり、表情を作ってみたりと色々なことを試す。
美少女はどんなポージングであっても絵になるものであり、また日常とはかけ離れた衣類がイリスの精神を常識から更に解離させる。
「イケてますね? 私、イケてますよね?」
誰も返答などしない。制止もしない。
「私に惚れたら火傷よっ」
手指の銃で鏡を撃ち抜き、ウインク。
馬鹿であった。
残心。僅かな紅潮を覚えつつ、今更羞恥を覚え一人きりのはずの試着室を意味もなく見渡す。
「私はもう、火傷しそうですイリス」
一人きりのはずの試着室に、別の視線が多数存在した。
頬を染め、恍惚とした表情で心を撃ち抜かれているアーレイ。
その他にも、今回同行した同級生の女子の面々。
無論、彼女達の視線は温いか悲しげかの二分であった。
「……どこから、見てました?」
全員揃って、そっと目を逸らす女子達。
イリスは逃走を決意した。
着替えることも忘れ、一刻も早く現場を離れようと駆け出すイリス。それまで培ってきた大人びたイメージの欠片もない、ただ感情のまま遁走する姿がそこにはあった。
「お客様、お会計を……」
「つけといてくださーい!」
出口から飛び出そうとして、首根っこを掴まれる。
「それは泥棒だぞ、イリス」
「父上?」
何故か、店内にルバートがいた。
「……どこから、見てました?」
一字一句、先程と同じ問いをする。
ルバートはそっと目を逸らした。
「突然時間が開いたから、迎えにきた。許可は取ってある、例の試験を進めるぞ」
「はい、父上」
騎士服を取り扱う店を後にし、防衛本部内のドラゴンの厩舎を訪れたイリスとルバートの親子。
常にドラゴンの嘶きや重厚な足音が轟く厩舎は喧騒が止むことはなく、今も世話係や竜騎士達に世話されるドラゴンが並んでいた。
「おはようございます、団長!」
「チュリーッス!」
「私と結婚して下さい団長!」
「女はすっこんでろ! 団長、是非とも俺を妾に!」
口々に挨拶をする団員達。ルバートは無愛想な男だが、それなりの人望を集めていた。
「団長、今日は任務はないはずでは?」
「特務だ」
国王を始め、多数の重役が承認する中で内密に研究しているので、あながち嘘でもない。
「父上、重くないですか?」
「この程度はどうということはない」
ランスは台車で大きな木箱を運んでいた。イリスの研究成果だ。
ドラゴンに装備する鉄製装置なので、相応の大きさがある。格納魔法でも収まらす、まだ小さなイリスには持ち出せないのだ。
獣の臭いがする厩舎を進むと、やがて最奥に到着する。
他より若干広い空間、そこに彼は鎮座していた。
鋼の筋肉に覆われた、他のドラゴンより一回り膨らんだ肉体。若い骨格は土竜としては破格のしなやかなを秘めていることが窺い知れる。
まさに騎士団長の相棒として相応しい立派なドラゴン。首を伏せ瞼を下ろす様は、それだけで他のドラゴンを圧倒していた。
「バルドディ、飛ぶぞ」
バルドディは片目を開き、ゆっくりと起き上がる。
「父上のドラゴンは本当に立派ですね」
イリスがバルドディの鱗に触れると、尻尾の先で器用に手を撥ね除ける。
バルドディは優秀だが、比例してプライドの高いドラゴンだ。主以外の人間に触れられることを嫌う。
主の娘であるイリスでなければ、怪我をさせることもありうるほどだ。
「嫌がられても、これから貴方に乗るのですよ。我慢して下さい」
バルドディはイリスを半目で睨むも、素直に身を低く伏せた。
「そのままじっとしていて下さいね」
ドラゴン専用の鎧である竜鎧を取り付けていく。従来使用されてきた装飾の彫られた鎧ではなく、イリスが設計した機械の鎧だ。
「よし、よし、よし……父上、チェック終了しました」
