Chapter Ⅲ ハイパーサイメス
「……な、なんだって?」
「……わたくしは、忘れることができない人間なのです」
表情がないうえに瞳が青いので、どういう意味で言っているのかさっぱりわからない。
頭を整理していると、牧原が両手をわざとらしく振りだした。
「またまたー。死んでるとか忘れられないとか、ソフィアちゃんってば冗談面白いんだからー」
「冗談ではありません」
タイミングのせいか、いくぶんきっぱり言った気がした。
「……なるほど、ソフィア王女はアンデッド系かつアンフォゲッタブル系であると。なかなかの高スペックじゃないか」
「スペックとか言わないの」
雪花に注意されたが、かまわずソフィアに質問を続ける。
「忘れることができないって、じゃあなにか? 今までの人生全部覚えてるのか?」
「はい」
「即答かよ……」
雪花が揶揄してくる。
「嘘ばっかり言ってる、どっかのなんとか騎士さんと一緒にしないでよね」
「うるさいな。ていうか“むげん”騎士だ。ちゃんと覚えておけ。……よし、それならその夢幻力、試させてもらう! ソフィア王女、一週間前の夕食は何だった!?」
「……ウインナー入りポトフとおかめそばです」
「なるほど」
牧原がなぜか興奮している。
「わー、和洋折衷! さっすがハーフ!」
「ん? ちょっと待て! そんなの確かめようがないじゃないか!」
「なによ、自分から聞いといて」
「少しばかり質問のチョイスを間違えただけだ。じゃあこれならどうだ!? クラス全員の名前をフルネームで言ってみろ!」
「えー、そんなのあたしでも無理だよー」
「そうよ、いくらなんでも転校してきてまだ何日もたってないんだから。そんな人を試すようなことやめ……」
二人が文句をつけている間に、ソフィアはすらすら唱えだした。
「アンドウショウイイダカツヤイトウセイタオオキヒロトカイザワノリユキキリシマノブトケンモチユウリサイトケイイチサトウイツキシジマジュンタカハシショウゴタカハシマサタカトリカイサトル……」
「おいおい……。マジかよ」
空中を見つめっぱなしのソフィア。どっかに名簿でも置いてあるんじゃないかと思ったがそんなものどこにもない。それに、俺でさえ読んだってこう流れるようには……。
「……マキハラリエヤスダユイユキナガユキカワタナベアンジュ」
待ち構えていた牧原が盛大な拍手を送った。
「わー! すっごーい! ソフィアちゃん天才なんじゃない!? テレビ出れるよテレビ!」
「ま、まるで映画の“レインレディ”みたい……」
雪花も驚きを隠せないでいる。さすがの悟も事態のゆゆしさに気づいたようだ。
「へえ、すごいなぁ。僕もそれくらい歴史を覚えられたらなぁ」
「……ま、待てっ! 俺は騙されないぞ! ちょっと記憶力が良ければ名前を覚えるくらいできる! ソフィア、ちょっとピアノの前に座れ! 牧原もだ!」
「なに? もー、さっきから疑り深いなー、彩戸くん。素直にすごいって言いなよ」
ソフィアを強引に電子キーボードへ座らせる。
「ソフィア、お前ピアノは弾けるか?」
「……いいえ」
「今から牧原が弾く曲を見て覚えるんだ。そのあとお前に弾いてもらう」
「えぇーっ!? そんなの無理に決まってるよ!」
「また人に変なことばっかりさせて……」
雪花が大きくため息をついたようだが眼中にない。
「牧原、さっきの曲でいいから弾いてくれ」
「さっきのって、“亡き王女のためのパヴァーヌ”?」
「ん? 亡き王女の……? なに?」
「ラヴェル先生作曲“亡き王女のためのパヴァーヌ”だよ。この間雪花ちゃんの“φポート”で聞かせてもらって以来はまってるんだ。いやー、あたしの専門が管とはいえ、こんな超名曲を知らなかったとは。オケ部としてお恥ずかしい限りで」
