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剛史らと竜ヶ岩洞へ行った翌日。つまりは、芽依が家を出ていった翌日。夏期休暇中の大学に俺はいた。家にいても一人なのを実感して余計悲しくなってしまうので、活動時間までまだ大分時間があるサークルの部室へと顔を出した次第だ。
「失礼しまーす。って、流石に誰もいない……か……?」
一見人気が無い。が、視界の隅でモゾモゾと何かが動いた。
「んあ……和久さん? 早いですね」
三つほど並べた椅子から起き上がったのは、サークルの成員であり同じ地理学科の一年の渡辺和泉だった。大人しいお嬢様風な見た目と裏腹に抜けている一面のある彼女だが、まさか部室で堂々と昼寝しているとは。それも、タンクトップにショートパンツと、瑞々しい白い肌が眩しい装い。無防備過ぎやしませんかね。
「和泉こそ。昼寝?」
「ええ。レポートのために借りていた本を返し忘れていたので図書館に来たんですけど、一旦家に帰るには中途半端な時間だったので」
レポートって期末のだよな。あれ、今ってもう八月の中旬だよな。っていうか、そうか。芽依と離れるといっても、二週間ほど経てば戻ってくるのか。兄妹宣言付きだけど。
「そういえば、松井さんと森永さんはしばらく休むみたいですよ。どうやら旅行に行くみたいです」
「あのバカップルは旅行か……どこかの温泉宿にでも行くのかな」
「いいえ、青木ヶ原樹海を探索するって言ってましたよ」
「は? ……はあっ!?」
青木ヶ原樹海といえば、知る人ぞ知る自殺の名所であり、磁場が荒れるから遭難しやすいというあの危険スポットではないか。大丈夫なのかそれ。そして、全く動じていない和泉も怖い。
「あ、大丈夫ですよ。あの二人はああ見えて山岳レスキューのボランティア歴五年のベテランですから」
「五年って、そうなると中学生とかになるぞ」
「ええ。まあ、それ以前から野山を駆け巡る野生児だったので。松井さんは方向感覚の精度が高くて、森永さんは僅かな景色の違いを寸分違わず瞬間的に記憶出来るんですって。だから、磁場が乱れていても似たような風景でも、あの二人なら大丈夫ですよ」
「そうなんだ……」
身近な同級生がヤバイ奴だと知ったときの衝撃は、なかなか上手く言葉に出来ない。まあ、わざわざ地理を大学でも学ぼうとする人の集まる場なので、否応なしにそういう人が集まってしまう。そして、今俺の目の前にいる入試成績トップな彼女は、その中でも飛び抜けてヤバイ奴だと思っている。
そんなこんなで和泉と話している間に、ちらほらとサークルの成員が入ってきた。剛史と知遥がやってきたのは、開始時間の直前だった。
***
「そうか。結局別れたのか」
準備運動をしながら、剛史と知遥に昨日の顛末について話した。二人とも責めるでもなく、急かすわけでもなく、俺が話しきるまで静かに俺の言葉を受け止めてくれた。
「まあ、そうなるな。ちゃんと芽依の本心と覚悟が訊けたから、まあ良かった、のかな」
「私も、昨日言ったように良かったと思うよ。和久君と芽依ちゃんの答え、尊重する」
結局、俺らの等高線は描けば描くほど越えるのが困難なことが浮き彫りになっただけなんだ。そう、自分に言い聞かせるしかない。
「さーて、準備運動も終わったしシャトル打つぞーっ! 剛史、たまには相手してくれよな」