指差し確認を終え、イリスはルバートを促す。
ルバートはイリスを抱き上げジャンプ。バルドディの背に乗る。
イリスが前に、ルバートが後ろに二人乗りをして手綱を軽く引く。バルドディは翼を広げ、羽ばたき宙に踊った。
巨体の割に、その離陸は軽やかだ。まるで風竜のように悠々と上昇し高度を上げていく。
「ん?」
一匹のドラゴンが視線を向けていることに、イリスは気付いた。
視線の主はバルドディより巨大な土竜。バルドディのように生まれつき強靭な肉体を有した個体ではなく、単に老化し巨体と引き換えに飛行能力を失った老竜だ。
竜車を引く彼はイリスを、否……バルドディを遠い目で見つめる。
飛べないドラゴンは荷馬車など、労働力として働くしかない。これはドラゴンという種族としての宿命だ。
それでも空を求め続ける者はいる。死しても空を諦めきれなかった者がいるように。
フガガッ、と老いたドラゴンを鼻で笑うバルドディ。
「めっ!」
とりあえずイリスは、バルドディの後頭部に前方一回転踵落としを打ち込んだ。
工学輪唱杖の製作に成功したイリスだが、これは彼女の目指すところではなかった。
イリスが欲した技術。それは、人間に変わり複雑な機構を管理するシステム……即ちコンピューターだ。
普通の人がコンピューターと聞けば、画面と本体、マウスとキーボードを揃えたパーソナルコンピューターを連想するかもしれない。しかしイリスが作ろうとしたコンピューターはもっと単純なもの。
そもそもコンピューターとはイコールでパソコンではない。電卓や電化製品のマイコンなど、現代日本のありとあらゆる場面に組み込まれているのがコンピューターだ。広義でいえば、携帯電話や算盤ですらコンピューターに分類される。
人間の思考をアシストし、有利に戦況を進める……これは、多忙な戦闘中の竜騎士にとっても有益であるとイリスは考えた。
理屈の上では、魔法を多数組み合わせてコンピューターを製作するのは不可能ではない。原始的なコンピューターは模型用のスイッチでも作れるのだ。
イリスは祖父に開発費を支援してもらい、数十の 工学輪唱杖を結合させたコンピューターを試作した。
ランスやルバートは機械が計算を行うという事実に驚愕するが、この試作品はおおよそイリスの期待したほどの物ではなかった。
機械式コンピューターで問題となるのは、複雑故の信頼性の低さ。機械とは複雑なほど故障しやすく、その上嵩張って重い。コンピューターはこの法則が特に顕著に現れる。
オルゴール形式の工学輪唱杖はコンピューターのスイッチとしては問題があった。使用し続けていれば磨耗し、ピンが折れたりなど誤作動が多発する。小型化すればするほど、この危険性は増す。
単品では許容される詠唱速度も、コンピューターの演算速度としては遅すぎる。一瞬の判断が命運を分ける 竜騎士にとってそれは致命的な遅延だ。
これらの理由により、試作コンピューターはとても使い物にならなかった。
竜騎士をサポートするシステムを製作するならば、工学輪唱杖のオルゴールより軽く信頼性の高いシステムが必要。そうイリスは痛感する。
イリスは機械的磨耗がない詠唱方法を求め、一度は断念した電動式詠唱を試みる。
音を針で刻むレコードでは、オルゴールと同じく磨耗する。そこで手を出したのは光ディスクだった。
CDやDVDなどといったレーザーによる記録と読み取りを行う記憶媒体。これらを参考に、足りない部分を魔法で補いつつ研究を進める。
イリスが魔法大臣と顔を合わせてからおよそ一年間。他の子供が竜騎士や商人となるべく猛勉強に励むのを尻目に、研究を続けていった。