「そんなことは聞いてない。いいからさっさと弾け」
「なっ、何様!?」
ソフィアの後ろから牧原の指がゆったりと鍵盤を滑り、心地よいメロディを奏でだす。
「うんうん、憎まれ口を叩きつつもやってくれるのが牧原のいいところだ。雪永ではこうはいかない。こいつは特殊スキル“絶対法則一〇〇〇‰”の効果によって、一度やらないと決めたらテコでも動かないからな」
「まさに“鉄の女”だね……」
悟がまた絶妙なところへ歴史的名言を挿入したが、雪花の反応は別に興味ない。
それにしても、“亡き王女”か。ソフィアにぴったりだな。
「……さっきから思ってたが、なんだかもの悲しい曲だな」
「そこがいいんだよねー。まあ、本当は舞踏曲なんだけど。ああ、自分で弾いてて何だけど、うっとり……」
牧原もさっきの悟みたいに陶酔しはじめた。なんか俺のまわりに集まるのはこういうのばっかりな気がする。類は友を呼ぶってやつか。
「……っと、こんなんでいい?」
「上出来だな。今度はお前の番だ、ソフィア。さあ、お前の夢幻力を解き放ってみせろ!」
「……はい」
すっ、と細い腕が持ち上がり、鍵盤に置かれた指と指とがぎこちなく動き始めた。
音は断片的でつながりがなく、リズムもめちゃくちゃだ。しかし……。
「これ……。弾けて……るよな」
つっかえながらでも、旋律は不自然じゃない。ちゃんと曲になっている。
「わー! すごいすごーい! ソフィアちゃん、今からでも遅くないよ! 一緒にオーケストラやろっ! ぜひうちの部来て! ねっ!?」
「まっ、待て牧原!」
「なーに? まだ文句あるの?」
ソフィアの腕を抱く牧原の陰から、雪花もにらんできた。
「もう十分でしょ。さっきから言ってるじゃない。葉木谷さんの記憶力は本物」
「そうだ……。いや、やはりというか……。本物だ……。本物だよ、ソフィアの夢幻力は……! 俺の目に狂いはなかった。牧原、残念だがソフィアはわれら歴研パーティがいただく! これほどの夢幻力があれば、打倒ザ・マスター・オブ・ナイトメアも夢ではない!」
「えー!? そんなのずるい! せめて公平にオーディションにすべきだ!」
「……熱い、ますますアツくなってきたじゃないか! まさか身近にこんな強力な夢幻術者が現れるとはな! さあ来い、ともに行こうぜソフィア王女! 理想郷“イデアルシア”へっ!」
ソフィアを引き連れて勢いよく部室から出て行こうすると、雪花に背中を引っ張られた。
「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!?」
「ついて来るがいい! この世界の真実を知りたければな! ははははは!」
→
勇み足でだれもいない教室に駆けつけ、開けっ放しの金庫をのぞき込む。
「うーん、なんだか今なら現場を見ただけで犯人がわかりそうな気がするぜ!」
すぐに三人とも追いついてきた。しゃがんでいるソフィアの横で雪花が仁王立ちになる。
「なにが世界の真実よ! 見ただけでわかったら苦労しないってば! まったく、勢いまかせで走らされるほうの身にもなってよね」
「ん……?」
ふっと頭の中で何かが光った。なんだかこんなことが前にもあったような……。
「なに? まさか本当に犯人がわかったとか言わないでよ」
「ふふ……。もしかしたらそうかもな。この感覚はたぶんデジャ・ヴだ。きっと、俺は予知夢の世界ですでに未来を体験しているに違いない!」
「ふーん。彩戸くんって夢のある人なんだね」
「牧原、それは褒め言葉として受け取っておこう」
「褒めてない褒めてない」
牧原と雪花がシンクロした。なんと冷めたやつらなのか。
……にしても、今なにを思い出しかけてたんだ?
