表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴女への地図  作者: 高階珠璃
episode3 等高線
44/45

13

 熱く長い夏が過ぎ、清々しい風の吹く季節が訪れた。夏が運動部の集大成なら、秋は文化部の集大成だ。そう。俺は今、芽依の高校の文化祭へと来ていた。


「全く、そういうことは言えよな。変な疑い持っちゃったじゃないか」

「だって、完成まで内緒にして驚かせたかったんだもん」


 外装ではまごうことなき廃墟。内部も、と言いたいところだけど、意外とトイレが様式に改良されていたり、耐震工事が施されていたりと、そこまで廃墟感は無い。そもそも活気に溢れた子ばかりで、暗い印象は最初ほどは無い。しかし、それも文化系の教室の固まった棟に入っていくにつれて落ち着きを増していく。俺たちの目的地は、その棟の中でも一番奥。美術室だ。


「っていうか、こういう作品ってもっと目立つ場所に飾ったりしないのか? 今日の主役だろ?」

「ううん、そうでもないよ。メインはやっぱり、クラスの出し物とかバンド演奏だよ。私だって、午後からはクラスの方で当番あるし」

「そういうもんなのか」


 とはいえ、芽依に卑屈な様子が無いからそれでいいのだろうが、折角半年かけて制作したものが日の目を見ないのも勿体ない気がする。


「もうっ、央芽はわっかりやすいなあ」

「なっ、何がだよ!」


 目を細めて悪戯っぽく笑う芽依は、悔しいけどとても可愛い。見透かされた感じすら心地良いと思えるのは、生涯かかっても芽依だけだろう。更に芽依は、鷲掴んだ俺の心に止めを刺すかの如く囁いた。


「央芽の為に描いたんだからそれでいいの」


 耳から顔を離した芽依は、俺に負けないくらい顔を真っ赤に染め上げていた。全く、照れ屋なくせに大胆なんだから。歳上らしくリードしようと思っても、気づけば芽依のペースに乗せられてしまう。それが『戸惑い』から『いつも通り』になったのは、俺たちが同じ道をたくさん歩んだ証だ。




「央芽、これだよ」

「これって……」


 美術室の一番奥、一際輝く絵画。これが、芽依の半年。芽依と俺が共に歩んだ、かけがえのない半年。たった一枚の絵だが、俺たちの描いた地図を全て詰め込んだ、芽依と俺にとっての傑作。そして、これからも共に歩む道だ。


「この時のこと、覚えてる?」

「当たり前だろ」


 まだ付き合う前どころか、この街に来たばかりだった。それがまだ半年前だということが信じられない。それくらい、俺たちにとって大切な半年だった。出逢い、結び、葛藤、別れ。それらの起点であり、原点。初めて本心を語り合ったあの場所。忘れるわけがない。始まりの気持ちを、忘れたくない。今までも、これからも。


「綺麗だな」

「えへへ、ありがとう」


 夕日に照らされた、小さな公園のベンチ。他人からしてみれば、何てことはないただの公園。でも俺たちにとっては、見知らぬ土地で迷子の果てに辿り着いた運命の場所。このベンチで寄り添い、誰にも言えなかった気持ちを共有したのだ。その事を芽依が大切に思ってくれていることが嬉しい。喧嘩しても、一時兄妹に戻っても、この絵を描き続けてくれていたことが嬉しい。

 絵を見つめる芽依の顔は、あの日寄り添った時と同じように暖かかった。


挿絵(By みてみん)



 ***




「思うんだけどさ」


 たこ焼、ならぬウインナー焼を頬張った芽依が、小首を傾げた。


「元々俺は妹が、芽依は兄が欲しかったわけじゃない。俺らが本当の兄妹だって知った時は『何でよりによって芽依なんだ』って思ったりもしたけど、ある意味では兄妹と恋人両方を堪能出来るんだから贅沢なのかもなって」


 ウインナー焼を飲み込んだ芽依は、目を丸くしていた。


「そっか。そういう考え方もあるんだ。央芽のそういう発想、好きだよ。でもね――」


 芽依は俺の正面に回り込むと、にっこりと笑った。


「どっちかっていうと、私が姉で央芽が弟だよね」

「なっ……俺の方が歳上だぞ!」

「年齢じゃなくて、気質かな。何だかんだで私は長女で、央芽は末っ子だよね。まあ、それも含めた央芽のことが――なんだけどね」


 それはそうかもしれない。兄妹に戻ってしまった時だって、姉らしく理性的な芽依に対し、俺は末っ子らしくしつこく食い下がるばかりだった。人の気質はそう簡単には変わらないんだなと、改めて思い知らされる。もっとも、変わる必要なんてないんだけれど。とはいえ、弟扱いされたことはやっぱり癪だ。


「最後の方、何て言ったか聞こえなかったなあ」

「嘘だあ。大体、流れでわかるでしょ」

「わかるけど、ちゃんと聞きたいなあ」


 少し意地悪をしてしまったが、たじろぐ芽依は可愛いうえにレアなのだ。でも、やられっぱなしじゃないのも芽依だ。芽依は俺の耳を引っ張ると、無理やり屈ませられた。


「好きだよ、央芽」


 だから、耳元で囁くのはズルいって。思わず頬が緩みまくりそうなのを、表情筋に力を込めて必死に抑える。うわべだけ余裕ぶった俺は、負けじと芽依の耳元に顔を近づけた。


「俺も好きだよ、芽依」

「えへへ、知ってるー」


 何だよ。せっかくカッコつけたのに、芽依ってば平気そうな顔して。コイツめっ。


「ちょっ、央芽。ここ学校だから、手は――」

「うるさい。もう離してやんないからな」




 握りしめた小さな手は、離さない。これからもずっと――

次で最終話です。最終話は明日(12月31日)の20時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