そして遂には、高速かつ確実な詠唱の再生に成功する。バッテリーやスピーカーといった重量のある部品が多い為に持ち運びは不便だが、こうして磨耗しない録音方式に目処が立ったのだ。
それから一月後。実用に耐えうる演算装置、魔電演算機が完成する。
「更に気圧計やピトー管などのセンサーを開発、魔電演算機と同調させるのに一年間……やっとの思いで試作品が形になりましたからね」
「魔法はよく判らないが、よくも次から次へと開発出来るものだな」
一つ一つが大発明クラス。それらを幾つも作り上げたイリスは、転生者だと知らぬ者からすれば異常以外の何者でもない。
技術発展に疎いルバートであっても、娘が尋常な存在ではないことは理解していた。
イリスは手元の装置を操作する。
「イリス」
「はい」
短い応答。イリスは竜鎧に組み込まれた装置に魔力を注ぐ。
瞬間、彼等の前に様々な光線が浮かび上がった。
空中に刻まれる目盛りや数字。これこそ、イリスがずっと製作してきた『システム』であった。
目盛りが変動し、現在の飛行情報を提示する。
「高度150メートル、時速90キロ。相違ありませんか?」
「いい精度だ」
ルバートは感嘆した。
「竜騎士は高度や速度を感覚で覚えることを求められるのだが、これさえあれば素人でも熟練騎士と同じスキルを得られるわけか」
「あくまでおまけ機能ですがね」
イリスが製作したのは飛行に必要な情報を騎士の前方に投影する装置だ。コンパスは勿論、気圧から計算される高度計や速度計、推進方向の角度や左右の傾き、果てはG計まで搭載したてんこ盛り仕様である。
その名も情報投影器。イリスの理想とした、戦闘支援システムだった。
「……父上、アンドリュース大臣との約束の件なのですが」
イリスはランスやアンドリュース大臣と打ち合わせを行っていた。
あまりに異質な存在は混乱を生む。故に、ある程度時期をみて陛下にこれらの技術を提出するという約束だ。
未だ6歳のイリスが人並み外れた開発力を有するなど、誰も信じるはずがない。この国の主もまた、実績のない技術を正式に認めるわけにはいかない。
故に、それが事実であるという物証……新兵器の実物を完成させてから、その後の立ち振舞いを決めると話し合っていた。
「うむ、聞き及んでいるが」
「友人に怒られてしまいました。何故手を抜いているのか、と」
イリスは自らの内にわだかまる罪悪感を話す。
真に世界ひいては人類のことを想うのならば、アンドリュース大臣の勧め通りに学者となるべき。異世界の技術をこの世界へ伝えることに専念し、命を危険に晒すことは出来る限り避けなければならない。
しかしイリスはそれに背き、こうして竜騎士を志している。
この葛藤を、異世界の存在をぼかしつつもルバートに伝えた。
「ようは死ななければいいのだ。その時間は、我々騎士団が稼ぐ。一戦士としても、後方の学者が製作した物よりも実戦を知る者が製作した武具の方が信頼出来る」
「精神論です。戦場に心など必要ありません」
「心がないのなら、抗う必要もなかろう。人類滅亡を甘受すればいい」
「私情を優先させることが正しいのですか?」
「不思議なことを、正しいと思うことをなすだけだろう?」
あっけからんと娘を肯定してみせるルバート。
イリスも呆気にとられ、すぐに小さく吹き出した。
「父上って、すごいのですね」
「……騎士団長だからな」
騎士団長は凄い。間違ってはいないものの、何かずれている返答。
ルバートの照れを垣間見て、イリスも苦笑を堪えるのに肩を震わせなければならなかった。
「ですが父上、このシステムが普及すれば新兵が台頭してしまいますね」
ルバートはこの機械式竜鎧の扱いが苦手らしかった。この手の機械操作は若い者の方が得意なのは、異世界でも共通のようだ。