「まあいい。そんなことより金庫だ。牧原、金庫の番号は?」
「ん? 教えちゃっていいのかな。 あたし隠し事は下手でも口は固い方で通ってるんだけどなー。と、鳥飼くん! 安心して! この間のやつも絶対ばらさないからね!」
「……」
「あ、あれ……。全然聞こえてないや」
悟は例によって持ってきた史料の虫になっている。まるで精神が吸い取られているかのようだ。
「おや? なんだ、この間のやつとかいう怪しげなキーワードは? はっ! まさかお前、悟と共謀して携帯を……!?」
「ち、違うってば! あ……一九一四一九三九! 番号は一九一四一九三九だよっ!」
さっきは気づかなかった悟がすぐさま反応した。
「あっ、第一次・第二次世界大戦だね!」
「えっ!? なんでわかったの!?」
「こいつは変態歴史オタクだからな……。というか牧原、お前も歴史好きなのか?」
「す、好きっていうかその……えっと、そ、そう、ちょうど世界史の授業中に番号考えてたからだよっ」
「ふうん?」
牧原は妙にあわてている。
「な、なに?」
「怪しい……。お前、やっぱり何か隠してるなっ!?」
「は、はいっ!?」
「やめなさいって言ってるでしょっ!」
雪花から手刀が飛んできた。
「いてて……。殴ることないだろ。俺はみんなのためを思って犯人を捜してるんだぞ」
「単に人を疑って面白がってるだけじゃない!」
さっきからやけにヒステリックだな。やはりこいつも怪しい。
「疑われるようなことをするのが悪い。ソフィア王女、お前のその夢幻力で、こいつの暴行を全部記憶しといてくれよ。いつか裁判になったら法廷で証言してもらうからな」
金髪の頭が素直にこくん、とうなずいた。
「……待てよ、ソフィアは牧原が前回番号を押すのを見ていて、それを覚えていた……とか!?」
「葉木谷さんは今日が初めての体育でしょ。いいかげんにしてよね……。で、何のために番号を聞いたのよ?」
「そうだった。よし、ちょっとためしにやってみるか!」
金庫の扉を閉めてテンキーのボタンをプッシュする。一九一四一九三九……。
カチャッ、と音がして鍵が開いた。
「……宝箱はからっぽである」
「さっきからそうだったじゃない。ていうか宝箱じゃないし」
「風情というものをわかっていないな雪永。……牧原、この番号を変更することは可能なのか?」
「うん、できるよ。開けた状態でそこの鍵マークを押して、新しい番号を入力するの」
「ということは当たり前だが、閉めてある金庫の番号は変えられないんだな。じゃあやっぱり今の番号でだれかが開けたってことになる……」
「それにしても、お財布も入ってたのにどうして携帯だけ持っていったんだろうねえ?」
ここへきて悟が話に入ってきた。……まさかその分厚い本、全部読み終わったんじゃないだろうな。
「そうね……私も変だと思う」
腕を組む雪花。牧原が急にはしゃぎだした。
「あ、わかった! 犯人はだれかのストーカーとか!?」
「うーん、でもマキァヴェリさん……」
「あ、あの……。鳥飼くん、あたしマキハラ……」
「あ、ごめんね。つい間違っちゃって」
また歴史用語が出てしまったらしいが、どうやったらそんな間違いになるんだ。
「ストーカーなら使ってる携帯も知ってると思うから、その人のだけこっそり盗むんじゃないかなぁ。それに、他にいくらでもチャンスがある中で、わざわざ金庫を開けて盗むっていうのも考えづらいなぁ……」
理路整然と分析されて、牧原はしゅんとしている。
「あ、そ、そっか……。そうだよね」
悟は物事を筋道立てて考えるのが得意らしい。そういえば前にも、歴史は流れが大事だから考える力が鍛えられるんだとか言っていた。
「悟の特殊スキル“インビジブル・ハンド・オブ・ゴッド”が発動したか……」
「なによそれ? またゲームの話?」
「違う、学術的な話だ。悟、雪永に説明してやってくれ」
