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中華料理点『天津亭』。安くて美味しくて量が多くて、おまけに大学や芽依の高校から近い。俺のような貧乏学生にはうってつけだ。そして、サークル後に俺を誘ったもう一人の貧乏学生――剛史が俺の正面に座った。
「それで、話ってなんだよ。俺たちのことなら、サークルの時に話したことが全てだぞ」
話がしたい。剛史はそれだけ言っていた。しかし、俺にはもう芽依について話すことはない。もう、どうすることも出来ないのだから。
「ああ、それも全く関係無いわけではないんだけどな。ただ、話がしたいんだ。"俺の"な」
よく見ると、剛史に普段の明るさは無く、思い詰めているようにも見える。そういえば、確かに今日の剛史はスマッシュにも覇気が無かったような。友達の変化に気づけないだなんて、俺もまだまだ駄目なのかもしれない。
「なあ央芽。知ってたのか? 真知ちゃんのこと」
真知。剛史と、真知。聞いていたわけではないが、もしかしてという一欠片の想像が核心に変わった。真知の初恋。剛史と出会った時の動揺。そういうことだったのか。
「薄々勘づいてはいた、かな。もしかして、昨日の帰りか?」
「ああ、駅まで送って別れるっていうその時だ。まあ、それだけなら世間は狭いなで良かったんだけどな。あの子、もう一つ爆弾を落としていったんだよ」
帰りの車での知遥との喧嘩に、剛史への告白。この上更に爆弾をって……。
「それで、真知は何て?」
剛史は、いつの間にかテーブルに置かれていた餃子を白飯で流し込んで、ニンニクの匂いと共に真知製の爆弾を放った。
「俺が、ハルのことを好きなんだってよ」
危うく俺のラーメンに餃子をトッピングしてしまうところだった。
「剛史が、知遥を!? いやいやいや、身近で二人を見てる俺にも一切色気を感じられなかったんだが」
「そうだよな。いや、俺も今まで全くハルをそういう対象として見てなかったんだよ。ハルだってそうだ。アイツはお前が好きだからな」
炒飯インラーメンの完成だ。
「いや、さりげなく追加の爆弾をぶち込むんじゃねえ。知遥が俺を? 芽依にも言われたことあるけど、それは無いって」
「流石芽依ちゃん。と言いたいところだが、あれは分かりやす過ぎるからな。気づかない央芽の方がおかしい」
てっきり芽依が勘繰り過ぎているだけかと思って流していたけど、剛史も言うとなるとますます現実味を帯びてくる。実感は湧かないけど。
「それで突っ込み忘れたが、今までそういう対象で見てなかったってことは、今は――」
「流石だ。央芽は自分が絡まないことだとやっぱり冴えてるな」
「うっ……褒められてるのに褒められてる気がしない」
味噌ラーメンのスープを飲み干した剛史は、真っ直ぐに俺の瞳を見た。
「俺、ハルが好きだ」
もうこれ以上リゾットを作らないためにも口に何も入れなかったのでセーフ。っていうか相変わらずいい声なのが腹立つな。俺が知遥なら、今のでコロッと惚れてしまうかもしれない。
「しかし、どうしてまた急に」
「急に、じゃないな。気づいていなかっただけだ。幼馴染に対する感情ってこんな感じだと思っていたが、傍から見れば恋愛感情と変わらないんだと。一回会っただけで看破するって、真知ちゃんの観察眼凄いな」
確かに。俺と芽依の気持ちにもいち早く気づいて、色々気を回してくれてたっけ。もう随分前のことのようだけど、まだ三ヶ月かそこらなのか。
「とにもかくにも、俺の気持ちは全部話した。だが、央芽は遠慮する必要無いからな。俺にも、ハルにも。央芽がどんな答えを出しても、俺は央芽の味方だ。それを伝えたかったんだ。そうじゃなきゃフェアじゃないだろ?」
「全く……そうだな。ありがとよ」
正直、情報過多過ぎて全く気持ちの整理がついていない。剛史の気持ち、知遥の気持ち、真知の気持ち。そして、芽依の気持ち。皆の感情が入り乱れている。勿論、俺の気持ちも。都市部の道路のように入れ乱れていて、正解はきっと存在しない。どの道を選んでも得るものもあれば後悔することもある。でも、選ばなくてはいけない。どうせ家では一人なんだ。しっかりじっくり考えよう。
「それじゃあ、ここは央芽の驕りな。ごっそーさま」
「はあ!? お前俺の倍くらい食ってただろ」
結局沢山頼んだ餃子の大半は剛史のお腹へと消えた。俺も十分お腹いっぱい食べてるんだけどな。剛史の胃袋が恐ろしい。
「ははは、冗談だよ。ここは俺の驕りだ。話聞いてくれてありがとな」
「いや、流石にそれは――」
「いいっていいって」
渋る俺から伝票を取り上げた剛史は、一人でレジへと向かった。俺よりも大きな背中が眩しい。そう、感じた。