人類の戦力向上は結構だが、個人個人の地位保身としては厳しい時代となるだろう。
「……お前は竜騎士を過小評価しすぎだ」
しかしルバートはそれを杞憂と切り捨てる。
「はあ……あ、父上、あそこ!」
100メートルほど先に、空飛ぶ巨大マンタの魔獣が飛行していた。
「ビロストリス! 大きい、15メートルはありそうです」
ビロストリス。飛行マンタの魔獣であり、人をも襲う危険種である。
大きさこそドラゴン以上だが、戦闘力は大きく劣る。とはいえ、放置していい存在ではない。
「丁度いい。見せてやる、騎士の力を」
寡黙なルバートとて自尊心があった。むしろ今回は「よーし、パパ頑張っちゃうぞ」根性というべきだが。
バルドディの上で器用に立ち上がり、剣を抜き朗々と詠唱を開始する。
「空の遥は巨人の豪腕。無垢となりて暴虐を体現す」
ルバートの詠唱はお世辞にも早いとはいえない。むしろ、一語一語を噛み締めるようにゆっくりとしたものだ。
「父上、何を?」
バルドディが小さく唸り、魔導血界領域より大岩を出現させる。
土竜の格納魔法に要領制限がないことを如実に実感させるような、数十メートルの大岩だ。
アポートにより岩を出現させての絨毯爆撃は、土竜にとって珍しくもない攻撃手段。だがバルドディが取り出した岩は目標であるビロストリスからは随分とかけ離れている空中に出現した。
何に使用する大岩なのか。イリスの疑問は即座に解氷する。
バルドディは大岩に着地し、屈強な両足の爪を突き刺したのだ。
「足場っ!? はわわっ」
大岩は当然落下する。足場として使用出来る時間は本当に短い。
されど、バルドディとルバートは一切慌てる様子はない。
「偽りの四肢は幻影。されど剛鬼の血は鏡像にあり」
バルドディの準備中も詠唱は続いている。
詠唱の速度など問題ではない。まずは発動させる為の確実な詠唱、そして明確なイメージ。それらを揃えることこそ重要だった。
「血潮は緋鉄。肉骨は鍛鋼。頭蓋は衝角。故に天下無双」
イリスは戦慄する。
この詠唱を知っている。知識として知ってこそいるが、使えこなせなどしない。
発動は可能だった。だが、あまりの強力さに一歩も動けなくなったのだ。
身をしならせ、全身をバネに尾を構えるバルドディ。
軽く跳び、尾の先端に着地するルバート。彼は自身が最強だと確信している。
故に、だからこそイメージを抱き得るのだ。
「贄よ、刹那の狂乱に躍り狂え」
静かに身を低くする。
「ジ・アクト」
ルバートは瞬間、跳躍した。
バルドディが大岩の足場を軸に尾を振るい、主を全力で投げたのだ。
空気を突き破るような破裂音。イリスはそれが音速突破音だと知っていた。
生身の人間が音速で飛ばされ無事で済むはずがない。しかしそれを成し得るのが爛舞騎士。
100メートル先のビロストリスまで、実にコンマ3秒。常人には認識すら不可能な超速度にて飛翔し、本能のままに剣を構えた。
第一級魔法ジ・アクト。その効力は極一瞬の筋力強化。それのみだ。
戦闘の一幕に超常の鬼神を降臨させる、あまりに使い勝手の悪い魔法。
攻撃の機会は瞬き一つにも満たない。これこそイリスにすら使いこなせぬ所以。
だが、ルバートならば。
ひたすらに剣を振い続けてきた古兵ならば……脳が認識すら出来ない、シナプスの伝達すら間に合わないタイミングを知覚出来る。
全ての筋力と魔力を注ぐただ一閃の斬撃。
飛行マンタとルバートの剣が、同時に崩壊した。
「なっ」
驚愕の声を漏らすイリス。
敵は斬れたのではない。崩壊したのだ。
猛然と加速したバルドディは空気抵抗で減速したルバートに追い付き、宙で拾い上げる。
「父上、今のはっ」