「『国富論』でアダム・スミスが使った“神の見えざる手”っていう言葉だよ。自由主義経済で、自由競争の生産と消費のバランスが自動的にちょうどよく保たれることを、あたかも神が手を加えているみたいだって表現したんだ」
「そう、つまりさまざまな情報の中から正確なものをつかみ取ることが出来る! それが特殊スキル“インビジブル・ハンド・オブ・ゴッド”!」
「……それ、微妙に意味違くない?」
「大事なのは勢いが大事っ!」
「うわっ、完全に勢いだけで喋ってる!」
牧原にバカにされたような気がするが、ここは大目に見てやろう。今日の俺は機嫌がいいのだ。
「最近は個人情報が高く売れるらしいからな! この間も“ネームアルバム”とかのソーシャルネットワークがデータ盗難にあったばかりだし、データを抜き取って悪用するか売り飛ばすかするんだろう。その方が高校生の財布なんかよりよっぽど金になるに違いない!」
牧原が首をかしげる。
「でもさ、あたしたちみたいなのの個人情報って、そんな売るほどの価値あるのかな?」
「まあ、お前のにはないだろうな」
「今のうそ! やっぱあたしみたいな可愛い子の情報ってきっと高く売れるよね!」
「うん、売れると思うよ」
「え、え? えっ!?」
悟の大胆発言で牧原の顔が真っ赤になった。
「僕たちただの高校生でも、日記やメールなんかを見れば、いま何に興味があるか、普段どんな買い物をしてるかわかってマーケティング調査ができるからねえ。そういうのって、企業にとっては喉から手が出るほど欲しい情報だと思うよ」
やっぱり深い意味はないらしい。悟は落胆している牧原にかまわず続ける。
「それに親や友達や知り合いで、お金持ちの人とか社会的に影響力のある人とかがいるかもしれないし……。うちのお父さんはただの営業マンなんだけど」
「そうか。俺も別に、知り合いに金持ちも権力者もいないぞ。親は公務員だし」
「同じく。うちもサラリーマンだし。ゆっきーのとこは店長さんでしょ?」
「うん。コンビニで雇われだけどね」
自然と、全員の視線がソフィアに集中する。
「王女の家は……。王女だけに、やっぱり親は王様か?」
ソフィアは首もふらずに答えた。
「……いいえ」
待っていても続きは言わなかった。気になるので一応聞いておく。
「あの……父君は、何のお仕事を?」
「……コンピュータエンジニアです」
おおー、と感嘆の声が上がった。牧原は興味津々だ。
「すごーい! もしかして、だから転勤で海外行ったりしてるの!? うちに来たのも転勤なんでしょ? あ! ねっねっ、またすぐ転校しちゃったりしないよね!? 卒業まで一緒にいられるよねっ!?」
「……ええ、おそらく。父の都合次第ですが」
「よかったー……。でもいいなー! あたしも親が優秀なら……。憧れの都ウィーンで、本場の音をこの耳に……!」
「自分の不出来を親のせいにするな。……しかしキング・葉木谷がコンピュータに詳しいとなれば、プリンセスもそれなりにできるはず。ましてソフィアは“忘れられない女”。その気になれば親やネットからハッキングのスキルをインストールして、携帯の情報など容易に抜き取れそうなものを、わざわざ危険を冒してまで現物を盗むか……?」
「……最悪。まだそんなこと考えてたの? ていうか“片付けられない女”みたいな言い方やめなさいよ」
雪花はあきれはてた様子だが関係ない。
「それにしてもソフィア王女、その特殊スキルはどうやって身につけたんだ? チップでも頭に埋め込んだのか?」
「……いいえ」
「全部覚えてるなら覚えてるはずだ。さあ、思い出してみろ」
「……わたくしは、“ハイパーサイメス”になる以前のことはあまり覚えていないのです……」
「ハっ、ハイパーサイメス!? なんだそれ超カッコイイんだけど! それがお前のスキル名か!?」
「病名よ……」
雪花がぼそっとつぶやいた。
「え?」
「それ、病名」
「……そ、そうなのか?」
こくり、とうなずくソフィア。雪花が子供を相手にするみたいに尋ねる。
「葉木谷さん、聞いてもいいかな。覚えたことが忘れられないのと、もう死んでるっていうのはなにか関係あるの?」
「……わかりません」
「葉木谷さんは、どうして自分が死んでるって思うの?」
「……わたくしには、心臓がないからです」
「ごめんね、ちょっといい?」
雪花は自分の心臓を確かめてから、もう片方の手で触診するようにソフィアの胸に触れる。
「……あ、あったかい」
「おい、照れるくらいならやめとけ」
「て、照れてなんかないってば! ……えっと、ちゃんと動いてるみたいだけど」
「……心臓のかわりに、別のものが動いているのです」
意味がわからん。
「別のものってどういうの? 人工的な何か?」
「そういや機械みたいな顔してるしな。やっぱり内部はメカなのか? 電気に弱いサイボーグ的な」
「ちょっと黙ってて」
雪花にたしなめられた。冗談で言ったのに。
「……いいえ、何かはわかりません」
「……心臓がなくって、大変なこととかない?」
「……わたくしは心臓がないために、何も感じません……。ですから、音楽を聴いて楽しいと思うこともないのです」
そういえば、始業式のときも似たようなことを言っていた気がする。
長いまつ毛で覆われた青い瞳を向けられ、牧原は説明しだした。
「あ、昨日ね、お近づきのしるしってことで、あたしセレクションのお気に入り曲を一緒に聴いてもらったんだ」
「ん? 待てよ? じゃあ、さっきの亡き王女のためのなんとかも、聴いたことあったから弾けたんじゃないのか?」
「なんとかじゃなくてパヴァーヌだよ、パヴァーヌ!」
「重要なのはそこじゃない。質問に答えろ」
「むっ……。うん、一緒に聴いてもらったよ。ま、うっとりしてたのはあたしだけだったけど……。あ、全然気にしないでソフィアちゃん! 曲の好みは人それぞれだからさ! そうそう、ソフィアちゃんは本当にピアノ初めてだと思うよ。あたしにもあんな頃があったなー。しみじみ……」
「なるほど。じゃあやはり、さっきのは本当に夢幻力によるものなのだなっ!」
「だから、あんたは黙ってなさい。……葉木谷さん、何も感じないってことは、つらくもないの?」
またたしなめられた。カウンセラー気取りかよ、まったく。
「……はい」
「……そっか。教えてくれてありがとう、葉木谷さん」
「……どういたしまして」
ソフィアは浅く礼をした。感情がないみたいなことを言ってはいるが、感謝されたってことは理解しているらしい。……なんか結局謎が深まっただけのような気がする。
「それにしても、ソフィアちゃんって綺麗だよねー。きれいな金髪だし、美白だしスタイルいいし……。同じおさげ髪なのに、あたしじゃ死んでもこうはなれないや。残念……」
これだけ褒められてもソフィアは眉ひとつ動かさず、ただ数回まばたきしただけだった。牧原は調子に乗ってみつあみをひっぱたりなどしている。
「……うーん、もったいない! もっとこんな地味な制服じゃなくて、もっとお嬢様風の可愛い制服着せてあげたいなー。で、週末にはフリフリのお洋服着てお出かけするの!」
「うん、似合いそう。リエちゃんそういうの好きだもんね。服貸してあげたら? この間の可愛いやつ」
「絶対似合うよ! あたしより全然似合う! そう、ソフィアちゃんの美貌をもってすれば街行くだれもがメロメロよっ! あたしだって惚れちゃうかも!」
「あれ? リエちゃん好きな人いるんでしょ?」
「ちょっ! ちょっと待ってよゆっきー! 今それ言うとこ!?」
「あはは、ごめんごめん」
なんだこいつら。話が脱線しすぎて乙女街道を爆走しはじめたぞ。
仕方ない! ここは一発、俺が引き締めてやるしかないか!