イリスが慌ててルバートの剣を確認すれば、予想通り刀身が溶け落ちている。だがどうやら魔剣らしく、たちまち美しい刃が復元した。
「敵が脆い。あれにこの技は過剰だ、理解出来なかったな」
「いえ、理解しています。理屈は解ります、が……」
イリスは信じられない心境であった。
ルバートは音速以上の速度で放り投げられた状態で、更に極超音速の剣を振るってみせたのだ。
結果、敵の肉体と剣身とが液化した性質を有してしまったのである。
速さのあまり高い圧力が発生し、斬る側も斬られる側も双方液化し侵食しあう。
非ニュートン流動。尋常の物理法則を否定する、科学技術の発達によって明らかになった現象。
しかしこれが発生するには、音速の4倍から5倍の速度で剣を振るう必要がある。バルドディによってマッハ1は稼いでいたとはいえ、更に音の3倍速をルバートは剣技のみで実現してみせたのだ。
「で、出鱈目です……まともな方法では防御不可能ではありませんか」
もっとも、これが一般論における竜騎士に当てはまるかといえば極めて疑問であるのだが。
「どう、だ、凄い、か」
「なんだかやたら消耗してますし……肩で息をしているではないですか」
見るからに消費の激しい攻撃方法であることは明白であった。
「肉体もそうだが……魔力もほぼ枯渇する」
「文字通り短期決戦用の技なのですね。外したらどうするのですか?」
「問題ない。当てればいいのだ」
呼吸を整え断言するルバート。それは必中を有言実行してきたからこその自信であった。
「俺はこの技で爛舞騎士となった」
「よく命が足りましたね。剣もそうですが」
「魔剣……魔法剣でな。刀身が水で出来ていて、欠けても折れても復元する優れ物だ」
ジ・アクトの性質上、技量に関わらず剣が失われてしまう。その度に騎士団長に相応しい剣を探すわけにはいかないのだ。
「魔法の剣、興味深いですね」
「不変の聖水剣。水の国の城より回収された物でな」
「火事場泥棒ですか? 父上もやりますね」
「……父を気軽に泥棒に仕立てるな。クルツクルフ城に避難していたアイギス姫に許可は頂いている。正規にお借りしているのだ」
「えーと、アイギスって誰、と首を傾げておくべきでしょうか」
事情をおおよそ知るルバートも、思わず苦笑した。
「同調装置の調節もこれで良さそうです」
「ああ。間に合った」
試験過程も消化されていき、一通り機能を確認した後。
イリスはルバートの言葉に、思わず振り返った。
「間に合った、ですか?」
まるで残された時間が少ないような物言い。父から何も聞いていないイリスは、怪訝そうにルバートを見つめる。
もしや何らかの事情で情報投影器等の提出が早まったのかと危惧するも、ルバートはそれを否定する。
「いや、俺の都合だ。第三騎士団の大規模遠征の予定が決定した。一月後には、水の国へ向かうことになるだろう」
「……そうですか」
イリスは人並みに寂しいと思い、困惑した。
出会ったばかりの頃は互いに苦手意識を感じていたが、どうやらその関係は互いも知らぬ間に変化していたらしい。
「何、すぐ帰る」
「それまでに、『これ』を納得のいく出来にしておきます」
ルバートは笑う。獰猛にも見えるそれが、ただ愉快なだけだと今のイリスには解る。
「楽しみだ。これが完成すれば、大きな武器となる」
彼等は奇妙な親子関係だったが、空の上では背中と腹を合わせ誰よりも近い距離にいた。空を飛ぶという行為は、二人にとって充分な親子の談笑だった。
テストパイロットと技術者は信頼しあうもの。
二人はごく自然にそれを成していたのだ。
「出現はおよそ60年前。奴等は暗黒領域の深淵より現れ、無差別に人間や家畜を……動物という動物を食らい始めた」
ルバートが遠征へ向かい数ヵ月、クルツクルフ防衛本部の教室にて。
次世代の騎士を育成すべく日々知識の伝承が行われる一室、今日もまた熟練の騎士が語っているのは人類最大の敵である黒竜軍についてだった。
少し髪の毛が後退した中年騎士は、壁に掛けられた大陸一つだけの世界地図を示しつつ説明する。
「黒竜の発生原因については不明。多くの学者が新説を発表してきたが、立証されたものはない。それでも、過去に火の国、風の国と陥落されていく中で勇敢な騎士戦士達により僅かずつでも生態が明らかになっている」
そういって、早々に騎士は地図を取り変える。
半分が土の国、もう半分が水の国に占められた先程の二倍率ほどに拡大された詳細な地図だ。
「これが現在の世界地図だ。辛うじて水の国については現状調査も進められているが、風の国と火の国に至っては既に人類の領域ではない」
「辛うじて」という言葉を指し示すように、水の国は多くの土地が詳細不明となっている。
アーレイの瞳が、僅かに震えた。
「ドラゴンとは元より知性に乏しい生物だ。しかし、竜騎士とのコミュニケーションを図れる程度には知恵を持っている」
イリスもアーレイも、ドラゴンと接する中で彼等が本能だけで生きる存在ではないことを知っている。彼等は明らかに人間の言葉を理解し、指示に従うことは出来る。しかし、文明を築くことはない。
「しかし黒竜にはそれすらない。人の言葉はおろか、同族との意思疏通すら確認されていない有り様だ」
嘲笑する騎士。しかし、それは自嘲も含んでいる。
本能のままに食らい暴れる下等生物にすら、人類は後退せざるを得なかったのだから。
「次に黒竜の生物学的見地だが……そこ、目を逸らすな」
新たに貼られた竜のグロテスクな解剖図。数人の候補生が視線を逸らすが、中年騎士はそれを叱責した。
「知っての通りドラゴンは神聖な生物とされている。故に黒竜といえど解剖については許可が降りにくく研究が滞ってきたが……戦闘で殺害した黒竜をスケッチした結果、他のドラゴンとさして変わらない内部構造を持つことが判明している」
神聖だから解剖しない。その考え方は、イリスにはピンと来ないものだ。
生物の尊厳を守る為に死体を弄ばない、ならばまた理解も及ぶのだが。
「ただし、ドラゴンとしての能力は他種と比べ明白に低い。土竜ほど強固でもなく、風竜ほど速くもない。水竜ほど海に愛されているわけでもなければ、火竜のようなブレスなどもっての他だ」
「だからこそ、人類は奴等を食い止められたのですね!」
嬉々と発言した候補生を、中年騎士は静かに睨み付ける。
「……そう考えているのなら、遅かれ早かれ死ぬぞ」
ぞっとするほど冷たい視線。幾度の戦場を越えてきた古兵だからこそ宿せる眼光に、イリス以外の全員が震え上がった。
「一対一での敗北はあり得ない。しかし、黒竜最悪の特性は数だ。黒竜との戦闘は、常に複数体同時と考えろ」
「教官、しかし教本には常に友軍と共同戦線を張り、数的有利を保ちつつ確実に殲滅せよ。とありますが……」
挙手して質問するアーレイ。
「その通りだ。事実、私もそうしてきた。だが戦場とは常に変動し変わりゆくものだ」
戦場で孤立してはならない。子供でも解る約束事すら果たせない状況も、当然数をこなせば多々存在するようになる。
「そうなってしまった者から死んでいく。油断した者、ミスした者は容赦なくその地に沈む。奴等の餌になりたくなければ、あまり余計なことをしないことだな」
今の若者は恵まれている。数十年前は常に襲われ捕食される危険に晒されていた人類だが、昨今の少年少女にその感覚はない。