「安心しろ、ソフィア王女っ! お前の死はけっして無駄にはしない……! ∞騎士たるこの俺が、必ずや犯人・八川から、失われたお前の心臓を取り戻してやる!」
「……だれが犯人だって?」
どすっ、と頭に重い衝撃をくらった。
「うっ!?」
「……彩戸、部室ではうるさくするなと何度言えばわかる。あそこはあくまで社会科準備室の一部なんだからな。お前の馬鹿でかい声が丸聞こえだったぞ」
悟が八川から凶器の大型本を返され、俺の代わりに謝った。
「ご、ごめんなさい……先生」
「ゲームのやりすぎだな、彩戸。ちょっと外の雨にでも打たれて頭を冷やせ。それと作業用のパソコンにつないであるあのゲーム機は何なんだ。早く撤去しろ。さもないと廃棄するぞ」
「そっ、それはダメです! 実機は今や貴重で五千円はするんですよ!」
「それなら没収にしよう。俺が売り飛ばす」
「か、勘弁してくださいよ……」
「嫌ならさっさと始末しておけ。わかったな」
言い捨てると八川は教室を出て行った。
「くそっ……あの野郎! 中ボスクラスの分際で偉そうなことを……! 見てろ、今にその化けの皮はがしてやるからな!」
「ちょっと、先生に失礼でしょ」
「そうそう、負け犬の遠吠えだね。すぐ頭叩くけど、見た目はクールで格好いいんだからはがさなくてもいいって」
「うんうん、歴史の先生に悪い人はいないよねえ」
雪花、牧原に続いて悟まで八川を擁護しだした。
「なんとかよ、お前もか……!」
「さいとーくん、ブルータスだよ」
「でもさ、なんか彩戸くんっていっつも八川先生から目の敵にされてるよねー。なんでだろ?」
「だろう牧原!? だからあいつは絶対に怪しいんだ……。はっ! さては俺の携帯から個人情報を盗み、俺が“目醒めし者”であることを敵の親玉にばらすつもりだなっ!」
「敵の親玉って……。すごい漠然としたネーミングね」
「勢いだけの人だから仕方ないかっ」
「お、お前ら……! 何度も言うが、俺はお前らの疑いを晴らすために、八川が犯人だと証明しようとしてやってるんだぞ!」
「疑ってるのはあんただけでしょ?」
「うっ……!? それに、このまま携帯なかったら困るだろ!?」
「困る! ……って言いたいとこだけど、実はそれほどでもないかも。だって電話帳とか音楽のデータとかはほとんどクラウドにあるもん。ちょうど買い換えようかと思ってたとこだし、意外とみんなそんな感じだったよね。ま、あたしに気を遣ってそう言ってくれたんだと思うけど……」
「私は日記の写真が撮れないのは困るけどデジカメもあるし、ネムアルには家のパソコンで行けるから」
「機械苦手で使いこなせなくて、むしろ困ってたくらいだから、僕もそうかなぁ……」
「な、なんてやつらだ……! 自分の持ち物に愛着とかないのか!?」
ふっ、まあいい。こんなロールも定まっていないモブキャラにかまっていると俺のレベルまで下がってしまう。そう、最強のロール・∞騎士であるこの俺には、超弩級の夢幻力を持つソフィア王女こそがふさわし――
「また寝てるしっ!?」
「うーん、気持ち良さそうに寝てるねえ」
あたかも夢の力を充電するかのように、ぐっすり机へもたれかかっているソフィア。雪花と牧原が上着をかけてやっているがどうでもいい、そんなことは。
「……もういい、歴研ウィーン会議は解散だ! 俺は八川を追ってロシア遠征に行ってくる!」
「ロシア遠征? さいとーくん、ニーメン川まで行ってくるの?」
「な、なに麺川? ……どこの川だか知らないが、多摩川くらいまでなら尾行してやる! じゃあなっ!」
「あっ、ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」
雪花に呼び止められたがどうせ文句を言われるだけなので放っておく。くそっ、四面楚歌とはこのことか……!
まずは駐車場をチェック。八川こだわりの派手なスカイブルーの車があった。よし、まだ帰っていない。
さすが面倒くさがりなだけあって、前にもラッシュの電車には死んでも乗らないとか公言していた。さらにたちの悪いことに部活の顧問などは一切引き受けず、勤務時間が過ぎれば速攻で帰宅する。いったい家で何をやっているのか知らないが、絶対良からぬことをしているに違いない。
教員用昇降口で待ち伏せしてやろうと外に出たら死ぬほど寒かった。
染みる……染みるよ、孤独に冷たい雨が……!