喰われる、という非現実感に未だ子供でしかない候補生達は震え上がった。
ただ一人を除いて。
「教官、質問です」
「……なんだ、ブライトウィル」
「水の国における水際防衛戦術が確立して以来、人類は黒竜軍の侵攻を食い止めることに成功しているのですよね」
無言で首肯する教師騎士。
黒竜は水の国に点在する島々を一息に越えて土の国まで到達出来ない。補給線を間延びさせることは決してなく、島を一つ一つ陥落させて迫ってくる。
だからこそ、時折人類は遠征軍を構成し水の国での間引き作戦を行う。そうすることで、一般人に被害が及ぶことを防いでいるのだ。
ルバートが数ヵ月前に旅立った遠征も、この間引き作戦である。
「ならば、今の今まで黒竜は何を食べて生きてきたのですか?」
ショッキングな話の直後に平然と疑問を口にするイリスに、皆が慄いた。
対する騎士の返答は端的。
「不明だ」
ざわめく教室。
「指摘通り防衛線の構築以来、犠牲となる騎士もドラゴンも激減している。奴等は餓えているはずだ」
だが、と続ける騎士。
「彼等はそれでも減った様子を見せない。共食いしているとも、精霊様を捕食しているとも、雑食なので草木を食べているという説もある」
「家畜を飼育している、という可能性は?」
イリスの斬新な発想に、いそいそと家畜を囲む柵を拵える黒竜を想像し中年騎士は苦笑した。
「黒竜の総数は推定100000にも達する、これだけの数を肉食で維持するには奪うしかあるまい。自給自足は難しいな。……そもそも、黒竜は知性が乏しい。計画な家畜の飼育などまず不可能だ」
イリスは思い付きを訊ねてみる。
「実は人間が黒竜を管理している、というのは?」
「……恐ろしいことを考えるな、君は」
一部の人間が何らかの目的の為に人類半数を死滅させる。その発想に、中年騎士すら恐怖を抱く。
「何らかの方法で黒竜を制御する方法があり、敵地深くで何者かが指揮をとっている……か。可能性としてゼロではなかろうが、私個人としては考えにくいな」
「何故でしょうか?」
「多少なりとも制御出来るというのなら、もう少しマシな戦略を取る。このような無意味な物量戦を30年続けるとは考えにくい」
なるほど、とイリスは納得する。
「考察をどれだけ重ねても無駄だ、多くが謎のままで60年前戦い続けてきたのだからな。だが、疑問を抱くのはいい兆候だ。奴等の正体を明かすのは諸君らに課せられる重要任務の一つとなるのだから」
他に質問のある者は? と教室を見渡す中年騎士。
一人の候補生がおずおずと挙手し、質問した。
「我々が戦う相手は、知性も戦術もない……ミスさえ犯さなければ勝てる相手、ということで宜しいのですよね?」
「そうだ。それを達成する技能こそを、諸君等はこれから学ぶことになる」
「黒竜に騎士……竜騎士が騎乗する可能性は?」
イリスの「黒幕は人間」説に触発されたのか、そんな質問をする候補生。
中年騎士は初めて声を上げて笑った。
「ははは、ありえんよ。黒竜の竜騎士など」
こんばんは。暑い日が連日続いて参ってしまいますね。
工学輪唱杖
工学輪唱銃
二進法言語の高速音声再生による詠唱を行う道具全般に使用される名称。拳銃から大砲サイズまで、すべてスペルカノン。魔法機銃とも。
ちなみに、砲と銃の境界って国によって違う。
竜鎧
ドラゴンの装着する鎧。初期はただの防具と鐙だったが、新型では機械を多数備えている。
工学竜鎧
火器管制などの機械を総合した名称。
限界高度は未設定ながら、非装備であれば3000メートルまでしか昇れない。カノンチェイル装備時はコンプレッサーにて圧縮した空気を供給するマスクを装備し、それ以上の高度まで飛行可能。




